目次
22 関係: 吉川弘文館、小学館、岐阜県、中山世譜、中山世鑑、平凡社、国史大辞典 (昭和時代)、災害、琉球処分、琉球王国、遺老説伝、高良倉吉、薩摩藩、鄭秉哲、長崎県、正史、歴史書、沖縄県立球陽中学校・高等学校、清、漢文、1743年、1745年。
- 江戸時代の歴史書
- 琉球王国
吉川弘文館
株式会社吉川弘文館(よしかわこうぶんかん)は、日本史関連を主軸とした老舗の出版社。1857年(安政4年)に、吉川半七により設立。戦後1949年(昭和24年)に株式会社として現在に至る。
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小学館
株式会社小学館(しょうがくかん)は、東京都千代田区一ツ橋にある日本の総合出版社。系列会社グループの通称「一ツ橋グループ」の中核的存在である。 社名は創設時に小学生向けの教育図書出版を主たる業務としていたことに由来する。特に学年別学習雑誌は長らく小学館の顔的存在として刊行され続けてきたが、「出版不況」や児童の減少と嗜好の多様化のあおりを受け、2000年代から2010年代にかけて相次いで休刊され、2017年以降、月1回発売されているのは『小学一年生』のみとなっている。1926年に娯楽誌出版部門を集英社として独立させたが、太平洋戦争後は娯楽図書出版に再進出し、総合出版社へ発展した。
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岐阜県
岐阜県(ぎふけん)は、日本の中部地方に位置する県。県庁所在地は岐阜市。
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中山世譜
『中山世譜』(ちゅうざんせいふ)は、琉球王国の代表的な歴史書のひとつである。漢文で書かれた歴代国王の伝記を中心としており、中国との関係を中心にまとめた部分(正巻)と、薩摩藩など日本との関係を中心にまとめた部分(附巻)とに分かれている。 1697年に蔡鐸が中心となって編纂がはじまり、『中山世鑑』を漢文に訳し部分的に修正して、1701年に完成した。これを蔡鐸本と呼ぶ。天孫氏に始まり、舜天王から尚益王までの事績が記載されている。正巻5、附巻1(原文には「附巻」と明記されてはいない)に加え、尚豊王の子2人の伝を収める附巻1から成っている。 のちに蔡鐸の子の蔡温が加筆、修正をほどこし、さらに王府系図座によって編纂が継承され、尚泰王までの事績をまとめた。これを蔡温本と呼び、現在用いられているテクストはこれによる。正巻13、附巻7から成る。
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中山世鑑
『中山世鑑』(ちゅうざんせいかん)は、琉球王国の初めての正史である。 羽地朝秀が王命により編纂。1650年成立。全6巻。巻頭部分は漢文で記述され、正巻部分は全5巻で、こちらは漢字仮名まじり文(和文)で書かれている。和暦の採用や、源為朝(鎮西八郎)が琉球に逃れ、その子が琉球王家の始祖舜天になったとする(『琉球神道記』、『保元物語』、『平治物語』などにも同様の記述がみられる。)記述がある。中山世鑑は正史であり、この話がのちに曲亭馬琴と葛飾北斎による『椿説弓張月』を産んだ。この記述に基づき、大正11年には為朝上陸の碑が建てられた。表側に「上陸の碑」と刻まれて、その左斜め下にはこの碑を建てることに尽力した東郷平八郎の名が刻まれている。また、鎌倉幕府が建てた京都・建仁寺の文献にも「源為朝が琉球に渡り建国の主となる」と記述されている。
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平凡社
株式会社平凡社(へいぼんしゃ)は、日本の出版社。百科事典の出版社として有名で、多様な一般書のほか岩波書店、筑摩書房と並んで学術・教養性の強い出版物を多く刊行する。現在も継続刊行中の東洋文庫(1963年創刊)、『別冊 太陽』(1972年創刊)などは歴史が古い。社名の「平」の字は、厳密には二つの点が漢字の八のように末広がりになった旧字体「異体字セレクタを用いたUnicodeの符号位置はU+5E73,U+E0101またはU+5E73,U+0103」を用いる(大正末期創業のため)。
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国史大辞典 (昭和時代)
國史大辭典(こくしだいじてん)とは、昭和54年(1979年)から平成9年(1997年)にかけて吉川弘文館から刊行された、日本で最大級の歴史百科事典である。四六倍判で全15巻(17冊)、総収録項目数は54000余である。各巻は平均して1000ページ、うち平均150ページは原色図版など。第45回菊池寛賞を受賞した。 2010年7月1日よりデジタル版「国史大辞典」が、インターネット百科事典「ジャパンナレッジ」の新しいコンテンツとして公開された。
災害
ピナツボ山の噴火による火山灰での被害) 人為的な原因による災害の例(1952年、ロンドンスモッグによる大気汚染の被害) エストニアのライフクラフト 災害(さいがい、)とは、自然現象や人為的な原因によって、人命や社会生活に被害が生じる事態を指す林春夫「災害をうまくのりきるために -クライシスマネジメント入門-」、『防災学講座 第4巻 防災計画論』、134頁。後藤・高橋、2014年、19頁。。
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琉球処分
isbn。
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琉球王国
琉球王国(りゅうきゅうおうこく、)は、1429年(宣徳4年・正長2年・永享元年)から1879年(光緒4年・明治12年)の450年間、琉球諸島を中心に存在した国家。正式な国号は琉球國(りゅうきゅうこく、沖縄方言: ルーチュークク)であり、「琉球王国」は琉球政府唯一の公選行政主席、ならびに日本復帰後最初の沖縄県知事であった屋良朝苗が本土復帰運動と観光誘致のために普及させた俗称である。
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遺老説伝
『遺老説伝』(いろうせつでん)は、琉球各地に古くから伝わる民話、自然の異変、百姓の善行など、口碑伝説を集めた書物。4巻(正巻3巻・付巻1巻)からなり、142話を収録する。鄭秉哲ら編。 『球陽』外巻となっているが、1743年から1745年にかけて編纂された『球陽』よりも早く、18世紀初期に編纂されたものとみられる。
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高良倉吉
高良 倉吉(たから くらよし、1947年10月1日 - )は、日本の歴史学者。琉球大学名誉教授。主に琉球王国史を専門としている。
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薩摩藩
薩摩藩庁が置かれた鹿児島城 薩摩藩(さつまはん)は、江戸時代の藩。藩庁は鹿児島城(鹿児島市)、藩主は島津家。薩摩・大隅の2か国および日向国諸県郡の大部分(現在の鹿児島県全域と宮崎県の南西部)を領有し、琉球王国(現在の沖縄県)が服属したただし、奄美群島は、琉球侵攻以前は琉球王国の支配下にあった。また、琉球侵攻以後は薩摩藩が直轄に統治をしたが、名目上は琉球王国の一部とされた。。
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鄭秉哲
鄭 秉哲(てい へいてつ、尚貞27年/康熙34年4月15日(1695年5月27日) - 尚穆9年/乾隆25年2月15日(1760年3月31日))は、琉球王国の官僚、歴史家。琉球の正史である『球陽』編纂者の一人。『琉球国旧記』・『中山世譜』附巻などの編纂にも携わった。通称は古波蔵親方(こはぐらうぇーかた)、和名は伊佐川 佑実デジタル版 日本人名大辞典+Plus。
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長崎県
長崎県(ながさきけん)は、日本の九州地方に位置する県。県庁所在地は長崎市。 五島列島、壱岐島、対馬など数多くの島嶼を含み、47都道府県中最も島が多いことで知られる。また、多島であるうえにリアス式海岸を多く擁することから海岸線の長さは47都道府県中第2位となっている(※「地形」節にて詳説)。
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正史
正史(せいし、特に後述する「断代史」の形式をとる正史)とは、。
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歴史書
歴史書(れきししょ)とは、歴史を記述した書物のことである。 歴史書を記述するのは目的意識を持った、そして多くの場合職業的な歴史家である。執筆の目的は歴史そのものへの興味、過去を後世に伝えるため、独自の史観を表現するためなどさまざまである。為政者の支配の正統性を主張するなど、政治的動機による場合も多い。 時系列に従って事件が記述される。記述される内容は政治史・軍事史を主とすることが多い。基本的なスタイルとして、事項が時系列順に並べられたもの(編年体)と重要な個人の事績を追って記述するもの(紀伝体)の2つがある。 歴史書を記述する歴史家は既存の史料を収集・比較・批判し、ある基準によって取捨選択(史料批判)を行う。この作業がなされない場合は歴史書とは言えず単なる記述にとどまる。また、歴史家の想像はできる限り排除される。想像が勝つ場合は歴史文学となる。例えば『三国志演義』など。
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沖縄県立球陽中学校・高等学校
沖縄県立球陽中学校・高等学校(おきなわけんりつきゅうようちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、沖縄県沖縄市南桃原にある県立中学校・高等学校。2016年度より併設型中高一貫校となった。
清
清(しん)、または清国(しんこく)は、1636年に満洲に建国され、漢民族を征圧し1644年から1912年まで中国本土とモンゴル高原を支配した最後の統一王朝である。首都は盛京(瀋陽)、後に順天府(北京)に置かれた。満洲人のアイシンギョロ氏(満洲語:, 転写:aisin gioro, 愛新覚羅氏)が建てた征服王朝で、満洲語で(ラテン文字転写:daicing gurun、カタカナ転写:ダイチン・グルン、漢語訳:大清国)といい、中国語では大清(、カタカナ転写:ダァチン)と号した。清朝、満清、清王朝、大清国、大清帝国ともいう。 清の影響圏 1917年に張勲が清の最後の皇帝、溥儀を皇帝に立てて清国を復古させたが失敗した(張勲復辟)。
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漢文
漢文(かんぶん)とは、古代中国の文語体の文章のこと。または中国人・朝鮮人・日本人・ベトナム人によって書かれる古典的な文章語のうち、漢字を用いて中国語の文法で書かれたものをいう。
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1743年
1743年のカフェ・プロコップの様子。作者不詳。
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1745年
David Garrick as Richard III』1745年 ウィリアム・ホガース画。
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参考情報
江戸時代の歴史書
琉球王国
- おもろさうし
- 万国津梁の鐘
- 中山世譜
- 中山世鑑
- 中山王国
- 久米 (那覇市)
- 北山王国
- 南山王国
- 園比屋武御嶽
- 平敷屋朝敏
- 御後絵
- 手 (沖縄武術)
- 浦添ようどれ
- 玉陵
- 球陽
- 琉球処分
- 琉球国王
- 琉球国由来記
- 琉球王国
- 琉球神道記
- 琉球藩
- 親方 (沖縄)
- 親雲上
- 護国寺 (那覇市)
- 長田大主

