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僧伽 (僧)
僧伽(そうぎゃ、628年 - 710年(景龍4年))は、中国の唐代に西域より渡来した神異の僧である。
見る 万廻と僧伽 (僧)
風狂
風狂(ふうきょう)は、中国の仏教、特に禅宗において重要視される、仏教本来の常軌(戒律など)を逸した行動を、本来は破戒として否定的にとり得るものを、その悟りの境涯を現したものとして肯定的に評価した用語である。禅宗とともに日本にも伝わり、一休宗純がその代表者である。 本来、風狂という用語は仏教語ではない。「風」字も「狂」字と同様に風疾あるいは瘋疾の意味である。瘋癲や癲狂と同義語である。雅やかで世俗を超越したさまを表す「風流」とは本来、用法が異なっている。但し、日本では、江戸時代になって、松尾芭蕉の俳風に用いられたりして、風流と同義語の如く扱われるようになった。 風狂の風は、古くは中国への仏教伝来より余り時間の経過していない東晋頃より南北朝にかけて、すでに史伝に現れている。
見る 万廻と風狂
景徳伝灯録
『景徳伝灯録』(けいとくでんとうろく、旧字体:景德傳燈錄、全30巻)は、中国北宋代に道原によって編纂された、禅宗を代表する灯史。 過去七仏から天台徳韶門下に至る禅僧その他僧侶の伝記を収録している。多くの禅僧の伝記を収録しているため、俗に「1,700人の公案」と呼ばれているが、実際に伝のあるものは965人である。 景徳元年(1004年)に道原が朝廷に上呈し、楊億等の校正を経て1011年に続蔵に入蔵を許されて天下に流布するようになったため、年号をとって『景徳伝灯録』と呼ばれるようになった。これ以降、中国禅宗では燈史の刊行が相次ぎ、それはやがて公案へと発展した。『景徳伝灯録』は現在もなお、禅宗を研究する上で代表的な資料であり、必ず学ぶべきものとされるが、内容には必ずしも史実とは限らない部分もある。
見る 万廻と景徳伝灯録

