目次
26 関係: 十手、司法巡査、同心、天保、寛文、山本博文、岡っ引、享保、享保の改革、弘文堂、イミダス、笹間良彦、町奉行、番所、隠密、銀杏髷、髷、高柳金芳、自身番、雄山閣、柏書房、横倉辰次、江戸、江戸幕府、江戸時代、木戸番。
十手
十手(じって、じってい、実手)は、日本の武器および捕具の一つ。30cm - 60cmほどの鍛鉄・真鍮・鍛銀(打ち伸ばした銀)といった金属や、樫・栗などの堅牢な木でできた棒の手元に鈎をつけたものである。敵刃からの防御に用いたり、突いたり打つなどの攻撃、時には短棒術として用い犯人の関節を極める・押さえつける・投げるなど柔術も併用して制圧し捕縛に用いる。 十本の手に匹敵する働きをすることから「十手」であるといわれている。流派によっては実手()という表記を使用する。十手を用いた武術を十手術(じってじゅつ)という。
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司法巡査
司法巡査(しほうじゅんさ)とは、司法警察活動(捜査)を行う司法警察職員の中の役職の一つであり、戦前は司法警察吏と称した。
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同心
同心(どうしん)は、江戸幕府の下級役人のひとつ。諸奉行・京都所司代・城代・大番頭・書院番頭・火付盗賊改方などの配下で、与力の下にあって庶務・見回などの警備に就いた。身分は足軽階級の者(士分格を持たない)が当てられた。 また、諸藩においても藩直属の足軽階級の正式名称を同心としているところも少なくない。 明治維新後は卒族とされた。
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天保
は、日本の元号の一つ。文政の後、弘化の前。1831年から1845年までの期間を指す。この時代の天皇は仁孝天皇。江戸幕府将軍は徳川家斉、徳川家慶。
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寛文
寛文 (かんぶん、)は、日本の元号の一つ。万治の後、延宝の前。1661年から1673年までの期間を指す。この時代の天皇は後西天皇、霊元天皇。江戸幕府将軍は徳川家綱。
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山本博文
山本 博文(やまもと ひろふみ、1957年2月13日『読売年鑑 2016年版』(読売新聞東京本社、2016年)p.351 - 2020年3月29日)は、日本の歴史学者。日本近世史専攻。東京大学大学院情報学環教授・東京大学史料編纂所教授。
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岡っ引
岡っ引(おかっぴき)は、江戸時代の町奉行所や火付盗賊改方など、警察機能の末端を担った非公認の協力者を指す俗称である。
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享保
1729(享保14)年版。国立科学博物館の展示。 享保(きょうほう)は、日本の元号の一つ。正徳の後、元文の前。1716年から1736年までの期間を指す。この時代の天皇は中御門天皇、桜町天皇。江戸幕府将軍は徳川吉宗。
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享保の改革
享保の改革(きょうほうのかいかく)は、江戸時代中期に第8代将軍徳川吉宗によって主導された幕政改革であり、寛政の改革や天保の改革と並ぶ三大改革である。 名称は吉宗が将軍位を継いだ時の年号である享保に由来する7代将軍家継の死去に伴う改元だったため、吉宗の就任と一致する。。開始に関しては享保元年(1716年)で一致しているが、終わりに関しては享保20年(1735年)や延享2年(1745年)とするなど複数説がある。また、享保期(きょうほうき)として、実際に幕政改革を行った時期にとらわれず、概ね元禄時代と田沼時代の間の時代区分として扱われる。 主としては幕府財政の再建が目的であったが、先例格式に捉われない政策が行われ、文教政策の変更、法典の整備による司法改革、江戸市中の行政改革など、内容は多岐に渡る。江戸時代後期には享保の改革に倣って、寛政の改革や天保の改革が行われ、これら3つを指して「江戸時代の三大改革」と呼ぶのが史学上の慣例となっている。また、次代の田沼時代の特徴とされる株仲間の結成や冥加金といった商業政策も享保期が嚆矢であり、同時期の蘭学や国学の発達も、この時期に行われた漢訳洋書輸入緩和などの文教政策に原因を見ることができる。
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弘文堂
株式会社弘文堂(こうぶんどう)は、日本の出版社。法律や社会学に関係した書籍で知られている。本社所在地は東京都千代田区神田駿河台一丁目7番地。
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イミダス
『イミダス』(imidas)は、集英社が1986年に書籍として創刊し、2006年に休刊、2007年からは電子辞書やインターネット百科事典として展開している現代用語辞典であるより、「躍動期 昭和50年〜62年(1975年〜1987年)」を参照。。
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笹間良彦
笹間 良彦(ささま よしひこ、本名: 笹間 恒雄(ささま つねお)、1916年10月6日 - 2005年11月5日)は、日本の歴史家、武具研究家。文学博士。 専門の武具関係を中心に、歴史・民俗に関する著書多数。
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町奉行
町奉行(まちぶぎょう)とは、江戸時代の職名で、領内の都市部(町方)の行政・司法を担当する役職。幕府だけでなく諸藩もこの役職を設置したが、一般に町奉行とのみ呼ぶ場合は幕府の役職である江戸の町奉行のみを指す。また、江戸以外の天領都市の幕府町奉行は大坂町奉行など地名を冠し遠国奉行と総称する。なお、後北条氏の例のように、江戸時代以前に町奉行という役職が用いられたこともある。
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番所
江戸城の百人番所。本丸に入る前の検問所で与力や同心が詰めていた 二条城の番所 番所(ばんしょ)とは、警備や見張りのために設置された番人が詰めるために設けられた施設。
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隠密
隠密(おんみつ)とは、主君などの密命を受けて秘かに情報収集などに従事する者、江戸時代の密偵。
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銀杏髷
銀杏髷(いちょうまげ)とは江戸時代を通して最も一般的だった男性の髪形を指す。銀杏頭とも。また女性の島田髷のバリエーションにも同名のものがある。 時代劇など後世の創作では銀杏髷が「ちょんまげ」とも呼ばれるが、本来の「丁髷」は髪の少ない老人などが結う貧相な髷を指し、形が異なる。 月代(さかやき)を剃り、髻(たぶさ、もとどり)を作って頭頂部に向けて折り返しその先(刷毛先)を銀杏の葉のように広げたもの(広げない場合も多い)。身分や職業によって結い方に特徴がある。 「西鶴一代女」勝之助役の三船敏郎1952年。
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髷
髷(まげ)は、髪を束ねたり結ったりして頭頂に髻(もとどり)をかたどった、日本の伝統的髪型。
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高柳金芳
高柳 金芳(たかやなぎ かねよし、1910年 - 1985年5月)は、在野の歴史家、江戸時代研究家。 埼玉県川越市生まれ。1931年明治大学政治経済学部卒業。会社生活のかたわら、江戸時代史に関する研究と執筆を続ける。
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自身番
自身番(じしんばん)は、江戸時代に江戸や大坂などの町人地に設けられた番所。町内警備を主な役割とし、町人によって運営された。自身番の使用した小屋は自身番屋・番屋などと呼ばれた。江戸町奉行所の出張所・町年寄が詰める江戸町会所の連絡所・町内事務所・町内会所・消防団詰所・交番の機能を兼ねた施設であった。ここに詰めた番人は番太と呼ばれた。
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雄山閣
株式会社雄山閣(ゆうざんかく)は、東京都千代田区にある出版社。創業は1916年(大正5年)で、以来日本の歴史・宗教・民俗学・考古学などに関する書籍を出版し続けている。
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柏書房
柏書房(かしわしょぼう)は、日本の出版社。人文学、歴史学や図書館学に関する出版が多い。
見る 三廻と柏書房
横倉辰次
横倉 辰次(よこくら たつじ、1904年1月2日-1983年4月23日)は、作家、劇作家、歴史家。 東京日本橋生まれ。築地小劇場、新宿ムーラン・ルージュで座付作者をしたのち、小説を書く。長谷川伸に師事し、新鷹会会員。時代小説を多く書き、のち江戸時代の歴史についても考証的著述をなした。
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江戸
江戸図屏風に見る、初期の江戸 弘化年間(1844年-1848年)改訂江戸図 江戸(えど、) は、現在の東京の前身・原型に当たる都市を指し、その旧称である。現在の東京都区部の中央部に位置した。 平安時代後期に東京湾の日比谷入江に面する小地名として現れ(武蔵国豊島郡内)、そこに秩父氏の一族の武士が移り住んで江戸氏を名乗り勢力を伸ばし、江戸郷と呼ばれることとなった。 徳川家康が1590年に入府し、1603年(慶長8年)から1868年(慶応4年)まで江戸幕府が置かれた。
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江戸幕府
江戸幕府(えどばくふ)は、江戸時代における日本の武家政権。1603年(慶長8年)に徳川家康が征夷大将軍に補任し、江戸を本拠として創立した。その終末は、諸説あるが大政奉還が行われた1867年(慶応3年)までの約264年間とされる。 徳川家が将軍職を世襲したことから徳川幕府(とくがわばくふ)ともいう。安土桃山時代とともに後期封建社会にあたる。 江戸時代初期に行われた大御所政治(駿府政権)に関してもここで述べる。
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江戸時代
江戸時代(えどじだい、)は、日本の歴史の内江戸幕府(徳川幕府)の統治時代を指す時代区分である。他の呼称として徳川時代、徳川日本、旧幕時代、藩政時代(藩領のみ)などがある。江戸時代という名は、江戸に将軍が常駐していたためである。
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木戸番
木戸番(きどばん)は、江戸時代に江戸・京都・大坂をはじめとする城下町で町ごとに作られた木戸の番人。
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廻り方 別名。

