目次
15 関係: 岩波書店、レオン (スパルタ王)、ヘロドトス、パウサニアス (地理学者)、テゲア、アナクサンドリデス (スパルタ王)、アリストン (スパルタ王)、スパルタ、スパルタ王、ゼウクシデモス (スパルタ王)、第二次メッセニア戦争、紀元前550年、紀元前575年、松平千秋、歴史 (ヘロドトス)。
- 紀元前6世紀没
岩波書店
株式会社岩波書店(いわなみしょてん、)は、日本の出版社である。 文芸・学術の幅広い分野における専門書から一般啓蒙書までを広く扱い、国内外の古典的著作を収めた「岩波文庫」や「岩波新書」などの叢書や、国語百科事典『広辞苑』の刊行でも有名。
見る アガシクレスと岩波書店
レオン (スパルタ王)
レオン(Λέων,, 在位:紀元前590年-紀元前560年)はアギス朝のスパルタ王である。 レオンは先王エウリュクラティデスの子であり、次代の王アナクサンドリデスの父である。レオンの時代、スパルタは他の戦争では勝利を得たが、エウリュクラティデスの時代から続いていたテゲアとの戦争では苦戦を強いられていた。この戦争はアナクサンドリデスの時代になってようやく優位に立てた。
ヘロドトス
ヘロドトス(ヘーロドトス、Ἡρόδοτος, Hēródotos、羅:Herodotus、紀元前484年頃 - 紀元前425年頃)は、古代ギリシアの歴史家である。歴史という概念の成立過程に大きな影響を残していることから、歴史学および史学史において非常に重要な人物の1人とされ、しばしば西洋に於て「歴史の父」とも呼ばれる。 彼が記した『歴史』は、完本として現存している古典古代の歴史書の中では最古のものであり、ギリシアのみならずバビロニア、エジプト、アナトリア、クリミア、ペルシアなどの古代史研究における基本史料の1つである。 生没年は不詳であり、生年は大雑把に前490年から前480年までの間とするのが定説である松平 解説, p.
見る アガシクレスとヘロドトス
パウサニアス (地理学者)
パウサニアス(, パウサニアース、115年頃 - 180年頃)は、2世紀ギリシアの旅行家で地理学者。『ギリシア案内記』の著者として知られる。この著作は当時のギリシアの地誌や歴史、神話伝承、モニュメントなどについて知る手がかりとされている。
テゲア
テゲア(Τεγέα,, イオニア方言Τεγέη, )は、古代アルカディア地方のポリス(都市国家)であり、ギリシャのペロポネソス半島のアルカディア県の旧自治体である。 2011年の地方自治体改革以降はトリポリ市の一部となっており、アレア(Alea)とエピスコピ(Episkopi)の近代的な村の近くに位置している。
見る アガシクレスとテゲア
アナクサンドリデス (スパルタ王)
アナクサンドリデス(アナクサンドリダスとも、Αναξανδρίδές、Αναξανδρίδας、ラテン文字転記:Anaxandrides/Anaxandridas、在位:紀元前560年-紀元前525年)は、アギス朝のスパルタ王である。 アナクサンドリデスは先代の王レオンの子である。彼には一人目の妻(彼の姉妹の娘)との間にドリエウス、レオニダス、クレオンブロトス、そして二人目の妻との間にクレオメネス1世がいた。アナクサンドリデスは一人目の妻との間に長い間子宝に恵まれず、監督官に妻を離別し、再婚するようにと提案された。しかし、彼が妻との離婚を拒絶したため、監督官は長老会と相談し、離婚せずに二人目の妻を娶ることを提案し、アナクサンドリデスはそれを容れた。その後、彼は二人目の妻との間にクレオメネスを得たが、それと時を同じくして最初の妻は妊娠し、前述の三人の息子を授かった。息子たちのうち、クレオメネスが長男であったことから、王位を継いだ。
アリストン (スパルタ王)
アリストン(Ἀρίστων,, ? - 紀元前515年、在位:紀元前550年 - 紀元前515年)はエウリュポン朝のスパルタ王である。
スパルタ
スパルタ(: Σπάρτα / Spártā スパルター、Sparta)は、現在のペロポネソス半島南部スパルティにあった古代ギリシア時代のドーリス人による都市国家(ポリス)である。自らはラケダイモーン(Λακεδαίμων / Lakedaimōn)と称した。 古代ギリシア世界で最強の重装歩兵軍を誇り、ペルシア戦争ではギリシア軍の主力であった。ペロポネソス同盟の盟主となり、アテナイを破って一時期はギリシア世界に覇を唱えた。他のギリシャ諸都市とは異なる国家制度を有しており、特に軍国主義的政治と尚武を尊ぶ厳格な教育制度は「スパルタ式」と後世に呼ばれ、「スパルタ教育」の語源ともなった。
見る アガシクレスとスパルタ
スパルタ王
スパルタ王(スパルタおう)は、古代ギリシアにおいてペロポネソス半島のラコニア地方にあった都市国家スパルタの君主の称号である。
見る アガシクレスとスパルタ王
ゼウクシデモス (スパルタ王)
ゼウクシデモス(希:Ζενξιδημος、英:Zeuxidemus、在位:紀元前645年 - 紀元前625年)はエウリュポン朝のスパルタ王である。 ゼウクシデモスは先王テオポンポスの孫であり、次代の王アナクシダモスの父である。ゼウクシデモスの父はアルキダモスだが、彼はテオポンポスの存命中に死んだため、ゼウクシデモスに王位が回ってきた。ゼウクシデモスの治世について史料の沈黙のために詳細は分かっていない。
第二次メッセニア戦争
第二次メッセニア戦争(英:Second Messenian War、紀元前685年-紀元前668年)はメッセニア人によるスパルタへの反乱である。反乱の首謀者の名からアリストメネス戦争とも。
紀元前550年
紀元前550年(きげんぜん550ねん)は、西暦(ローマ暦)による年。紀元前1世紀の共和政ローマ末期以降の古代ローマにおいては、ローマ建国紀元204年として知られていた。紀年法として西暦(キリスト紀元)がヨーロッパで広く普及した中世時代初期以降、この年は紀元前550年と表記されるのが一般的となった。
紀元前575年
紀元前575年(きげんぜん575ねん)は、西暦(ローマ暦)による年。紀元前1世紀の共和政ローマ末期以降の古代ローマにおいては、ローマ建国紀元179年として知られていた。紀年法として西暦(キリスト紀元)がヨーロッパで広く普及した中世時代初期以降、この年は紀元前575年と表記されるのが一般的となった。
松平千秋
松平 千秋(まつだいら ちあき、男性、1915年9月13日 - 2006年6月21日)は、日本の古代ギリシア文学者・西洋古典学者。多数のギリシア文学原典訳を行った。学位は、文学博士(京都大学・1962年)(学位論文「イーリアス第二歌の研究」)。京都大学名誉教授。
見る アガシクレスと松平千秋
歴史 (ヘロドトス)
''Historiae'' 『歴史』(れきし、, ラテン文字転記: (ヒストリアイ))は、ハリカルナッソス (現在のトルコ・ボドルム) のヘロドトス (紀元前5世紀、生没年不詳) が記した歴史書である。この書を著したことにより彼は「歴史の父」と呼ばれる。 紀元前5世紀のアケメネス朝ペルシアと古代ギリシア諸ポリス間の戦争(ペルシア戦争)を中心的主題とし、ペルシアの建国および拡大、オリエント世界各地の歴史、風俗や伝説をちりばめた地誌でもある。紀元前443年、アテナイによる南イタリア(マグナ・グラエキア)のトゥリオイ市の殖民にヘロドトスは参加し、この地で記した。イオニア方言で記述されている。 ヘロドトスは古代世界を旅し、各地の話を集めて行ったと思われる(それゆえか疑わしい話も少なからずある)。10世紀後半に東ローマ帝国で編纂されたスーダ辞典によれば、ヘロドトスは統治者へのクーデターへ参加した為にハリカルナッソスから追放されたとある。旅はこの機会に行われたと見られている。
参考情報
紀元前6世紀没
- アガシクレス
- アルカイオス
- エクセキアス
- シキュオンのクレイステネス
- ナボニドゥス

