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公家悪

索引 公家悪

公家悪(くげあく)は、古典歌舞伎の役柄の一つで、皇位を奪おうとしたり、国政を専断しようとする身分の高い公家を表す。その風体は、頭に金冠を被り、白衣を纏い、「王子」とよばれる長髪を誇張した鬘と、鬚鬘とよばれる顎鬚をつけている。隈は「公家荒れ」と呼ばれる青系統のもの。超人的な力を持ち、権力を操って天下を狙うので、このような独特の扮装で巨悪を表現している。見得をする時も真っ赤な舌を出して異様な気味の悪さを強調する。 江戸時代中期に活躍した初代中島三甫右衛門によって大成され、近年では五代目中村歌右衛門・八代目坂東三津五郎・十三代目片岡仁左衛門・四代目市川左團次などが公家悪に優れた演技を示していた。

目次

  1. 15 関係: 坂東三津五郎 (8代目)天満宮菜種御供妹背山婦女庭訓中村歌右衛門 (5代目)市川左團次 (4代目)公家片岡仁左衛門 (13代目)菅原伝授手習鑑菅原道真蘇我入鹿藤原時平歌舞伎江戸時代清原武衡

坂東三津五郎 (8代目)

八代目 坂東 三津五郎(はちだいめ ばんどう みつごろう、1906年(明治39年)10月19日 - 1975年(昭和50年)1月16日)は、日本の俳優、歌舞伎役者。屋号は大和屋。定紋は三ツ大、替紋は花勝見。本名は守田 俊郎(もりた としろう)。青年期より敵役や老役を得意とし、重要無形文化財保持者(人間国宝)にも認定されたが、フグ毒にあたって急逝した。

見る 公家悪と坂東三津五郎 (8代目)

天満宮菜種御供

『天満宮菜種御供』(てんまんぐう なたねの ごくう)は、歌舞伎の演目。通称『時平の七笑』(しへいの しちわらい)。初代並木五瓶・中邑阿契・辰岡萬作ら合作。全九幕。安永六年四月(1777年5月)大坂小川吉太郎座初演。

見る 公家悪と天満宮菜種御供

妹背山婦女庭訓

『妹背山婦女庭訓』(いもせやまおんなていきん)とは、人形浄瑠璃及び歌舞伎の演目のひとつ。全五段、明和8年(1771年)1月28日より大坂竹本座にて初演。近松半二・松田ばく・栄善平・近松東南・三好松洛の合作。「十三鐘/絹懸柳」の角書きが付く。別題『妹背山庭訓往来』(いもせやまていきんおうらい)。

見る 公家悪と妹背山婦女庭訓

中村歌右衛門 (5代目)

五代目 中村 歌右衛門(ごだいめ なかむら うたえもん、慶応元年12月29日(西暦換算1866年2月14日) - 1940年(昭和15年)9月12日)は、明治から大正、戦前昭和にかけて活躍した歌舞伎役者。屋号は成駒屋。定紋は(成駒屋祇園守)、替紋は裏梅。俳名に魁玉・梅玉・梅莟。 大向うからは大成駒屋(おおなりこまや)の掛け声がかかった。本名は中村 榮次郎(なかむら えいじろう)。

見る 公家悪と中村歌右衛門 (5代目)

市川左團次 (4代目)

四代目 市川 左團次(いちかわ さだんじ、1940年〈昭和15年〉11月12日 - 2023年〈令和5年〉4月15日)は、歌舞伎役者、日本の俳優。本名:荒川 欣也(あらかわ きんや)。屋号は高島屋、定紋は三升に左(みますに ひだり)だが、通常は替紋の松皮菱に鬼蔦(まつかわびしに おにづた)を使用。最終学歴:暁星高等学校。公称身長177cm・体重75kg・血液型A型。 三代目市川左團次の長男として東京都に生まれる。ただし自著『俺が噂の左團次だ』では母が祇園の芸妓で、自身は三代目の贔屓筋が実父と述べている。

見る 公家悪と市川左團次 (4代目)

公家

日本の公家 公家(くげ)とは、日本において朝廷に仕える貴族・上級官人の総称。天皇に近侍し、または御所に出仕していた、主に三位以上の位階を世襲する家。 公家の称の由来として、元来は天皇または朝廷を指し、「こうけ」「おおやけ」と読んだ。鎌倉時代以降、源氏・平氏・藤原氏などの貴族の内で、武力で天皇に奉仕する幕府を武家(軍事貴族、武家貴族)と称するようになると、それに対比して、儀式と文治をもって天皇に奉仕する宮廷貴族一般を公家(公家貴族)と呼ぶようになった。

見る 公家悪と公家

片岡仁左衛門 (13代目)

十三代目 片岡 仁左衛門(かたおか にざえもん、1903年(明治36年)12月15日 - 1994年(平成6年)3月26日)は、日本の歌舞伎役者。屋号は松嶋屋、定紋は七ツ割丸に二引。日本芸術院会員、重要無形文化財保持者(人間国宝)。本名は片岡 千代之助(かたおか ちよのすけ)。 昭和後期の歌舞伎界を支えた立役の名優。最晩年は完全に盲目だったにもかかわらず、立役として舞台活動を続けた。

見る 公家悪と片岡仁左衛門 (13代目)

菅原伝授手習鑑

四代目中村芝翫の舎人松王丸。「寺子屋」での松王丸の姿を描く。豊原国周画。 『菅原伝授手習鑑』(すがわらでんじゅてならいかがみ)とは、人形浄瑠璃および歌舞伎の演目のひとつ。五段続。延享3年(1746年)8月、大坂竹本座初演。初代竹田出雲・竹田小出雲・三好松洛・初代並木千柳の合作。平安時代の菅原道真の失脚事件(昌泰の変)を中心に、道真の周囲の人々の生き方を描く。歌舞伎では四段目切がの名で独立して上演されることが特に多く、上演回数で群を抜く歌舞伎の代表的な演目となっている。

見る 公家悪と菅原伝授手習鑑

菅原道真

菅原 道真(すがわら の みちざね、承和12年6月25日〈845年8月1日〉- 延喜3年2月25日〈903年3月26日〉)は、日本の平安時代の貴族、学者、漢詩人、政治家。参議・菅原是善の三男。官位は従二位・右大臣。贈正一位・太政大臣。 忠臣として名高く、宇多天皇に重用されて、寛平の治を支えた一人であり、醍醐朝では右大臣にまで上り詰めたが、藤原時平の讒言(昌泰の変)により、大宰府へ大宰員外帥として左遷され現地で没した。死後は怨霊になり、清涼殿落雷事件などで日本三大怨霊の一人として知られる。後に'''天満天神'''として信仰の対象となり、現在は学問の神様として親しまれる。太宰府天満宮の御墓所の上に本殿が造営されている。

見る 公家悪と菅原道真

蘇我入鹿

蘇我 入鹿(そが の いるか)は、飛鳥時代の豪族。蘇我蝦夷の子。大臣として大和朝廷の最上位有力者であったが、乙巳の変において討たれる。

見る 公家悪と蘇我入鹿

藤原時平

藤原 時平(ふじわら の ときひら、貞観13年〈871年〉- 延喜9年4月4日〈909年4月26日〉)は、平安時代前期の公卿。藤原北家、摂政関白太政大臣・藤原基経の長男。官位は正二位・左大臣、贈正一位・太政大臣。本院大臣と号した。 基経の嫡男として若くして栄達し、醍醐天皇が即位すると左大臣として廟堂の頂点に立った。意欲的に改革に着手するが39歳で死去した。昌泰の変により菅原道真を左遷した中心人物で天神の怨敵。天神信仰が広まった後世の説話では讒臣・極悪人として描かれている。 時平信仰として千葉県北西部の一部(船橋市・習志野市・八千代市)、主に二宮神社では神として祀られている。

見る 公家悪と藤原時平

九代目市川團十郎の鎌倉権五郎景政 二代目團十郎の鎌倉権五郎 ---- 暫の衣装は時代が下るにつれて重厚なものになる。二代目團十郎が活躍した元禄年間にはまだ簡略なものだったことがうかがえる。 写楽画。 四代目瀬川菊之丞の巴御前 ---- 『女暫』、寛政12年 (1800)。 九代目團十郎の暫(鎌倉権五郎)像 (浅草寺境内) 『暫』(しばらく)は、歌舞伎の演目で歌舞伎十八番の一つ。時代物。荒事の代表的な演目である。

見る 公家悪と暫

歌舞伎

2代目歌川豊国 画『踊形容江戸繪榮』大判錦絵三枚続物。安政5年(1858年)7月江戸・市村座上演の『暫』を描いたもの。 歌舞伎(かぶき)は、日本の演劇で、伝統芸能の一つ。1603年(慶長8年)に京都で出雲阿国が始めたややこ踊り、かぶき踊り(踊念仏)「チンドン屋と起源は同じ」が始まりで江戸時代に発展し、女歌舞伎から若衆歌舞伎、野郎歌舞伎と風俗紊乱を理由とした規制により変化していった。 日本の重要無形文化財に1965年(昭和40年)4月20日に指定同日文化財保護委員会告示第18号「無形文化財を重要無形文化財に指定する等の件」され、2005年(平成17年)にはユネスコにおいて傑作宣言され、2009年(平成21年)9月に無形文化遺産の代表一覧表に記載された。

見る 公家悪と歌舞伎

江戸時代

江戸時代(えどじだい、)は、日本の歴史の内江戸幕府(徳川幕府)の統治時代を指す時代区分である。他の呼称として徳川時代、徳川日本、旧幕時代、藩政時代(藩領のみ)などがある。江戸時代という名は、江戸に将軍が常駐していたためである。

見る 公家悪と江戸時代

清原武衡

清原 武衡(きよはら の たけひら、生年未詳 - 寛治元年11月14日(1087年12月11日))は、平安時代後期の陸奥国・出羽国の武将。父は鎮守府将軍清原武則竹内一朔「清原氏【武衡 たけひら】」『秋田大百科事典』 秋田魁新報社、1981年、ISBN 4870200074、母は安倍頼清の娘宝賀寿男『古代氏族系譜集成』古代氏族研究会、1986年と伝えられる安倍頼清という人物については、詳細が不明である。史料上、武衡の母の父としてしか見えないので、安倍頼清という記載は安倍頼時の誤りである可能性もある。。武貞の弟。義理の兄弟に吉彦秀武がいる。通称は将軍三郎、岩城三郎。

見る 公家悪と清原武衡