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化仏

索引 化仏

化仏(けぶつ)。

目次

  1. 24 関係: 天蓋娑婆三身仏像仏画仏陀化身六波羅蜜寺光背光明空也白毫菩薩衆生馬頭観音観音菩薩阿弥陀如来釈迦東大寺盧舎那仏像極楽機根本地垂迹明王浄土教

天蓋

天蓋(てんがい)は、主に以下の意味を持つ。 「白海(びゃっかい)」「玉蓋(たまがい)」とも呼ばれる。

見る 化仏と天蓋

娑婆

娑婆(しゃば、さば、sahā, サハー)は、仏教において、釈迦が衆生を教化するこの世界、すなわちこの世のこと。仏教における三千世界の総称であり、娑婆世界、娑界ともいう。「サハー」には、その意味を表す「忍土(にんど) 」という意訳語もある。忍土とは、「苦しみを耐え忍ぶ場所」という意味である。 仏教用語でない用法としては、第一に人間の世界、この世、俗世間、第二に 刑務所内や軍隊・遊郭などの自由が束縛されている世界に対して、その外の自由な世界を指す。

見る 化仏と娑婆

三身

三身(さんじん、または さんしん、trikāya)は、大乗仏教における、仏の3種類の身のあり方(法身・報身・応身)で、仏身観の一種である。三身説。 『十地経論』巻3には「一切の仏に三種の仏あり。一に応身仏、二に報身仏、三に法身仏なり」とある。通常はこの三身説がよく用いられる。 対応関係を表すと次の通り。 三身が具現していることを、三身即一、あるいは三身円満などという。

見る 化仏と三身

仏像

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見る 化仏と仏像

仏画

仏画(ぶつが)とは、広義には、仏教絵画全般を指し、仏伝、本生譚、浄土変相図(当麻曼陀羅など)、来迎図、二河白道図、六道絵などの仏教説話画、祖師絵伝、絵巻、祖師図、禅宗僧の肖像画でいう頂相、一般僧の肖像画なども含む。 狭義には仏教、特に密教系宗派の礼拝・儀式で使用される絵画。仏(如来)や菩薩、仏教で信仰される、インド古来の神々をはじめ、中国、日本の神々など、それ等を描いた絵画(単身像または群像)や曼荼羅(両界曼荼羅、別尊曼荼羅など)を含む。

見る 化仏と仏画

仏陀

仏陀の座像(石窟庵、新羅時代) 仏陀(佛陀、ぶつだ、ぶっだ、बुद्ध、(ブッダ))は、仏(ぶつ)やほとけとも称され、悟りの最高位「仏の悟り」を開いた人を指す。歴史的には実在した釈迦を意味する。 ブッダ(「仏陀」は漢字による音写の一つ)という呼称は、インドでは仏教の成立以前から使われていた。釈迦が説いた原始仏教では、仏陀は「目覚めた人」を指す普通名詞であり、釈迦だけを指す固有名詞ではなかった。現に原始仏典にはしばしば仏陀の複数形(buddhā)が登場する。しかし釈迦の死後、初期仏教では、仏教を開いた釈迦ただ一人が仏陀とされるようになった。初期の大乗経典でも燃燈仏や過去七仏や、弥勒菩薩が未来に成仏することなど過去や未来の仏陀の存在を説いたものもあるが、現在の仏陀は釈迦一人だけであり、釈迦の死後には現在まで現れていないとされている。

見る 化仏と仏陀

化身

化身(けしん)。

見る 化仏と化身

六波羅蜜寺

本堂正面 弁財天堂 六波羅蜜寺 (ろくはらみつじ)は、京都市東山区轆轤町にある真言宗智山派の寺院。山号は補陀洛山。本尊は十一面観音。創建者は空也上人。西国三十三所第17番札所。洛陽三十三所観音霊場第15番札所。 本尊真言:おん ろけいじんばら きりく そわか ご詠歌:重くとも五つの罪はよもあらじ 六波羅堂へ参る身なれば。

見る 化仏と六波羅蜜寺

光背

光背(こうはい)とは、仏像、仏画などの仏教美術や、キリスト教美術などにおいて、神仏や聖人の体から発せられる光明を視覚的に表現したものである。

見る 化仏と光背

光明

光明(こうみょう)とは、明るい光のこと。対義語は暗黒または無明。

見る 化仏と光明

空也

空也(くうや)は、平安時代中期の僧。阿弥陀聖(あみだひじり)、市聖(いちのひじり)、市上人(いちのしょうにん)とも称される。

見る 化仏と空也

白毫

東大寺盧舎那仏像(奈良の大仏) 白毫(びゃくごう)は、仏(如来)の眉間のやや上に生えているとされる白く長い毛。右巻きに丸まっており、伸ばすと1丈5尺(約4.5メートル)あるとされる。眉間白毫とも。三十二相の31番目であり、白毫相、眉間白毫相とも。 光を放ち世界を照らすとされる。『法華経』序品には、仏(ガウタマ・シッダールタ)が無量義処三昧の瞑想に入ったとき、白毫が光を放ち東方一万八千世界を照らし出すというシーンが描かれている(爾時仏 放眉間白毫相光 照東方万八千世界)。 白毫の位置は、インド哲学における第6チャクラのアージニャーである。シヴァ神などいくつかのヒンドゥー教の神はその位置に第3の目を持つ。ヒンドゥー教徒が同じ位置にする装飾であるビンディーやティラカと、俗に混同されるが、直接の関係は薄い。

見る 化仏と白毫

菩薩

菩薩(ぼさつ)とは、ボーディ・サットヴァ(बोधिसत्त्व, bodhisattva, bodhisatta)の音写である菩提薩埵(ぼだいさった)の略であり、仏教において一般的には菩提(bodhi, 悟り)を求める衆生(薩埵, sattva)を意味する。仏教では、声聞や縁覚とともに声聞と縁覚に続く修行段階を指し示す名辞として用いられた - 学研全訳古語辞典 (weblio古語辞典)。。

見る 化仏と菩薩

衆生

衆生(しゅじょう、sattva सत्त्व、satta)は、一切の生きとし生けるもの(生類)のこと。基本的には迷いの世界にある生類を指すが、広義には仏・菩薩をも含めることがある。

見る 化仏と衆生

馬頭観音

馬頭観音(平安時代、ボストン美術館所蔵) ハヤグリーヴァの彫像(インド、カジュラーホー) 馬頭観音(ばとうかんのん、हयग्रीव、、ハヤグリーヴァ)は、仏教における信仰対象である菩薩の一尊。観音菩薩の変化身(へんげしん)の1つであり、いわゆる「六観音」の一尊にも数えられている。観音としては珍しい忿怒の姿をとる。

見る 化仏と馬頭観音

観音菩薩

白衣観音図 観音菩薩(かんのん ぼさつ、Avalokiteśvara)は、仏教の菩薩の一尊。観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)、観自在菩薩(かんじざいぼさつ)、救世菩薩(くせぼさつ・ぐせぼさつ)など多数の別名がある。一般的に「観音さま」とも呼ばれる。

見る 化仏と観音菩薩

阿弥陀如来

阿弥陀如来(あみだにょらい)は、大乗仏教における信仰対象である如来の一尊。諸仏の中で最も光明が優れていて、唯一どんなに罪の重い衆生でも無条件で救うことのできる如来である。浄土教系の仏教では、  「南無阿弥陀仏」という称名念仏により浄土に往生できるという阿弥陀信仰を説く。ただ、浄土真宗においては信心正因という、阿弥陀仏に後生の一大事について一切任せた(信心決定)ときに極楽往生が決定すると説く。西方にある極楽浄土という仏国土(浄土)の教主とされる(東方は薬師如来)。五智如来においては、西方に位置する観自在王如来と同一視するが、真言宗では阿弥陀が法蔵菩薩であったときに師事した仏として、別尊とする。

見る 化仏と阿弥陀如来

釈迦

釈迦(しゃか、、शाक्यमुनि、)は、北インドの人物で、仏教の開祖。ただし、存命していた時代については後述の通り紀元前7世紀、紀元前6世紀、紀元前5世紀など複数の説があり、正確な生没年は分かっていない。 姓名はサンスクリット語の発音に基づいた表記ではガウタマ・シッダールタ(गौतम सिद्धार्थ Gautama Siddhārtha)、パーリ語の発音に基づいてゴータマ・シッダッタ(Gotama Siddhattha)とも表記される。漢訳では瞿曇悉達多(くどんしっだった)である。 仏舎利と言われる遺骨は真身舎利、真正仏舎利として今も祀られ、信仰を集めている。

見る 化仏と釈迦

東大寺盧舎那仏像

東大寺盧舎那仏像(とうだいじるしゃなぶつぞう)は、奈良県奈良市の東大寺大仏殿(金堂)の本尊である仏像(大仏)。一般に東大寺大仏、奈良の大仏として知られる。 聖武天皇の発願で天平17年(745年)に制作が開始され、天平勝宝4年(752年)に開眼供養会(かいげんくようえ、魂入れの儀式)が行われた。後世に複数回焼損したため、現存する大部分が再建であり、当初に制作された部分で現在まで残るのはごく一部である。「銅造盧舎那仏坐像」として国宝に指定されている。

見る 化仏と東大寺盧舎那仏像

極楽

極楽(ごくらく、sukhāvatī、スカーヴァティー、蔵: 、デワチェン)とは、阿弥陀仏の浄土であり、「スカーヴァティー」とは「幸福のある(ところ)」の意味。須呵摩提、蘇珂嚩帝などと音写され、安楽、極楽、妙楽などと訳出された。『大阿弥陀経』では須摩提、『平等覚経』では須摩提、須阿提と音写されるが、これらはサンスクリット形ではなく俗語形とされる。「極楽浄土」とも言われる。

見る 化仏と極楽

機根

機根(きこん)とは、仏の教えを聞いて修行しえる能力のこと。また仏の教えを理解する度量・器のことで、さらには衆生の各人の性格をいう。一般にいう根性は、この機根に由来する言葉である。

見る 化仏と機根

本地垂迹

飯綱権現を祀る高尾山薬王院の権現堂 本地垂迹(ほんじすいじゃく)とは、仏教が興隆した時代に発生した神仏習合思想の一つで、神道の八百万の神々は、実は様々な仏(菩薩や天部なども含む)が化身として日本の地に現れた権現(ごんげん)であるとする考えである。仏本神迹説と呼ばれる場合もある。

見る 化仏と本地垂迹

明王

軍荼利明王 明王(みょうおう、विद्याराज vidyā-rāja)は、密教における尊格及び称号で、如来の変化身ともされる。明王には女性の尊格もある。

見る 化仏と明王

浄土教

浄土教(じょうどきょう)、中国の北魏時代に慧遠が説き、唐代の善導が提唱した。阿弥陀仏の極楽浄土に往生し成仏することを説く大乗仏教の一派。浄土門、浄土思想ともいう。阿弥陀仏の願に基づいて、観仏や念仏によってその浄土に往生しようと願う教え。

見る 化仏と浄土教