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第7機甲旅団 (イスラエル国防軍)

索引 第7機甲旅団 (イスラエル国防軍)

7機甲旅団(7 חטיבה(Hativa 7)7th Armord Brigade)とは、イスラエルの機甲旅団のひとつ。 通称「ゴランからの嵐」(サール・ミー・ゴラン、עוצבת סער מגולן(Saar me Golan))。 四度にわたる中東戦争にことごとく参加し、第188機甲旅団とともにイスラエル軍の中でも精鋭部隊として名高い。北部方面軍、第36機甲師団所属の部隊としてゴラン高原の防衛を担当している。2014年からメルカバMk.IVを装備。 なお、"7 חטיבה"は直訳すると「第7旅団」となるが、慣例に従い文中では部隊名を「第7機甲旅団」とし、歩兵部隊だった第一次中東戦争期などの場合に「第7旅団」の名称を用いる。.

17 関係: 偵察大隊 (イスラエル国防軍)師団北部軍 (イスラエル国防軍)ナファク基地攻防戦メルカバ (戦車)ダビッド・エラザールアブラハム・アダンイスラエル陸軍オフェク (装甲兵員輸送車)第188機甲旅団 (イスラエル国防軍)第252予備役機甲師団 (イスラエル国防軍)第36機甲師団 (イスラエル国防軍)第7旅団第四次中東戦争第四次中東戦争における戦闘序列機甲師団涙の谷

偵察大隊 (イスラエル国防軍)

本項では、イスラエル陸軍管轄化の各現役常設歩兵旅団に設置されている偵察大隊 (Gdud Siour, GADSAR) 、およびその隷下にある偵察中隊 (Plugat Siour, PALSAR) について述べる。.

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師団

師団(しだん、Division)は、軍隊の部隊編制単位の一つ。旅団・団より大きく、軍団・軍より小さい。師団は、主たる作戦単位であるとともに、地域的または期間的に独立して、一正面の作戦を遂行する能力を保有する最小の戦略単位とされることが多い。多くの陸軍では、いくつかの旅団・団または連隊を含み、いくつかの師団が集まって軍団・軍等を構成する。 師団の編制については、国や時期、兵科によって変動が大きいが、21世紀初頭現代の各国陸軍の師団は、2~4個連隊または旅団を基幹として、歩兵、砲兵、工兵等の戦闘兵科及び兵站等の後方支援部隊などの諸兵科を連合した6千人から2万人程度の兵員規模の作戦基本部隊である。多くの国において師団長には少将が補せられるが、日本やブラジル等中南米の幾つかの国のように中将が補せられる国もあり、またソ連・ロシアや東ドイツ等の旧東欧諸国では大佐が務める例も見られる。 師団は、幕僚部(師団参謀部・師団副官部・師団法務部など)を固有する、最小の部隊でもある。.

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北部軍 (イスラエル国防軍)

北部軍(Northern Command、פִּקּוּד צָפוֹן、Pikud Tzafon、パツァン)は、イスラエル国防軍の方面軍の一つで、シリア、レバノンと接する北部国境付近の防衛を担当する方面軍である。.

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ナファク基地攻防戦

ナファク基地攻防戦(ナファクきちこうぼうせん、הקרב על נפח、)とは、第四次中東戦争でのゴラン高原方面において1973年10月7日、ナファクとその近郊でイスラエル国防軍(以下イスラエル軍)とシリア軍との間で行われた戦闘の名称である。 ゴラン高原のほぼ中央に位置するナファクには開戦時ゴラン高原に駐屯していた師団である第36機甲師団の師団指揮所があり、またゴラン高原を南北に走る道路であると同じく東西にクネイトラ市とヨルダン川にかかるイスラエル本土への入り口、を結ぶクネイトラ街道の交差点近くに位置していた。 この戦闘で第188機甲旅団は旅団長のイツハク・ベンショハム大佐以下、副旅団長、作戦参謀を3人とも失っている。.

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メルカバ (戦車)

メルカバ(ヘブライ語:)は、イスラエルが開発した第3および第3.5世代主力戦車のシリーズである。イスラエル国防軍で運用され、イスラエルの特殊な事情を色濃く反映した設計となっている。 メルカバの名称は、ヘブライ語で騎馬戦車(Chariot)を意味する語であり、『旧約聖書』の『エゼキエル書』に登場する「神の戦車」を意味するメルカバーに由来する。.

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ダビッド・エラザール

ダビッド(ダド)・エラザール(דוד "דד" אלעזר、David "Dado" Elazar、1925年8月27日 - 1976年4月15日)とは、イスラエルの軍人。第四次中東戦争時のイスラエル国防軍参謀総長。第三次中東戦争時の北部方面軍司令官であった。.

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アブラハム・アダン

アブラハム(ブレン)・アダン(אברהם "בְּרֶן" אדן、Avraham "Bren" Adan、1926年10月5日 - 2012年9月28日)とは、イスラエルの軍人。第一次中東戦争終盤、ウム・ラシラシ(現エイラート)に「インクの旗」を掲げた人物である。第四次中東戦争では機甲師団長としてシナイ半島での戦闘に参加した。第12代(在任1969年3月 - 1974年1月)、第18代南部方面軍司令官。.

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イスラエル陸軍

イスラエル陸軍(イスラエルりくぐん)はイスラエル国防軍の一部で、現在陸軍指揮本部(GOC Army headquarters、通称MAZI)の指揮下に置かれ、13万人の現役兵士と33万人もの予備役兵によって構成されている。.

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オフェク (装甲兵員輸送車)

フェク 重装甲兵員輸送車(Ofek Heavy Armored Personnel Carrier, אופק)は、イスラエルで2015年に開発された装甲兵員輸送車で、余剰化した主力戦車であるメルカバ Mk.IIから砲塔を取り外し、兵員室を搭載した車両である。 名称の"オフェク"はヘブライ語で"水平線"を意味する語で、1980年代から同じくイスラエルで開発されている偵察衛星にもオフェクの名が付けられている。.

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第188機甲旅団 (イスラエル国防軍)

188"バラク"機甲旅団(188 חטיבה (Hativa 188)、188th Barak Armord Brigade)は、イスラエル陸軍北部軍第36機甲師団に所属する常設の旅団の一つである。 2017年時点におけるイスラエル陸軍の4個の常設機甲旅団のうち、訓練部隊を兼ねる第460機甲旅団を除けば、第188機甲旅団はイスラエル国産のメルカバ戦車シリーズの一つであるメルカバ Mk.3シリーズを最初に配備し、また現在も集中運用している唯一の旅団である。.

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第252予備役機甲師団 (イスラエル国防軍)

252師団(אוגדה 252(ウグダ252)、252nd Division)、通称「アブトゥバ・サイナイ」(シナイ部隊、עוצבת סיני)は、イスラエル国防軍(以下イスラエル軍)に所属する師団のひとつである。 南部軍所属の予備役機甲師団。第252師団は常設の師団としてはイスラエル軍で初めて編成された師団である。消耗戦争、第四次中東戦争(シナイ方面)、第一次レバノン戦争に参加した。 なお師団の正式名称は「第252師団」あるいは「シナイ師団」であるが、本文では便宜上「第252機甲師団」あるいは「第252予備役機甲師団」の名称を用いる。.

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第36機甲師団 (イスラエル国防軍)

36師団(אוגדה 36(Ugda 36),36th Division)は、イスラエル国防軍の師団の一つである。 北部方面軍所属の現役機甲師団。通称として「アブトゥバ・ガアシュ」(火山部隊、עוצבת געש(Avtbah Ga'ash))という名称も使われる。第三次中東戦争、第四次中東戦争、第一次レバノン戦争に参加した。 部隊名について、ヘブライ語を直訳すると単に「第36師団」だが、多くの資料では「第36機甲師団」としているので本文もそれに従う。.

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第7旅団

7旅団(だいななりょだん)では、「第7~旅団」という名称の各国の旅団について記載する。.

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第四次中東戦争

四次中東戦争(だいよじちゅうとうせんそう)は、1973年10月にイスラエルとエジプト・シリアをはじめとするアラブ諸国(以下、アラブ諸国を総称する際に「アラブ」という名称を用いる)との間で行われた戦争の名称。中東戦争の一つに数えられる。.

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第四次中東戦争における戦闘序列

四次中東戦争における戦闘序列(だいよじちゅうとうせんそうにおけるせんとうじょれつ)では、第四次中東戦争でのイスラエル・エジプト・シリア・その他の軍の指導者、部隊編制を記載する。 なお戦争中両軍(特にイスラエル軍)で各部隊の配属はたびたび変わったため、この表が完全な配属を表したとはいえない点に注意。.

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機甲師団

機甲師団(きこうしだん)とは、戦車部隊を中心に、戦車に随伴する自動車化・機械化された歩兵部隊、同じく自動車化された工兵・砲兵・偵察・通信などの諸兵科の部隊から構成される師団のこと。機甲とは、機械化装甲の略称として第二次世界大戦前から使用されており、現在陸上自衛隊でも使用されている用語である。同様の部隊で編成される、機械化歩兵部隊が主体であるものは機械化歩兵師団と呼ばれている。イギリスのArmoured Division、アメリカのArmored Division、ドイツのPanzerdivisionなどが相当するが、日本語訳は書籍・雑誌の出版社・著者・訳者によって表記が異なっており、特にドイツ軍について装甲師団の語も多く用いられている。戦車師団と呼ばれることもあるが、戦車部隊の比率がより大きいものが区別されている場合もある。加登川幸太郎『ドイツ戦車軍団』(朝日ソノラマ)前書きによると、同書の中で加登川は第二次大戦末までの師団以上の部隊について、原語の意味と編成から、また混同を減らす意味から、ドイツを「装甲」、アメリカを「機甲」、イギリスを「機械化」、フランスを「軽機械化」および「戦車」、ソ連・イタリアを「戦車」と呼び分けている。連隊以下はすべて「戦車」である。 第一次世界大戦後に塹壕戦から機動戦への戦術開発の結果、第二次世界大戦で真価を発揮した電撃作戦の主体となった。第二次世界大戦当時、米英軍では歩兵師団は既に自動車化されており、現代では先進国の場合、歩兵師団と言えども多数の戦車が配備され、歩兵も装甲兵員輸送車、歩兵戦闘車に運ばれ、機甲師団との違いは大きくない。本項においては主に第二次世界大戦における機甲師団の誕生と発展について述べる。.

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涙の谷

『涙の谷』(Valley of Tears,עֵמֶק הַבָּכָא, Emek HaBakha)とは、シリア・イスラエル間にあるゴラン高原の、北部にある地域の俗称。 1973年の第四次中東戦争の緒戦におけるイスラエル軍とシリア軍の間に生起した、涙の谷の戦いで知られる。.

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