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王軌

索引 王軌

王 軌(おう き、生年不詳 - 579年)は、北周の軍人。小名は沙門。賜姓烏丸氏。本貫は太原郡祁県。

目次

  1. 31 関係: 吐谷渾大象 (北周)太原郡宣帝 (北周)宣政宇文孝伯宇文護并州建徳 (北周)徐州北史北周北斉周書呂梁の戦い呉明徹儀同三司皇太子祁県賀若弼軍人鄭訳蕭摩訶陳 (南朝)梁士彦武帝 (北周)武成 (北周)淮河本貫晋州

吐谷渾

吐谷渾(とよくこん、拼音:tǔyùhún)は、中国の西晋時代に遼西の鮮卑慕容部から分かれた部族。3世紀から7世紀まで(286年 - 663年)、青海一帯を支配して栄えたが、チベット民族の吐蕃に滅ぼされた。

見る 王軌と吐谷渾

大象 (北周)

大象(だいしょう)は、南北朝時代の北周において、静帝の治世に使用された元号。579年正月 - 580年12月。

見る 王軌と大象 (北周)

太原郡

太原郡(たいげん-ぐん)は、中国にかつて存在した郡。秦代から隋代にかけて、現在の山西省太原市一帯に設置された。

見る 王軌と太原郡

宣帝 (北周)

宣帝(せんてい)は、北朝北周の第4代皇帝。姓は宇文(うぶん)、諱は贇(いん)。北周の武帝の長男。

見る 王軌と宣帝 (北周)

宣政

宣政(せんせい)は、南北朝時代の北周において、武帝の治世に使用された元号。578年3月 - 12月。

見る 王軌と宣政

宇文孝伯

宇文 孝伯(うぶん こうはく、543年 - 579年)は、北周の官僚・軍人。字は胡三、あるいは胡王。本貫は代郡武川鎮。

見る 王軌と宇文孝伯

宇文護

宇文 護(うぶん ご、513年 - 572年京大東洋史事典編纂会『新編東洋史事典』、東京創元社、1990年、PP82-83)は、北周の皇族・政治家。字は薩保。代郡武川鎮の人。北周の実質的な創始者の宇文泰の兄の宇文顥の子。兄は宇文什肥・宇文導。 叔父の宇文泰の死後に権力を握り専横を極めたが、従弟の武帝によって暗殺された。晋国公に封ぜられたことから晋公護と呼ばれることもある。

見る 王軌と宇文護

并州

并州(幷州、へいしゅう)は、中国にかつて存在した州。 上古の中国の九州の一つに数えられている。具体的な区域については、『周礼』では「正北」すなわち中原から真北側にあたる地域であるとし、五岳の一である恒山を山鎮とするとしている。

見る 王軌と并州

建徳 (北周)

建徳(けんとく)は、南北朝時代の北周において、武帝の治世に使用された元号。572年3月から578年3月までに適用される。

見る 王軌と建徳 (北周)

徐州

徐州(じょしゅう)は、中国の行政区分の一つ。

見る 王軌と徐州

北史

『北史』(ほくし)は、中国の北朝について書かれた歴史書。李大師により編纂が開始され、その子の李延寿によって完成された。二十四史の一つ。 全100巻で、本紀12巻、列伝88巻の構成となっている。 南北朝時代(439年 - 589年)の北朝にあたる王朝、北魏・西魏・東魏・北斉・北周・隋の歴史を記している。詔令や上奏文の多くを削って叙事に重きを置き、記述の総量は断代史である『魏書』・『北斉書』・『周書』・『隋書』を合わせた分量の半分ほどであるが、断代史の4書に見られない記述も少なくない。特に『魏書』の記さなかった西魏の人物についての増補部分が大きい。

見る 王軌と北史

北周

北周(ほくしゅう、、556年 - 581年)は、中国の南北朝時代に鮮卑系の宇文氏によって建てられた国。正式な国号は周であるが、紀元前11世紀から紀元前3世紀まで続いた周をはじめとする同名の王朝と区別するために北周と呼ばれる。 君主の称号としては当初秦以来の中国の歴代王朝が称していた「皇帝」号をやめ、「天王」を採用していた。

見る 王軌と北周

北斉

北斉(ほくせい、550年 - 577年)は、中国の南北朝時代に高氏によって建てられた国。国号は単に斉であるが、春秋戦国時代の斉や南朝の斉などと区別するために北斉・高斉と呼ぶ。

見る 王軌と北斉

周書

『周書』(しゅうしょ、)は、唐の令狐徳棻らが太宗の勅命によって撰した紀伝体の断代史で、二十四史の一つである。西魏、北周両朝の歴史を記録した正史である。『北周書』(ほくしゅうしょ)、『後周書』(こうしゅうしょ)とも呼ぶ。50巻、636年(貞観10年)に完成した。

見る 王軌と周書

呂梁の戦い

呂梁の戦い(りょりょうのたたかい)は、中国の南北朝時代に徐州の呂梁(現在の江蘇省徐州市銅山区)において起こった戦いである。同地での戦いは、575年と577年と578年の3回にわたっておこなわれており、最後のものが最も有名である。

見る 王軌と呂梁の戦い

呉明徹

呉明徹(ご めいてつ、天監13年(514年)- 大象2年7月28日(580年8月24日))は、南朝梁から陳にかけての軍人。字は通昭。本貫は秦郡。

見る 王軌と呉明徹

儀同三司

儀同三司(ぎどうさんし)は、歴代中華王朝の官職。開府儀同三司とも。

見る 王軌と儀同三司

皇太子

皇太子(こうたいし/ひつぎのみこ荒木 1985 p.116/もうけのきみ)、王太子(おうたいし)は、皇位、帝位、国王の第一継承者を指す語であり、称号。 現代日本の皇室においては皇室典範(昭和22年法律第3号)第8条により「皇嗣たる皇子を皇太子という」と定義され、他の条文と併せ、同法に基づいて「皇太子」の称号を受けるのは『今上天皇の皇子たる親王』が皇嗣である場合のみとなる。 より広義には、日本の皇室における天皇位だけでなく、国外の君主国の王室における君主位(王位等)の法定推定相続人の称号(例:Crown Prince)の対訳として使われる。女性君主を容認している場合は、法定推定相続人である女子の称号(例:Crown Princess)の対訳にも用いられる。

見る 王軌と皇太子

祁県

祁県(き-けん)は中華人民共和国山西省晋中市に位置する県。

見る 王軌と祁県

賀若弼

賀若 弼(がじゃく ひつ、544年 - 607年)は、隋の武将。字は輔伯。本貫は代郡。河南郡洛陽県の出身。隋の文帝に仕え、南朝陳を滅ぼし、中国を再統一する功績を挙げたが、後に煬帝の政治を批判し誅殺された。

見る 王軌と賀若弼

軍人

大日本帝国陸軍の軍人と軍旗。1931年(昭和6年)撮影。 軍人(ぐんじん、、、ミーレス)は、軍隊の構成員。

見る 王軌と軍人

鄭訳

鄭 訳(鄭譯、てい やく、540年 - 591年)は、中国の北周・隋の官僚・政治家・音楽家。字は正義。本貫は滎陽郡開封県。

見る 王軌と鄭訳

鄴(ぎょう)は、中国の歴史的地名。後趙・冉魏・前燕・東魏・北斉の各王朝の都となった。大部分は現在の河北省邯鄲市臨漳県にあたり、河南省安陽市安陽県にまたがっている。

見る 王軌と鄴

蕭摩訶

蕭 摩訶(しょう まか、532年 - 604年)は、南朝梁から隋にかけての軍人。字は元胤。本貫は南蘭陵郡蘭陵県。

見る 王軌と蕭摩訶

陳 (南朝)

陳(ちん、557年 - 589年)は、中国の南北朝時代に江南に存在した国。南朝の最後の国。春秋時代に存在した陳と区別して、南陳と呼ばれることもある。

見る 王軌と陳 (南朝)

梁士彦

梁 士彦(りょう しげん、515年 - 586年)は、中国の北周から隋にかけての軍人。字は相如。本貫は安定郡烏氏県。

見る 王軌と梁士彦

武帝 (北周)

武帝(ぶてい)は、北朝北周の第3代皇帝。姓は宇文、諱は邕(よう)。字は禰羅突。西魏の実力者宇文泰の四男。

見る 王軌と武帝 (北周)

武成 (北周)

武成(ぶせい)は、南北朝時代の北周において、明帝の治世に使用された元号。559年8月 - 560年12月。

見る 王軌と武成 (北周)

淮河

淮河(わいが、)は、中華人民共和国を流れる川の一つで、長江・黄河に次ぐ第三の大河。古くは「河」が黄河の固有名詞であったので、淮水と呼んだ。長さは1,078キロメートル (km)、流域面積は174,000平方キロメートル (km2)に及ぶ。 淮河は、黄河と長江の間を東西に流れており、下流にある湖で二手に分かれ、放水路は黄海に注ぎ、本流は長江につながっている。その下流は平坦な低地を通っており、流路が複雑なため洪水を起こしやすく非常に治水が難しい。このため「壊河(ピンインではHuài Hé)」の異名がある。

見る 王軌と淮河

本貫

本貫(ほんがん、ほんかん)は、古代東アジアにおいて戸籍の編成(貫籍)が、それにもとづき行われた土地をいう。転じて、氏族集団の発祥の地を指すようになった。 日本には律令制下の戸籍制度とともにこの概念が導入された。中世以降、武家の名字(苗字)の由来となった土地(名字の地, 一所懸命の土地)を「本貫」、「本貫地」(ほんがんち)と呼ぶようになった。 中国(簡体字:、繁体字:(拼音:jí guàn))・朝鮮半島(본관(ポングワン))では、本貫は、個人の戸籍の所在地の意味を離れ、氏族集団(宗族)の始祖の発祥地として使用された。とくに大韓民国では現在も家族制度上大きな意味を持つ。

見る 王軌と本貫

晋州

晋州(しんしゅう、晉州)は、中国にかつて存在した州。南北朝時代から北宋にかけて、現在の山西省臨汾市一帯に設置された。

見る 王軌と晋州