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第2軍管

索引 第2軍管

第2軍管(だいにぐんかん)は、1873年から1888年まであった日本陸軍の管区で、全国に7つあった軍管の一つである。仙台鎮台が管轄した。東北地方と、時期により新潟県も範囲とした。

目次

  1. 45 関係: 名取郡大日本帝国陸軍太政官布告・太政官達宮城県官報山形市山形県岩代国岩手県師団令制国仙台区仙台鎮台会津若松市佐渡国磐城国磐井県磐前県福島市福島県秋田市秋田県第2師管第3師管第4師管第5師管置賜県羽後国羽前国盛岡市鎮台青森市青森県越後国鶴岡県軍管若松県陸奥国 (1869-)陸中国陸前国陸軍管区表柴田郡東北鎮台水沢市新発田市

名取郡

宮城県名取郡の範囲(水色:後に他郡から編入した区域 薄黄:後に他郡に編入された区域) 名取郡(なとりぐん)は、宮城県(陸奥国・陸前国)にあった郡。

見る 第2軍管と名取郡

大日本帝国陸軍

大日本帝国陸軍(だいにっぽんていこくりくぐん、だいにほんていこくりくぐん、、Imperial Japanese Army、IJA)は、1871年(明治4年) - 1945年(昭和20年)まで日本に存在していた軍隊組織である。通称は日本陸軍、帝国陸軍、陸軍。 解体後は、陸上自衛隊との区別などのため旧日本陸軍、旧帝国陸軍、旧陸軍という名称も使用される。

見る 第2軍管と大日本帝国陸軍

太政官布告・太政官達

太政官布告(だじょうかんふこく)・太政官達(だじょうかんたっし)とは、ともに太政官によって公布された明治時代初期の法令の形式である。

見る 第2軍管と太政官布告・太政官達

宮城県

宮城県(みやぎけん)は、日本の東北地方に位置する県。県庁所在地は仙台市。

見る 第2軍管と宮城県

官報

官報を販売していた霞が関政府刊行物サービス・センター 『官報』(かんぽう)は、日本政府の機関紙である。国としての作用に関わる事柄の広報および公告をその使命とする。

見る 第2軍管と官報

山形市

山形市(やまがたし)は、山形県の中部東に位置する市。山形県の県庁所在地及び最大の都市で、県内で人口が最多の市で、中核市に指定されている。1889年(明治22年)に市制施行。

見る 第2軍管と山形市

山形県

山形県(やまがたけん)は、日本の東北地方に位置する県。県庁所在地は山形市。 県名の「山形」は、『和名類聚抄』に今の山形市の南側を「郷」と言ったことに由来すると言われている。 県域の西側は日本海に面する。

見る 第2軍管と山形県

岩代国

岩代国(いわしろのくに)は、東北戦争終結直後に陸奥国より分立した、日本の地方区分の国の一つ。東山道に位置する。別称は岩州(がんしゅう)。領域は現在の福島県西半部にあたる。

見る 第2軍管と岩代国

岩手県

岩手県(いわてけん)は、日本の東北地方に位置する県。県庁所在地は盛岡市。

見る 第2軍管と岩手県

師団

師団(しだん、仏・Division)は、軍隊の部隊編制単位の一つ。旅団・団より大きく、軍団・軍より小さい。師団は、主たる作戦単位であるとともに、地域的または期間的に独立して、一正面の作戦を遂行する能力を保有する最小の戦略単位とされることが多い。多くの陸軍では、いくつかの旅団・団または連隊を含み、いくつかの師団が集まって軍団・軍等を構成する。 NATOの兵科記号(歩兵師団) 編制については、国や時期、兵科によって変動が大きいが、21世紀初頭現代の各国陸軍の師団は、2~4個の連隊または旅団を基幹として、歩兵、砲兵、工兵等の戦闘兵科及び兵站等の後方支援部隊などの諸兵科を連合した6千人から2万人程度の兵員規模の作戦基本部隊である。多くの国において師団長には少将が補せられるが、ブラジルなどの中南米の幾つかの国や日本のように中将が補せられる国もあり、またイスラエルや一部のアラブ諸国では准将が、ソ連・ロシアや東ドイツ等の旧東欧諸国では大佐が務める例も見られる。

見る 第2軍管と師団

令制国

北海道11か国(ただし、千島を除く)追加を反映した。 令制国(りょうせいこく)とは、日本の律令制に基づき設置された日本の地方行政区分であり律令国(りつりょうこく)ともいう。古墳時代以後、飛鳥時代から明治初期まで、日本の地理的区分の基本単位だった。現在は行政区分としての機能は失われ、単なる地理的区分となっている。ただし、その地理的区分としての機能も都道府県に取って代わられつつある。 令制国の行政機関を国衙(こくが)または国庁(こくちょう)といい、国衙の所在地や国衙を中心とする都市域を国府(こくふ、こう)や府中といった。

見る 第2軍管と令制国

仙台区

仙台区(せんだいく、旧字体:仙臺區)は、1878年から1889年まで、現在の宮城県仙台市の中心部にあった自治体である。1878年(明治11年)7月22日の郡区町村編制法(明治11年7月22日太政官布告第17号)により、旧仙台城下町の範囲を行政区画として発足した。1889年(明治22年)4月1日、市制の施行とともに仙台市となった。

見る 第2軍管と仙台区

仙台鎮台

仙台鎮台(せんだいちんだい)は、1873年から1888年まであった日本陸軍の部隊で、全国に6つ置かれた鎮台の一つである。東北鎮台の後身として設けられ、ほぼ東北地方にあたる第2軍管を管轄した。鎮台廃止により第2師団に引き継がれた。

見る 第2軍管と仙台鎮台

会津若松市

会津若松市(あいづわかまつし)は、福島県会津地方東部にある市。会津地方の中心都市である。計量特定市に指定されている。1899年(明治32年)に市制施行。 県内では、郡山市・いわき市・福島市に次いで4番目に人口が多い。

見る 第2軍管と会津若松市

佐渡国

佐渡国(さどのくに)は、かつて日本の地方行政区分だった令制国の一つ。北陸道に属する。

見る 第2軍管と佐渡国

磐城国

磐城国の位置 磐城国(いわきのくに)は、戊辰戦争終結直後の1869年1月19日(明治元年12月7日)に、陸奥国が分割されて設立された、日本の地方区分の国の一つ。東山道に位置する。別称は磐州(ばんしゅう)。領域は、現在の福島県の浜通りおよび中通り南部、宮城県南部に当たる。

見る 第2軍管と磐城国

磐井県

磐井県(いわいけん)は、明治8年(1875年)に陸中国南部および陸前国北部を管轄するために設置された県。現在の岩手県南部および宮城県北部にあたる。本項では前身である第1次府県統合後の一関県(いちのせきけん)および水沢県(みずさわけん)についても併記する。

見る 第2軍管と磐井県

磐前県

磐前県(いわさきけん)とは、かつて太平洋沿岸に存続していた、日本の県の一つ。概ね現在の福島県浜通りに相当する。1872年1月9日に設置され、1876年8月21日に廃止された。県庁所在地は平(現在:いわき市平)。本項では前身の平県(たいらけん)についても記す。

見る 第2軍管と磐前県

福島市

福島市(ふくしまし)は、福島県中通りの北部に位置する市。福島県の県庁所在地であり、中核市、保健所政令市、中枢中核都市に指定されている。1907年(明治40年)市制施行。福島県最北端に位置している。

見る 第2軍管と福島市

福島県

福島県(ふくしまけん)は、日本の東北地方に位置する県。県庁所在地は福島市。

見る 第2軍管と福島県

秋田市

秋田市(あきたし)は、秋田県の沿岸中部に位置する市。秋田県の県庁所在地及び人口が最多の市で、中枢中核都市、および中核市に指定されている。

見る 第2軍管と秋田市

秋田県

秋田県(あきたけん、旧字体・異体字:秋田縣・穐田縣・龝田縣)は、日本の東北地方に位置する県。県庁所在地は秋田市。

見る 第2軍管と秋田県

第2師管

第2師管(だいにしかん)は、1873年から1940年まであった日本陸軍の管区の一つである。時期により異なるが、日本全国を6から18に分けた師管の一つである。1873年から1888年までの鎮台制では第1軍管の下にあり、関東地方の東部を占めた。創設時には歩兵第2連隊、1885年からは歩兵第2旅団が管轄した。1888年に師団制に切り替わると、東北地方南部の宮城県仙台を中心にして、第2師団の管轄になった。戦争などで第2師団が不在になると代わりに留守第2師団が置かれて業務を掌った。1940年に仙台師管に改称した。

見る 第2軍管と第2師管

第3師管

第3師管(だいさんしかん)は、1873年から1940年まであった日本陸軍の管区である。1888年以前は鎮台制の師管、以後は師団制の師管で、制度・地域とも別のものである。 1885年までは新潟県と関東地方北西部を範囲とし、第1軍管の下にあった。対応した部隊は東京鎮台の歩兵第3連隊である。1885年からは東京鎮台の歩兵第3旅団が管轄した。1888年からは第3師団の管轄地となり、1896年までは甲信越を除く中部地方、1896年以後は東海地方を中心にした数県にまたがった。 1940年に名古屋師管に改称した。

見る 第2軍管と第3師管

第4師管

第4師管(だいよんしかん)は、1873年から1940年まであった日本陸軍の管区である。1888年までは鎮台制の師管、1888年以後は師団制の師管で、制度・地域とも別のものである。 1873年から1885年までは東北地方南部、1885年から1888年までは東北地方北部を範囲とし、第2軍管の下にあり、東北鎮台が管轄した。1888年からは大阪に司令部をおく第4師団の管轄範囲で、陸軍の最上位の管区である。時期により近畿地方の大部分か一部、加えて中国地方の一部を占めることもあった。1940年に大阪師管に改称した。

見る 第2軍管と第4師管

第5師管

第5師管(だいごしかん)は、1873年から1940年まであった日本陸軍の管区で、全国に6から18置かれた師管の一つである。1885年までは東北地方に置かれた鎮台制の師管、1885年から1888年までは同じく鎮台制で東海地方に置かれた師管、1888年からは中国地方にある師団制の師管で、制度・地域とも異なる。師団制の第5師管は第5師団が管轄した。1940年に広島師管に改称した。

見る 第2軍管と第5師管

置賜県

置賜県(おきたまけん )は、1875年(明治8年)に羽前国南部を管轄するために設置された県。現在の山形県置賜地方にあたる。

見る 第2軍管と置賜県

羽後国

羽後国(うごのくに)は、東北戦争終結直後に出羽国を分割し制定された、日本の地方区分の国の一つ。東山道に位置する。別称は羽前国とあわせて、または単独で羽州(うしゅう)。領域は秋田県のうち鹿角市と小坂町を除いた大部分と、山形県の飽海郡、同じく山形県の酒田市の最上川以北部分にあたる。

見る 第2軍管と羽後国

羽前国

羽前国(うぜんのくに)は、東北戦争終結直後に出羽国を分割し制定された、日本の地方区分の国の一つ。東山道に位置する。別称は羽後国とあわせて、または単独で羽州(うしゅう)。領域は現在の山形県のうち、飽海郡と酒田市北部(最上川以北)を除いた大部分にあたる。

見る 第2軍管と羽前国

盛岡市

盛岡市(もりおかし)は、岩手県北部に位置する市。岩手県の県庁所在地及び最大の都市で、中核市、保健所政令市に指定されている。1889年(明治22年)市制施行。

見る 第2軍管と盛岡市

鎮台

鎮台(ちんだい、)は、。

見る 第2軍管と鎮台

青森市

青森市(あおもりし)は、青森県の津軽地方・東青地域にある市。青森県の県庁所在地及び人口が最多の都市であり、中核市に指定されている。青森湾に臨む交通の要地。江戸初期に港町として発展。三内丸山遺跡や青森ねぶた祭が知られる。

見る 第2軍管と青森市

青森県

青森県(あおもりけん)は、日本の東北地方に位置する県。県庁所在地は青森市。 県の人口は全国31位、面積は全国8位。令制国の陸奥国(むつのくに、りくおうのくに)北部にあたる。

見る 第2軍管と青森県

越後国

越後国(えちごのくに)は、かつて日本の行政区分だった令制国の一つ。北陸道に属する。

見る 第2軍管と越後国

鶴岡県

鶴岡県(つるおかけん)は、1875年(明治8年)に羽後国南部、羽前国西部を管轄するために設置された県。現在の山形県庄内地方にあたる。本項では前身の酒田県(第2次、さかたけん)についても記す。

見る 第2軍管と鶴岡県

軍管

軍管(ぐんかん)は、1873年から1888年まで、日本陸軍が全国を7つに区分して置いた管区である。鎮台が管轄し、反乱鎮圧や徴兵のための区割りとなった。師団制への移行にともなって廃止された。

見る 第2軍管と軍管

若松県

若松県(わかまつけん、)は、日本にかつて存在した県。主な管轄領域は、現在の福島県の'''会津地方'''および新潟県の東蒲原郡であった。県庁所在地は若松城(現在の会津若松市)。 1869年(明治2年)6月に、会津藩の領地であった岩代国の西部(会津)および越後国の一部などを管轄するため、明治政府によって設置された。 1876年(明治9年)8月21日、若松県は福島県に合併されて廃止された。 1886年 (明治19年)新潟県に移管。

見る 第2軍管と若松県

陸奥国 (1869-)

旧陸奥:従前の陸奥国(むつのくに)の範囲 陸奥国(りくおうのくに(前略)『因テ陸奥国ヲ割テ磐城、岩代、陸前、陸中、陸奥ノ五國ト爲シ、出羽國を割テ羽前、羽後ノ二國と爲ス』 、むつのくに)は、東北戦争終結直後に従前の陸奥国(むつのくに)から分立した、日本の地方区分の国の一つ。東山道に位置する。領域は現在の青森県および岩手県二戸郡にあたる。現代仮名遣いの「りくおうのくに」は、歴史的仮名遣いでは「りくあうのくに」となる(発音同じ)。 陸奥国は、7世紀に設置された地方区分としての令制国の1つであり、その範囲は変遷してきたが、分割直前は現在の福島県・宮城県・岩手県・青森県および秋田県鹿角郡にあたる。

見る 第2軍管と陸奥国 (1869-)

陸中国

陸中国(りくちゅうのくに)は、東北戦争終結直後に陸奥国から分立した、日本の地方区分の国の一つ。東山道に位置する。領域はほぼ現在の岩手県にあたるが、岩手県南東部の気仙郡、陸前高田市、大船渡市、釜石市南部及び岩手県西北の二戸郡を欠き、秋田県北東部の鹿角市と小坂町を含む。

見る 第2軍管と陸中国

陸前国

陸前国(りくぜんのくに)は、戊辰戦争終結直後に陸奥国から分立した、日本の地方区分の国の一つ。東山道に位置する。領域はほぼ現在の宮城県にあたるが、宮城県南部の亘理郡、伊具郡、刈田郡、角田市、白石市を欠き、岩手県南東部の気仙郡、陸前高田市、大船渡市、釜石市南部を含む。

見る 第2軍管と陸前国

陸軍管区表

陸軍管区表(りくぐんかんくひょう)は、1888年から1945年まで、日本陸軍の管区を公表した法令である。この管区は、平時の担当地域を指すもので、戦時の作戦地域・配置を示すものではない。また1939年までは内地のみで植民地には及ばなかった。1945年の敗戦とともに意義を失ったが、法令としては1946年まで形式的に存続した。 密接に関連する法令として、平時における陸軍の部隊の所在地を記した陸軍常備団隊配備表があった。

見る 第2軍管と陸軍管区表

柴田郡

宮城県柴田郡の範囲(1.大河原町 2.村田町 3.柴田町 4.川崎町) 柴田郡(しばたぐん)は、宮城県(陸奥国・陸前国)の郡。 以下の4町を含む。

見る 第2軍管と柴田郡

東北鎮台

東北鎮台(とうほくちんだい)は、1871年から1873年まで、日本の仙台県(1872年から宮城県)の仙台に置かれた大日本帝国陸軍の部隊である。全国に配置された鎮台の一つで、1873年に仙台鎮台と改称した。

見る 第2軍管と東北鎮台

水沢市

水沢駅周辺の空中写真。1976年撮影の12枚を合成作成。国土航空写真。 水沢市(みずさわし)は、岩手県の内陸南部にかつて存在した市。 商人の街、偉人の街、天文台の街、鋳物の街、みちのくの小京都として知られる。 周辺自治体と合併し、現在は奥州市の中心部に位置する。

見る 第2軍管と水沢市

新発田市

新発田市中心部周辺の空中写真。2009年4月30日撮影の39枚を合成作成。国土航空写真。 新発田市(しばたし)は、新潟県の下越地方にある市。1947年(昭和22年)、県内では6番目に市制施行。

見る 第2軍管と新発田市