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十菱愛彦

索引 十菱愛彦

十菱 愛彦(じゅうびし よしひこ、1897年11月5日 - 1979年9月6日)は、日本の作家、占星術研究家。別名・トービス・星図。 兵庫県神戸市出身。日本大学宗教学科中退。アテネ・フランセに学び、倉田百三の知遇を得た。1921年処女戯曲「離婚への道」、次いで書き下ろし「愛の路は寂し」で認められた。牧野信一らと十日会を結成、「黒猫」「黒猫座」を主宰した。その後小説「第二の処女期」、1925年の「処女の門」が発禁となり「闇に咲く」と改題して出版。他に戯曲「小栗上野の死」など。戦災後、占星学を研究、日本聖星学研究所長となった。.

15 関係: 占星術学校法人アテネ・フランセ小栗忠順作家兵庫県倉田百三神戸市牧野信一隆文館聚芳閣日本大学11月5日1897年1979年9月6日

占星術

占星術(せんせいじゅつ)または占星学(せんせいがく)は、太陽系内の太陽・月・惑星・小惑星などの天体の位置や動きなどと人間・社会のあり方を経験的に結びつけて占う(占い)。古代バビロニアを発祥とするとされ、ギリシア・インド・アラブ・ヨーロッパで発展した西洋占星術・インド占星術と、中国など東アジアで発展した東洋占星術に大別することができる。.

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学校法人アテネ・フランセ

学校法人アテネ・フランセ (Athénée Français)は、東京都千代田区神田駿河台に本部をおく準学校法人である。2013年9月以前の運営形態は財団法人アテネ・フランセ。.

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小栗忠順

小栗 忠順(おぐり ただまさ)は、江戸時代末期の幕臣、勘定奉行、江戸町奉行、外国奉行。 通称は又一。安政6年(1859年)、従五位下豊後守に叙任。文久3年(1863年)、上野介に遷任され、以後小栗上野介と称される。三河小栗氏第12代当主で、父方の祖父は同じく勘定奉行を務めた中川忠英。.

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作家

作家(さっか)とは、芸術や趣味の分野で作品を創作する者のうち作品創作を職業とする者または職業としていない者でも専門家として認められた者をいう。 芸術家に含まれる者の多くはこの意味での作家であるが、職種・肩書きとして、○○作家と呼ぶかどうかは、すでに固有の職業名称が確立しているか否かによる。すなわち伝統的芸術分野では詩人・画家・作曲家・映画監督などの呼称が確立しているため○○作家とは呼ばないが、新しい芸術分野や趣味の分野では、○○作家、○○創作家、○○クリエイターという用い方がされる。ただし伝統的芸術分野においても、○○作家という語を用いる場合がある。 ただ単に「作家」と言った場合、著作家、とくに小説家を指す場合が多い。だが、「作家」という職業は様々に枠が広いため、そう呼称されるのを嫌うものもいる。逆に、小説は書いていないが単に作家と称するケースが多い(猪瀬直樹、麻生千晶など)。.

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兵庫県

兵庫県(ひょうごけん)は、日本の都道府県の一つ。本州の中西部に位置し、近畿地方に属する。県庁所在地は神戸市。.

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倉田百三

倉田 百三(くらた ひゃくぞう、または、くらた ももぞう)、1891年(明治24年)2月23日 - 1943年(昭和18年)2月12日)は、日本の劇作家、評論家で大正、昭和初期に活躍した。広島県庄原市には、倉田百三文学館がある。.

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神戸市

戸市(こうべし)は、兵庫県南部に位置する兵庫県の県庁所在地である。垂水区・須磨区・長田区・兵庫区・中央区・灘区・東灘区・北区・西区から構成される政令指定都市である。日本の市で6番目の人口を有する。.

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牧野信一

牧野 信一(まきの しんいち、1896年(明治29年)11月12日 - 1936年(昭和11年)3月24日)は、日本の小説家。神奈川県足柄下郡小田原町(現:小田原市)出身。自然主義的な私小説の傍流としてみなされることが多く、17年間の作家生活の中で珠玉の短編十数編を残して早逝したマイナー・ポエトといわれている千石英世「牧野信一・人と文学」『昭和文学全集7』(小学館、1989年)柳沢孝子「解説」(『日本文学研究資料新集25 宇野浩二と牧野信一 夢と語り』)(有精堂出版、1988年)。「ギリシャ牧野」とも呼ばれた中期の幻想的な作品で新境地を拓いたが、最後は小田原の生家で悲劇的な縊死自殺を遂げた。享年39歳柳沢孝子「ゼーロン 解説」(『短編の愉楽2―近代小説のなかの異空間』)(有精堂出版、1991年)。 決して大作家とはいえない一詩人的な作家ではあるが、その「内発的な自我破り、想像力の開放、分裂に処するパロディの方法の発見」などは文学史的には重要な意味があると磯貝英夫は考察し磯貝英夫「私小説の克服――昭和文学の一系統をめぐって」(文學 1960年1 - 2月号に連載)。『現代文學史論』(明治書院、1980年)に所収。、その後継者的な作家として、井伏鱒二、坂口安吾、石川淳、太宰治らの名を挙げている。また、「ときにデフォルメされた笑いに身をよじり、ときに救いも見えない焦燥に身をこがす」ような、一種の「動的な精神の燃焼の場」としての牧野の小説は、上記の作家の他、稲垣足穂、小島信夫、野坂昭如、後藤明生などの先駆者的なものがあると千石英世も指摘し、石川淳の他、島尾敏雄、吉行淳之介、安岡章太郎、種村季弘、池内紀ら、熱心な牧野信一ファンの作家が輩出されている堀切直人「荒武者マキノ」(文庫版『ゼーロン・淡雪』)(岩波文庫、1990年)。 なお、牧野信一は、坂口安吾の『風博士』をいち早く絶賛し、坂口が新進作家として世に出るきっかけを作った他、宇野浩二、井伏鱒二、青山二郎、小林秀雄、河上徹太郎らと交流を持ち、雑誌『文科』を創刊主宰して、これらの作家の作品発表の場を作った。牧野の代表作には、『地球儀』、『父を売る子』、『西瓜喰ふ人』、『村のストア派』、『ゼーロン』、『バランダ物語』『酒盗人』、『鬼涙村(きなだむら)』、『裸虫抄』などがある。.

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隆文館

隆文館(りゅうぶんかん)は、1904年(明治37年)に京都市で創業された出版社である。.

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聚芳閣

聚芳閣(しゅうほうかく)は、1920年代に存在した日本の出版社。足立欽一が1924年(大正13年)に創業し、1929年(昭和4年)ころまで続いた - 『20世紀日本人名事典』。『文学界』・『趣味と科学』などの雑誌のほか、新進作家の文芸書を主に出版し、多数の作家を世に送り出した - 前田貞昭、兵庫教育大学『言語表現研究』 2001年。所在地は東京府東京市四谷区新宿一丁目51番地であった。.

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日本大学

記載なし。

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11月5日

11月5日(じゅういちがついつか)はグレゴリオ暦で年始から309日目(閏年では310日目)にあたり、年末まであと56日ある。.

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1897年

記載なし。

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1979年

記載なし。

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9月6日

9月6日(くがつむいか)は、グレゴリオ暦で年始から249日目(閏年では250日目)にあたり、年末まであと116日ある。.

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