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択捉

索引 択捉

択捉(えとろふ、旧字体:擇捉)とは、千島列島南部に位置する島、および同島に所在の地名。艦船名。

目次

  1. 13 関係: 千島列島大日本帝国海軍得撫島北海道ヤースヌイ空港紗那村択捉 (海防艦)択捉型海防艦択捉島択捉郡択捉水道根室振興局海峡

千島列島

は、北海道本島の東にある根室海峡からカムチャツカ半島の南にある千島海峡までの間に連なる列島であり広義の日本列島。ロシア語ではクリル列島(Кури́льские острова́、Kuril Islands。)と呼ばれる。 全島がロシア連邦の実効支配地域である。最も北東にあるのが占守島で、そこから南西方向に幌筵島・温禰古丹島・得撫島などの20以上の島々が点在する。 また、得撫島より南西にある択捉島・国後島・色丹島および歯舞群島の4島(いわゆる北方四島または南クリル列島)については、ロシア連邦と日本国との間に領土問題(北方領土問題)が存在し、この4島を『千島列島(クリル列島)』に含めるかどうかについては、立場によって解釈が異なる。

見る 択捉と千島列島

大日本帝国海軍

大日本帝国海軍(だいにっぽんていこくかいぐん、だいにほんていこくかいぐん、、Imperial Japanese Navy、IJN)は、1872年(明治5年) - 1945年(昭和20年)まで日本に存在していた海軍である。通常は、単に海軍や帝国海軍、日本海軍と呼ばれた。 解体後は、海上自衛隊との区別などのため、旧日本海軍もしくは旧帝国海軍または旧海軍とも呼ばれている。第二次世界大戦の後、残存部隊は改組を経て現在、海上自衛隊のほか関連する国家機関等になっている。

見る 択捉と大日本帝国海軍

得撫島

得撫島北東部にある見嶋湾。遠景の岬の日本が建てた灯台の周りには、ウルップソウの大群落がある。 昭和29年の武魯頓島・知理保以島・得撫島 昭和29年の得撫島(南部) 得撫島(うるっぷとう)は、千島列島にある島。ロシア名はウループ島 (Остров Уруп)、英語表記はUrup。得撫郡に属した。

見る 択捉と得撫島

北海道

北海道(ほっかいどう)は、日本の北海道地方に位置する道。道庁所在地は札幌市で、47都道府県中唯一の「道」である。 行政区画の「北海道」を構成する最大の島自体も北海道と称されるが、区別するときには北海道本島とも称する。

見る 択捉と北海道

ヤースヌイ空港

ヤースヌイ空港(Аэропорт Ясный, Yasniy Airport)は、ロシア連邦サハリン州クリル管区イトゥルップ島(日本の行政区分では北海道択捉島紗那村)にある空港である。 2014年、イトゥルップ空港 (Аэропорт Итуруп Iturup Airport) として開港し、2015年1月16日、ヤースヌイ空港へと名称が変更された。 日本の空港法や航空法に基づく空港・飛行場ではないため、国土交通省の空港一覧には掲載されていない。

見る 択捉とヤースヌイ空港

紗那村

紗那村(しゃなむら)は、北海道根室振興局紗那郡に属する村。同じ択捉島内の留別村に次ぎ、日本国内で2番目に大きな面積を持つ村である。ただし、2023年現在紗那村を含む北方領土に日本の施政権は及んでおらず、法令上のみ存在する村となっている。 村名の由来は、アイヌ語の「サン・ナイ(下る・沢)」から。 当該地域の領有権に関する詳細は千島列島および北方領土問題の項目を、現状に関してはサハリン州#クリル管区、択捉島#ソ連崩壊後の択捉島の項目を参照のこと。

見る 択捉と紗那村

択捉 (海防艦)

択捉(えとろふ、旧字体:擇捉)は海防艦激闘記225頁「択捉(えとろふ)」、日本海軍の海防艦写真日本の軍艦7巻232頁「海防艦『占守型・擇捉型・御蔵型・鵜来型』行動年表 ◇擇捉◇」。普遍的には択捉型海防艦の1番艦とされているが海防艦激闘記81-84頁「占守型をほぼ踏襲した択捉型」、海軍省が定めた公式類別では占守型海防艦の5番艦。艦名は運送船択捉丸日露戦争時の鹵獲汽船アフロダイト号 に次いで2代目。艦名の由来は択捉島から。なお、常用漢字の制定後も資料(戦史叢書等)によっては、当時の命名時、その他法令令達上で使用された、旧字体の「擇捉」で表記されることも多い海上護衛戦(戦史叢書)211頁『海防艦』。

見る 択捉と択捉 (海防艦)

択捉型海防艦

択捉型海防艦(えとろふがたかいぼうかん)は、日本海軍が第二次世界大戦において運用した海防艦である。占守型海防艦を原型とし、南方航路の船団護衛に用いられた。計画名は占守型とおなじく甲型であり、艦艇類別等級別表における公式類別上は占守型に属するが、基本計画番号はE19と異なる。1943年から1944年にかけて同型艦14隻が就役している。

見る 択捉と択捉型海防艦

択捉島

択捉島(えとろふとう)は、北海道千島列島南部に位置する同列島内で面積が最大の島。複数の活火山が存在する火山島である。ロシアによる実効支配が続く北方領土の一つである。中心集落は紗那村(クリリスク)。 地名の由来は、アイヌ語の「エトゥ・オロ・オ・ㇷ゚(etu-oro-o-p,鼻・の所・にある・所〈岬のある所〉)」あるいは「エトゥ・オㇿ・オ・ㇷ゚(etu-or-o-p,鼻・水・ある・もの〈クラゲ〉)」。ロシア名はイトゥルップ島(Итуруп、Iturup)。 漢字名の「択捉」は「えとろふ」への当て字であるが、読み分けとしては択(え)捉(とろふ)になる。

見る 択捉と択捉島

択捉郡

北海道択捉郡の位置(12:発足時 9:留別村) 択捉郡(えとろふぐん)は、北海道(千島国)根室振興局の郡。 以下の1村を含む。

見る 択捉と択捉郡

択捉水道

択捉水道(えとろふすいどう、又はフリース海峡, Vries Strait、ロシア語: Пролив Фриза)は、千島列島の南千島北端である択捉島と、北千島(中部千島)南端である得撫島(ウルップ島)を隔てる幅約40kmの海峡(水道)である。 1643年、オランダ人の地理学者マルチン・ゲルリッツエン・フリースがヨーロッパ人として初めてこの海峡を発見し、後年フリース海峡とも呼ばれることとなった。 1855年の日露和親条約ではこの海峡を日露両国の境界と定めた。1875年の樺太・千島交換条約により北千島が日本領となり、両国の国境ではなくなった。 1945年のソ連の千島占領、ならびに1952年の日本の千島領有権放棄、1956年の日ソ共同宣言以降は、日本政府は北方領土(南千島)は「日本固有の領土」であるとして返還するよう要求しているため、日本の地図上ではこの海峡に国境線が記述されている。

見る 択捉と択捉水道

根室振興局

根室振興局(ねむろしんこうきょく)は、北海道の振興局のひとつ。振興局所在地は根室市。2010年(平成22年)4月1日、根室支庁に代わって発足した。

見る 択捉と根室振興局

海峡

ジブラルタル海峡 海峡(かいきょう、英: Strait、Channel)とは、陸地によって狭められている水域。日本語では「海」の一字が含まれるが、必ずしも海に限ったものではない五大湖のヒューロン湖とミシガン湖を結ぶマキノー海峡など。。マキノー海峡のように湖にある場合は「湖峡」ということもある。

見る 択捉と海峡