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力士
力士(りきし、ちからひと)とは、相撲を行う者のこと。厳密には、相撲部屋に所属して四股名を持ち、番付に関わらず大相撲に参加する選手の総称。力士は皆、日本相撲協会の専従職員という扱いだが、一方で相撲協会と力士との間で結ばれている契約は「準委任契約(力士は個人事業主)」であるとする東京地裁の判例も存在する。相撲取り(すもうとり)とも呼ばれる。しばしば関取(せきとり)と呼ばれることもあるが、元来は大関のことを指す異称であり、現代では中卒以上の義務教育修了・身長167cm以上・体重67kg以上の男性に受験資格が与えられる日本相撲協会による検査に合格した十両以上の力士のことを指す。 幕下以下の力士は力士養成員(りきしようせいいん)と呼ばれる。また、本来は神事に関わる者であるため、日常会話では親愛と尊敬をこめてお相撲さんとも呼ばれる。
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双ツ龍徳義
双ッ龍 徳義(ふたつりゅう とくよし、1930年3月3日 - 2006年2月4日)は、北海道室蘭市出身で時津風部屋に所属した元大相撲力士。本名は荒木 徳義(あらき とくよし)。身長185cm、体重108kg。得意手は右四つ、吊り、上手投げ。最高位は東前頭筆頭(1954年9月場所)ベースボール・マガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(5) 時津風部屋』p26。
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双津竜順一
双津竜 順一(ふたつりゅう じゅんいち、1950年2月28日 - 2014年8月12日)は、北海道室蘭市出身で時津風部屋に所属した大相撲力士。本名は山本 順一。身長185cm、体重171kg。最高位は東小結(1979年7月場所)。得意技は右四つ、寄り。現役時代のニックネームは「ゾウさん」ベースボール・マガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(5) 時津風部屋』p24。後述の理由により、角界追放後は報道などでは本名の「山本順一」で一般的に紹介されることが多い。
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室蘭市
室蘭市(むろらんし)は、北海道中南部(道央地方)にある市。 胆振総合振興局の振興局所在地。計量特定市。
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小結
小結(こむすび)とは、大相撲の力士の地位の一つ。三役の最下位三役は大関・関脇・小結を指すが、現在では大関は特別な地位であることから、三役を狭義に関脇・小結のみとすることがある。。幕内では横綱から数えると第4位に当たる(横綱・大関・関脇・小結・前頭(平幕))。
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北海道
北海道(ほっかいどう)は、日本の北海道地方に位置する道。道庁所在地は札幌市で、47都道府県中唯一の「道」である。 行政区画の「北海道」を構成する最大の島自体も北海道と称されるが、区別するときには北海道本島とも称する。
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前頭
前頭(まえがしら)とは、大相撲の力士の地位の一つ。幕内力士のうち、横綱と三役(大関・関脇・小結)を除いた力士をさす。役についていない幕内力士という意味で、平幕(ひらまく)と呼ばれることもある。
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四股名
四股名(しこな)とは、相撲における力士の名前である。 もともとは醜名と書いた。この場合の「醜」とは「みにくい」という意味ではなく、「逞しい」という意味である。いつからか四股と相まって「四股名」と当て字で書かれるようになった。しこ名と書かれることも多い。 日本相撲協会に所属する力士が改名するときは、各場所の千秋楽から番付編成会議までの間に改名届を提出し、編成会議において承認される。
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粂川
粂川(くめがわ)は、日本相撲協会の年寄名跡のひとつ。初代・粂川が四股名として名乗っていたもので、その由来は定かではない。
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音羽山 (相撲)
音羽山(おとわやま)は、日本相撲協会の年寄名跡のひとつ。初代・音羽山が四股名として名乗っていたもので、その名称は江戸・音羽町に由来するとされている。
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錦島
錦島(にしきじま)は、日本相撲協会の年寄名跡のひとつ。初代・錦嶋が四股名として名乗っていたもので、その由来は定かではない。 豊山勝男以降は時津風部屋所属の力士に受け継がれてきたが、豊山(14代時代)の停年退職後に名跡を取得した時津海正博、霜鳥典雄、豊ノ島大樹の3人はいずれも実際に錦島を襲名することはなく(詳細は当人の項目を参照)、名跡は高砂部屋所属の朝赤龍太郎の手に渡った。朝赤龍は2017年5月に引退して17代錦島を襲名後、2020年11月に高砂を襲名していたた元大関・4代朝潮と名跡を交換。元朝潮が18代錦島を襲名したが、18代錦島は不祥事の引責のため2021年6月に退職した。現在は、2023年11月に死去した18代錦島の長岡末弘の遺族が名跡を所有している。
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時津風 (相撲)
時津風(ときつかぜ)は、日本相撲協会の年寄名跡のひとつ。大坂相撲から東西合併の際に持ち込まれた名跡で、11代までが大坂相撲であるベースボール・マガジン社『大相撲名門列伝シリーズ(5) 時津風部屋』p36-39。 第12代時津風は、戦後すぐに引退した双葉山定次が襲名した。大坂相撲末期の第11代時津風が素行不良で有名だったため、双葉山が時津風を名乗る際には諫める者もあったが、その後は角界有数の名門となった。しかし、第12代が璽光尊事件で逮捕、第15代時津風は暴行死事件により逮捕・解雇、第16代時津風も不祥事を理由に相撲協会から「退職勧告」を受ける形で角界を去るなど、波乱の多い名跡である。
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時津風部屋
時津風部屋(ときつかぜべや)は、日本相撲協会所属で時津風一門の相撲部屋。
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