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コーニス

索引 コーニス

ーニス(イタリア語:Cornice)は建物あるいは壁を完成させる水平な形作られた突起部であり、あるいはエンタブラチュア(柱に支えられる水平部)の上方の傾斜した部分である。イタリア語のコーニスは水平の出っ張りを意味する。 コーニス・モールディングは一般に建物や家具部品の頂部に来る水平な装飾的モールディング(縁)である。例えばドアや窓の上部コーニス、あるいはペデスタル(台座)の縁周りのコーニスがこれにあたる。単純なコーニスはクラウンモールディング(壁と天井の交差する部分を覆う帯状の仕上げ)で成形される可能性がある。 突出したコーニスの機能は雨水が建物の壁に当たらないようにすることである。住宅の場合には突出した切妻、軒の庇および雨樋でこの機能を果たす。モダニズム建築ではコーニスを省くことが重要な要素であり、念入りな内部排水系が備えられることになる。.

23 関係: 古代ギリシアペディメントメトロポリタン美術館モダニズム建築ルイス・サリヴァンパルテノン神殿フリーズ (建築)ドーリア式ニーシャープール切妻屋根アンテフィクサアーキトレーブアテナイのアクロポリスイランイオニア式イタリア語エンタブラチュアエディクラカルル・フリードリッヒ・シンケルコリント式繰形樋 (建築)新古典主義建築

古代ギリシア

この項目では、太古から古代ローマに占領される以前までの古代ギリシアを扱う。.

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ペディメント

ペディメント(pediment)とは西洋建築における切妻屋根の、妻側屋根下部と水平材に囲まれた三角形の部分である。日本建築の「破風(はふ)」に該当する。.

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メトロポリタン美術館

メトロポリタン美術館(メトロポリタンびじゅつかん、The Metropolitan Museum of Art、通称:The Met)は、アメリカ合衆国ニューヨーク市マンハッタンにある世界最大級の美術館。5番街(ミュージアム・マイルの区間)に面するセントラル・パークの東端に位置する。.

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モダニズム建築

モダニズム建築(モダニズムけんちく、Modern Architecture)または近代建築(きんだいけんちく)は、機能的、合理的な造形理念に基づく建築である。産業革命以降の工業化社会を背景として19世紀末から新しい建築を求めるさまざまな試行錯誤が各国で行われ、1920年代に機能主義、合理主義の建築として成立した。19世紀以前の様式建築(歴史的な意匠)を否定し、工業生産による材料(鉄・コンクリート、ガラス)を用いて、それらの材料に特有の構造、表現をもつ。グロピウスのバウハウス校舎(1926年)、ミース・ファン・デル・ローエのバルセロナ・パビリオン(1929年)、ル・コルビュジエのサヴォア邸(1931年)などが代表的な作品である。.

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ルイス・サリヴァン

ーディトリアム・ビル ルイス・ヘンリー・サリヴァン(Louis Henry (Henri) Sullivan, 1856年9月3日 - 1924年4月14日)はアメリカの建築家。シカゴ派の代表的な建築家一人でその理論的・文化的支柱であった。フランク・ロイド・ライト、ヘンリー・ホブソン・リチャードソンともにアメリカ建築の三大巨匠とされる。1944年にAIAメダル獲得。.

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パルテノン神殿

パルテノン神殿(パルテノンしんでん、Παρθενών, ローマ字: Parthenon)は、古代ギリシア時代にアテナイのアクロポリスの上に建設された、アテナイの守護神であるギリシア神話の女神アテーナーを祀る神殿(en)。紀元前447年に建設が始まり、紀元前438年に完工、装飾等は紀元前431年まで行われた。パルテノン神殿はギリシア古代(en)建築を現代に伝える最も重要な、ドーリア式建造物の最高峰と見なされる。装飾彫刻もギリシア美術の傑作である。この神殿は古代ギリシアそして民主政アテナイ(en)の象徴であり、世界的な文化遺産として世界遺産に認定されている。 神殿は完全な新築ではなく、この地には古パルテノン(en)と呼ばれるアテーナーの神殿があったが、紀元前480年のペルシア戦争にて破壊された後に再建され、当時あった多くの神殿と同様にデロス同盟、そして後のアテナイ帝国の国庫として使われた。6世紀にはパルテノン神殿はキリスト教に取り込まれ、生神女マリヤ聖堂となった。オスマン帝国の占領(en)後の1460年代初頭にはモスクへと変えられ、神殿内にはミナレットが設けられた。1687年9月26日、オスマン帝国によって火薬庫として使われていた神殿はヴェネツィア共和国の攻撃によって爆発炎上し、神殿建築や彫刻などはひどい損傷を受けた。1806年、オスマン帝国の了承を得たエルギン伯(en)は、神殿から焼け残った彫刻類を取り外して持ち去った。これらは1816年にロンドンの大英博物館に売却され、現在でもエルギン・マーブルまたはパルテノン・マーブルの名で展示されている。ギリシア政府はこれら彫刻の返却を求めているが、実現には至っていない。ギリシア文化・観光庁(en)は、パルテノン神殿の部分的な破壊の修復や保全など、後世に伝えるための再建計画を実行している。 パルテノン神殿のある丘の下の方は、世界ラリー選手権(WRC)の一戦、アクロポリス・ラリーのスタート地点としても有名である。.

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フリーズ (建築)

の塔のフリーズ。アテネ フリーズとは建築用語で、エンタブラチュアの中央の、幅広い部分を指す。 簡素なものもあれば、イオニア式、コリント式のレリーフで装飾されているものもある。 円柱の壁ではフリーズの位置は、アーキトレーブより上、コーニスのモールディングより下部になる。 内装ではフリーズは、ピクチャーレールより上、冠モールディングやコーニスより下の壁部分を指す。 広義では、フリーズは絵画や彫刻、カリグラフィー等で装飾された、横に伸びた部分を言い、上記の位置か、通常は目線より上に位置する。 フリーズの装飾は、支柱によりいくつかのパネルに分かれて、連続した場面を表していることもある。 こういった装飾は、漆喰や木彫その他の装飾形式による。 動物、神話のエピソードに基づくホイサレーシュワラ寺院のフリーズ。インド。 建築構造上、フリーズが建物正面にある例としては、アテネの古代ローマ時代のアゴラにある、八角形の風の塔が挙げられる。 風の塔のフリーズには、8人のアネモイ(風神)のレリーフ彫刻が刻まれている。 パルヴィノ(pulvino)は、断面図では凸部になる。 こういったフリーズは17世紀、北部マニエリスムによく見られ、特に補助的なフリーズや、内装、家具などに多い。 フリーズの概念は、フリーゼパターンの数学的作図において一般化した。.

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ドーリア式

ドーリア式の柱(パルテノン神殿) パルテノン神殿 イングランド中南部、キフツゲート・コード・ガーデンで撮影 ドーリア式(ドーリアしき)は、古代ギリシア建築における建築様式(オーダー)のひとつであり、イオニア式、コリント式と並ぶ3つの主要なオーダーに位置づけられる。ドリス式とも呼ばれる。.

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ニーシャープール

ニーシャープール(Nishapur)(نیشابور ネイシャーブール)は、イラン北東部のラザヴィー・ホラーサーン州の都市。人口は270,940人(2005年)。.

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切妻屋根

切妻屋根 切妻屋根(きりづまやね、)は、屋根形状の1つ。単に切妻ともいう。.

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アンテフィクサ

トルリアアンテフィックス パルメット模様のアンテフィクサ(アフガニスタンのアイ・ハヌムで出土。紀元前2世紀) アンテフィクサ(ante-fixae、antefixes)は、屋根を覆うタイルの終端にある垂直なブロックであり、古代ローマ、エトルリア、ギリシアなどで使われた。ラテン語では antefigere で、「前で締める」の意。エンタブラチュアの冠繰形 (cymatium) の代わりとして、神殿のコーニスの端に一定間隔で並んでいた。崇高とされる建築物の石造りのアンテフィクサは複雑に彫刻されており、特にパルメット模様(シュロの葉をかたどった模様)が多い。より一般的な建築物ではテラコッタなどを焼いて固めたアンテフィクサが多く、人物像などの装飾を施したものが特に古代ローマでよく使われた。当時は個人宅も含め、大きめの建物にはアンテフィクサを使ったものが多く見られた。 アンテフィクサの位置.

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アーキトレーブ

アーキトレーブ(Architrave、またはエピスタイル、epistyle とも呼ばれる)は、矩形開口部を形造る形成されたあるいは装飾上の帯状部品である 。柱の頭部に載るまぐさ石あるいは梁である。アーキトレーブ、フリーズおよびコーニスからなるエンタブラチュアの最下部にあたる。アーキトレーブという言葉はギリシャ語とラテン語の arche と trabs が組み合わされて、「主梁」を意味している。主に教会や大聖堂など宗教的建築物に使われている。現代の住居でも見ることができる。 アーキトレーブは様々なオーダー(古典主義建築の基本単位となる円柱と梁の構成法)で異なる形状をしている。トスカナ式では、表面が平らであり、アニュレット(平縁、柱頭の回りに作られた円形の繰り形)が載り、高さは構成要素の半分である。ドーリア式と複合型(コンポジット式)では、2面があるか鼻隠(軒先の垂木先端の木口を隠すための板)があるかであり、イオニア式とコリント式では3面あり、構成要素の高さの12分の10あるが残りの構成要素の半分である。 アーキトレーブという言葉はより一般的にドアや窓など矩形開口部を構成するモールディング(縁取り)を指す時にも使われている。.

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アテナイのアクロポリス

アテナイのアクロポリスは世界でもっともよく知られているアクロポリス(+)である。 ギリシャには多数のアクロポリスがあるが、アテナイのアクロポリスは一般的に「アクロポリス」で通じる点に意義がある。2007年3月26日、アクロポリスは正式にヨーロッパの文化遺産リストに卓越した遺産として発表された。このアクロポリスはアテネの海抜の平らな岩の上に立っており、3ヘクタールの面積がある。 最初のアテナイの王ケクロプスにちなんだCecropiaという名でも知られていた。.

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イラン

イラン・イスラム共和国(イラン・イスラムきょうわこく、جمهوری اسلامی ایران)、通称イランは、西アジア・中東のイスラム共和制国家。ペルシア、ペルシャともいう。北にアゼルバイジャン、アルメニア、トルクメニスタン、東にパキスタン、アフガニスタン、西にトルコ、イラクと境を接する。また、ペルシア湾をはさんでクウェート、サウジアラビア、バーレーン、カタール、アラブ首長国連邦に面する。首都はテヘラン。 1979年のルーホッラー・ホメイニー師によるイラン・イスラーム革命により、宗教上の最高指導者が国の最高権力を持つイスラム共和制を樹立しており、シーア派イスラームが国教である。世界有数の石油の産出地でもある。.

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イオニア式

イオニア式の柱1.エンタブラチュア、2.コラム、3.コーニス、4.フリーズ、5.アーキトレーブ、6.柱頭、7.柱身、8.礎盤、9.ステュロバテス、10.基壇 アテナイのエレクテイオン Royal_Crescent イオニア式(イオニアしき)は、古代ギリシア建築における建築様式(オーダー)のひとつであり、ドーリア式、コリント式と並ぶ3つの主要なオーダーに位置づけられる。.

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イタリア語

イタリア語(イタリアご)は、インド・ヨーロッパ語族イタリック語派に属する言語の1つで、おおよそ6千万人ほどが日常的に使用しており、そのほとんどがイタリアに住んでいる。後置修飾で、基本語順はSVO。イタリアは漢字で「伊太利亜」と表記することから、「伊太利亜語」を略記し伊語と称される。.

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エンタブラチュア

ンタブラチュアとは、柱頭の上部へ水平に構築される部分で、モールディングや帯状装飾で飾られる。 エンタブラチュアは古代建築の重要な要素であり、一般的にはアーキトレーブ、フリーズ、コーニスの部分に分かれる。 アーキトレーブは、円柱と、円柱や各柱、壁との間に渡されたすぐ上の部分であり、フリーズとは装飾される場合もされない場合もある細長い部分、コーニスとは破風の下に張り出した部分である。 エンタブラチュアの構造は、ドーリア式、イオニア式、コリント式の、3つの古典的オーダーに分かれる。 それぞれ、アーキトレーブ、フリーズ、コーニス部分は、オーダーの柱部分の割合により定義される。 ローマやルネサンスの様式では、通常は柱の高さの約4分の1となる。 これに合致しない派生タイプも生じている。.

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エディクラ

エディクラは、一種の厨子のようなもので、建築物の壁面に立体的に造形された祭壇状の部分のことをいう。 日本では「エディキュラ」と呼ぶこともある。「建物」を意味するラテン語は“aedes”(アエーデス)である。「小さい建物」は“aedicula”(アエディクラ)で、これが語源である。小祠、小室・小神殿・礼拝堂等を示すために用いられた。イタリア語で“edicola”(エディーコラ)、英語で“aedicule”(イーダキュール)とされている。 中央に彫刻などを設置するため「ニッチ」と呼ばれる浅いくぼみを持つ場合が多い、彫刻を置かない場合は普通「ニッチ」は無い。左右を柱、上部にペディメント、下部にせり出した台座で四周を囲む。古代ローマのに起源を持つが特にルネサンス以降、宗教建築などに頻繁に用いられるようになる。簡易化した形では窓枠の飾りに用いられることもあったが、語源の意味を残し礼拝室など宗教的な小さな場所を呼ぶこともあった。 Category:建築構造.

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カルル・フリードリッヒ・シンケル

ール・フリードリッヒ・シンケル(Karl Friedrich Schinkel, 1781年3月13日 - 1841年10月9日)は、18世紀ドイツの新古典主義建築を代表する建築家である。ベルリンなどの都市計画・設計においても活躍した。画家、舞台美術家としても知られる。 アルテス・ムゼウム (2003年6月) プロイセン王国ノイルピーン生まれ。建築家フリードリッヒ・ジリー(1772-1800年)の下で建築を学んだ。1803-1805年にイタリア、フランスに留学し、建築、造園、絵画などの幅広い知識を身に付けた。プロイセン王室の建築家として活躍し、多くの作品を残した。 作風はギリシア建築に倣った新古典主義建築であるが、アルテス・ムゼウム(Altes Museum)にも見られる幾何学的、厳格で端正なデザインはモダニズム建築の美学に通じると評される。モダニズムの建築家フィリップ・ジョンソンは、(1961年の講演において)最も影響を受けた建築家としてミースとともにシンケルの名を挙げている。.

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コリント式

リント式の柱(ローマのパンテオン) パラディオの『建築四書』より コリント式(コリントしき)は、古代ギリシア建築における建築様式(オーダー)のひとつであり、ドーリア式、イオニア式と並ぶ3つの主要なオーダーに位置づけられる。.

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繰形

波繰形 (cyma reversa) 繰形(くりかた、くりがた)またはモールディング(米: molding、英: moulding)は、何らかの表面の繋ぎ目を覆ったり装飾を施す目的で使われる様々な断面の細長い建材。伝統的に無垢材や石膏を削って作っていたが、プラスチックや木質材料でも作るようになった。古くは、建築でも彫刻でも大理石などの石を彫って作っていた。 クラウン・モールディング (crown molding) を廻り縁とも呼び、天井と壁の境目に用いるため、裏面が直角に交わる2つの面に接するようになっている。それ以外のものは裏面が平面であり、プレーン・モールディングと呼ぶ。 漆喰を使いモールディングを作る左官の技法を蛇腹引きと呼ぶ。なお、「繰形」には建具などの装飾用に用いるくりぬいた板という意味や寺社建築の組物の装飾という意味もある。.

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樋 (建築)

銅製の雨どい 樋(とい)とは、屋根面を流れる雨水を集め地上あるいは下水に導くための装置、設備 特許庁。建築では特に雨水などの液体を運ぶのに用いる雨どい・雨といのことをいう。「とゆ」「とよ」ともいう。 地上に仮設して水を流す筒状の樋は筧(かけい・かけひ)と呼ばれる。「ひ」(=樋)とは堤などから排水するための門のことで、「とい」の語は「戸樋(とひ)」のこと、筧はすなわち「懸樋(かけひ)」である。.

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新古典主義建築

新古典主義建築(しんこてんしゅぎけんちく、Neoclassical Architecture)は、18世紀後期に、啓蒙思想や革命精神を背景として、フランスで興った建築様式。ロココ芸術の過剰な装飾性や軽薄さに対する反動として荘厳さや崇高美を備えた建築が模索されたが、やがて19世紀の歴史主義、様式濫用の中に埋没した。 パンテオン たんなる古代の復興にとどまらず、当時の政治情況とも関連していた。ルイ15世の時代を中心に展開したロココ様式の官能性や通俗性に対し、論理的で厳粛な、啓蒙的性格をもつ様式におきかえようとする動きが広がっていった。その後、革命運動をへてフランスとアメリカに共和国が樹立されると、古代ギリシャや共和政時代の古代ローマ民主主義との結び付きから、新政府の指導者たちは公式の美術として新古典主義を採用した。しかしナポレオンがフランスで権力の座につくと、この様式はナポレオンの宣伝効果をあげるためのものに変質する。またロマン主義の台頭にともない、個人的な表現に対する好みが固定的な理想的価値観にもとづく美術にとってかわることになった。 新古典主義という名称は、その格式ばった様式に対する蔑称として19世紀に考案された呼び方である。また、ナチスやファシスト党において、国家的モニュメントに新古典主義が採用されたため、その歴史的意義について否定的な見方をされることもある。 しかし、18世紀にこの様式が勃興した当初は「真の様式」と呼ばれ、古代または始源に存在したとされる真理を再生・復興することを目的とした画期的な建築運動であった。美を具現する唯一の様式としてイギリス、ドイツ諸国に波及したという意味で一種の普遍性があり、その建築思想はモダニズム建築にも受け継がれている。.

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