目次
101 関係: お役者文七捕物暦 蜘蛛の巣屋敷、十三人の刺客、反逆児 (1961年の映画)、吉田信三、壮烈新選組 幕末の動乱、大伴麟三、大菩薩峠 (小説)、大林梅子、天狗倒し (映画)、女賊と判官、女間者秘聞 赤穂浪士、学生三代記、実成院 (徳川家茂生母)、宮本武蔵 一乗寺の決斗、富士に立つ影、川浪良太、中島寶三、市川荒太郎 (3代目)、三つ首塔 (映画)、三上良二、三保松子、三本指の男、一心太助 (中村錦之助版)、乳姉妹 (小説)、久保為義、亜細亜映画、任侠中仙道、任侠東海道、住乃江田鶴子、彦佐と太助 殴り込み吉田御殿、忠魂義烈 実録忠臣蔵、忠臣蔵 櫻花の巻・菊花の巻、地獄の顔、北岡よし江、マキノ家、マキノ・プロダクション、マキノトーキー製作所、マキノ芸能社、別所ます江、エトナ映画社、八州遊侠伝 男の盃、八ツ墓村、瞼の母 (1962年の映画)、獄門島 (1949年の映画)、獄門島 解明篇、磯の源太 抱寝の長脇差、神戸の長吉、稲葉蛟児、笛吹童子、粋な風来坊、... インデックスを展開 (51 もっと) »
お役者文七捕物暦 蜘蛛の巣屋敷
『お役者文七捕物暦 蜘蛛の巣屋敷』(おやくしゃぶんしちとりものこよみ くものすやしき)は、1959年(昭和34年)4月1日公開の日本映画である。東映製作・配給。監督は沢島忠、主演は中村錦之助。カラー、東映スコープ、98分。 原作は横溝正史の推理小説『蜘蛛の巣屋敷』で、播磨屋一家が総出演した。
十三人の刺客
『十三人の刺客』(じゅうさんにんのしかく)は、1963年(昭和38年)12月7日に公開された日本の時代劇映画。製作:東映京都撮影所、監督:工藤栄一、主演:片岡千恵蔵。この項目では本作のリメイク作品および、テレビドラマ、戯曲などの他媒体作品についても記述する。 東映京都撮影所による実録タッチの新路線「集団抗争時代劇」として製作された大作。クライマックスの約30分におよぶ13人対53騎の殺陣シーンは、時代劇映画史上最長とされた本作の2010年のリメイク映画における殺陣シーンは約50分におよんでいる。。 封切り時の同時上映作品は『わが恐喝の人生』(監督:佐伯清 主演:梅宮辰夫・千葉真一)。
見る 松浦築枝と十三人の刺客
反逆児 (1961年の映画)
『反逆兒』(はんぎゃくじ)は、1961年の日本映画。同年度芸術祭参加作品。 大佛次郎の新作歌舞伎(戯曲)『築山殿始末』を伊藤大輔の脚本・監督で映画化した時代劇である。富士フィルム総天然色、シネマスコープ、映倫番号:12552。 徳川家康の嫡男として生まれながら若くして悲劇的な死を遂げた松平信康(三郎信康)の生涯を描く。
吉田信三
吉田 信三(よしだ しんぞう、1903年12月4日 - 1972年12月1日)は、日本の映画監督、脚本家である。第二次世界大戦前の京都のインディペンデント映画会社「マキノ・プロダクション」の脚本および助監督からキャリアを始め、同社の解散まで同社に残り、嵐寛寿郎プロダクション(寛プロ)、新興キネマで監督をつとめるも、戦後は昔の仲間の作品の助監督をつとめた。寛プロで一時吉田 保次(よしだ やすつぐ)、戦後には豊田 栄(とよだ さかえ)と名乗った。
見る 松浦築枝と吉田信三
壮烈新選組 幕末の動乱
『壮烈新選組 幕末の動乱』(そうれつしんせんぐみ ばくまつのどうらん)は、1960年の日本映画。映倫番号:11807。白井喬二の原作をもとに、比佐芳武が脚色、佐々木康が監督、ベテランスター・キャストが一堂に会した娯楽時代劇。撮影伊藤武夫。新選組お馴染みのエピソードとともに、維新前夜に躍動する佐幕・勤王派の群像が浮き彫りに。
大伴麟三
大伴 麟三(おおとも りんぞう、1907年10月20日 - 1944年12月9日)は、日本の映画監督、脚本家である。本名小島 武夫(こじま たけお)、大伴 龍三(おおとも りゅうぞう、新漢字表記大伴 竜三)とも名乗った。
見る 松浦築枝と大伴麟三
大菩薩峠 (小説)
『大菩薩峠』(だいぼさつとうげ)は、中里介山作の長編時代小説。1913年~1941年に『都新聞』『毎日新聞』『読売新聞』などに連載された41巻にのぼる一大巨編。未完。 幕末を舞台に、虚無にとりつかれた剣士机竜之助を主人公とし、甲州大菩薩峠に始まる彼の旅の遍歴と周囲の人々の様々な生き様を描く。世界最長を目指して執筆された時代小説で、大衆小説の先駆けとされる。連載は足掛け約30年にわたり、途中で話は幕末から明治に入らず架空の世界へと迷い込むが、中里の死により未完に終わった。中里は「大乗小説」と自称し、仏教思想に基づいて人間の業を描こうとした。なお題名・舞台とした大菩薩峠に中里が登ったのは、連載開始から12年経った1925年(大正14年)になってからである。
大林梅子
大林 梅子(おおばやし うめこ、1907年6月24日 - 1995年3月17日『芸能人物事典 明治大正昭和』、日外アソシエーツ、1998年、「大林梅子」の項。)は、日本の女優である。初期芸名は大林 静子(-しずこ)、出生名は大林 志づゑ(-しづえ)、結婚後の本名は鈴木 志づゑ(すずき-)である『無声映画俳優名鑑』、無声映画鑑賞会編、マツダ映画社監修、アーバン・コネクションズ、2005年、p.175。。
見る 松浦築枝と大林梅子
天狗倒し (映画)
『天狗倒し』(てんぐだおし)は、1944年に公開された井上金太郎監督の日本映画。 大仏次郎の同名小説(『鞍馬天狗』の一編)が原作。
女賊と判官
『女賊と判官』(じょぞくとはんがん''女賊と判官''、日本映画情報システム、文化庁、2012年7月19日閲覧。''女賊と判官''、キネマ旬報映画データベース、2012年7月19日閲覧。)は、1951年(昭和26年)、マキノ雅弘・萩原遼が監督し、東横映画が製作、東京映画配給が配給して公開した日本の長篇劇映画である''女賊と判官''、日本映画製作者連盟、2012年7月19日閲覧。''女賊と判官''、日本映画データベース、2012年7月19日閲覧。。
見る 松浦築枝と女賊と判官
女間者秘聞 赤穂浪士
『女間者秘聞 赤穂浪士』(おんなかんじゃひぶん あこうろうし)は、1953年(昭和28年)4月1日公開の日本映画である。東映製作・配給。監督は佐々木康、主演は片岡千恵蔵。白黒、スタンダード、130分。
学生三代記
『学生三代記』(がくせいさんだいき)は、第二次世界大戦前に製作された日本の映画シリーズである。1930年(昭和5年)のマキノ・プロダクション御室撮影所製作、マキノキネマ配給作品で、『学生三代記 天保時代』の時代劇、『学生三代記 明治時代』と『学生三代記 昭和時代』の現代劇の全3篇からなるサイレント映画のコメディ作品で、『昭和時代』は短篇全8話をあつめたオムニバスである。同年4月10日の劇場初公開時には、全3篇を3本立てにして同時上映された。 本作のオリジナルネガや上映ポジプリントは、御室撮影所の火災(1932年)による焼失あるいは散逸し、長らく現存は絶望視されていたが、2006年、『昭和時代』の一部が家庭用普及版16ミリのプリントで発見、翌2007年、復元された。
見る 松浦築枝と学生三代記
実成院 (徳川家茂生母)
実成院(實成院、じつじょういん、文政4年1月18日(1821年2月20日) - 明治37年(1904年)11月30日)は、御三家紀州藩藩主徳川斉順の側室で江戸幕府14代将軍徳川家茂の生母。名前は美佐(みさ)、操子。美喜、於美喜の方とも。
宮本武蔵 一乗寺の決斗
内田監督・中村主演『宮本武蔵』シリーズの全予告 『宮本武蔵 一乗寺の決斗』(みやもとむさし いちじょうじのけっとう)は、1964年(昭和39年)1月1日公開の日本映画である。東映製作・配給。監督は内田吐夢、主演は中村錦之助(萬屋錦之介)。富士フィルムカラー、東映スコープ、128分。 吉川英治の小説『宮本武蔵』を原作とした、「内田監督・中村主演の『宮本武蔵』シリーズ」全5部作の第4作。配収は2億2500万円で、この年の邦画配収ランキング第6位となった。 第10回ホワイト・ブロンズ賞主演男優賞(中村錦之助)。
富士に立つ影
『富士に立つ影』(ふじにたつかげ)は、白井喬二作の長編時代小説。1924年(大正13年)7月20日から1927年(昭和2年)7月2日にかけて報知新聞に1000回を超えて連載された。1925年9月-1927年5月、全8巻刊行。 築城家である赤針流熊木家と賛四流佐藤家の三代68年(文化2年から明治6年)に渡る確執と和解を全10篇に渡って描く大河小説で、中里介山の『大菩薩峠』、吉川英治の『宮本武蔵』と並び日本の大衆小説の一方の頂点を成す作品である。尾崎秀樹『大衆文学論』講談社学芸文庫報知新聞に発表された「作者の言葉」によれば、「一言でいうなれば人間性の上にいくばくかの"戦争と平和"を現出させたいと思っておる次第であります」となっている。
見る 松浦築枝と富士に立つ影
川浪良太
川浪 良太(かわなみ りょうた、1899年2月12日 - 1932年)は、日本の映画監督、脚本家である。阪妻・立花・ユニヴァーサル連合映画で監督としてデビュー、マキノ・プロダクションでも短期間に多くの現代劇を監督した。
見る 松浦築枝と川浪良太
中島寶三
中島 寶三(なかじま ほうぞう、1904年5月27日 - 没年不詳)は、日本の映画監督、脚本家であるキネマ旬報社, p.284.''中島宝三''、jlogos.com, エア、2013年4月2日閲覧。''中島宝三''、日本映画データベース、2013年4月2日閲覧。''中島宝三''、日本映画情報システム、文化庁、2013年4月2日閲覧。''中島宝三''、東京国立近代美術館フィルムセンター、2013年4月2日閲覧。。本名同じ、新漢字表記中島 宝三。
見る 松浦築枝と中島寶三
市川荒太郎 (3代目)
三代目 市川 荒太郎(いちかわ あらたろう、1912年 - 1948年4月17日)は、日本の俳優、歌舞伎役者、元子役であるキネマ旬報社, p.53.国立, p.453, 560.''市川玉太郎''、jlogos.com, エア、2013年7月3日閲覧。''市川玉太郎''、日本映画データベース、2013年7月3日閲覧。''市川玉太郎''、日本映画情報システム、文化庁、2013年7月3日閲覧。。子役時代の芸名は市川 たけを(いちかわ たけお)、旧芸名市川 眼童(いちかわ がんどう)であり、旧芸名市川 玉太郎(いちかわ たまたろう)の時代のうち1930年 - 1931年の間のみ、帝国キネマ演芸・新興キネマに出演している。本名市川 武雄(いちかわ たけお)。
三つ首塔 (映画)
『三つ首塔』(みつくびとう)は1956年に制作された日本映画。片岡千恵蔵版金田一耕助シリーズの第6作である。東映製作。
三上良二
三上 良二(みかみ りょうじ、1904年8月25日 - 没年不詳)は、日本の映画監督、脚本家である。本名熊谷 了二(くまがい りょうじ)。優秀な助監督から早期に監督に昇進、佳作を生み出し、牧野省三亡きあとのマキノ・プロダクションを支えた。
見る 松浦築枝と三上良二
三保松子
三保 松子(みほ まつこ、1894年9月8日 - 没年不詳)は、日本の女優である映画世界社, p.110.''三保松子''、jlogos.com, エア、2013年5月16日閲覧。''三保松子''、日本映画データベース、2013年5月16日閲覧。''三保松子''、''三保敦美''、日本映画情報システム、文化庁、2013年5月16日閲覧。''三保松子''、''三保敦美''、allcinema, 2013年5月16日閲覧。''三保松子''、日活データベース、2013年5月16日閲覧。''三保松子''、''三保敦美''、東京国立近代美術館フィルムセンター、2013年5月16日閲覧。文芸協会, p.62.。出生名藪野 かつ子(やぶの かつこ)、結婚後本名守本 かつ子(もりもと かつこ)映画世界社, p.156.。1933年(昭和9年)以降は芸名を三保 敦美(みほ あつみ)と改名する。
見る 松浦築枝と三保松子
三本指の男
『三本指の男』(さんぼんゆびのおとこ)は、1947年(昭和22年)に製作された日本映画。時代劇スターの片岡千恵蔵が私立探偵の金田一耕助に扮したミステリー映画である。原作は横溝正史がミステリー雑誌『宝石』に連載した『本陣殺人事件』。戦後の本格ミステリーブームのきっかけをつくった作品として知られる。映画化作品も大ヒットし、東映でシリーズ化され、片岡千恵蔵の主演で6本の映画が製作された。
見る 松浦築枝と三本指の男
一心太助 (中村錦之助版)
一心太助(いっしんたすけ)は、東映で製作された中村錦之助 (萬屋錦之介)主演の映画シリーズである。1958年(昭和33年)から1963年(昭和38年)にかけて5本のシリーズが作られた。喧嘩っ早いが義理人情に厚い江戸っ子・一心太助と、ひょんなことから太助の主人(太助は親分と呼ぶ)となった天下のご意見番・大久保彦左衛門の活躍を描く。
乳姉妹 (小説)
『乳姉妹』(ちきょうだい)は、1903年(明治36年)に発表された菊池幽芳による日本の小説であり、同作を原作とし、1909年(明治42年)に吉沢商店が製作・配給したのを始めとして、1938年(昭和13年)に大都映画製作作品まで、全13回映画化された日本のサイレント映画群である、日本映画データベース、2009年11月27日閲覧。。
久保為義
久保 為義(くぼ ためよし、明治39年(1906年)11月15日 - 昭和17年(1942年)2月5日)は、日本の映画監督、脚本家である。宝塚キネマ時代は久保 文憲(くぼ ふみのり)を名乗る。
見る 松浦築枝と久保為義
亜細亜映画
亜細亜映画(あじあえいが)は、かつて存在した日本の映画会社である。映画監督の白井戦太郎が1934年に設立し、大阪府下に撮影所を構えた、枚方市、2009年11月1日閲覧。。同年6月、第一映画社と改称したが、撮影所が同年9月の台風で損壊し、解散した。3作の剣戟映画を製作した。亜細亜映画旭ヶ丘撮影所についても本項に詳述する。
見る 松浦築枝と亜細亜映画
任侠中仙道
『任侠中仙道』(にんきょうなかせんどう)は、1960年(昭和35年)1月3日公開の日本映画である。東映製作・配給。監督は松田定次、主演は片岡千恵蔵。カラー、東映スコープ、91分。映倫ナンバー:11470。 東映の正月オールスター映画として製作された、千恵蔵主演の次郎長ものの第3作。配収は3億5091万円で、1959年度の邦画配収ランキング第1位となった。
見る 松浦築枝と任侠中仙道
任侠東海道
『任侠東海道』(にんきょうとうかいどう)は、1958年(昭和33年)1月3日公開の日本映画である。東映製作・配給。監督は松田定次、主演は片岡千恵蔵。イーストマンカラー、東映スコープ、105分。 『任侠清水港』に続く千恵蔵主演の次郎長ものの第2作で、東映の正月オールスター映画として製作された。配収は3億4178万円で、1957年度の邦画配収ランキング第5位となった。
見る 松浦築枝と任侠東海道
住乃江田鶴子
住乃江 田鶴子(すみのえ たづこ、1908年1月18日 - 没年不詳)は、日本の女優であるキネマ旬報社, p.382.映画世界社, p.158.国書刊行会, p.259-260.''住乃江田鶴子''、jlogos.com, エア、2013年5月7日閲覧。''住之江田鶴子''、日本映画データベース、2013年5月7日閲覧。''住乃江田鶴子''、''住の江田鶴子''、''住ノ江田鶴子''、''住江田鶴子''、''住之江田鶴子''、日本映画情報システム、文化庁、2013年5月7日閲覧。''住之江田鶴子''、KINENOTE, 2013年5月7日閲覧。''住之江田鶴子''、allcinema, 2013年5月7日閲覧。
見る 松浦築枝と住乃江田鶴子
彦佐と太助 殴り込み吉田御殿
『彦佐と太助 殴り込み吉田御殿』(ひこさとたすけ なぐりこみよしだごでん)は、1955年3月20日に公開された日本映画。製作は東映京都撮影所。配給は東映。モノクロ、スタンダード。
忠魂義烈 実録忠臣蔵
『忠魂義烈 実録忠臣蔵』(ちゅうこんぎれつ じつろくちゅうしんぐら)は、1928年(昭和3年)製作・公開、マキノ省三(牧野省三)監督による日本のサイレント映画、剣戟映画である。牧野省三生誕50周年を記念した、320作目の監督作である。
忠臣蔵 櫻花の巻・菊花の巻
『忠臣蔵 櫻花の巻・菊花の巻』(ちゅうしんぐら おうかのまき・きっかのまき)は、1959年(昭和34年)1月15日公開の日本映画である。東映製作・配給。監督は松田定次。カラー、東映スコープ、183分。
地獄の顔
『地獄の顔』(じごくのかお)は、1947年公開の水島道太郎主演の松竹映画。原作は菊田一夫の『長崎』。
見る 松浦築枝と地獄の顔
北岡よし江
北岡 よし江(きたおか よしえ、1913年3月25日 - 没年不詳)は、日本の女優である、立命館大学、2013年5月10日閲覧。映画世界社, p.105.映画世界社, p.140.''北岡よし江''、日本映画データベース、2013年5月10日閲覧。''北岡よし江''、''北岡芳江''、日本映画情報システム、文化庁、2013年5月10日閲覧。''北岡よし江''、allcinema, 2013年5月10日閲覧。''北岡よし江''、''北岡芳江''、東京国立近代美術館フィルムセンター、2013年5月10日閲覧。。本名同じ、別名北岡 芳江。
見る 松浦築枝と北岡よし江
マキノ家
祖・マキノ省三。 北区)境内にあるマキノ省三の銅像 マキノ家は、山国隊西軍沙汰人・正五位藤野齋の非嫡出子で、娘義太夫・竹本弥奈太夫こと牧野彌奈の子、「日本映画の父」とされる映画監督、映画プロデューサーのマキノ省三(1878年(明治11年) - 1929年(昭和4年))を祖とする日本の映画・芸能の一家である。
見る 松浦築枝とマキノ家
マキノ・プロダクション
マキノ・プロダクション(1925年6月 設立 - 1931年5月 改組 / 同年10月 新社解散)は、かつて京都に存在した映画会社である、立命館大学、2008年1月19日閲覧。、立命館大学、2008年1月31日閲覧。。製作拠点は御室撮影所(おむろさつえいじょ)。サイレント映画の時代に牧野省三が設立、直木三十五、衣笠貞之助、伊藤大輔、そして阪東妻三郎や勝見庸太郎など外部の独立プロダクションの若手とも提携し、数々の傑作を生み出した。最末期にはトーキーの研究にとりくんで先駆的トーキー作品を発表、これが牧野没後のマキノトーキー製作所へとバトンをつないでいく。
マキノトーキー製作所
マキノトーキー製作所(マキノトーキーせいさくしょ、1935年11月 設立 - 1937年4月 解散)は、かつて京都に存在した映画会社であるマキノ, p.246、p.280、p.338-374.。当時27歳の映画監督・マキノ正博が、自ら開発した録音機材を投入して設立した初期のトーキー映画のプロダクションであり、1936年9月に組織変更しマキノトーキー株式会社となったが、短命に終わった。
マキノ芸能社
マキノ芸能社(マキノげいのうしゃ、1946年6月 設立 - 1948年10月 解散)は、かつて京都に存在した芸能興行会社である。戦前のマキノ・プロダクションで知られる牧野省三の三男で映画監督のマキノ真三、女優の宮城千賀子の夫妻が設立・経営したことで知られる。同社傘下で映画を製作したマキノ映画(マキノえいが)についても実質同会社であるため、本項に詳述する。
見る 松浦築枝とマキノ芸能社
別所ます江
別所 ます江(べっしょ ますえ、旧暦 文久3年 / グレゴリオ暦 1863年 - 没年不詳)は、日本の女優である''別所ますえ''、''尾上梅暁''、日本映画データベース、2013年5月9日閲覧。''別所ます江''、''尾上梅暁''、''別所ますえ''、日本映画情報システム、文化庁、2013年5月9日閲覧。''別所ます江''、''尾上梅暁''、allcinema, 2013年5月9日閲覧。''尾上梅暁''、日活データベース、2013年5月9日閲覧。''別所益枝''、東京国立近代美術館フィルムセンター、2013年5月9日閲覧。。本名別所 ます(べっしょ ます)。別所 ますえ、別所 マスエ、別所 ますゑ、別所 益枝、別所 ます子(べっしょ ますこ)と表記に揺れがある。尾上 梅曉(おのえ ばいきょう、新漢字表記尾上 梅暁)の名で関西歌舞伎の女役者からスタートし、尾上松之助とともに初期の映画に出演、日本で初めて劇映画に出演した女優のひとりとして知られるキネマ旬報, p.361.マキノ, p.33.岸, p.15-19.。
見る 松浦築枝と別所ます江
エトナ映画社
エトナ映画社(-えいがしゃ、1934年9月 設立 - 1935年4月 解散)は、かつて京都に存在した映画会社である。サイレント映画を主体に、トーキーも製作したが、半年という短命に終わった。
見る 松浦築枝とエトナ映画社
八州遊侠伝 男の盃
『八州遊侠伝 男の盃』(はっしゅうゆうきょうでん おとこのさかずき)は、1963年の日本映画。主演:片岡千恵蔵の「国定忠治もの」の一作品である。監督:マキノ雅弘。
八ツ墓村
『八ツ墓村』(やつはかむら)は1951年に東映京都撮影所で製作、東映で配給された日本映画。横溝正史の『八つ墓村』最初の映画化作品。片岡千恵蔵版金田一耕助シリーズの第3作。監督・松田定次、脚本・比佐芳武。後の東映社長・岡田茂の三本目のプロデュース作。 東映は片岡千恵蔵を主役とする「金田一耕助シリーズ」を6作制作し、本作は『三本指の男』『獄門島』に続く第3作。6作のうち比佐芳武が脚本に関わった5作は、原作を読んでいる観客の意表を衝くという意図で犯人を原作と変更しており、本作『八ツ墓村』では原作に登場しない人物を犯人に仕立てている。製作当時の『キネマ旬報』に「探偵映画」と書かれており、読売新聞の広告に「東映探偵巨編 犯人は誰か?」と大きく書かれたものがあるため、原作とは別に映画を観て観客に犯人を当ててもらうのが売りだったと見られる。
見る 松浦築枝と八ツ墓村
瞼の母 (1962年の映画)
『瞼の母』(まぶたのはは)は、1962年1月14日に東映が配給した、加藤泰監督による時代劇映画で、主演は中村錦之助。原作は長谷川伸。
獄門島 (1949年の映画)
『獄門島』(ごくもんじま)は、1949年(昭和24年)に製作・公開された日本映画。片岡千恵蔵版金田一耕助シリーズの第2作。前後編の前編に当たり、後編は『獄門島 解明篇』。前後編を102分にまとめた『獄門島 総集篇』は1950年に公開。東横映画製作、東京映画配給配給。 「獄門島」の読みは「ごくもんとう」ではなく「ごくもんじま」、「分鬼頭」の読みは「わけきとう」ではなく「ぶんきとう」になっている。
獄門島 解明篇
『獄門島 解明篇』(ごくもんじま かいめいへん)は、1949年(昭和24年)に製作・公開された日本映画である。片岡千恵蔵版金田一耕助シリーズの第2作・前後篇の後篇で、前篇は『獄門島』。東横映画製作、東京映画配給配給。
見る 松浦築枝と獄門島 解明篇
磯の源太 抱寝の長脇差
『磯の源太・抱寝の長脇差』(いそのげんた・だきねのながどす)は、1932年(昭和7年)製作・公開、山中貞雄監督による日本の長篇劇映画である。サイレント映画、「股旅もの」の時代劇剣戟映画である。山中貞雄の監督デビュー作である。フィルムは現存しておらず、数分の断片のみ発見されている。
神戸の長吉
神戸の長吉笹川, p.260.今川, p.170-171, 178.佃, p.310.藤田, p.400, 477.(かんべのながきち、1814年 - 1880年3月20日)は、日本の侠客である''神戸の長吉''、コトバンク、2015年8月7日閲覧。。村上元三の小説『次郎長三国志』に同名で登場、「荒神山の喧嘩」の中心となった人物である。神戸長吉(読み同)とも。「神戸の長吉」と呼ばれる前は吉五郎(きちごろう)と名のっていた山本, p.134.。本名は初芝 才次郎(はつしば さいじろう)。
見る 松浦築枝と神戸の長吉
稲葉蛟児
稲葉 蛟児(いなば こうじ、1904年2月11日 -1989年9月2日)は、日本の映画監督、脚本家である。出生名稲葉 義信(いなば よしのぶ)、戸籍上は母姓の上田 義信(うえだ よしのぶ)であった。脚本家としては物部 晋太郎(もののべ しんたろう)等、監督としては一時稲葉 大三郎(いなば だいざぶろう)を名乗った。昭和初年のマキノ・プロダクションの新人監督であり、同社の解散後は永年インディペンデント畑を歩き、トーキー時代になってもサイレント映画の娯楽剣戟を手がけ続けた。
見る 松浦築枝と稲葉蛟児
笛吹童子
笛吹童子(ふえふきどうじ)は北村寿夫(きたむらひさお)の脚本によるラジオドラマである。NHKの新諸国物語の第2作として1953年(昭和28年)に毎週月曜から金曜まで15分間放送された。 放送期間は1953年1月5日 - 12月31日。 主題歌「笛吹童子」は作詞:北村寿夫、作曲:福田蘭童。 同年小説化され、以降、何度か映画化やテレビドラマ化された。
見る 松浦築枝と笛吹童子
粋な風来坊
『粋な風来坊』(いきなふうらいぼう)は、1946年(昭和21年)製作・公開、マキノ正博監督による日本の長篇劇映画である。
見る 松浦築枝と粋な風来坊
素浪人 月影兵庫
『素浪人 月影兵庫』(すろうにん つきかげひょうご)は、南條範夫の同名小説を原作としたテレビ時代劇ドラマ。1965年10月19日から1966年4月12日(全26話)、1967年1月7日から1968年12月28日(全104話)の2期に分けて放送された。
紅顔の若武者 織田信長
『紅顔の若武者 織田信長』(くれないがおのわかむしゃ おだのぶなが)は1955年(昭和30年)9月20日公開の日本映画である。東映製作・配給。監督は河野寿一、主演は中村錦之助 (萬屋錦之介)。モノクロ、スタンダード、92分。 原作は山岡荘八の小説『織田信長』。若き日の織田信長の、濃姫との出会いから斎藤道三との会見を無事に終え帰ってくるまでを描く。
田丸重雄
田丸 重雄(たまる しげお)は、日本の映画監督、脚本家であり、映画に俳優として出演もしており、かつて1930年代に京都に存在した映画会社、マキノトーキー製作所では経理部長でもあった。各職能が未分化、あるいは越境的な、当時のインディペンデント映画界のもつヌーヴェルヴァーグ的気風を体現した人物のひとりである。
見る 松浦築枝と田丸重雄
照る日くもる日
『照る日くもる日』(てるひくもるひ)は、大佛次郎による日本の小説、または同作を原作とした1926年(大正15年)製作・公開、3社競作の日本の長篇劇映画、および1940年(昭和15年)、1954年(昭和29年)、1960年(昭和35年)の日本のリメイク映画である。小説の初出は『大阪朝日新聞』での1926年(大正15年) - 1927年(昭和2年)での連載であり、大佛次郎にとって初の新聞小説であった。
見る 松浦築枝と照る日くもる日
牢獄の花嫁
『牢獄の花嫁』(ろうごくのはなよめ)は、1955年8月29日に公開された日本映画。製作は東映京都撮影所。配給は東映。モノクロ、スタンダード。上映時間は94分。 1977年に、市川崑監督が山口百恵、三浦友和、三船敏郎出演でリメイクを予定していたが、企画中止となった。
見る 松浦築枝と牢獄の花嫁
牧野省三
牧野 省三(まきの しょうぞう、1878年9月22日 - 1929年7月25日)は、日本の映画監督、映画製作者、脚本家、実業家。 日本最初の職業的映画監督であり、日本映画の基礎を築いた人物でもある。「映画の父」と呼ばれたD・W・グリフィスになぞらえて「日本映画の父」と呼ばれた。千本座の経営者から映画製作に乗り出し、300本以上の時代劇映画を製作。尾上松之助とコンビを組み、彼の忍術映画でトリック撮影を駆使した。歌舞伎や講談、立川文庫から題材を求め、「スジ、ヌケ、動作」を三大原則とした映画製作で大衆から支持を得た。その後マキノ・プロダクションを設立し、阪東妻三郎、片岡千恵蔵、嵐寛寿郎、高木新平、月形龍之介、市川右太衛門といったスター俳優や、監督の衣笠貞之助、二川文太郎、井上金太郎、内田吐夢ら、脚本家の寿々喜多呂九平、山上伊太郎らを育て上げた。
見る 松浦築枝と牧野省三
銭形平次 (大川橋蔵)
大川橋蔵・主演『銭形平次』(ぜにがたへいじ)は、1966年5月4日から1984年4月4日まで、フジテレビ系列で毎週水曜20時から放映された連続テレビ時代劇。 野村胡堂の小説『銭形平次捕物控』をテレビドラマ化した。
芸道一代男 (映画)
『芸道一代男』(げいどういちだいおとこ)は、1941年に公開された溝口健二監督の日本映画。 川口松太郎の同名小説が原作。 溝口健二の『残菊物語』(1939年)、『浪花女』(1940年)に続く「芸道三部作」の三作目。 初代 中村鴈治郎(1860-1935)の追悼記念として製作された - 松竹、2022年1月1日閲覧。 初代 中村鴈治郎役を次男の初代 中村扇雀(後の二代目 中村鴈治郎)が演じ、娘の中村芳子も出演した。
菅井一郎
菅井 一郎(すがい いちろう、1907年7月25日 - 1973年8月11日)は、日本の俳優、映画監督。 サイレント期から戦後にかけて300本を超える映画に出演し、名脇役として活躍。溝口健二、新藤兼人、吉村公三郎らの作品に多く出演している。戦中に俳優集団・第一協団を結成しており、戦後には2本の監督作を発表している。
見る 松浦築枝と菅井一郎
血斗水滸伝 怒涛の対決
『血斗水滸傳 怒涛の対決』(けっとうすいこでん どとうのたいけつ)は、1959年(昭和34年)8月9日公開の日本映画である。東映製作・配給。監督は佐々木康。カラー、東映スコープ、114分。 講談の『天保水滸伝』をもとにした峰岸義一の小説『丁半』を映画化したオールキャスト作品である。配収は3億1019万円で、1959年度の邦画配収ランキング第3位となった。
風雲児 織田信長
『風雲児 織田信長』(ふううんじ おだのぶなが)は、1959年(昭和34年)10月25日公開の日本映画である。東映製作・配給。監督は河野寿一、主演は中村錦之助 (萬屋錦之介)。カラー、東映スコープ、95分。
西鶴一代女
『西鶴一代女』(さいかくいちだいおんな)は、1952年(昭和27年)4月17日公開の日本映画である。児井プロダクション・新東宝製作、東宝配給。監督は溝口健二、主演は田中絹代。モノクロ、スタンダード、148分。 原作は井原西鶴の浮世草子『好色一代女』で、依田義賢が脚色した。封建制度下の江戸時代を舞台に、男に弄ばれ悲劇的流転の人生を歩んだ女性・お春の一生を描き、溝口が得意とするワンシーン・ワンカットの長回しや流麗なカメラワークが随所で効果をあげた。海外では特に作品を高く評価しており、後のフランスヌーヴェルヴァーグの映画作家にも大きな影響を与え、ヨーロッパ映画界では長回しの流行を生じさせることとなった。
見る 松浦築枝と西鶴一代女
首の座
『首の座』(くびのざ)は、マキノ・プロダクション御室撮影所が1929年(昭和4年)に製作、9月20日に封切り公開した日本の長篇無声時代劇剣戟映画である。白黒、スタンダード。のちの巨匠・マキノ正博が満21歳で監督した。
見る 松浦築枝と首の座
鳳城の花嫁
『鳳城の花嫁』(おおとりじょうのはなよめ)は、1957年(昭和32年)4月2日に公開された日本の時代劇映画。イーストマン・カラー、シネマスコープ(2.35:1)、Westrex RECORDING SYSTEM、85分。東映製作・配給。監督は松田定次、主演は大友柳太朗。「花嫁シリーズ」の第1作。大友演じる若侍の花嫁探しが明朗なタッチで描かれる。 東映にとって「総天然色東映スコープ」と銘打った最初の作品であり、かつ日本初のシネマスコープ作品である。本作の公開を機に各社がワイドスクリーン方式の採用に踏み切った。 1958年(昭和33年)に第2作『鶯城の花嫁』、1959年(昭和34年)に第3作『孔雀城の花嫁』が製作されている。
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鳴門秘帖 (1961年の映画)
『鳴門秘帖』(なるとひちょう)は、吉川英治の小説『鳴門秘帖』を原作とする時代劇映画。1961年公開。続編に『鳴門秘帖 完結篇』がある。
鳴門秘帖 完結篇
『鳴門秘帖 完結篇』(なるとひちょう かんけつへん)は、吉川英治の小説『鳴門秘帖』を原作とする時代劇映画。1961年公開。『鳴門秘帖』の続編である。
蹴合鶏
『蹴合鷄』(けいあいどり)は、1928年(昭和3年)製作・公開、マキノ正博監督による日本のサイレント映画、剣戟映画である。南光明のマキノ・プロダクション入社第1回作品として製作された、image.space.rakuten.co.jp, 2009年11月4日閲覧。。
見る 松浦築枝と蹴合鶏
黒田騒動 (1956年の映画)
『黒田騒動』(くろだそうどう)は、1956年に公開された内田吐夢監督の日本映画。福岡藩の黒田騒動を描く。
都賀静子
都賀 靜子(つが しずこ、1912年5月18日 - ?)は、日本の女優、元子役である''都賀静子''、jlogos.com, エア、2013年4月23日閲覧。''都賀静子''、日本映画データベース、2013年4月23日閲覧。''都賀静子''、日本映画情報システム、文化庁、2013年4月23日閲覧。''都賀静子''、日本映画製作者連盟、2013年4月23日閲覧。''都賀静子''、KINENOTE, 2013年4月23日閲覧。''都賀静子''、日活データベース、2013年4月23日閲覧。''都賀靜子''、''都賀静子''、東京国立近代美術館フィルムセンター、2013年4月23日閲覧。。新漢字表記都賀 静子、本名須永 靜子(すなが しずこ)。
見る 松浦築枝と都賀静子
都村健
都村 健(つむら けん、1899年 - 1982年)は、日本のジャーナリスト、脚本家である。マキノ映画製作所やマキノ・プロダクションの宣伝部で、雑誌編集を含めたマルチな宣伝活動を行い、脚本も執筆した。のちに通信合同社の社長を歴任した。本名井上 健三(いのうえ けんぞう)。
見る 松浦築枝と都村健
鈴木桃作
鈴木 桃作(すずき ももさく、1901年 - 1941年1月14日)は、日本の映画監督、脚本家である。第二次世界大戦前の京都にかつて存在した脚本家集団「鳴滝組」の一員として、映画史に名を残す。のちに土肥 正幹(どい せいかん)と名乗った。
見る 松浦築枝と鈴木桃作
赤穂浪士 (小説)
『赤穂浪士』(あこうろうし)は、大佛次郎による長篇小説である。これまで4回の映画化、3回のテレビ映画化、1回の大河ドラマ化が行われた。本稿では映画化作品についても詳述する。
金森萬象
金森 萬象(かなもり ばんしょう、1893年7月10日 - 1982年11月9日)は、日本の映画監督、脚本家であるキネマ旬報社, p.121.アサヒ, p.217.映画世界社, p.133-134.映画世界社, p.182.映画世界社, p.165.、立命館大学、2013年5月20日閲覧。''金森万象''、jlogos.com, エア、2013年5月20日閲覧。''金森万象''、日本映画データベース、2013年5月20日閲覧。''金森萬象''、''金森万象''、日本映画情報システム、文化庁、2013年5月20日閲覧。''金森万象''、東京国立近代美術館フィルムセンター、2013年5月20日閲覧。
見る 松浦築枝と金森萬象
酒と女と槍
『酒と女と槍』(さけとおんなとやり)は、1960年(昭和35年)5月15日公開の日本映画である。東映製作・配給。監督は内田吐夢。カラー、東映スコープ、99分。海音寺潮五郎の同名短編小説を原作とする。
見る 松浦築枝と酒と女と槍
雪之丞変化
『雪之丞変化』(ゆきのじょう へんげ)は、1934年(昭和10年)から翌年にかけて『朝日新聞』に連載された三上於菟吉の時代小説。これを原作とした多くの映画・テレビドラマ・舞台・新作歌舞伎・宝塚歌劇などが製作されている。
見る 松浦築枝と雪之丞変化
押本七之輔
押本 七之輔(おしもと しちのすけ、1899年 - 1970年8月18日)は、日本の映画監督、脚本家、映画プロデューサー、元俳優であるキネマ旬報社, p.102.年鑑, p.126.''押本七之輔''、jlogos.com, エア、2013年4月3日閲覧。''押本七乃輔''、日本映画データベース、2013年4月3日閲覧。''押本七之輔''、''押本七之助''、''押本七乃輔''、日本映画情報システム、文化庁、2013年4月3日閲覧。''押本七乃輔''、日本映画製作者連盟、2013年4月3日閲覧。''押本七之輔''、KINENOTE、2013年4月3日閲覧。''押本七之輔''、''押本七之助''、''押本七乃輔''、東京国立近代美術館フィルムセンター、2013年4月3日閲覧。
見る 松浦築枝と押本七之輔
恋や恋なすな恋
『恋や恋なすな恋』(こいやこいなすなこい)は、1962年(昭和37年)5月1日公開の日本映画である。東映製作・配給。監督は内田吐夢。カラー、東映スコープ、109分。 人形浄瑠璃の『芦屋道満大内鑑』(葛の葉)と清元の『保名狂乱』を題材に、安倍保名の悲劇を描いたファンタスティックな時代劇。劇中ではアニメーションが用いられている。
見る 松浦築枝と恋や恋なすな恋
松田定次
松田 定次(まつだ さだつぐ、1906年11月2日 - 2003年1月20日)は、昭和期の映画監督。
見る 松浦築枝と松田定次
松田寛夫
キネマ旬報社『キネマ旬報』第199号(1958)より。右から松田定次、松田寛夫、松浦築枝、松田照(牧野省三先妻) 松田 寛夫(まつだ ひろお、1933年9月3日『読売年鑑 2016年版』(読売新聞東京本社、2016年)p.559 - 2022年3月24日)は、日本の脚本家。
見る 松浦築枝と松田寛夫
栄姫
栄姫(えいひめ、天正13年 (1585年) - 寛永12年1月12日(1635年3月1日))は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての女性。福岡藩初代藩主・黒田長政の継室。別称に、ねね姫。出家後、大涼院と号した。
見る 松浦築枝と栄姫
梟の城
『梟の城』(ふくろうのしろ)は、司馬遼太郎の長編小説。1958年(昭和33年)4月から翌1959年(昭和34年)2月まで宗教専門紙「中外日報」に連載し講談社で刊行された。1960年(昭和35年)前半期の直木賞(第42回)を受賞している。
見る 松浦築枝と梟の城
櫻木梅子
櫻木 梅子(さくらぎ うめこ、1908年8月8日 - 1978年ワイズ出版, p.104.)は、日本の女優であるキネマ旬報, p.128-129.映画世界社, p.128.''桜木梅子''、jlogos.com, エア、2013年5月13日閲覧。''桜木梅子''、日本映画データベース、2013年5月13日閲覧。''桜木梅子''、日本映画情報システム、文化庁、2013年5月13日閲覧。''桜木梅子''、allcinema, 2013年5月13日閲覧。''桜木梅子''、日活データベース、2013年5月13日閲覧。''櫻木梅子''、''桜木梅子''、東京国立近代美術館フィルムセンター、2013年5月13日閲覧。
見る 松浦築枝と櫻木梅子
正映マキノキネマ
正映マキノキネマ(しょうえいマキノキネマ、1932年2月 設立 - 同年3月29日 解散)は、かつて京都に存在した映画会社である。高村正次と立花良介が「マキノ再興」を目指して、かつて牧野省三が建設した「御室撮影所」に設立したが、資金難で2か月で解散した。正映マキノプロダクション(しょうえいマキノプロダクション)とも呼ばれた。略称正映マキノ(しょうえいマキノ)。
武士道残酷物語
『武士道残酷物語』(ぶしどうざんこくものがたり)は、1963年(昭和38年)4月28日公開の日本映画である。東映製作・配給。監督は今井正、主演は中村錦之助 (萬屋錦之介)。モノクロ、シネマスコープ、123分。 原作は南條範夫の『被虐の系譜』(講談社刊)。戦国時代から現代まで残酷・非情な封建社会をある家の7代にまたがる系譜を通して描く。中村錦之助がその7代の役を力演した。題名は岡田茂の命名。作品は第13回ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞した。第37回キネマ旬報ベスト・テン第5位。 造形を担当した大橋史典は、自身が担当したダミーの腕は血飛沫が出る描写で監督の今井が驚きの声をあげるほど真に迫ったものであったと述べている。
見る 松浦築枝と武士道残酷物語
歌麿をめぐる五人の女 (1946年の映画)
『歌麿をめぐる五人の女』(うたまろをめぐるごにんのおんな)は、1946年に公開された溝口健二監督の日本映画。 本作品は邦枝完二が浮世絵師喜多川歌麿の生涯を描いた小説『歌麿』(のち『歌麿をめぐる女達』に改題)に基づいている。 アメリカ占領下で作られた溝口の最初の映画。
水戸黄門 (1957年の映画)
『水戸黄門』(みとこうもん)は、1957年(昭和32年)8月11日公開の日本映画である。東映製作・配給。監督は佐々木康。富士フィルムカラー、東映スコープ、98分。 月形龍之介の映画生活38周年記念として、東映俳優陣オールキャストで製作された。月形の『水戸黄門』シリーズの第11作で、水戸黄門映画初のカラー・シネマスコープサイズ作品。配収は3億5334万円で、1957年度の邦画配収ランキング第3位となり、水戸黄門映画最大のヒット作となった。
江戸怪賊伝 影法師
『江戸怪賊伝 影法師』(えどかいぞくでん かげぼうし)は、1925年(大正15年)製作・公開、二川文太郎監督による日本の長篇劇映画、サイレント映画、時代劇の剣戟映画である。2008年(平成20年)発売のDVD題は『影法師』。前篇・後篇が同年に公開されたのち、1926年(昭和元年)末から翌1927年(昭和2年)初頭にかけて、二川文太郎が自ら『影法師捕物帳』(かげぼうしとりものちょう)として前篇・後篇でリメイク、1929年(昭和4年)末に続篇が製作された。『影法師捕物帳』は、1959年(昭和34年)に中川信夫が監督して『影法師捕物帖』としてリメイクした。二川版までを本項で詳述する。
河上君榮
河上 君榮(かわかみ きみえ、1907年1月30日 - 没年不詳)は、日本の女優であるキネマ旬報, p.5.映画世界社, p.45.映画世界社, p.54.蒲田, p.28.映画世界社, p.62.''河上君栄''、jlogos.com, エア、2013年5月14日閲覧。''河上君江''、''光村貴美子''、''光村きみ子''、日本映画データベース、2013年5月14日閲覧。''河上君栄''、''河上君江''、''光村貴美子''、日本映画情報システム、文化庁、2013年5月14日閲覧。''河上君栄''、日本映画製作者連盟、2013年5月14日閲覧。''河上君江''、KINENOTE, 2013年5月14日閲覧。
見る 松浦築枝と河上君榮
澤田敬之助
澤田 敬之助(さわだ けいのすけ、1904年8月20日 - 没年不詳)は、日本の俳優であるキネマ旬報社, p.256.映画世界社, p.135.''沢田敬之助''、jlogos.com, エア、2013年6月4日閲覧。''沢田敬之助''、''沢田慶之助''、''沢村敬之助''(表題誤記)、日本映画データベース、2013年6月4日閲覧。''澤田敬之助''、''沢田敬之助''、''小沢茗一郎''、''沢田敬之介''、''沢田慶之助''、日本映画情報システム、文化庁、2013年6月4日閲覧。''沢田敬之助''、allcinema, 2013年6月4日閲覧。''澤田敬之助''、''沢田敬之助''、''小沢茗一郎''、''澤田慶之助''、東京国立近代美術館フィルムセンター、2013年6月4日閲覧。
見る 松浦築枝と澤田敬之助
朱雀門 (映画)
『朱雀門』(しゅじゃくもん)は、1957年に公開された森一生監督の日本映画。 朝日新聞に連載された川口松太郎の小説『皇女和の宮』が原作。 1957年のアジア太平洋映画祭で、作品部門最高賞とスタッフ部門撮影賞を受賞した。 また、1957年の毎日映画コンクールでもスタッフ部門色彩技術賞を受賞した。
月形半平太 花の巻・嵐の巻
『月形半平太 花の巻・嵐の巻』(つきがたはんぺいた はなのまき・あらしのまき)は、1956年(昭和31年)10月17日公開の日本映画である。大映製作・配給。監督は衣笠貞之助、主演は長谷川一夫。カラー、スタンダード、109分。 行友李風が新国劇の座付き作者として書いた同名戯曲の通算15回目の映画化で、衣笠にとっては1925年(大正14年)版以来2度目の映画化となる。大映東西撮影所の人気スターを配し、豪華絢爛な大作時代劇となった。配収は1億8543万円で、1956年度の邦画配収ランキング第8位となった。
浪人街
『浪人街』の躍動的で審美的な1カット。 『浪人街』(ろうにんがい)は、1928年(昭和3年)に脚本家・山上伊太郎が著したオリジナルシナリオをマキノ正博が監督、同年製作・公開した『浪人街 第一話 美しき獲物』に始まる日本のサイレント映画、剣戟映画のシリーズである。全3話、4篇。のちに4回リメイクされ、うち3回はマキノのセルフリメイクであり、あとの1回はマキノが総監修を務めた。
見る 松浦築枝と浪人街
新吾十番勝負
『新吾十番勝負』(しんごじゅうばんしょうぶ)は、川口松太郎の小説。1957年(昭和32年)から1959年(昭和34年)にかけて朝日新聞に連載された。徳川吉宗の隠し子・葵新吾と周囲の人間模様を描いた作品で、映画化・テレビドラマ化がたびたびなされた。
見る 松浦築枝と新吾十番勝負
新宿劇場
新宿劇場(しんじゅくげきじょう)は、かつて存在した日本の映画館である総覧, p.554.石割, p.415.年鑑, p.10-35.国民, p.474-475.。1929年(昭和4年)にマキノキネマ直営(経営マキノキネマ関東配給所)の映画館として、新宿駅東口に新築・開業した(第一次)。 第二次世界大戦後、1953年(昭和28年)に新宿・歌舞伎町に新築・開業した同名の映画館(第二次)についても本項で詳述する、ヒューマックス、2013年7月11日閲覧。大笹, p.390.キネ旬, p.52, 56-59.''データベース 写真で見る新宿 - 歌舞伎町(コマ劇場、新宿劇場前)''、新宿歴史博物館、2013年7月11日閲覧。
見る 松浦築枝と新宿劇場
新諸国物語 黄金孔雀城 (1961年の映画)
『新諸国物語 黄金孔雀城』(しんしょこくものがたり おうごんくじゃくじょう)は、1961年(昭和36年) 3月28日(第一部)・4月9日(第二部・第三部)・4月18日(完結篇)公開の日本映画である。全四部作。東映製作・配給。監督は松村昌治、主演は五代目澤村訥升(九代目澤村宗十郎)。カラー、東映スコープ、上映時間50分(第一部)・55分(第二部)・57分(第三部)・55分(完結篇)。
見る 松浦築枝と新諸国物語 黄金孔雀城 (1961年の映画)
日本の女優一覧
日本の女優一覧(にほんのじょゆういちらん)は、主に日本で活動する女優の五十音順一覧(故人を含む)。ウィキペディア内に記事が存在する人物。:Category:日本の女優も参照。 __目次強制__ 関連項目。
見る 松浦築枝と日本の女優一覧
旗本退屈男
旗本退屈男(はたもとたいくつおとこ)は、小説家・佐々木味津三原作の時代小説および同作品に登場する主人公・の異名。
見る 松浦築枝と旗本退屈男
旗本退屈男 (1958年の映画)
『旗本退屈男』(はたもとたいくつおとこ)は、1958年(昭和33年)8月12日公開の日本映画である。東映製作・配給。監督は松田定次、主演は市川右太衛門。カラー、東映スコープ、108分。 佐々木味津三原作の同名小説を市川右太衛門主演で映画化した『旗本退屈男』シリーズの第23作。右太衛門の映画出演300本記念映画として製作され、オールスターキャストで話題を呼んだ。
悪魔が来りて笛を吹く (1954年の映画)
『悪魔が来りて笛を吹く』(あくまがきたりてふえをふく)は1954年に公開された日本映画。 東映の重役スターであった片岡千恵蔵を主演に東京撮影所で制作。「三本指の男」に始まる片岡千恵蔵版金田一耕助シリーズの第4作目である。このシリーズでは、脚本家の比佐芳武のアイデアで、原作とは違った犯人が設定された。そのため大筋では原作通りだが、最後に目賀博士が犯人であったと明らかになる。 本作のフィルムプリントは長らく所在不明となっていたが、2024年2月に発見された。 等々力警部役の 岡譲二は、映画、テレビドラマで金田一耕助を演じている。
曾根純三
曾根 純三(そね じゅんぞう、1898年9月13日 - 没年不詳)は、日本の映画監督、脚本家である。本名曾根 為一(そね ためいち)。椎名 良太(しいな りょうた)名義で脚本を書き、のちに監督名を曾根 千晴(そね ちはる)と変えた。戦前の「職人監督」である。
見る 松浦築枝と曾根純三
怪談累ヶ淵
『怪談累ヶ淵』(かいだんかさねがふち)は、1930年製作・公開、二川文太郎監督による日本の長篇劇映画である。同作に先行して1924年に『累ヶ淵』の題名で長尾史録が同題材を映画化しており、同作以降には1937年に『怪談累ヶ渕』の題名で小倉八郎が、1957年に『怪談累が渕』の題名で中川信夫が、1960年と1970年にはそれぞれ『怪談累が淵』、『怪談累が渕』の題名で安田公義が監督しており、これらについても本項で詳述する。
見る 松浦築枝と怪談累ヶ淵

