目次
幸袋線
| 幸袋線(こうぶくろせん)は、かつて福岡県鞍手郡小竹町の小竹駅と飯塚市の二瀬駅の間を結んでいた、日本国有鉄道(国鉄)の鉄道路線。赤字83線に指定され、1969年(昭和44年)12月8日に廃止された。
見る 枝国駅と幸袋線
二瀬駅
1974年の二瀬駅 - 川津信号場にかけての廃線跡。テキスト挿入の左側が駅跡地擬定地。廃止されてから5年しか経っていないが、廃線跡はほぼ全てが道路に転用されている。 国土航空写真 二瀬駅(ふたせえき)は、かつて福岡県飯塚市大字横田にあった、日本国有鉄道(国鉄)幸袋線の駅(廃駅)である。幸袋線の廃線に伴い、1969年(昭和44年)12月8日に廃駅となった。
見る 枝国駅と二瀬駅
廃線
廃線(はいせん)とは、鉄道路線などの営業を廃止すること。またはその廃止された路線のこと。事務手続き上の扱いは「休止」となっているが、実態としては廃線状態になっている場合も含めることもある。 日本においては、かつては鉄道の廃止は「許可制」だった。国は鉄道事業者から提出された申請により廃止を許可するか否かを判断し、許可された場合のみ廃止が可能だった。1999年の鉄道事業法改正では、国の許可を得る必要がなくなり、廃止日の1年前までに廃止届を提出することで鉄道事業者の独断で廃止にすることが可能になった。これにより廃止のハードルは大きく下がり、赤字路線の廃止が急増した。
見る 枝国駅と廃線
廃駅
公園前駅プラットホーム跡 南海本線深日駅プラットホーム跡 同和鉱業片上鉄道線苦木駅 廃駅(はいえき)とは営業を廃止した鉄道駅である。手続上廃止されたものだけでなく、再開の見込みのない長期休止駅も事実上の廃駅と言える。日本国外の廃駅は莫大な数に及ぶため、以下は主に日本での例を表記する。
見る 枝国駅と廃駅
地上駅
地上駅(ちじょうえき)は、鉄道の駅の形態の一つであり、プラットホームが元の地面と同じ高さにある駅のことである。地面の高さとは、一般に1階レベルのことをいう。若干上下している場合もあるので、広義では地上からプラットホームが目視できて、かつ高架の建造物の上ではない駅のことを指す。したがって、掘割の駅も地上駅に含まれることもある。地平駅(ちへいえき)ともいう。
見る 枝国駅と地上駅
福岡県
福岡県(ふくおかけん)は、日本の九州地方に位置する県。県庁所在地は福岡市。 九州地方北部に位置し、九州地方の県では最も人口が多い。県庁所在地の福岡市は、九州地方最多の人口を擁する市であり、西日本ここでは近畿・中国・四国・九州の総称とする。 においても大阪市に次ぐ人口を擁する。福岡市と北九州市の2つの政令指定都市を抱え、いわゆる三大都市圏以外では人口密度が1,000人/km2を超える唯一の県である。全国では人口は兵庫県に次ぐ8位、面積は千葉県に次ぐ29位。
見る 枝国駅と福岡県
飯塚市
飯塚市(いいづかし)は、福岡県の中部に位置する市。筑豊三都の一つに数える。筑豊で最多の人口を擁し、同地域の中心機能を持つ都市でもある。 飯塚都市圏の中心都市であり、筑豊地方、嘉飯山地区の中心都市でもある。
見る 枝国駅と飯塚市
貨物駅
貨物駅(かもつえき、)とは、貨物列車に貨物を積み降ろしすることを目的とした鉄道駅である。 鉄道駅は線路の高さによって、地上駅、高架駅、地下駅といった区別ができるが、貨物駅の場合は地上駅が多い。 現在の取扱貨物は、大きさが統一された輸送コンテナ(以下、コンテナと略す)を用いるコンテナ輸送が鉄道貨物の主流となっているが、木材、石材、石炭などの荒荷、書物、ばら積み貨物、自走による自動車などの扱いも見られる。 コンテナは直方体のものが一般的であるが、液体の化石燃料や化学薬品などを輸送する場合は直方体状に組んだ鋼鉄製の骨組み内にタンクを有するタンクコンテナとなり、丸みを帯びた形となっている。 標準軌以上の軸幅を持つ軌道を走る貨物列車はISO規格の海上コンテナが用いられることが多く、国際的に見ても大部分がこれに相当するが、狭軌の軌道や、カーブ区間の多い軌道では独自の大きさのコンテナが用いられることもある。
見る 枝国駅と貨物駅
赤字83線
赤字83線(あかじはちじゅうさんせん)とは、1968年(昭和43年)9月に国鉄諮問委員会が提出した意見書により、「使命を終えた」としてその廃止およびバス転換を促された日本国有鉄道(国鉄)のローカル線、もしくはその廃止の取組みをいう。 この取組みは、戦時中の不要不急線の休止を別にすれば、積極的に国鉄ローカル線を廃止しようという本格的な動きである。なお、赤字83線の取組みの前の1960年(昭和35年)にも、国鉄が経営効率の悪い全国50路線について廃止することを検討したことがある。赤字83線の整理は中途半端に終わったことから、1980年代の国鉄末期に実施された特定地方交通線の取組みへと受け継がれていった。
見る 枝国駅と赤字83線
JTB
JR北海道) 株式会社JTB(JTB Corporation)は、日本の旅行会社で、JTBグループを統括する事業持株会社である。本社は東京都品川区にある。1963年に財団法人日本交通公社の営業部門を分割・民営化し、株式会社日本交通公社として発足した。 現社名のJTBは、財団法人日本交通公社設立以来の英語名称であるJapan Travel Bureau の頭文字であり、財団法人時代から略称として使用していた。旅行業界では日本最大かつ世界有数の事業規模を有する企業である。 旅行業本体は日本国内や欧米諸国が中心で、近年は海外新興市場(BRICS、ASEAN諸国)において、新中間所得層向けに旅行需要の発掘と旅行販売を始めている(2011年には、中華人民共和国でJTB現地法人が外資系旅行会社として初めて海外旅行販売の許可を得た)。また、現地の法人向けに日本国内と同様の会議・イベント等のコンサルタント等も行っている。
見る 枝国駅とJTB
明治
明治(めいじ、)は元号の一つ。 慶応の後、大正の前。大化以降228番目、244個目南北朝時代の北朝の元号を除くか含めるかによる。の元号。明治天皇の即位に伴い定められた(代始改元)。 明治の元号下にあった1868年10月23日(明治元年9月8日)これは改元日を起点とする形式的区分であり、改元の詔書による明治の開始日とは異なる(後節参照)。から1912年(明治45年)7月30日までの45年間をと呼ぶ。本項ではこの時代についても記述する。
見る 枝国駅と明治
昭和
は、日本の元号の一つ。 1958年(昭和33年)に竣工した東京タワー。 大正の後、平成の前。大化以降230番目、246個目南北朝時代の北朝の元号を除くか含めるかによる。の元号である。昭和天皇の在位期間昭和天皇は父・大正天皇の病状を受け1921年(大正10年)11月25日に「摂政宮」に就いている。 である1926年(昭和元年)12月25日から1989年(昭和64年)1月7日まで昭和天皇は1989年(昭和64年)1月7日午前6時33分に崩御し、皇太子明仁親王(現・上皇)が同時刻に直ちに皇位継承。同日中に元号を改める政令が新天皇の署名によって公布され、同政令の附則の施行期日の定めに基づき、昭和は同日午後12時を以て幕を閉じ、翌1月8日午前0時を以て平成と改元された。
見る 枝国駅と昭和
日本の鉄道駅一覧
日本の鉄道駅一覧(にっぽんのてつどうえきいちらん)は、日本の鉄道駅を五十音順に並べ、分類したものである。
見る 枝国駅と日本の鉄道駅一覧
日本国有鉄道
鉄道博物館所蔵) 日本国有鉄道(にほんこくゆうてつどう、にっぽんこくゆうてつどう、、英略称: )は、日本国有鉄道法に基づき日本の国有鉄道を運営していた公共企業体である。略称は国鉄(こくてつ)。 経営形態は政府が100%出資する公社(特殊法人)であり、いわゆる三公社五現業の一つであった。職員は公共企業体労働関係法で規定される国家公務員である。 鉄道開業以来、国営事業として鉄道省などの政府官庁によって経営されていた国有鉄道事業を、独立採算制の公共事業として承継する国(運輸省)の外郭団体として1949年(昭和24年)6月1日に発足した。 1987年(昭和62年)4月1日の国鉄分割民営化に伴い、政府出資の株式会社(特殊会社)形態であるJRグループ各社及び関係法人に事業を承継し、日本国有鉄道清算事業団(1998年(平成10年)10月22日解散)に移行した。
見る 枝国駅と日本国有鉄道
10月1日
10月1日(じゅうがつついたち)は、グレゴリオ暦で年始から274日目(閏年では275日目)にあたり、年末まであと91日ある。
見る 枝国駅と10月1日
1月1日
1月1日(いちがつついたち)は、グレゴリオ暦で年始から1日目に当たり、年末まであと364日(閏年では365日)ある。平年の場合には年の最終日である12月31日と同じ曜日になる。 キリスト教においては生後8日目のイエス・キリストが割礼と命名を受けた日として伝えられる。
見る 枝国駅と1月1日

