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大日如来

索引 大日如来

胎蔵曼荼羅の胎蔵大日如来(中央) 胎蔵曼荼羅 金剛界曼荼羅 大日如来(だいにちにょらい、Mahāvairocana)は、真言密教の教主である仏であり、密教の本尊。一切の諸仏菩薩の本地。.

128 関係: 印相台密大修館書店大般涅槃経大毘盧遮那成仏神変加持経天照大神太陽神夜叉奈良康明如来存在宝塔宝生如来室町時代宮坂宥勝宇宙宇宙空間対象富士信仰密教山岳信仰不動明王不空成就如来両界曼荼羅三世三昧耶形平安時代平凡社平等交響曲第4番 (ニールセン)五輪塔五智如来仏 (曖昧さ回避)仏の一覧仏陀地蔵盆マハーバーラタチベット仏教ヴィローチャナボディブリタニカ百科事典嗅覚味覚アスラアタルヴァ・ヴェーダ...円成寺内在全一光明真言前世皮膚感覚現世現在神仏習合神秘秘密種子 (密教)空間空海真如苑真実真理真言宗田中公明無上瑜伽タントラ無相無限鎌倉時代過去聴覚運慶菩薩顕教視覚言語説教高野山大学超越胎蔵界五仏阿しゅく如来阿字観阿弥陀如来薬師如来釈迦釈迦如来金剛峯寺金剛頂経金剛薩た雑阿含経虚空F.E.A.R.林達夫来世東寺東密東京書籍横蔵寺 (岐阜県揖斐川町)永遠汎神論法 (仏教)法身法身普賢漢訳演説持金剛仏未来末代本尊本地垂迹本質本朝世紀浅間神社新紀元社文字意識慈悲思考時間 インデックスを展開 (78 もっと) »

印相

印相(いんそう、いんぞう、mudrā)は、仏教において、手の指で様々な形を作り、仏・菩薩・諸尊の内証を標示するもの。印(いん)、印契(いんげい)、密印、契印ともいう。修行者が本尊と渉入し融合するために、その本尊の印相を結ぶこともある。もともとは、印相に関する定まった軌則は無かったが、密教の発達に伴って相が定まり、意味が説かれるようになった。儀軌の成立した時代の違いや地方の別によって、印相には差異がある。.

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口(くち)は、消化管の最前端である。食物を取り入れる部分であり、食物を分断し、把持し、取り込むための構造が備わっていると同時に、鼻腔と並んで呼吸器の末端ともなっている。文脈により口腔(こうこう)ともいう。なお口腔の読みの例外として、日本医学界においては(こうくう)を正式とする。 生物学に限らず、一般に穴等の開口部を指して口と呼び、それを機軸として、慣用句として様々な意味合いを持つ言葉に発展してきた。.

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台密

台密(たいみつ)とは、天台宗に伝わる密教のこと。京都東寺を根本道場とした真言密教を東密と呼ぶのに対する呼称であり、日本天台宗の開祖である最澄(伝教大師)によって創始されたものである。.

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君(きみ、クン)とは、主に東アジアの漢字文化圏の王朝でみられた君主の称号(君主号)または皇族・王族、貴族(特に外戚・功臣)の称号。.

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大修館書店

株式会社大修館書店(たいしゅうかんしょてん)は、辞典類・教科書・参考書などを刊行する日本の出版社。.

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大般涅槃経

『大般涅槃経』(だいはつねはんぎょう、महापरिनिर्वाणसूत्र(Mahāparinirvāṇa Sūtra、マハーパリニルヴァーナ・スートラ)、महापरिनिब्बानसुत्तन्त Mahaaparinibbaana Sutta(nta)(マハーパリニッバーナ・スッタ(ンタ))は、釈迦の入滅(=大般涅槃(だいはつねはん))を叙述し、その意義を説く経典類の総称である。阿含経典類から大乗経典まで数種ある。略称『涅槃経』。 大乗の『涅槃経』 は、初期の『涅槃経』とあらすじは同じだが、「一切衆生悉有仏性」を説くなど、趣旨が異なる。 涅槃経を宗旨とする宗派涅槃宗が中国で興ったが、日本には直接伝来しなかった。.

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大毘盧遮那成仏神変加持経

『大毘盧遮那成仏神変加持経』(だいびるしゃなじょうぶつじんべんかじきょう、Mahāvairocana-abhisaṃbodhi-vikurvita-adhiṣṭhāna-sūtra)、略して『大毘盧遮那経』(だいびるしゃなきょう、Mahāvairocana-sūtra)、あるいは『大日経』(だいにちきょう)は、7-8世紀頃成立したと考えられている密教経典である。.

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天照大神

天照大神(あまてらすおおみかみ、あまてらすおおかみ)は、日本神話に登場する神。皇室の祖神で、日本国民の総氏神ともされる。『延喜式』では自然神として神社などに祀られた場合の「天照」は「あまてる」と称されている。 天岩戸の神隠れで有名であり、記紀によれば太陽を神格化した神であり、皇室の祖神(皇祖神)とされる。神社としては伊勢神宮が特に有名『八百万の神々』。.

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太陽神

天照皇大神(春斎年昌画、明治20年(1887年)) 太陽神(たいようしん、solar deity)は、 太陽を信仰の対象とみなし神格化したもの。.

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夜叉

ヤクシャ像 シュンガ朝 ギメ東洋美術館 夜叉(やしゃ、、の音写、訳:暴悪・捷疾鬼・威徳)は、古代インド神話に登場する鬼神。薬叉(やくしゃ)とも称する。のちに仏教に取り入れられ護法善神の一尊となった。.

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奈良康明

奈良 康明(なら やすあき、1929年12月2日 - 2017年12月10日)は、日本の仏教学者、曹洞宗の僧侶。駒澤大学総長、名誉教授、文学博士(東京大学)。法清寺東堂、永平寺西堂。 特に、日本におけるインド宗教および仏教研究を文化史的視点から幅広く明らかにした。.

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如来

如来 (にょらい)とは、仏教において、真理(如)に随って来た、真如より現れ出た者、すなわち仏陀のこと。仏の十の称号である十号の一つに数えられる。.

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存在

存在(そんざい、英語 being, existence, ドイツ語 Sein)とは、.

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宝塔

池上本門寺宝塔(国の重要文化財) 宝塔(ほうとう)には以下の2つの語義がある。.

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宝生如来

宝生如来(ほうしょうにょらい、रत्नसम्भव 、ラトナサンバヴァ)は、仏教における信仰対象である如来の一尊。 三昧耶形は三弁宝珠。種子(種子字)はत्राः(タラーク、)。 密教における金剛界五仏の一で、金剛界曼荼羅では大日如来の南方(画面では大日如来の向かって左方)に位置する。唯識思想における仏の悟りの境地のひとつ「平等性智」(びょうどうしょうち)を具現化したものである。これは、全ての存在には絶対の価値があるということを示す。 印相は、左手は腹前で衣を掴み、右手は手の平を前に向けて下げる「与願印」(よがんいん)を結ぶ。 日本における宝生如来の彫像は、五仏(五智如来)の一として造像されたものが大部分であり、宝生如来単独の造像や信仰はまれである。.

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室町時代

室町時代(むろまちじだい)は、日本の歴史において、室町幕府(足利将軍家)によって統治されていた時代である。「室町時代」の名称は、京都の室町に幕府が置かれていたことに由来する。.

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宮坂宥勝

宮坂 宥勝(みやさか ゆうしょう、1921年5月20日 - 2011年1月11日)は、日本の仏教学者・インド哲学研究者、名古屋大学名誉教授、真言宗智山派管長。.

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宇宙

宇宙(うちゅう)とは、以下のように定義される。.

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宇宙空間

地球大気の鉛直構造(縮尺は正しくない) 宇宙空間(うちゅうくうかん、)は、地球およびその他の天体(それぞれの大気圏を含む)に属さない空間領域を指す。また別義では、地球以外の天体を含み、したがって、地球の大気圏よりも外に広がる空間領域を指す。なお英語では を省いて単に と呼ぶ場合も多い。 狭義の宇宙空間には星間ガスと呼ばれる水素 (H) やヘリウム (He) や星間物質と呼ばれるものが存在している。それらによって恒星などが構成されていく。.

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対象

対象(たいしょう、object)とは、認識や意志、欲求のような意識や行為が向けられるもののことである。由来はラテン語のobjectum。広義には客体と同一視することもあり、一般には狭義である目標物または相手の意味でも用いられる。尚、主題に対立し、物的なものから心的なものまでありとあらゆるものが対象となる。.

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富士信仰

浅間大菩薩の御在所とされた人穴の上部にある石碑(人穴富士講遺跡) 富士信仰(ふじしんこう)は、富士山の神に対する神祇信仰。山岳信仰の1つ。.

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密教

密教(みっきょう)とは、秘密の教えを意味し、一般的には、大乗仏教の中の秘密教を指し、秘密仏教の略称とも言われる。金剛乗、あるいは金剛一乗教、金剛乗教ともいう。中国語圏では一般に密宗(ミイゾン)という。.

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山岳信仰

星ヶ森の石鎚山の逢拝所(国の名勝) 山岳信仰(さんがくしんこう)とは、山を神聖視し崇拝の対象とする信仰。.

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不動明王

不動明王 (ふどうみょうおう)、梵名アチャラナータ (अचलनाथ)は、仏教の信仰対象であり、密教特有の尊格である明王の一尊。大日如来の化身とも言われる。また、五大明王の中心となる明王でもある。真言宗をはじめ、天台宗、禅宗、日蓮宗等の日本仏教の諸派および修験道で幅広く信仰されている。 五大明王の一員である、降三世明王、軍荼利明王、大威徳明王、金剛夜叉明王らと共に祀られる。.

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不空成就如来

不空成就如来(ふくうじょうじゅにょらい)、梵名アモーガシッデイ (अमोघसिद्ध&#x093f)は、仏教における信仰対象である如来の一尊。 三昧耶形は羯磨金剛(十字に組み合わされた三鈷金剛杵)。種子(種子字)はアク(aH)。 密教における金剛界五仏の一尊で、金剛界曼荼羅では大日如来の北方(画面では大日如来の向かって右方)に位置する。仏の悟りの境地のうち、唯識思想で言う「成所作智(じょうしょさち)を具現化したものである。これは、何物にもとらわれず実践するという意である。原語の「アモーガ」は「空(むな)しからず」という意味で、この如来が何事も漏らさず成し遂げることを示す。 印相は、左手は腹前で衣を掴み、右手は胸の高さに上げて手のひらを前に向けた施無畏印(せむいいん)を結ぶ。 胎蔵界の北方、天鼓雷音如来(てんくらいおんにょらい)と同体であると考えられている。また釈迦如来と同一視されることもある。 日本における不空成就如来の彫像は、五仏(五智如来)の一として造像されたものが大部分であり、不空成就如来単独の造像や信仰はほとんどないと言って大過ない。.

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両界曼荼羅

両界曼荼羅(りょうかいまんだら)は、日本密教の中心となる仏である大日如来の説く真理や悟りの境地を、視覚的に表現した曼荼羅である。.

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三世

三世(さんぜ、サンスクリット語:Traiyadhvika, Traikālya)とは、仏教でいう過去世・現在世・未来世のこと。また三際(さんざい、後述)ともいう。.

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三昧耶形

三昧耶形(さんまやぎょう/さまやぎょう)とは、密教に於いて、仏を表す象徴物の事。三形(さんぎょう)とも略称する。 ちなみに三昧耶とはサンスクリットで「約束」、「契約」などを意味するサマヤ(samaya)から転じた言葉で、どの仏をどの象徴物で表すかが経典によって予め「取り決められている」事に由来する。 伝統的には如来や菩薩などの仏の本誓、即ち衆生を救済するために起こした誓願を示したものと定義されている。 多くの場合、各仏の持物がそのままその仏を象徴する三昧耶形となる。 例えば不動明王なら利剣(倶利伽羅剣)、聖観音なら蓮華、虚空蔵菩薩なら如意宝珠など。 また、通常持物を持たない如来の場合は特別の象徴物が三昧耶形とされる場合もあるが(大日如来が宝塔など)、印相を以て三昧耶形とする場合もある。 曼荼羅などの仏画では、仏の絵姿の代わりに三昧耶形で描く事も多い。よく知られている例としては、金剛界曼荼羅の三昧耶会と降三世三昧耶会がある。.

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平安時代

平安時代(へいあんじだい、延暦13年(794年) - 文治元年(1185年)/建久3年(1192年)頃)は、日本の歴史の時代区分の一つである。延暦13年(794年)に桓武天皇が平安京(京都)に都を移してから鎌倉幕府が成立するまでの約390年間を指し、京都におかれた平安京が、鎌倉幕府が成立するまで政治上ほぼ唯一の中心であったことから、平安時代と称される。.

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平凡社

株式会社平凡社(へいぼんしゃ)は、日本の出版社。百科事典の出版社として有名で、多様な一般書のほか岩波書店、筑摩書房と並んで学術・教養性の強い出版物を多く刊行する。現在も継続刊行中の東洋文庫(1963年創刊)、『別冊 太陽』(1972年創刊)などは歴史が古い。社名の「平」の字は、厳密には二つの点が末広がりになった旧字体「」を用いる(大正末期創業のため)。.

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平等

平等(びょうどう、equality)とは、偏りや差別が無く、みな等しいこと。.

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交響曲第4番 (ニールセン)

交響曲第4番作品29(FS.76)『不滅(滅ぼし得ざるもの)』(デンマーク語: Det Uudslukkelige / 英語:The Inextinguishable)は、カール・ニールセンが1914年から1916にかけ作曲した、単一楽章の交響曲である。(4つの楽章の要素が移行していくという構成になっていて、しばしば4楽章や2楽章の曲と誤解される。)2群のティンパニによる競演を特徴とし、ニールセンが手がけた交響曲の中でも特に劇的な作品と目されている。.

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五輪塔

西大寺奥の院) 五輪塔(ごりんとう)は、主に供養塔・墓として使われる塔の一種。五輪卒塔婆とも呼ばれる。 一説に五輪塔の形はインドが発祥といわれ、本来舎利(遺骨)を入れる容器として使われていたといわれるが、インドや中国、朝鮮に遺物は存在しない。日本では平安時代末期から供養塔、供養墓として多く見られるようになる。このため現在では経典の記述に基づき日本で考案されたものとの考えが有力である。 教理の上では、方形の地輪、円形の水輪、三角の火輪、半月型の風輪、団形の空輪からなり、仏教で言う地水火風空の五大を表すものとする。石造では平安後期以来日本石塔の主流として流行した。五輪塔の形式は、石造では、下から、地輪は方形(六面体)、水輪は球形、火輪は宝形(ほうぎょう)屋根型、風輪は半球形、空輪は宝珠型によって表される。密教系の塔で、各輪四方に四門の梵字を表したものが多い。しかし早くから宗派を超えて用いられた。 石造のものは石造美術の一分野として重要な位置を占める。.

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五智如来

無量寿如来、北向きに不空成就如来が配されている。毎年1月13日、4月29日、6月13日に御開帳される。 五智如来(ごちにょらい)は、五大如来ともいい、密教で5つの知恵(法界体性智、大円鏡智、平等性智、妙観察智、成所作智)を5体の如来にあてはめたもの。金剛界五仏のことである。 作例としては、東寺(教王護国寺)講堂、京都・安祥寺の像が著名である。.

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仏 (曖昧さ回避)

佛がもとの漢字。国語国字改革以後は「仏」(当用漢字、常用漢字)。.

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仏の一覧

仏の一覧(ほとけのいちらん)では、日本で信仰されている大乗仏教における信仰・造像の対象である広義の仏(ほとけ)の一覧を示す。.

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仏陀

仏陀(ぶつだ、ぶっだ、बुद्ध、(ブッダ))は、仏ともいい、悟りの最高の位「仏の悟り」を開いた人を指す。釈迦牟尼をも意味する。仏(ぶつ)やほとけともいう。.

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形;一般概念.

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体(體、躰、躯、身体、からだ)、身体(しんたい)は、生物学的かつ文化的に規定された、有機体としての人間や動物の構造を指す。人間は身体を通じて世界を経験し、世界を構成する。.

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徳(とく、ἀρετή アレテー, virtūs, virtue)は、人間の持つ気質や能力に、社会性や道徳性が発揮されたものである。 徳は卓越性、有能性で、それを所持する人がそのことによって特記されるものである。人間に備わって初めて、徳は善き特質となる。人間にとって徳とは均整のとれた精神の在り方を指すものである。これは天分、社会的経験や道徳的訓練によって獲得し、善き人間の特質となる。徳を備えた人間は他の人間からの信頼や尊敬を獲得しながら、人間関係の構築や組織の運営を進めることができる。徳は人間性を構成する多様な精神要素から成り立っており、気品、意志、温情、理性、忠誠、勇気、名誉、誠実、自信、謙虚、健康、楽天主義などが個々の徳目と位置付けることができる。.

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地蔵盆

村の辻の地蔵堂(地蔵盆の宵)前に積まれている供え物は、やってきた子供達に配られる。電球ではなく、蝋燭の入った提灯はほの暗い 地蔵盆の提灯 宿場一夜夢街道(兵庫県篠山市) 地蔵盆(じぞうぼん)は、地蔵菩薩の縁日で、厳密には毎月24日であるが、一般的には、その中で特にお盆にも近い旧暦7月24日のものをいう。ただし、寺院に祀られている地蔵ではなく、道祖神信仰と結びついた「路傍や街角のお地蔵さん」いわゆる「辻地蔵」が対象となっている。 ユネスコの無形文化遺産や、日本国の民俗文化財などに該当する。.

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マハーバーラタ

マハーバーラタの作者とされるヴィヤーサ 『マハーバーラタ』(महाभारतम् Mahābhārata)は、古代インドの宗教的、哲学的、神話的叙事詩。ヒンドゥー教の聖典のうちでも重視されるものの1つで、グプタ朝の頃に成立したと見なされている。「マハーバーラタ」は、「バラタ族の物語」という意味であるが、もとは単に「バーラタ」であった。「マハー(偉大な)」がついたのは、神が、4つのヴェーダとバーラタを秤にかけたところ、秤はバーラタの方に傾いたためである。 『ラーマーヤナ』とともにインド二大叙事詩と称され、インド神話を構成する重要な文献の一つある。また、世界3大叙事詩の一つともされる(他の二つは『イーリアス』『オデュッセイア』)。.

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チベット仏教

チベット仏教(チベットぶっきょう)は、チベットを中心に発展した仏教の一派。チベット仏教は、根本説一切有部律の厳格な戒律に基づく出家制度から、大乗顕教の諸哲学や、金剛乗の密教までをも広く包含する総合仏教である。また、独自のチベット語訳の大蔵経を所依とする教義体系を持ち、漢訳経典に依拠する北伝仏教と並んで、現存する大乗仏教の二大系統をなす。 教義としては、智慧と方便を重視する。インド後期密教の流れを汲む無上ヨーガ・タントラが実践されている。ニンマ派、カギュ派、サキャ派、ゲルク派の4宗派が存在するが、いずれも顕教と密教の併修を柱とする。チベットでは、7世紀から14世紀にかけてインドから直接に仏教を取り入れた。そのため、インド仏教の伝統が途絶える寸前の時代に伝来した後期密教が保存されていることが特徴である。 ラマと呼ばれる高僧、特に化身ラマを尊崇することから、かつては一般にラマ教(喇嘛教、Lamaism)と呼ばれ、ややもすると、仏教とは異質な宗教と見なす向きもあったが、その実態が一般の認識を得るにつれ、ラマ教という呼称は不適切だとして、現在では使用されなくなっている。.

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ヴィローチャナ

ヴィローチャナ (Virocana) は、インド神話や仏教説話で古くから、アスラ(阿修羅)族の王とされる。.

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ボディ

工学系ではボデー、より原語に近い発音としてバディーがある。その他、ボディーなどの表記の揺れがある。 ボディ(body).

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ブリタニカ百科事典

ブリタニカ百科事典(ブリタニカひゃっかじてん、)は、英語で書かれた百科事典である。110人のノーベル賞受賞者と5人のアメリカ合衆国大統領を含む4,000人以上の寄稿者と専任の編集者約100人によって書かれており、学術的に高い評価を受けている。 英語の百科事典としては最古のものであり、今もなお製作されている。1768年から1771年にかけて、エディンバラで3巻の百科事典として発行されたのが始まりである。収録された記事は増えていき、巻数は第2版で10巻、第4版(1801年から1810年)では20巻となった。学術的な地位の向上は高名な寄稿者を招くのに役立ち、第9版(1875年から1889年)と第11版(1911年)は、文体と学術的知識において画期的なものとなった。版権が米国に移った第11版からは北米市場に売り込むため短く簡潔な記事となっていった。1933年、ブリタニカは百科事典としては初めて継続的な改訂が行われるようになった。2012年3月ブリタニカ社は、紙の書籍としての発行を取り止めオンライン版 に注力すると発表し、2010年に32巻で印刷されたものが紙の書籍としては最後となった。 1972年より日本語版もあり、『ブリタニカ国際大百科事典』(Britannica International Encyclopædia)として出版されている。 第15版からは三部構成となっている。短い記事(ほとんどが750語以下からなる)のマイクロペディア(小項目事典)12巻、長い記事(2~310ページ)のマクロペディア(大項目事典)19巻、そして知識を系統立てる、もしくは概観を示すプロペディア(総論・手引き)1巻である。マイクロペディアは簡単な調べ物やマクロペディアの手引書としての役割を担っている。記事の概観や詳細を知るためにはプロペディアを閲覧することが推奨されている。ブリタニカはおよそ50万の記事が約4000万語で記述されており、70年以上ほぼ一定に保たれている。1901年以降は米国を拠点に出版されてきたが、主にイギリス英語で書かれている。.

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嗅覚

嗅覚(きゅうかく)とは、においの感覚のこと広辞苑 第5版 p.676。.

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味覚

味覚(みかく)は、動物の五感の一つであり、食する物質に応じて認識される感覚である。生理学的には、甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の5つが基本味に位置づけられる。基本味の受容器はヒトの場合おもに舌にある。基本味が他の要素(嗅覚、視覚、記憶など)で拡張された知覚心理学的な感覚としての味は、風味(ふうみ)と呼ばれることが多い。また、認識の過程を味わう(あじわう)と言う。.

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アスラ

アスラ(असुर asura)とは、インド神話・バラモン教・ヒンドゥー教における神族または魔族の総称。 本来、『リグ・ヴェーダ』に見られるように、古代インドにおいてアスラは悪役的な要素はあまりなく、デーヴァ神族の王インドラに敵対することもある天空神・司法神ヴァルナとその眷属を指していたが、その暗黒的・呪術的な側面が次第に強調されるようになり、時代が下った古代インドではアスラを魔族として扱うようになった。「アスラはア(a=非)・スラ(sura=生)である」という俗語源説も、この転回を支持するものだった。 インド神話がバラモン教からヒンドゥー教へと発展し、シヴァ・ヴィシュヌが新しく主神となると、アスラはヴァルナの眷属であるという設定はなくなり、神々の敵対者、主にダーナヴァ族・ダイティヤ族の総称としてアスラの呼称は使われるようになった(カシュヤパ仙の憎しみから生まれたヴリトラや、シヴァの破壊衝動から生まれたジャランダーラなどもアスラとして扱われているため、必ずしもこの限りではない)。彼らはデーヴァ(神々)のようにアムリタを飲んではいないため、不死・不滅の存在ではないが、自らに想像を絶する厳しい苦行を課すことによって神々をも超越する力を獲得し、幾度となくデーヴァ(神々)から世界の主権を奪うことに成功している。 アスラが仏教に取り込まれてそれが中国に伝わると、漢字を当てて「阿修羅」と表記されるようになった。また、中国において「阿」の文字が名の接頭辞(日本でいう「○○ちゃん」、また1文字の女性名(:Category:日本語の女性名参照)に添えられる「お」に該当する)と同じ表現であることからか、「修羅」とも呼ばれる。.

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アタルヴァ・ヴェーダ

『アタルヴァ・ヴェーダ』(अथर्ववेदः Atharva-Veda)は、4つあるヴェーダ本集のひとつで、主にバラモン教の呪術的な儀式典礼が記されたものである。.

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円成寺

円成寺(えんじょうじ)は、奈良市忍辱山町(にんにくせんちょう)にある真言宗御室派の仏教寺院。山号は忍辱山(にんにくせん)、本尊は阿弥陀如来。 奈良市街東方の柳生街道沿いに位置する古寺で、仏師・運慶のもっとも初期の作品である国宝・大日如来像を所蔵する。.

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内在

内在(ないざい、)とは、神学・形而上学において用いられる語彙・概念で、神(絶対者)が世界の中にいること。対義語は超越。.

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*全(ぜん) - すべて、全部。⇒ 全体集合.

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全一

全一(ぜんいつ)とは、完全に一つにまとまっていること、また、そのさま。.

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上方から入ってきた光の道筋が、散乱によって見えている様子。(米国のアンテロープ・キャニオンにて) 光(ひかり)とは、基本的には、人間の目を刺激して明るさを感じさせるものである。 現代の自然科学の分野では、光を「可視光線」と、異なった名称で呼ぶことも行われている。つまり「光」は電磁波の一種と位置付けつつ説明されており、同分野では「光」という言葉で赤外線・紫外線まで含めて指していることも多い。 光は宗教や、哲学、自然科学、物理などの考察の対象とされている。.

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光明真言

光明真言(こうみょうしんごん)は、正式名称は不空大灌頂光真言(ふくうだいかんぢょうこうしんごん)という密教の真言である。密教経典である「不空羂索神変真言経(菩提流志訳)」や「不空羂索毘盧遮那仏大灌頂光真言(不空訳)」に説かれる。.

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前世

前世(ぜんせ)とは、ある人生を起点として、それより前の人生のことを指す。転生を認める世界観ならば、必然的に内包する概念である。人の転生が何度も繰り返されているということを認めるならば、全ての人は皆、ひとつではなく多数の前世を持っているということになる。.

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皮膚感覚

膚感覚(ひふ かんかく)とは、触覚、痛覚、温度覚など、主に皮膚に存在する受容細胞によって受容され、体表面に生起すると知覚される感覚のことを指す。深部感覚などとあわせて体性感覚と呼ばれることが多い。.

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現世

世(げんせ、げんせい、うつしよ)とは、現在の世のこと広辞苑第五版デジタル大辞泉。古くは「げんぜ」とも読む。.

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現在

在(げんざい、まれに見在の表記も)は、過去や未来と対になる概念を言う。この用法で使うときには「今」という語に置き換えることができる場合も多い。 また、広義では近い過去(最近)や近未来も含んだ幅のある時間を指す。.

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神仏習合

仏習合(しんぶつしゅうごう)とは、日本土着の神祇信仰(神道)と仏教信仰(日本の仏教)が混淆し一つの信仰体系として再構成(習合)された宗教現象。神仏混淆(しんぶつこんこう)ともいう。明治維新に伴う神仏判然令以前の日本は、1000年以上「神仏習合」の時代が続いた。.

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神秘

(しんぴ)とは、人間の知恵では計り知れない不思議、普通の認識や理論を超えたこと。 古くは「じんぴ」とも。英語では「mystery (ミステリー)」「secret(シークレット)」と表される。.

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秘密

密(ひみつ、英語:secrecy)とは、個人ないしひとつの組織、団体が、外集団に対して公開することのない情報を指す言葉。外部に知られることによる不利益を回避するために用いられることが多い。また、一定の組織(軍や国家)において、特別な意味を持つ秘密を機密と呼び、区別する。.

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種子 (密教)

子(しゅじ、बीजाक्षर )は密教において、仏尊を象徴する一音節の呪文(真言)。チベット密教ではサポン(蔵: )と訳される。種子真言(しゅじしんごん)ともいう。 梵字で表記したものを、日本密教では特に種子字(しゅじじ)と言い、また種字(しゅじ)とも略称し、一般にはこの「種字」という表記が多用される。これは通常一文字で表記されるが、極めて稀に閉音節の物があり、この場合は二文字で表記される。 種子の例を挙げると、वं()は金剛界大日如来、ह्रीः()は阿弥陀如来、स()は聖観音、हां()は不動明王、सु()は弁才天を象徴するものである。種子は梵字の神秘的解釈(悉曇五十字門)から作られるほか、その仏尊の真言から一文字取ったり、仏尊の梵名の頭文字を取って作ることも多い。 これら種子は、密教の修法において本尊となる仏を想起するためのシンボルとなるので、これを植物の種に譬えて種子という。 また護符や曼荼羅などに、仏尊の絵姿の代わりに種子を書くことも多い。 これには、絵姿を描くより梵字で済ませた方が手間がかからないという実用的な意味もある。.

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空間

間(くうかん)とは、.

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空海

海(くうかい、宝亀5年(774年) - 承和2年3月21日(835年4月22日))は、平安時代初期の僧。弘法大師(こうぼうだいし)の諡号(921年、醍醐天皇による)で知られる真言宗の開祖である。俗名(幼名)は佐伯 眞魚(さえき の まお)。日本天台宗の開祖最澄(伝教大師)と共に、日本仏教の大勢が、今日称される奈良仏教から平安仏教へと、転換していく流れの劈頭に位置し、中国より真言密教をもたらした。能書家としても知られ、嵯峨天皇・橘逸勢と共に三筆のひとりに数えられている。.

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真如苑

真如苑(しんにょえん)は、東京都立川市柴崎町の真澄寺(旧・真言宗立川不動尊教会)に本部を置く、真言宗系の在家仏教の団体小村の信仰学1995『日本大百科全書 12』(1986.11)P566,P567 新宗教小野泰博『日本宗教事典』弘文堂(1987/2)P645井上順孝/他『新宗教事典(本文篇)』弘文堂(1994/07) P38,P60文化庁『宗教年鑑 平成28年版』 P15,P16宗教教団新研究会『最新「宗教」教団ガイドブック』 ベストブック (2011/08)P58~P61。戦後、宗教団体法の廃止に伴ない真言宗から独立した。1951年に大般涅槃経を所依の経典とし「真如苑」と改称。1953年、宗教法人として認証を受けた沼田健哉『真如苑の研究』桃山学院大学社会学論集 24(1), P55-86, 1990年9月 (本論文は、沼田健哉『宗教と科学のネオパラダイム 新新宗教を中心として』 創元社(1995/1)P359~395 に加筆・修正して収録されている) 島田裕巳『日本の10大新宗教』 幻冬舎(2007/11) P185島田裕巳『現代にっぽん新宗教百科』 柏書房 (2011/09) P90~P97。.

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真実

真実(しんじつ、ἀλήθεια、veritas、truth).

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真理

真理(しんり、ἀλήθεια、veritas、truth、vérité、Wahrheit)とは、確実な根拠によって本当であると認められたこと。ありのまま誤りなく認識されたことのあり方。真実とも。 真理は、現実や事実と異なり、妨害・障害としての虚偽・誤謬を対義語としており、露わさ、明らかさ、隠れなさに重点がある。そのものありのままであり、あらわであり、その本質が覆われていない、という意義に関しては、哲学的には本質主義や同一性とも関わりが深い。西欧哲学において真理論は論理学や認識論においてとりわけ主題化される。 真理論の歴史は、古代ギリシアに始まる。人間を尺度とする相対的なものの見方に反論する形で、永遠性・普遍性を有する真理の概念が生まれた。このような絶対性を内実とする真理概念は独断主義を生み、これに対する防衛・反抗が懐疑主義を生んだ。そのどちらにも陥らず、確実な知識の基礎付けを求めて近代の認識論が始まり、その後、真理の担い手が思惟・観念・判断、命題、「事物」(羅:res、レス)等のいずれであるか、について議論がなされてきた。現代論理学では真理の担い手は命題であるとされ、真と偽を合わせて真理値という。論理学で、「Pは○か○でないかのいずれかである(○であり、かつ○でない、ということはない)」という形をした文は○の内容に関係なく正しいので、これは「形式的真理」と呼ばれ、思惟と思惟自身の一致と定義される。このような形式的な形相についてではなく、質料について真理が語られるときは「実体的真理」という。判断について真理が語られるときを「認識論的真理」といい、存在について真理が語られるときを「存在論的真理」という加藤信朗。現代の真理概念は様々な形で修正を受け、相対的な傾向を強めている。 論証する、つまり、言語による表現であることが真理に不可欠であり、哲学的にはロゴスとも関わりが深い。東洋には不言真如という概念もある。 人間を自由にするものとしての真理が説かれることもある。キリスト教では「真理はあなたたちを自由にする(ヨハネ8章32節) 」と説かれている。仏教では、人間を苦しみから解放する真理をあらわす「法」が説かれる。.

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真言宗

右 真言宗(しんごんしゅう)は、空海(弘法大師)によって9世紀(平安時代)初頭に開かれた、大乗仏教の宗派で日本仏教のひとつ。真言陀羅尼宗(しんごんだらにしゅう) - コトバンク/世界大百科事典、曼荼羅宗(まんだらしゅう)、秘密宗(ひみつしゅう)とも称する。 空海が長安に渡り、青龍寺で恵果から学んだ密教を基盤としている。.

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田中公明

中 公明(たなか きみあき、1955年2月15日 - )は、日本の仏教学者、チベット仏教学者。 福岡県八幡市(現・北九州市八幡東区)生まれ。1979年、東京大学文学部卒業(印度哲学専攻)、1984年、東京大学大学院人文科学研究科印度哲学専門課程博士課程満期退学。東京大学文学部部助手(文化交流)、東方研究会専任研究員を歴任。富山県の瞑想の郷(利賀ふるさと財団)主任学芸員。 1988 - 89年、ネパールに留学。1993年には、イギリス・オックスフォード大学留学。2003年、北京の日本学研究センターで短期派遣教授の任に就く。.

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無上瑜伽タントラ

無上瑜伽タントラ(むじょうゆがタントラ 、Anuttarayoga-tantra、蔵:、無上ヨーガ・タントラ)とは、8世紀後半以降に作られたインド後期密教経典群のチベット仏教における総称。.

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無相

無相(むそう、宝暦6年(1756年) - 文化8年11月3日(1825年12月18日))は、江戸時代後期の僧。新義真言宗豊山派における法相教学・華厳教学の学僧であり、連歌をよくした。字は無動。.

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無限

無限(むげん、infinity、∞)とは、限りの無いことである。 直感的には「限界を持たない」というだけの単純に理解できそうな概念である一方で、直感的には有限な世界しか知りえないと思われる人間にとって、無限というものが一体どういうことであるのかを厳密に理解することは非常に難しい問題を含んでいる。このことから、しばしば哲学、論理学や自然科学などの一部の分野において考察の対象として無限という概念が取り上げられ、そして深い考察が得られている。 本項では、数学などの学問分野において、無限がどのように捉えられ、どのように扱われるのかを記述する。.

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物(もの、ぶつ)とは、広義には対象を特定化せず一般的・包括的にいう語であり、人間が知覚し思考し得る対象の一切である。.

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鎌倉時代

伝・源頼朝肖像 鎌倉・高徳院の大仏 鎌倉時代(かまくらじだい、1185年頃 - 1333年)は、日本史で幕府が鎌倉に置かれていた時代を指す日本の歴史の時代区分の一つである。朝廷と並んで全国統治の中心となった鎌倉幕府が相模国鎌倉に所在したのでこう言う。本格的な武家政権による統治が開始した時代である。 始期については従来の1192年の征夷大将軍就任説をはじめ諸説あるが、東国支配権の承認を得た1183年説と守護・地頭設置権を認められた1185年説が有力になっている。(詳細は鎌倉幕府#概要を参照).

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過去

過去(かこ)とは、時間の流れを3つに分けて理解する場合の、既に過ぎ去った部分のこと。現在より以前の時のこと。あるいは、すでに終わったできごとのこと。昔。対義語は未来。.

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聴覚

聴覚(ちょうかく)とは、一定範囲の周波数の音波を感じて生じる感覚のこと広辞苑 第5版 p.1738。.

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運慶

東大寺金剛力士像(阿形像) 運慶(うんけい、生年不詳 - 貞応2年12月11日(1224年1月3日))は、平安時代末期、鎌倉時代初期に活動した仏師。.

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菩薩

菩薩(ぼさつ、梵名ボーディ・サットヴァ(बोधिसत्त्व, bodhisattva) の音写、bodhisatta)は、仏教において、一般的には、悟り(菩提, bodhi)を求める衆生(薩埵, sattva)を意味する。菩提薩埵とも音写される。.

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顕教

顕教(けんきょう、けんぎょう)とは、仏教の中で、秘密にせず明らかに説かれた教えのこと。密教の反対語。真言宗の開祖である空海が、密教が勝れているという優位性の観点から分類した教相判釈の一つである。 空海は、顕教と密教を次のように区別した。;顕教;密教 空海の解釈では、経典をそれぞれ次のように位置づけた。.

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視覚

視覚(しかく、)とは、眼を受容器とする感覚のこと。.

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言語

この記事では言語(げんご)、特に自然言語について述べる。.

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説教

説教(せっきょう)とは、宗教の教義・教典を、その信者や民衆に、口頭で説き明かすこと。また、そこで話される内容そのものを指す場合もある。転じて、目下の者に対して、教え導くために言い聞かせることや、堅苦しい教訓をいう場合もある(「親に説教される」など)。 本来の語義における説教の場面では、説教をする者(説教者、説教家)は、一般信徒や民衆よりも高度で専門的な教義・教典についての知識や見識を有する者であること、さらにそれをわかりやすく教え伝える能力に長けていることが期待される。.

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高野山大学

記載なし。

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超越

超越(ちょうえつ)とは、普通の程度を遙かに越えること、または、ある物が別の高い次元にあることを表す語彙・概念である。ここでは後者、とりわけ西洋の神学や哲学(形而上学)における、特殊な用法としての「超越」(transcendence)について解説する。.

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胎蔵界五仏

胎蔵曼荼羅中台八葉院 胎蔵五仏(たいぞうかいごぶつ)は、仏教の尊像の一種で、密教の世界観を表した両部曼荼羅のうちの1つ、胎蔵曼荼羅の中心に位置する5体の仏のことである。具体的には、大日如来、宝幢(ほうとう)如来、開敷華王(かいふけおう)如来、無量寿如来、天鼓雷音(てんくらいおん)如来を指す。 密教では金剛界曼荼羅と胎蔵曼荼羅の2つを最も重視しており、これらを合わせて両部曼荼羅という。これらはいずれも7世紀頃にインドで成立した密教経典に基づいて、密教的世界観、悟りの世界を視覚化したものである。胎蔵曼荼羅は『大日経』の所説に基づいて作られたもので、サンスクリット語の元の意味は「大いなる慈悲から生じた曼荼羅」である。なお「金剛界」と対になる関係で、日本では平安時代以来、天台宗から「胎蔵界」曼荼羅と称され始めるが、原語には「界」(世界)を意味する語は含まれず、語源的には誤った表現である。また本来は慈悲を表すため区切りを意味する「界」を付けるのは不適切であり、正しくは胎蔵生曼荼羅と称すべきである。 胎蔵曼荼羅は全部で12の区画に分かれており、そのうち、中心になる「中台八葉院」には蓮華の中央に大日如来、周囲の8つの花弁には宝幢、開敷華王、無量寿、天鼓雷音の四仏と、普賢、文殊、観自在(観音)、弥勒の四菩薩が位置している。このうち、大日如来と四仏を合わせて胎蔵五仏と呼ぶ。大日如来以外の四仏の位置と方角をまとめると次の通りである。.

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阿しゅく如来

阿閦如来(『図像抄』) 阿閦如来(あしゅくにょらい)、梵名アクショービヤ(अक्षोभ्&#x092f)は、仏教における信仰対象である如来の一尊。東方の現在仏。阿閦仏ともいう。漢訳仏典では阿閦婆などとも音写し無動、無瞋恚、無怒などと訳す。 三昧耶形は五鈷金剛杵。種字はウーン(हूं、)。真言はオン・アキシュビヤ・ウン。蜜号は不動金剛。.

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阿字観

阿字観(あじかん)は、密教の根本経典の一つである『大日経』(大正蔵:№848)において初出し、主に密教において説かれる瞑想法であり、日本では、平安時代の弘法大師空海によって伝えられたとするものを指す。.

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阿弥陀如来

阿弥陀如来(あみだにょらい)は、大乗仏教の如来の一つである。梵名はアミターバ()、あるいはアミターユス ()といい、それを阿弥陀と音写する。阿弥陀仏(阿弥陀佛)ともいい、また略して弥陀仏ともいう。 梵名のアミターバは「量(はかり)しれない光を持つ者」、アミターユスは「量りしれない寿命を持つ者」の意味で、これを漢訳して・無量光仏、無量寿仏ともいう。西方にある極楽浄土という仏国土(浄土)を持つ(東方は薬師如来)。.

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薬師如来

薬師如来(やくしにょらい、Bhaiṣajyaguru, バイシャジヤグル)、あるいは薬師瑠璃光如来(やくしるりこうにょらい)は、大乗仏教における如来の一尊。大医王、医王善逝(いおうぜんぜい)とも称する。 三昧耶形は薬壺、または丸薬の入った鉢。種字は尊名のイニシャルのバイ(भै、)。.

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釈迦

釈迦(しゃか)は、紀元前5世紀前後の北インドの人物で、仏教の開祖である。.

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釈迦如来

釈迦如来(しゃかにょらい、しきゃじらい)または釈迦牟尼仏とは、仏教の開祖である釈迦(ゴータマ・シッダッタ、ガウタマ・シッダールタ、瞿曇悉達多)を、仏(仏陀)として敬う呼び名である。.

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金剛峯寺

金剛峯寺(こんごうぶじ)は、和歌山県伊都郡高野町高野山にある高野山真言宗総本山の寺院。 高野山は、和歌山県北部、周囲を1,000m級の山々に囲まれた標高約800mの平坦地に位置する。100か寺以上の寺院が密集する、日本では他に例を見ない宗教都市である。京都の東寺と共に、真言宗の宗祖である空海(弘法大師)が修禅の道場として開創し、真言密教の聖地、また、弘法大師入定信仰の山として、21世紀の今日も多くの参詣者を集めている。2004年(平成16年)7月に登録されたユネスコの世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』の構成資産の一部、pp.39,75。 「金剛峯寺」という寺号は、明治期以降は1つの寺院の名称になっている。しかし金剛峯寺の山号が高野山であることからも分かるように、元来は真言宗の総本山としての高野山全体と同義であった。本項では「金剛峯寺」を中心に、高野山全体の歴史、信仰、文化財について触れる。寺紋は五三桐紋と三つ巴紋。.

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金剛頂経

『金剛頂経』(こんごうちょうぎょう、Vajraśekhara Sūtra/Tantra, ヴァジュラシェーカラ・スートラ/タントラ)は、大乗仏教の密教部経典。 後に『初会金剛頂経』(しょえこんごうちょうきょう)と分類される経典、すなわち『一切如来の真実を集めたものと名付ける大乗経典』(Sarvatathāgata-tattvasaṃgrahaṃ-nāma-mahāyāna-sūtraṃ)、略して『真実摂経』(しんじつしょうきょう、Tattvasaṃgraha Sūtra/Tantra, タットヴァサングラハ・スートラ/タントラ))を編纂したグループが、その後次々と作製・編纂していった「金剛頂経」系テキストの総称である。 通常は、不空の『金剛頂経瑜伽十八会指帰』(大正蔵869)の説明に従い、全十八会(部)・十万頌とする。.

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金剛薩た

金剛薩埵(こんごうさった、वज्रसत्त्व Vajrasattva)は、中期密教においては大日如来の教えを受けた菩薩で、密教の第二祖とされた。後期密教においては、(法身普賢(普賢王如来)、持金剛と並んで本初仏(原初仏)へと昇格した。金剛(ダイヤモンド)のように堅固な菩提心を持つと称される。.

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雑阿含経

『雑阿含経』(ぞうあごんきょう、Saṃyukta Āgama)とは、仏教の漢訳『阿含経』の1つ。説一切有部所伝。パーリ語経典の「相応部」(サンユッタ・ニカーヤ)に相当するが、パーリ語経典相応部と異なり、こちらは「雑」の名からも分かるように、元々の主題別のまとまりが崩れてしまっている - 中央学術研究所。計1362経。大正新脩大蔵経No99。.

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虚空

虚空(こくう)とは、.

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F.E.A.R.

F.E.A.R.

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林達夫

林 達夫(はやし たつお、1896年11月20日 - 1984年4月25日)は、日本の思想家、評論家。西洋精神史、文化史、文明史にわたる著作が多い。.

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来世

古代エジプトにおける死後の世界が描かれたパピルス 莫高窟で発見された死後の世界の図 来世(らいせ、らいしょう)あるいは後世(ごせ、ごしょう)は、今世(今回の人生)を終えた後に、魂が経験する次の人生、あるいは世界のこと。また、動物におけるそれのことを指す場合もある。 神道においては常世(黄泉)のことを指す。仏教では「三世」のひとつ (「前世、現世、来世」のこと。仏教以外においては人生に焦点を当てた「過去生、現在生、未来生」という表現もある)。.

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東寺

東寺(とうじ)は、京都市南区九条町にある東寺真言宗の仏教寺院。東寺は真言宗の根本道場であり、東寺真言宗の見解では、真言宗全体の総本山としている。「教王護国寺」(きょうおうごこくじ)とも呼ばれる(名称については「寺号」の節を参照)。山号は八幡山。本尊は薬師如来。寺紋は雲形紋(東寺雲)。 東寺は平安京鎮護のための官寺として建立が始められた後、嵯峨天皇より空海(弘法大師)に下賜され、真言密教の根本道場として栄えた。中世以降の東寺は弘法大師に対する信仰の高まりとともに「お大師様の寺」として庶民の信仰を集めるようになり、21世紀の今日も京都の代表的な名所として存続している。昭和9年(1934年)に国の史跡に指定、平成6年(1994年)12月には「古都京都の文化財」として世界遺産に登録された。.

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東密

東密(とうみつ)とは、真言宗に伝わる密教のことである。天台宗に伝わる密教を台密と呼ぶのに対していう。東密の語の由来は、空海が東寺(教王護国寺、現:京都市南区九条)を真言密教の根本道場としたことによるものである。 本有学派・修生学派の2つがある。 東密では、高野山・東寺・根来寺を併せて三大学風と称する。主にこの3箇所を中心にして、教学の研鑽・研究・発展が見られた。 806年(大同元年)、唐から帰朝した空海は、密教のみが悟りの境地へ深達するための真実門であるとして、東寺を都における活動の場の中心に、真言密教を広めた。その後、広沢流・小野流の2流に分かれ、さらに数多くの派に分かれていった。鎌倉時代には東密三十六流と呼ばれた。.

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東京書籍

東京書籍株式会社(とうきょうしょせき、略称:東書(とうしょ)、英語:TOKYO SHOSEKI CO.,LTD.)とは、教科書をはじめとする出版事業等を営む企業である。.

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業(ごう、कर्मन् karman)とは、行為、所作、意志による身心の活動、意志による身心の生活を意味する語。仏教およびインドの多くの宗教の説では、善または悪の業を作ると、因果の道理によってそれ相応の楽または苦の報い(果報)が生じるとされる。業は果報と対になる語だが、業の果報そのものを業という場合もある。.

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横蔵寺 (岐阜県揖斐川町)

寺門と紅葉 横蔵寺(よこくらじ)は岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲神原にある天台宗寺院。山号は両界山、本尊は薬師如来。西美濃三十三霊場第一番札所。重要文化財を含む多数の文化財を有し、「美濃の正倉院」とも呼ばれる。紅葉の名所でもあり秋の行楽シーズンには特に多くの参拝客が訪れる。このシーズンに「横蔵寺もみじまつり」が開催されライトアップが行われている。.

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永遠

永遠(とわ、えいえん)とは、物事の変化を認識するための概念である時間に対し、変化しないものの概念であり、常に移ろい過ぎ去っていく時間に対し、不変のものを言う。また、時間が有限であるのに対し、永遠であるということは無限であるということでもある。 有形、無形を問わずそれが何時の時点から存在するかを推し量れない過去から有る、元元・本来ある、またはある時点から存在している、いずれであってもそれらが過去から現在に、さらに際限のない未来へと不変の状態や形式で無限に存在し続けること。 芸術や哲学、宗教にとって、重要なテーマである。.

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汎神論

汎神論(はんしんろん)とは、神と宇宙、または神と自然とは同一であるとみなす哲学的・宗教的立場である竹内良和「近世の汎神論」『概念と歴史がわかる西洋哲学小事典』生松敬三・木田元・伊藤俊太郎・岩田靖夫編、筑摩書房〈ちくま学芸文庫〉、2011年、308頁。。万有神論、汎神教とも。古代インドのヴェーダとウパニシャッド哲学、ソクラテス以前のギリシア思想、近代においては、スピノザ、ゲーテ、シェリング等の思想がこれに属する。 汎神論においては、一切のものは神の顕現であるとされる。あるいは世界における神の内在や遍在が強調される。一切のものと神とを一元論的に理解しようとする汎神論においては、理論上、神は非人格的原理としてのそれである場合が多いが、人格神を立てる有神論的宗教の理論的思弁や神秘主義、あるいは祭祀上の習合からも汎神論的傾向が生じる田丸徳善「汎神論」『宗教学辞典』小口偉一・堀一郎 監修、東京大学出版会、1973年、615-616頁。。汎神論は歴史上それ自体として存立したものではなく、さまざまな宗教のなかにみられる一定の傾向であり、汎神論的態度は古代・中世にもあったが、ヨーロッパで頻出するようになるのは16世紀以降である。 英語の pantheism (パンセイズム)は、ギリシア語の pan(全て)と theos(神)の合成語で、文字どおり「全ては神」で「神は全て」を意味する宮嶋俊一「汎神論」『宗教学辞典』 星野英紀・池上良正他編、丸善、2010年。。つまり神と一切万物(または宇宙・世界・自然)とが同一であるとする思想であるが、一口に汎神論といってもさまざまな形態がある。一方では「神が全てである」ことを強調する無宇宙論 (acosmism) があり、他方では「森羅万象が神である」ことを強調する汎宇宙論 (pancosmism) がある。後者の立場は一種の唯物論に通じ、神の非人格性が顕著であるため無神論的とされる場合がある。ドイツの哲学者K・C・F・クラウゼは、万物を神の内包と捉える万有在神論 (panentheism) を主張した。.

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法(ほう).

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法 (仏教)

仏教における法(ほう、、ダルマ(ダーマ)、パーリ語:、プラークリット: धम्म、ダンマ)とは、法則・真理、教法・説法、存在、具体的な存在を構成する要素的存在などのこと。本来は「保持するもの」「支持するもの」の意で、それらの働いてゆくすがたを意味して「秩序」「掟」「法則」「慣習」など様々な事柄を示す。三宝のひとつに数えられる。仏教における法を内法と呼び、それ以外の法を外法と呼ぶ。 ダルマは「たもつ」「支持する」などの意味をもつ動詞 (dhR) からつくられた名詞であり、漢訳仏典では音写されて達磨(だつま)、達摩(だつま)、曇摩(どんま)、曇無(どんむ)などとなり、通常は「法」と訳されている。.

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法身

法身 (ほっしん、Skt:dharma-kaaya、धर्मकाय) 法身・報身(ほうじん)・応身(おうじん)の三身(さんじん)の一つで、真理そのものとしてのブッダの本体、色も形もない真実そのものの体をいう。真理(法)の身体、真理(法)を身体としているものの意味で、「法仏(ほうぶつ)」「法身仏(ほっしんぶつ)」「自性身(じしょうしん)」「法性身(ほっしょうしん)」などともいう。 部派仏教の時代、説一切有部(せついっさいうぶ)では、仏陀(ぶっだ)の肉身である生身(しょうしん)に対して、仏陀の説いた正法(しょうぼう)や十力(じゅうりき)などの功徳(くどく)を法身と呼んだ。大乗仏教では絶待的な真理を法身という。また、如来蔵(にょらいぞう)説では、如来蔵が煩悩(ぼんのう)を離れてそれ自身を現したものをいう。 法身の本性(ほんしょう)については、密教では自性(じしょう)・受用(じゅゆう)・変化(へんげ)・等流(とうる)の四身をすべて法身とみなす四種法身を説いている。.

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法身普賢

法身普賢(ほっしんふげん)は梵:サマンタバドラ(Samantabhadra)といい、チベット語ではクントゥ・サンポ(kuntu bzangpo)、あるいはクンツサンポと呼ばれる。後期密教における最高位の存在で、全ての仏の父母であり、根源である究極の存在。法身普賢は如来の姿をとり、双身と単身の二相があるが、双身は結跏趺坐の姿で、后である普賢仏母(クントゥ・サンモ:kuntu bzangmo)とヤブユムの姿で歓喜している。中国密教では普賢王如来とも呼ばれる。.

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漢訳

漢訳(かんやく)は、漢字文化圏に外側から入ってきた文章や、概念などを漢文・漢語へと翻訳を行なうことである。.

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演説

演説(えんぜつ)とは、議会や民衆などの前で自らの主義、主張を話すこと。スピーチ(英: Speech)ともいう。演舌とも。.

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持金剛仏

持金剛仏(じこんごうぶつ、チベット語: རྡོ་རྗེ་འཆང་།  、वज्रधार )とは、チベット仏教のカギュ派・ゲルク派における信仰対象。新派(サルマ)において法身仏として扱われている。 元来は、五仏(五智如来)に続く第六尊として配置されていたが、その後、五仏の特性の全てを兼ね備えると同時に、五仏を統括する第六尊へと昇格した。法身普賢や金剛薩埵と並んで本初仏()として尊崇されている。.

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未来

未来(みらい、futur、Zukunft、future)とは、.

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末代

末代(まつだい、1103年(康和5年)~?)は、平安時代の僧で村山修験の祖。富士上人とも。名は有鑑。駿河国の出身。.

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本尊

本尊(ほんぞん)とは、仏教寺院や仏壇などに最も大切な信仰の対象として安置される仏像・経典・仏塔、お守りとして身辺に常時携帯されるもの、仏や菩薩などの彫刻・絵画・曼荼羅(まんだら)・名号などをいう。 また比喩として派生した用法として、.

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本地垂迹

飯綱権現を祀る高尾山薬王院の権現堂 本地垂迹(ほんじすいじゃく)とは、仏教が興隆した時代に発生した神仏習合思想の一つで、日本の八百万の神々は、実は様々な仏(菩薩や天部なども含む)が化身として日本の地に現れた権現(ごんげん)であるとする考えである。.

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本質

本質(ほんしつ、ουσια (ousia), substantia / essentia)とは、あるものがそのものであると云いうるために最低限持たなければいけない性質をいう。もしくはそうした性質からなる理念的な実体をいう場合もある。.

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本朝世紀

『本朝世紀』(ほんちょうせいき)は、平安時代末期に編纂された歴史書。 『六国史』の後を継ぐ史書として、鳥羽上皇の命により、信西(藤原通憲)が編纂。成立は1150年-1159年。『史官記』『外記日記』ともいわれる。全20巻。 『日本三代実録』に続くもので、宇多天皇の877年以降、近衛天皇(在位1141年-1155年)までを扱う。諸家の日記・系図を原文のまま時代順に整頓したものであった。信西が平治の乱(1159年)で死亡したため、未定稿に終わったうえ、多くが散逸している。現存しているのは935年~1153年のうち一部であるが、同時代の歴史・世相風俗を伝える好史料である。さらに未完とはいえ『六国史』以後のまとまった史書として、かつ現在残り少ない宮府の記録の遺文として高い価値を持つ。.

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浅間神社

富士山(祭祀対象) 浅間神社(せんげんじんじゃ/あさまじんじゃ)は、「浅間」を社名とする神社。主に富士山に対する信仰(富士信仰/浅間信仰)の神社である。.

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新紀元社

新紀元社(しんきげんしゃ)は、日本の出版社。出版社コードは7753。 設立は1982年(昭和57年)3月4日。設立当初は家庭用コンピュータ(当時はマイコン、パソコンと呼称)の解説書を主に出版しており、テレビ番組『パソコンサンデー』のテキストなども手掛けていたが、1980年代後半よりファンタジー関連書籍およびテーブルトークRPG関連書籍の発行を始める。 『Truth In Fantasy』シリーズに代表される「ファンタジーゲームに出てくる用語やアイテムなどの元ネタを解説する」、いわゆる"ファンタジー関連書籍"のジャンルについては老舗である。日本のロールプレイングゲームの黎明期にはファンタジーゲームに出てくるガジェット(モンスター、武器など)の背景がほとんどが知られていなかったため、同社のファンタジー関連書籍が全国のゲーマーのファンタジーへの理解を大いに助けることとなった。ほぼ同時期から、ファンタジー関連書籍以外に、ミリタリー関連の解説書も多数出版しているが、これも軍事マニア向けではなくシミュレーションゲームなどの「ゲーマー」向けのライトな解説書であり、ゲーム世代へ向けた解説書籍の出版という基本コンセプトの範疇である。 1990年代後半よりコンピュータゲーム攻略本およびコンピュータゲームやアニメーションのファンブックなど扱うジャンルを広げる。1997年に『幻想動物事典』、2004年に『勇者シリーズメモリアルブック 超勇者伝承』、2005年に『図解 近代魔術』を発行。いずれも幻想事典シリーズ、メモリアルブックシリーズ、F-Filesシリーズとして、シリーズ化されている。2009年に発行した『幻想ネーミング辞典』は、多くの出版社から類似コンセプトの後追い書籍が多数発行され、一部で話題にもなった。近年では上記のジャンルに加えて、ライトノベル、プラモデル製作技法書、テーブルトークRPGのルールブックおよび女性向け書籍の発行も多い。 いわゆる総合出版社ではあるが、俗にいうところの「秋葉系」を得意とするイメージが強く、東京の秋葉原や大阪の日本橋などではとりわけ知名度が高い。.

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文字

文字(もじ)とは、言葉・言語を伝達し記録するために線や点を使って形作られた記号のこと。文字の起源は、多くの場合ものごとを簡略化して描いた絵文字(ピクトグラム)であり、それが転用されたり変形、簡略化されたりして文字となったと見られる。.

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意識

意識(いしき、Consciousness)は、一般に、「起きている状態にあること(覚醒)」または「自分の今ある状態や、周囲の状況などを認識できている状態のこと」を指す。 ただし、歴史的、文化的に、この言葉は様々な形で用いられており、その意味は多様である。哲学、心理学、生物学、医学、宗教、日常会話などの中で、様々な意味で用いられる。 日本語では、「ある物事について要求される注意を払っている」とか「考え方や取り組み方について努力が行われている」といったことを表す場合に、意識が高い(または低い)といった言い方が許される。たとえば公害や廃棄物などの問題についてよく勉強し、改善のために様々な行動や対策を行っている個人や集団を、環境問題についての意識が高い、などと表現する。このような用法は遵法意識、コスト意識、プロ意識、意識調査、意識改革、など様々な表現に見られる。 学術的には、文脈に応じて意識という語は様々な意味で使用される。以下では、哲学、心理学、臨床医学をはじめとするいくつかの分野に分けて、代表的な意味を解説する。.

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慈悲

慈悲(じひ)とは、仏教用語で、他の生命に対して楽を与え、苦しみを取り除くこと(抜苦与楽)を望む心の働きをいう。一般的な日本語としては、目下の相手に対する「あわれみ、憐憫、慈しみ」() の気持ちを表現する場合に用いられる。.

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思考

思考(しこう、Thinking)は、考えや思いを巡らせる行動であり、結論を導き出すなど何かしら一定の状態に達しようとする過程において、筋道や方法など模索する精神の活動である。広義には人間が持つ知的作用を総称する言葉、狭義では概念・判断・推理を行うことを指す。知的直感を含める場合もあるが、感性や意欲とは区別される。哲学的には思惟(しい、しゆい)と同義だが、大森荘蔵は『知の構築とその呪縛』(p152)にて思考と思惟の差について言及し、思惟とは思考を含みつつ感情なども包括した心の働きと定義している。 論理学分野で研究されてきた思考の定義は定まっておらず『ブリタニア国際大百科事典、第2版改訂』、多様な側面を持つ。心理学分野の研究では、思考とは何らかの思想や問題対処法を立ち上げる心の過程や操作を示し、その対象は問題解決、方略、推理、理解、表象(心像、観念、概念など)知識といった現象を取り扱う『日本大百科全書』。 漢字「思考」の「思」は、「田」が頭蓋骨の意味が転じた「頭脳の活動」、「心」が「精神の活動」を指す。「考」は知恵の意味「老」に終わりなく進む「て」が付属したものである。漢字全体では、頭や心で活動し、知恵を巡らせることを意味する。 思考とは何かという疑問は、人類の歴史の中で繰り返し問いかけられてきた。ただし思考だけを独立させて取り扱うのではなく、知能や生命、さらに社会など総体的に人間が生きる側面のひとつとみなし、複雑系を構成する要素として組織的に扱う必要がある。イマヌエル・カントは、近代的な個人の思考とはひとりでは成り立たせることは不可能であり、必ず他者と共同され、公開し、主観を共有する状態からしか生まれないと述べた。そうでないものを「未成年状態」と定め、それを脱却するために啓蒙が必要と説いた。したがって、言論の自由とは意思を発表する権利という点に止まらず、思考の権利でもあると考えた。.

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時間

人類にとって、もともとは太陽や月の動きが時間そのものであった。 アイ・ハヌム(紀元前4世紀~紀元前1世紀の古代都市)で使われていた日時計。人々は日時計の時間で生きていた。 砂時計で砂の流れを利用して時間を計ることも行われるようになった。また砂時計は、現在というものが未来と過去の間にあることを象徴している。くびれた部分(現在)を見つめる。すると時間というのは上(未来)から流れてきて下(過去)へと流れてゆく流れ、と感じられることになる。 時間(じかん)は、出来事や変化を認識するための基礎的な概念である。芸術、哲学、自然科学、心理学などの重要なテーマとなっている。それぞれの分野で異なった定義がなされる。.

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