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初姫

索引 初姫

初姫(はつひめ、慶長7年7月9日(1602年8月25日) - 寛永7年3月4日(1630年4月16日))は、安土桃山時代から江戸時代初期の女性。徳川秀忠の四女。小浜藩主京極忠高の正室。号は興安院。母は太閤豊臣秀吉の養女・江(浅井長政の三女)。忠高とは又従兄妹の関係に当たる。また、徳川家光は弟にあたる。

目次

  1. 24 関係: 千姫大西敬子天崇院崇源院常高院京極忠高京極高和伝通院徳川家康 (山岡荘八)徳川家光徳川忠長徳川秀忠保科正之円盛院珠姫碇由貴子豊臣完子葵 徳川三代江〜姫たちの戦国〜春日局春日局 (NHK大河ドラマ)浅井三姉妹文英尼

千姫

千姫(せんひめ)は、安土桃山時代から江戸時代の女性。豊臣秀頼・本多忠刻の正室。父は徳川秀忠、母は浅井長政の三女である浅井江(太閤豊臣秀吉の養女・達子)。号は天樹院。

見る 初姫と千姫

大西敬子

大西 敬子(おおにし けいこ、1981年11月4日- )は、日本のタレント。三重県伊勢市出身、在住。

見る 初姫と大西敬子

天崇院

天崇院(てんすういん、慶長6年5月12日(1601年6月12日) - 寛文12年2月21日(1672年3月20日))は、安土桃山時代から江戸時代初期の女性。徳川秀忠の三女で徳川家康の内孫。母は太閤豊臣秀吉の養女・達子(浅井長政の三女)。松平忠直の正室。忠直とは従兄妹同士でもある。名は勝姫(かつひめ)、通称は高田様、高田の御方。完子は異父姉、千姫・珠姫は実姉、徳川家光・徳川忠長は実弟、保科正之は異母弟、初姫・東福門院(和子)は実妹。

見る 初姫と天崇院

崇源院

崇源院(すうげんいん/そうげんいん)は、安土桃山時代から江戸時代初期の女性。近江の戦国大名浅井長政の三女で、母は織田信秀の娘であるお市の方(織田信長の妹)。崇源院は院号であり、一般には江(ごう)か小督 (おごう)の名で知られるが、諱は達子(みちこ)で、追贈された贈位は従一位。 長姉の淀殿(茶々)、次姉の常高院(初)とで、いわゆる浅井三姉妹の一人で、初め佐治一成と婚約したが、秀吉により離縁させられて、その甥で養子の豊臣秀勝と再婚し、娘完子(さだこ)をもうけたが、秀勝が急逝。江戸幕府の2代将軍となる徳川秀忠と3度目の結婚をして、3代将軍家光を含む2男5女をもうけた。猶女に鷹司孝子がいる。

見る 初姫と崇源院

常高院

常高院(じょうこういん、永禄13年(1570年)- 寛永10年8月27日(1633年9月30日))は、戦国時代から江戸時代前期の人物。若狭小浜藩の藩主京極高次の正室。本名は浅井 初(あざい はつ)で、一般に「初」の呼び名で知られる。また、幼名は御鐺(おなべ)、於那。浅井三姉妹の一人。 父は近江国小谷城主・浅井長政、母は織田信秀の娘・市(織田信長の末妹)。姉は豊臣秀吉の側室となった茶々(淀殿)市の連れ子(異父姉)という説がある。、妹は徳川秀忠正室(継室)の江(崇源院)。兄に万福丸、異母弟に万菊丸、同母弟または異母弟に浅井井頼。 高次との間に子はなく、妹・江の娘で2代将軍・徳川秀忠の四女・初姫(興安院)や氏家行広の娘・古奈(母は高次の妹)らを養女とし、側室の子で嫡子の忠高(母は山田氏)や高政(母は小倉氏)、また詳細不明の養子1名を始めとした血縁・家臣らの子女の養育に積極的に関わったとされる。後に養女の初姫と忠高を娶わせるが、この両者にも子はできなかった。

見る 初姫と常高院

京極忠高

京極 忠高(きょうごく ただたか)は、江戸時代前期の大名。若狭国小浜藩の第2代藩主。出雲国松江藩主。高次流京極家2代。 初代藩主・京極高次の長男。正室は江戸幕府第2代将軍・徳川秀忠の四女・初姫(高次正室・常高院の姪で養女)。

見る 初姫と京極忠高

京極高和

京極 高和(きょうごく たかかず)は、江戸時代前期の大名。播磨国龍野藩主、讃岐国丸亀藩の初代藩主。丸亀藩京極家3代。

見る 初姫と京極高和

伝通院

伝通院(でんづういん)は、東京都文京区小石川三丁目の高台にある浄土宗の寺。正式名称は、無量山 伝通院 寿経寺(むりょうざん・でんづういん・じゅきょうじ)。または小石川伝通院とも。徳川将軍家の菩提寺。江戸三十三観音札所の第十二番札所。

見る 初姫と伝通院

徳川家康 (山岡荘八)

『徳川家康』(とくがわいえやす)は、1950年3月から1967年4月まで北海道新聞・東京新聞・中日新聞・西日本新聞に連載された山岡荘八の歴史小説。単行本は1953年11月に第1巻から5巻までが同時刊行され、1967年に最終巻の第26巻が刊行された。ソフトカバー版、講談社文庫版、講談社の山岡荘八歴史文庫版などがある。 1968年、第2回吉川英治文学賞を受賞。

見る 初姫と徳川家康 (山岡荘八)

徳川家光

徳川 家光(とくがわ いえみつ)は江戸幕府の第3代将軍(在職:1623年 - 1651年)である。乳兄弟に稲葉正勝・稲葉正吉・稲葉正利がいる。 15人の徳川将軍のうち、(父親の)正室の子は、家康・家光・慶喜の3人のみであり、さらに将軍の御内室(御台所)が生んだ将軍は、家光のみである。

見る 初姫と徳川家光

徳川忠長

徳川 忠長(とくがわ ただなが)は、江戸時代前期の大名。極位極官が従二位大納言で、領地が主に駿河国だったことから、通称は駿河大納言(するがだいなごん)。徳川家康の孫にあたる。

見る 初姫と徳川忠長

徳川秀忠

徳川 秀忠(とくがわ ひでただ)は、安土桃山時代から江戸時代にかけての武将。江戸幕府の第2代将軍(在職:1605年 - 1623年)。

見る 初姫と徳川秀忠

保科正之

保科 正之(ほしな まさゆき)は、江戸時代前期の大名。会津松平家の祖。信濃国高遠藩藩主、出羽国山形藩藩主を経て、陸奥国会津藩初代藩主となった。 江戸幕府初代将軍徳川家康の孫、第2代将軍徳川秀忠の子であり、3代将軍徳川家光の異母弟、4代将軍徳川家綱と5代将軍徳川綱吉の叔父である。家光と家綱を輔佐し、幕閣に重きを成した。

見る 初姫と保科正之

初。

見る 初姫と初

円盛院

円盛院(えんせいいん、元和4年10月16日(1618年12月2日) - 延宝6年10月7日(1678年11月20日))は、江戸時代初期から中期にかけての女性。本多忠刻と千姫の娘。池田光政の正室。名は勝姫(かつひめ)。

見る 初姫と円盛院

珠姫

珠姫(たまひめ、慶長4年6月11日(1599年8月1日) - 元和8年7月3日(1622年8月9日))は、安土桃山時代から江戸時代初期の女性。前田利常の正室。 徳川秀忠の次女で、徳川家康の内孫。母は太閤豊臣秀吉の養女・達子(浅井長政の三女・お江(ごう))。姉に千姫(豊臣秀頼正室、本多忠刻正室)、妹に勝姫(松平忠直正室)、初姫(常高院の養女で京極忠高正室)、東福門院和子(後水尾天皇の妃)、弟に徳川家光(3代将軍)、徳川忠長(駿府城主)、異父姉に豊臣完子(九条幸家室)、異母弟に保科正之(会津藩初代藩主)がいる。幼名は子々姫(ねねひめ)。

見る 初姫と珠姫

碇由貴子

碇 由貴子(いかり ゆきこ、1991年11月1日 - )は、元女優、元子役。千葉県出身。身長151cm。血液型A型。セントラルプロダクションに所属していたが、2009年頃に引退した。 2022年から映像コンテンツ権利処理機構に連絡のとれない権利者として掲載されている。

見る 初姫と碇由貴子

豊臣完子

豊臣 完子(とよとみ さだこ / とよとみ の さだこ) / 羽柴 完子(はしば さだこ、文禄元年(1592年)1月もしくは2月 - 万治元年8月18日(1658年9月15日))は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての女性。九条幸家の正室。従二位。院号は天真院。豊臣秀頼の義姉・従姉・従姪、千姫・徳川家光・徳川忠長・徳川和子(東福門院)らの異父姉、明正天皇の伯母にあたる。

見る 初姫と豊臣完子

葵 徳川三代

『葵 徳川三代』(あおい とくがわさんだい)は、NHKで2000年1月9日から12月17日に放送された39作目の大河ドラマ。

見る 初姫と葵 徳川三代

江〜姫たちの戦国〜

『江〜姫たちの戦国〜』(ごう ひめたちのせんごく)は、2011年(平成23年)1月9日から同年11月27日まで放送された、NHK大河ドラマ第50作。主演は上野樹里。

見る 初姫と江〜姫たちの戦国〜

春日局

春日局/斎藤福(かすが の つぼね/さいとう ふく、天正7年〈1579年〉 - 寛永20年9月14日〈1643年10月26日〉)は、安土桃山時代から江戸時代前期の江戸幕府3代将軍・徳川家光の乳母。「春日局」とは朝廷から賜った称号である。 父は美濃国の名族斎藤氏(美濃守護代)の一族で明智光秀の重臣であった斎藤利三、母は稲葉良通(一鉄)の娘である安、又は稲葉一鉄の姉の娘於阿牟(おあむ)、養父は稲葉重通。稲葉正成の妻で、正勝・正定・正利の母。養子に堀田正俊。江戸城大奥の礎を築いた人物であり、松平信綱・柳生宗矩と共に家光を支えた「鼎の脚」の一人に数えられた。また、朝廷との交渉の前面に立つ等、徳川政権の安定化に寄与した。

見る 初姫と春日局

春日局 (NHK大河ドラマ)

『春日局』(かすがのつぼね)は、1989年1月1日から12月17日にNHKで放映された第27作の大河ドラマ。主演は大原麗子。橋田壽賀子によるオリジナル脚本。

見る 初姫と春日局 (NHK大河ドラマ)

浅井三姉妹

北ノ庄城址(柴田神社)に立つ「三姉妹像」。浅井三姉妹を象ったもの(向かって左より茶々、江、初)。 浅井三姉妹(あざいさんしまい)は、戦国時代の武将浅井長政と正室市との間に生まれた3人の娘、茶々、初、江を指す。それぞれ豊臣秀吉・京極高次・徳川秀忠の妻(正室・側室)となった。天下統一を進めた織田信長の姪という血筋に生まれ、2度の戦国大名家の没落や落城、両親の死を経験し、その後天下をめぐる豊臣家(羽柴家)と徳川家の天下の覇権争いに深く関わったことから、母・市と並んで戦国の女性の代名詞として語られることが多い。

見る 初姫と浅井三姉妹

文英尼

文英尼(ぶんえいに、慶長14年(1609年) - 延宝8年(1680年))は、江戸時代初期の女性。 父は園基任。はじめ、中和門院(近衛前子)に女官として仕えていた。その後、正室である徳川秀忠の娘・初姫を病気で亡くした京極忠高に後室として嫁いだと思われる。 寛永14年(1637年)に忠高が死去すると出家し、文英尼と号した。万治2年(1659年)、修学院離宮を後水尾天皇から譲渡され、輪王寺宮守澄法親王の補助を受け、景川宗隆を開基として大悲山円通寺とした。寛文2年(1662年)には霊元天皇の行幸を受ける。 姉に後水尾天皇典侍園光子(壬生院)がおり、後光明天皇の叔母にあたる。兄の園基音の娘が園国子(新広義門院)であり、霊元天皇の大叔母であることもあり、霊元天皇の乳母となる。

見る 初姫と文英尼

興安院 別名。