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衢州

索引 衢州

衢州(くしゅう)は、中国にかつて存在した州。唐代から元初にかけて、現在の浙江省衢州市一帯に設置された。

目次

  1. 30 関係: 垂拱天宝 (唐)婺州宋 (王朝)宋史両浙路中国中華民国常山県乾元 (唐)元 (王朝)元史竜游県衢州市衢江区開化県至元 (元世祖)李子通武徳江山市江浙等処行中書省清史稿朱元璋明史浙江省旧唐書

垂拱

垂拱(すいきょう)は、唐の睿宗李旦の治世に使用された元号。685年-688年。武則天による実質的な権力掌握が行われ、一般的には武則天の年号として取扱う。

見る 衢州と垂拱

天宝 (唐)

天宝(てんぽう)は、中国・唐の玄宗の治世後半に使用された元号。742年 - 756年。

見る 衢州と天宝 (唐)

婺州

婺州(ぶしゅう)は、中国にかつて存在した州。隋代から元初にかけて、現在の浙江省金華市一帯に設置された。

見る 衢州と婺州

宋 (王朝)

宋(そう、拼音 Sòng、960年 - 1279年)は、中国の王朝。趙匡胤が五代最後の後周から禅譲を受けて建国した。国号は宋であるが、春秋時代の宋、南北朝時代の宋などと区別するため、帝室の姓から趙宋とも呼ばれる。国号の宋は趙匡胤が宋州(現在の河南省商丘市)の帰徳軍節度使であったことによる。通常は、金に華北を奪われ南遷した1127年以前を北宋、以後を南宋と呼び分けている。北宋・南宋もともに、宋・宋朝である。首都は開封、南遷後の実質上の首都は臨安であった。 北宋と南宋とでは華北の失陥という大きな違いがあるが、それでも文化は継続性が強く、その間に明確な区分を設けることは難しい。そこで区分し易い歴史・制度・国際関係などは北宋・南宋の各記事で解説し、区別し難い分野を本記事で解説する。

見る 衢州と宋 (王朝)

宋史

『宋史』(そうし)は、中国の元代に編纂された正史(二十四史)の一つ。宋(北宋・南宋)を扱った紀伝体の史書である。至正5年(1345年)に完成。元の中書右丞相であったトクト(託克託・脱脱)が編纂した。16本紀47巻・15志162巻・2表32巻・197列伝255巻の計496巻。正史の中で最も膨大である。

見る 衢州と宋史

州(しゅう)は、行政区画の一種。 州の首都は州都・州府・州庁所在地などと、州の長は州知事・州長などと、州の行政府は州政府・州庁などと呼ばれる。

見る 衢州と州

両浙路

両浙路(りょうせつろ)は、北宋に置かれた地方行政区の一つ。現在の浙江省及び江蘇省(上海市含む)・福建省の一部。 揚子江下流の南側の地域を浙江(銭塘江の別名)を境として南側を「浙東」、北側を「浙西」と称し、合わせて「両浙」と称したのが始まりとされる。 唐には両浙道が設置され、唐末に銭鏐が両浙道に割拠して呉越を建国した。北宋が設置した両浙路も前代を引き継ぎ、蘇州・常州・潤州・杭州・湖州・秀州・越州・明州・婺州・衢州・睦州・温州・処州の14州と江陰軍・順化軍の2軍から構成されていた。熙寧年間に東西に分割されるも間もなく旧態に復するが、南宋成立後に杭州に行在(臨安府)が置かれたことから再度東西に分割された。だが、その後も東西両路を合わせた俗称として「両浙」の名称は用いられた。

見る 衢州と両浙路

中国

中国(ちゅうごく、中國)は、ユーラシア大陸(アジア大陸)の東部を占める地域、及びそこで成立した国家をさす用語。日本では、1972年の日中国交正常化以降、中華人民共和国の略称としても使用されている。 中国統一問題を参照)。 本記事では、「中国」という用語の「意味」の変遷と「呼称」の変遷について記述する。中国に存在した歴史上の国家群については、当該記事および「中国の歴史」を参照。

見る 衢州と中国

中華民国

中華民国(ちゅうかみんこく、中華民國、、ウェード式: Chung-hua Min-kuo、Republic of China)は、東アジアに位置する共和制国家。実効支配している領土の大半が台湾島であることと、中華人民共和国が「一つの中国」原則を唱えている政治情勢により、台湾(たいわん、臺灣/台灣、Taiwan)が通称として国際的にしばしば使用されている。現在(1949年以降)の首都は台北市。 アジアで2番目の共和国アジア初の共和国はフィリピン第一共和国であると見なす場合。ただし、当時のフィリピンはスペインの植民地支配からアメリカの植民地支配下への移行期間にあり、アメリカの支配下から脱し切れていなかったため異論がある。

見る 衢州と中華民国

常山県

常山県(じょうざん-けん)は中華人民共和国浙江省の衢州市に位置する県。

見る 衢州と常山県

乾元 (唐)

乾元重宝 乾元(けんげん)は中国・唐代の元号のひとつ。粛宗の治世の2番目として使用された。この元号への改元に伴って、としの数え方が「載」から「年」に戻された。

見る 衢州と乾元 (唐)

唐(とう、、618年 - 907年)は、中国の王朝。李淵が隋を滅ぼして建国した。7世紀の最盛期には中央アジアの砂漠地帯も支配する大帝国であり、中央アジアや東南アジア、北東アジア諸国(朝鮮半島や渤海、日本など)に政制・文化などの面で多大な影響を与えた。首都は長安に置かれた。

見る 衢州と唐

元 (王朝)

元(げん)は、中東アジアから東ヨーロッパまで広大な領域にまたがったモンゴル帝国の後裔の一国であり、そのうち中国本土とモンゴル高原を中心領域にモンゴル帝国皇帝の直轄地として、1271年から1368年まで東アジアと北アジアを支配したモンゴル人が建てた征服王朝である。 正式国号は、大元(だいげん)で、ほかに元朝(げんちょう)、元国(げんこく)、大元帝国(だいげんていこく)、元王朝(げんおうちょう)、大モンゴル国(だいもんごるこく)とも言う。モンゴル人のキヤト・ボルジギン氏が建国した征服王朝で、国姓は「奇渥温」である。

見る 衢州と元 (王朝)

元史

『元史』(げんし)は、元(大元ウルス)について書かれた歴史書(正史)。 清の乾隆帝が定めた二十四史の一。編纂者は宋濂・高啓など。本紀47、表8、志58、列伝97の計210巻からなる紀伝体。成立は明の1369年(洪武3年)。収録年代はチンギス・カンがイェケ・モンゴル・ウルス(モンゴル帝国)を建国した1206年から、順帝トゴン・テムルが大都を放棄した1367年まで。 拙速な編纂により誤謬・重複・脱漏が多いことが早くより知られており、考証学者の銭大昕が「古今、史成るの速やかなる、未だ元史に如く者あらず。而して文の陋劣もまた、元史に如く者なし」と評するなど、清代には既に二十四史の中で最も完成度が低いとの評価が定まっていた。そのため多くの歴史家によって『元史』改訂の試みがなされており、その集大成が20世紀に編纂された『新元史』であった。

見る 衢州と元史

竜游県

竜游県(りゅうゆう-けん)は中華人民共和国浙江省衢州市に位置する県。

見る 衢州と竜游県

衢州市

衢州市(くしゅうし)は、中華人民共和国浙江省に位置する地級市。

見る 衢州と衢州市

衢江区

衢江区(くこうく)は、中華人民共和国浙江省の衢州市に位置する市轄区。

見る 衢州と衢江区

開化県

開化県(かいか-けん)は中華人民共和国浙江省の衢州市に位置する県。

見る 衢州と開化県

至元 (元世祖)

至元(しげん)は、モンゴル帝国のカアン・クビライ(元の世祖)の治世で用いられた元号。1264年 - 1294年。モンゴル語史料ではČi-önと転写されている。

見る 衢州と至元 (元世祖)

李子通

李 子通(り しつう)は、隋末唐初に割拠した群雄の一人。

見る 衢州と李子通

武徳

武徳(ぶとく)は、唐の高祖李淵の治世に行われた年号。唐朝最初の年号。 618年 - 626年。

見る 衢州と武徳

江山市

江山市(こうざん-し)は中華人民共和国浙江省の衢州市に位置する県級市。市内の江郎山は丹霞地形の印象的な山並で、古くから名山として知られ、世界遺産の「中国丹霞」にも含まれている。

見る 衢州と江山市

江浙等処行中書省

江浙等処行中書省(こうせつとうしょ-こうちゅうしょしょう、以下江浙行省と略称する)は元が設置した1級行政区画の行中書省。

見る 衢州と江浙等処行中書省

清(しん)、または清国(しんこく)は、1636年に満洲に建国され、漢民族を征圧し1644年から1912年まで中国本土とモンゴル高原を支配した最後の統一王朝である。首都は盛京(瀋陽)、後に順天府(北京)に置かれた。満洲人のアイシンギョロ氏(満洲語:, 転写:aisin gioro, 愛新覚羅氏)が建てた征服王朝で、満洲語で(ラテン文字転写:daicing gurun、カタカナ転写:ダイチン・グルン、漢語訳:大清国)といい、中国語では大清(、カタカナ転写:ダァチン)と号した。清朝、満清、清王朝、大清国、大清帝国ともいう。 清の影響圏 1917年に張勲が清の最後の皇帝、溥儀を皇帝に立てて清国を復古させたが失敗した(張勲復辟)。

見る 衢州と清

清史稿

『清史稿』(しんしこう)は、中国の辛亥革命による中華民国成立後に、趙爾巽が中心となって約100人余りの学者が編纂した二十四史を継ぐ清朝1代の未定稿の紀伝体歴史書。「二十五史」・「二十六史」と称する場合には同書が数えられる。 本項では、『清史稿』を元に中華民国の国民政府によって編纂された『』(しんし)、および中華人民共和国が全く新しく編纂を進めている『』についても併せて解説する。

見る 衢州と清史稿

朱元璋

朱 元璋(しゅ げんしょう)は、明の初代皇帝。廟号は太祖(たいそ)。諡号は高皇帝(こうこうてい)。その治世の年号「洪武」から洪武帝(こうぶてい)と呼ばれる。

見る 衢州と朱元璋

明(みん)は、中国の王朝である。1368年から1644年まで存在し、明朝あるいは大明とも号した。朱元璋が元を北へ逐って建国し、李自成軍による滅亡の後には、清が李自成政権(順)と明の再建を目指す南明政権を制圧して中国大陸を支配した。

見る 衢州と明

明史

『明史』(みんし、)は、中国清代に編纂された歴史書。二十四史の一つ。「本紀」24巻、「列伝」220巻、「表」13巻、「志」75巻、「目録」4巻の計332巻から構成される紀伝体で、明朝の成立から滅亡までについて記述される。編纂開始は順治年間、完成は1739年(乾隆4年)であるが、大部分は康熙年間に編纂されている。

見る 衢州と明史

浙江省

浙江省(せっこうしょう、中国語:浙江省、拼音:Zhèjiāng Shěng、Zhejiang)は、中華人民共和国の省の一つ。略称は浙(せつ)。華東地区中部に位置し、東シナ海に面す。省都は杭州市。浙とは省内最大の河川・銭塘江を指す。銭塘江は蛇行が激しいことから曲江(きょっこう)、之江(しこう)、折江(せっこう)、浙江などと呼ばれてきた。

見る 衢州と浙江省

旧唐書

『旧唐書』(くとうじょ、)は、中国五代十国時代の後晋出帝の時に劉昫・張昭遠・賈緯・趙瑩らによって編纂された歴史書。二十四史の一つ。唐の成立(618年)から滅亡まで(907年)について書かれている。 当初の呼び名は単に『唐書』だったが、『新唐書』が編纂されてからは『旧唐書』と呼ばれるようになった。

見る 衢州と旧唐書

衢州府 別名。