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外典福音書

索引 外典福音書

外典福音書(がいてんふくいんしょ)とは、福音書の名称が付けられた書物のうち、キリスト教会で正典として承認されていないものである。 これらの外典福音書の記述の一部はキリスト教徒によって異端的な思想であるとみなされることになった。 外典福音書の中でもっとも古いものは『トマスによる福音書』と『ペトロによる福音書』である。『ヤコブによるイエスの幼時福音』や『トマスによるイエスの幼時福音』など「幼時福音書」と呼ばれる一群の書物は2世紀になって成立したものだが、無原罪懐胎を含むマリアの生涯やイエスの幼年時代におきた多くの奇跡について語っている。これらは正典としては受け入れられなかったがキリスト教徒の間に伝承として伝わっていった。 ほかにも古代から根強く編まれてきたものに「合併福音書(調和福音書)」がある。これは四福音をまとめてその差異をならし一冊にしたものである。断片だけであるが、現存する最古の合併福音書は175年ごろ、タティアヌスが編んだ「ディアテッサロン」というものである。ディアテッサロンはシリア地方で2世紀にわたって流通し、よく用いられたがやがて廃れた。 シノペのマルキオンは150年ごろ、ルカ福音書を自説にもとづいて書き換え、自らに従うグループの礼拝で用いた。グノーシス派の二元論から強く影響を受けたマルキオンは、旧約聖書の神がこの世界の創造主だということは認めるが、怒りと裁きの神であって愛がないとして退けた。一方、自らが創造したのでもないこの世界の人々を救うためにイエスを地上に派遣した異邦の神こそが愛の神であると考えた。マルキオンはルカ福音書の中から「ユダヤ的」不純物だと彼が考えた部分を取り除き、ルカ以外の福音書を排斥した。誤解のないように付言すれば、マルキオンが彼の『主の福音書』を編纂した時点ではまだ新約聖書は成立していなかったので、マルキオンが今日我々が目にするような形での新約聖書を切り貼りして彼の聖書を捏造したわけではない。.

23 関係: いのちのことば社宝瓶宮福音書ペトロによる福音書ナグ・ハマディ写本マリアによる福音書マルキオンバルナバによる福音書ユダの福音書ルカによる福音書トマスによる福音書フィリポによる福音書イエスの母マリアグノーシス主義福音書田川建三荒井献Q資料正典新約聖書旧約聖書150年175年2世紀

いのちのことば社

いのちのことば社(いのちのことばしゃ)は、スウェーデン同盟キリスト教団内で運営される組織の名称。 プロテスタント福音派系の出版社、超教派の文書伝道団体である。.

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宝瓶宮福音書

『宝瓶宮福音書』(ほうへいきゅうふくいんしょ、"")とは、米国人のリバイ・ドーリング( 1844 - 1911)の1908年の著作であり、日本語に訳すと「双魚宮時代のキリスト、イエスの宝瓶宮時代の福音書」になる。春分点が宝瓶宮の時代という発想は、現代のニューエイジ活動において有名であるが、。文献の内容は、イエスの公生涯前の17年間の失われた記録を著者がアカシックレコードを読んで手記として記したものである。.

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ペトロによる福音書

『ペトロによる福音書』 (─ふくいんしょ) 、または『ペテロ福音書』は、キリスト教の正典に取り入れられなかった外典福音書の一つ。3世紀の教父文書に言及されているが、その全容は知られていない。19世紀末に、そのうちのイエスの受難劇の部分が発見された。.

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ナグ・ハマディ写本

ナグ・ハマディ写本(ナグ・ハマディしゃほん、The Nag Hammadi Codices)あるいはナグ・ハマディ文書(ナグ・ハマディぶんしょ、The Nag Hammadi library)とは1945年に上エジプト・ケナ県の(より正確には、ナグゥ・アル.

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マリアによる福音書

マリアによる福音書(まりあによるふくいんしょ)は、グノーシス主義の福音書文書の1つである。 登場人物のマリハム(マリア)とは、内容からイエスの母マリアではなく明らかにマグダラのマリアと考えられる。この故に本文書は『マグダラのマリアによる福音書』とも呼ばれる。 初期キリスト教の『新約聖書』の外典としてこの名の書籍の存在が伝わっていたとされるが、不明点が多く、全容は知られていなかった。しかし19世紀に偶然に発見され、内容から外典とされていた『マリアによる福音書』であることが確認された。『ナグ・ハマディ写本』から発見された諸文書とともに、グノーシス主義の原典資料として貴重であるだけでなく、初期キリスト教や当時の地中海世界の宗教状況の研究にも重要な文書である。.

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マルキオン

マルキオン(Marcion 100年?-160年?)は2世紀のローマで活躍した小アジア(現トルコ)のシノペ出身のキリスト教徒。シノペのマルキオンとも呼ばれる。 聖書の「正典」という概念を初めて打ち出し、自らの基準に従って独自の「聖書正典」を作り上げた。マルキオンの思想にはパウロへの強い傾倒とグノーシス主義の影響が見られる。彼は教会によって異端とされたが、その思想を支持する人々はローマでマルキオン派という自分たちの教会を結成し、その後数世紀に渡って存続した(エジプト、メソポタミア、アルメニアにまで広まったという)。.

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バルナバによる福音書

『バルナバによる福音書』(バルナバによるふくいんしょ)はイエス・キリストの生涯を描いた書物。イエスの弟子バルナバにより著されたと主張されている(通常と違い本文献中ではバルナバは十二使徒のひとりとされている)。二つの写本が存在を確認されており、いずれも16世紀後半に遡る。その二写本は一方がイタリア語、他方がスペイン語で書かれているが、スペイン語写本の方は現在では失われ、18世紀に転写されたものが残るのみである。バルナバによる福音書は正典の四福音書を合わせたのと同じぐらいの分量があり、イエスの宣教の記述にその分量が費やされているが、その記述は正典の福音書と多くの点で一致する。いくつかの重要な点において、本文献の記述はムスリムによるキリスト教の起源に関する解釈に従っており、キリスト教による新約聖書に関する教説と相反する。 バルナバによる福音書はかなり後の時代の文献であり偽典であるとキリスト教徒と(アッバース・エル.

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ユダの福音書

『ユダの福音書』(ユダのふくいんしょ)とは、キリスト教の新約聖書の外典の一つとされている。初期キリスト教を知る資料のひとつ。.

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ルカによる福音書

『ルカによる福音書』(ルカによるふくいんしょ、Κατά Λουκάν Ευαγγέλιον Kata Loukan Euangelion、Evangelium Secundum Lucam)は、新約聖書中の一書で、イエス・キリストの言行を描く四つの福音書のひとつ。『マタイによる福音書』、『マルコによる福音書』、『ルカによる福音書』(以下『ルカ福音書』)の三つは共通部分が多いことから共観福音書とよばれる。 福音書中には一切著者についての言及はないが、それぞれの冒頭部分の献辞などから『使徒言行録』と同じ著者によって執筆されたことは古代から認められており、現代の学者たちのほとんどが本福音書と使徒言行録は著者による二巻の作品が新約聖書の成立過程でイエスの生涯を記す福音書と、イエス後の教会の発展史という観点から分離して配列されることになった可能性が高いと考えている。(このため、『ルカ福音書』と『使徒言行録』をあわせて「ルカ文書」と称することもある。)伝承では『ルカ福音書』の著者はパウロの弟子の医師であるルカとされてきた。その名は『フィレモンへの手紙』等に見られる。.

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トマスによる福音書

P. Oxy. 655 『トマスによる福音書』(トマスによるふくいんしょ)は、1945年にエジプトで見つかった『ナグ・ハマディ写本』群に含まれていた文書で、114の文からなるイエスの語録集である。本文中に使徒トマスによって書き記されたとあるので、この名がある。 なお、現行の新約聖書には含まれないという点では、外典である。.

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フィリポによる福音書

『フィリポによる福音書』(―ふくいんしょ)または『ピリポによる福音書』は、1945年にエジプトで見つかったナグ・ハマディ写本に含まれていた初期キリスト教のグノーシス主義的な文書で、正典に取り入れられなかった外典の一つ。.

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イエスの母マリア

イエスの母マリア(イエスのははマリア、Maria Mother of Jesus)は、ナザレのイエスの母。.

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グノーシス主義

画像:Simple crossed circle.svg circular, harmonic cross グノーシス主義(グノーシスしゅぎ、Gnostizismus、Gnosticism)またはグノーシス(Γνῶσις)は、1世紀に生まれ、3世紀から4世紀にかけて地中海世界で勢力を持った宗教・思想である。物質と霊の二元論に特徴がある。英語の発音は「ノーシス」である。普通名詞としてのグノーシスは、古代ギリシア語で「認識・知識」を意味する。グノーシス主義は、自己の本質と真の神についての認識に到達することを求める思想傾向にあたる。 グノーシス主義は、地中海世界を中心とするもの以外に、イランやメソポタミアに本拠を置くものがあり、ヘレニズムによる東西文化のシンクレティズムの中から形成されたとみれる。代表的なグノーシス主義宗教にマニ教がある。.

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福音書

福音書(ふくいんしょ、ευαγγέλιον, ラテン語: Evangelium)は、イエス・キリストの言行録である。通常は新約聖書におさめられた福音書記者による四つの福音書(マタイによる福音書、マルコによる福音書、ルカによる福音書、ヨハネによる福音書)を意味する。その他にトマスによる福音書などがあるが、正典として認められなかった外典文書である。 日本正教会では福音経(ふくいんけい)とも呼ばれる。これは福音書を、奉神礼において詠まれる祈祷書(経典)の一つでもあると捉える考えに基づいている。.

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田川建三

川 建三(たがわ けんぞう、1935年 - )は、日本の新約聖書学者、著述家。大阪女子大学名誉教授。宗教批判を通じて現代批判を試みた著作でも知られる。「神を信じないクリスチャン」を名乗る。.

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荒井献

荒井 献(あらい ささぐ、1930年5月6日 - )は、日本の新約聖書学者でグノーシス主義研究者である。神学博士(ドイツ・エアランゲン=ニュルンベルク大学)、東京大学及び恵泉女学園大学名誉教授。日本学士院会員。.

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Q資料

Q資料(きゅうしりょう)とは、新約聖書の『マタイによる福音書』および『ルカによる福音書』の執筆の際に両福音書に共通の源泉となったと考えられるイエスの言葉資料であり、仮説上の資料である。.

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正典

正典(せいてん、Canon, カノン)とはある宗教において公式に信者が従うべき基準として確立されている文書をいう。経典(けいてん)とも。正典で無いものは外典と呼ばれる。この項目では宗教的な正典全般について述べる。.

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新約聖書

『新約聖書』(しんやくせいしょ、ギリシア語: Καινή Διαθήκη, ラテン語: Novum Testamentum)は、紀元1世紀から2世紀にかけてキリスト教徒たちによって書かれた文書で、『旧約聖書』とならぶキリスト教の正典。また、イスラム教でもイエス(イーサー)を預言者の一人として認めることから、その一部(福音書)が啓典とされている。『新約聖書』には27の書が含まれるが、それらはイエス・キリストの生涯と言葉(福音と呼ばれる)、初代教会の歴史(『使徒言行録』)、初代教会の指導者たちによって書かれた書簡からなっており『ヨハネの黙示録』が最後におかれている。現代で言うところのアンソロジーにあたる。「旧約聖書」「新約聖書」は、新旧の別による「旧いから無視してよい・誤っている、新しいから正しい」といった錯誤を避けるため、旧約聖書を『ヘブライ語聖書』、新約聖書を『ギリシア語聖書』と呼ぶこともある。内容的にはキリストが生まれる前までを旧約聖書、キリスト生誕後を新約聖書がまとめている。.

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旧約聖書

旧約聖書(きゅうやくせいしょ)は、ユダヤ教の聖典であるタナハを元に書かれたキリスト教の正典である。また、イスラム教においてもその一部(モーセ五書、詩篇)が啓典とされている。「旧約聖書」という呼称は旧約の成就としての『新約聖書』を持つキリスト教の立場からのもので、ユダヤ教ではこれが唯一の「聖書」である。そのためユダヤ教では旧約聖書とは呼ばれず、単に聖書と呼ばれる。『旧約聖書』は原則としてヘブライ語で記載され、一部にアラム語で記載されている。.

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150年

記載なし。

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175年

記載なし。

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2世紀

ャーナ朝の全盛期。カニシカ王の時代に現在のパキスタンにあるガンダーラで多くの仏像が作られた。画像は東京国立博物館蔵のガンダーラの仏像。 ティオティワカン。メキシコシティの北東50キロにある遺跡でこの当時新大陸で最大の宗教都市遺跡であった。1世紀から2世紀半ばまでをツァクアリ相と呼び、画像の「太陽のピラミッド」と「月のピラミッド」はこの時期に建設された。 「武氏祠画像石」。2世紀半ばに建てられた山東省嘉祥県の武宅山の麓にある豪族武氏一族の石祠の画像石。この時代の人々の世界観が表れている。 武威(甘粛省)は後漢後期に造営された雷台漢墓で有名である。画像は雷台漢墓から出土した銅奔馬で、その疾走する姿から「馬踏飛燕」の別名がある。 倭国大乱。この時代には大規模な環濠集落が形成され軍事的な緊張があったと考えられる。紀元前3世紀から紀元後3世紀まで継続した吉野ヶ里遺跡は環濠集落の遺跡の代表である。 五賢帝の2人目であるトラヤヌス帝の末年までにローマ帝国の領土は最大に拡がった。画像の記念柱はローマに建立されたものでドナウ川北岸のダキア人との戦いが詳細にレリーフに刻まれている。 五賢帝時代の終わり。五賢帝時代はローマ帝国の最盛期であり安定した統治が行われていたが、五賢帝最後のマルクス・アウレリウス帝の時代には帝国周辺の諸民族の動きが慌ただしくなってきた。画像は哲学者としても知られるマルクス・アウレリウス帝の騎馬像(カピトリーノ美術館蔵)。 繁栄する属州アエギュプトゥス。ローマ帝国の穀倉エジプトでは豊かな生活が営まれていた。ファイユームで発掘されたいわゆる「ミイラ肖像画」は多くの絵画作品が失われたこの時代の風俗の貴重な資料となっている。画像はルーヴル美術館蔵の女性のミイラ肖像画。 ミトラ教の隆盛。ローマ帝国には多くの宗教が混在していたが、イラン起源のミトラ教は軍人などから広範囲に広がった。画像はサンタ・マリア・カプア・ヴェーテレのミトラ教神殿壁画で牡牛を屠る姿のミトラ神が描かれている。 2世紀(にせいき)とは、西暦101年から西暦200年までの100年間を指す世紀。.

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