目次
史生
史生(ししょう)とは、日本の律令制において官司の四等官の下に置かれた職員のこと。官司の書記官に相当し、公文書を作成して四等官の署名を得ることを職掌とした。
見る 散位寮と史生
大初位
大初位(だいしょい、だいそい)は、日本の位階における位の一つ。従八位または従九位の下、少初位の上の位階である。
見る 散位寮と大初位
外官
外官(げかん)とは、律令制において、在京の以外にあった官司・官職のこと。京官(内官)とは対の関係にある。
見る 散位寮と外官
官司
官司(かんし)とは、日本の律令制における官庁(および官人の組織)を指す。
見る 散位寮と官司
官人
官人(かんにん、かんじん、つかさびと、とね)とは、官吏・役人を指す言葉。律令制では諸司の主典以上六位以下、平安時代には判官以下、特に近衛府の将監以下の官吏を指した。
見る 散位寮と官人
官職
官職(かんしょく)とは、官吏の職のことをいう。具体的には以下の通りに分類される。また、官職の名称のことを官名(かんめい)という。
見る 散位寮と官職
寛平
寛平(かんぴょう/かんぺい/かんへい、)は、日本の元号の一つ。仁和の後、昌泰の前。889年から898年までの期間を指す。この時代の天皇は宇多天皇、醍醐天皇。
見る 散位寮と寛平
京官
京官(きょうかん)とは、律令制において、在京の官司・官職のこと。在京諸司を略したものである。内官(ないかん)とも。外官とは対の関係にある。
見る 散位寮と京官
式部省
式部省(しきぶしょう)は、日本の律令制における八省のひとつ。和名は「のりのつかさ」。大学寮・散位寮の2寮を管掌していた。唐名は吏部省又は吏部。 天平宝字2年(758年)から同8年(764年)の間は、文部省(ぶんぶしょう)へ改称された。
見る 散位寮と式部省
位階
位階(いかい)とは、国家の制度に基づく個人の序列の標示である。位(くらい)ともいう。「位階」という語は、基本的には地位・身分の序列、等級といった意味広辞苑 第五版 p.121「位階」である。制度としての「位階」は、元は古代中国の政治行政制度である律令制や、それを継受した国における官僚・官吏の序列の標示(身分制度)である。後には、位階は、長く官職にあった者や特に功績のあった者などに与えられる栄典の一となった。位階を授与することを「位階に叙する」または叙位(じょい)という日本においては平安時代以後、宮中で例年正月5日頃に行われる五位以上の位階を授ける儀式のことも叙位(例の叙位)と言った。。
見る 散位寮と位階
従七位
従七位(じゅしちい)は、日本の位階における位の一つ。正七位の下、正八位の上の位階である。 律令制においては、さらに従七位上と従七位下の二階に分けられた。明治時代初期の太政官制においては上下の別がなくされた。従七位は、神祇官の少史などに相当する。 栄典としての従七位には、イラク日本人外交官射殺事件で殉職した在イラク日本国大使館一等書記官の井ノ上正盛が叙されている。
見る 散位寮と従七位
従五位
従五位(じゅごい)とは、日本の位階および神階における位のひとつ。正五位の下、正六位の上に位する。贈位の場合、贈従五位という。近代以前の日本における位階制度では、従五位下以上の位階を持つ者が貴族とされている。また、華族の嫡男が従五位に叙せられることから、華族の嫡男の異称としても用いられた。
見る 散位寮と従五位
従八位
従八位(じゅはちい)は、日本の位階における位の一つ。正八位の下、大初位または正九位の上の位階である。 律令制においては、さらに従八位上と従八位下の二階に分けられた。従八位は、中務省の少典鑰、治部少解部、刑部少解部などに相当する。 明治時代初期の太政官制においては上下の別がなくされた。従八位は、神祇官の史生、太政官の官掌などに相当する。 栄典としての位階制が定められた叙位条例(明治20年勅令第10号)、位階令(大正15年勅令第325号)では、従八位が最も低い位階である。
見る 散位寮と従八位
従六位
従六位(じゅろくい)は、日本の位階における位の一つ。正六位の下、正七位の上。
見る 散位寮と従六位
律令制
律令制(りつりょうせい)とは、中国の律令・律令法に基づく国家の法体系・制度を指す。 また古代日本において、それを取り入れた体系・国家制度・統治制度を指す。本稿では主にこの日本の制度を述べる。
見る 散位寮と律令制
兵部省
兵部省(ひょうぶしょう、つわもののつかさ)とは、律令制下の八省の一つ。内外の武官の人事考課、選叙(叙位及び任官)諸国の衛士の管理、武器の管理など、軍事防衛関連事項の一切を司る。令制では五司、後に一司(隼人司)を管掌する。しかし、鎌倉時代以降は、征夷大将軍に実権が移り、職務は限られた。
見る 散位寮と兵部省
国府
国府(こくふ/こう)は、日本の奈良時代から平安時代に、令制国の国司が政務を執る施設(国庁)が置かれた都市。 国府付近には国庁のほかにも国分寺・国分尼寺、総社(惣社)が設置され、各国における政治的中心都市であるとともに司法・軍事・宗教の中心部であった。なお『和名抄』によると、古くは「国」ではなく「島」とされた壱岐や対馬には「島府」が置かれたとされる(まだ確定はされていない)。 律令制の衰退にともない立地の優位性を失い廃れたり所在不明になった国府もある一方、いくつかの国府所在地は、現在でも静岡市・姫路市・岡山市・大分市など大きな都市として発展している。
見る 散位寮と国府
四度使
四度使(よどのつかい)とは、律令制の日本の地方制度において、政治の成績を中央政府に上申するべく、大宰府や諸国より毎年定期的に上京させた四種の使者であり、計帳使(大帳使)・正税帳使・貢調使・朝集使の総称である。
見る 散位寮と四度使
長上
長上(ちょうじょう)とは、古代日本の律令制における出勤形態で、常勤を指した。その勤務形態を取る官人のことを長上官(ちょうじょうかん)、工人のことを長上工(ちょうじょうこう)といった。一方、非常勤のことは番上といった。
見る 散位寮と長上
武官
武官(ぶかん)とは、国家若しくは君主から官吏たる軍人に任じられた者又はその軍人の官職をいう。一般的に終身官とされる。通常、軍人の職の総称として用いられるが、国家によっては官名として扱う場合もある。
見る 散位寮と武官
朝集使
朝集使(ちょうしゅうし)とは、律令制の日本において、大宰府や諸国より考課に必要な資料などの行政文書の提出や行政報告のために毎年中央に派遣された使者。四度使の1つ。
見る 散位寮と朝集使
文官
文官(ぶんかん)とは、官吏のうち武官(軍人)以外の者を指す語である。すなわち事務官、技官などを指す。
見る 散位寮と文官
日本
日本国(にほんこく、にっぽんこく、Japan)、または日本(にほん、にっぽん)は、東アジアに位置する民主制国家。首都は東京都。 全長3500キロメートル以上にわたる国土は、主に日本列島北海道・本州・四国・九州の主要四島およびそれに付随する島々。および南西諸島・伊豆諸島・小笠原諸島などの弧状列島により構成される。大部分が温帯に属するが、北部や島嶼部では亜寒帯や熱帯の地域がある。地形は起伏に富み、火山地・丘陵を含む山地の面積は国土の約75%を占め、人口は沿岸の平野部に集中している。国内には行政区分として47の都道府県があり、日本人(大和民族・琉球民族・アイヌ民族現代、アイヌにルーツをもつ日本国民のうち、アイヌ語を話す能力もしくはアイヌとしてのアイデンティティーを持っている者は少数である一方、近年は政策的にアイヌ文化の復興と発展のための活動が推進されている。
見る 散位寮と日本
散位
散位(さんい/さんに)とは、日本の律令制において、内外の官司に執掌を持たず、位階のみを持つ者。なお、散官(さんかん)という別称もある。唐にも散官の制度があり、文官には光禄大夫などの文散官、武官には鎮軍大将軍などの武散官が与えられていたが、品階を有する全ての官人に与えられる性格のものであり、実態としては日本における位階に近い。他の別称としては、女嬬・采女などの下級女官や地方の国衙に仕えた雑任などを指す散事(さんじ)や、同じく地方の雑任を指した散仕(さんじ)がある。
見る 散位寮と散位

