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APTO

索引 APTO

APTO(エーピーティーオー、Asia Pacific Technical Operations)は、かつてのIBMアジア・パシフィックの開発製造の総称であった。 日本ではIBM東京基礎研究所および日本IBM大和事業所、日本IBM藤沢事業所、日本IBM野洲事業所が含まれていた。 1983年に設立され三井信雄が常務取締役開発・製造・事業推進担当として統括した。APTOの概略に関しては、日本IBMの顧客向け技術情報誌IBM ProVISIONのNo.44 (Winter 2005) のp20に「日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、日本IBM)の研究開発を担うAPTO(Asia Pacific Technical Operations)の拠点は、神奈川県大和市にあります。ここが北米・ヨーロッパなどのIBM研究所と比べて大きく異なるのは、基礎研究・ハードウェア開発・ソフトウェア開発・製造技術のすべてが1か所に集結していることです。」との記述がある。

目次

  1. 7 関係: 三井信雄IBMIBM東京基礎研究所日本アイ・ビー・エム日本IBM大和事業所日本IBM藤沢事業所日本IBM野洲事業所

三井信雄

三井 信雄(みい のぶお、1931年7月4日 - 2015年7月14日 IBM 2015年7月17日)は日本出身の技術者、技術系管理者を経て、実業家。NHKで番組編成補助・自動送出などのコンピュータ化を行い、IBMで技術系部門の高級管理者として活躍し、IBM退社後には技術系投資ファンドを管理。

見る APTOと三井信雄

IBM

IBM(アイビーエム、正式名: International Business Machines Corporation)は、アメリカ合衆国ニューヨーク州アーモンクに本社を置くテクノロジー関連企業。世界170か国以上で事業を展開する典型的な多国籍企業であり、世界最大手規模のIT企業。IBMの愛称はビッグブルー、IBM社員の愛称はIBMer。行動指針は、「お客様の成功に全力を尽くす」「私たち、そして世界に価値あるイノベーション」「あらゆる関係における信頼と一人ひとりの責任」。社員への教育理念は、「教育に飽和点はない」。社員の文化として、何ものにもとらわれず「野鴨」、「'''THINK'''」などがあり、これらは創業時から100年以上続いている。

見る APTOとIBM

IBM東京基礎研究所

IBM東京基礎研究所(アイビーエムとうきょうきそけんきゅうじょ、英語:IBM Research - Tokyo)は、IBMの世界で12か所ある主な基礎研究所の一つ。2009年まではIBM Tokyo Research Laboratory(TRL)と呼ばれていた。 IBM研究部門(IBM Research)の支部で約200名の研究者が在籍している。 Japan Science Institute (JSI) として1982年に東京都千代田区三番町に設立され、1986年にIBM Tokyo Research Laboratory と改称された。1992年に神奈川県大和市に移転し、2012年に東京都江東区豊洲に移転した。2015年に東京都中央区日本橋箱崎町にある日本IBM本社内に移転した。

見る APTOとIBM東京基礎研究所

日本アイ・ビー・エム

日本アイ・ビー・エム株式会社(にほんアイビーエム、日本IBM株式会社、英文表記:IBM Japan, Ltd.)は、米IBM(IBM Corporation)の日本法人。米IBMの100%子会社である有限会社アイ・ビー・エム・エイピー・ホールディングス(APH。後述のIBM APとは別の日本法人)の100%子会社であり、米IBM社の孫会社にあたる。

見る APTOと日本アイ・ビー・エム

日本IBM大和事業所

日本IBM大和事業所(にほんアイビーエムやまとじぎょうしょ)は神奈川県大和市(大和市下鶴間1623-14)にかつて存在した、日本アイ・ビー・エム(米国IBMの日本法人)の事業所。 2012年7月に「IBM東京ラボラトリー」が日本IBM豊洲事業所内に開設され、本事業所は閉鎖された。現在は建物を土地所有者の三機工業が研究所として利用している。

見る APTOと日本IBM大和事業所

日本IBM藤沢事業所

日本IBM藤沢事業所(にほんアイビーエムふじさわじぎょうしょ)は神奈川県藤沢市(桐原町1番地)にかつて存在した、日本アイ・ビー・エム(米国IBMの日本法人)の事業所。コンピュータ関連の工場と開発研究所があった。 2002年12月、日立製作所がIBMのハードディスク部門(IBM藤沢工場を含む)を買収し、その直前に日立製作所が自社のハードディスク部門を分社した新会社である日立グローバルストレージテクノロジーズ(日立GST)に統合されその拠点(日本法人である株式会社日立グローバルストレージテクノロジーズ)となった。その後、日立GSTがウエスタンデジタル(WD)に買収されたことに伴い株式会社HGSTジャパンへ商号変更、その後WD内でHGSTが吸収されたことにより現在はウエスタンデジタルテクノロジーズ合同会社の事業所となっている。

見る APTOと日本IBM藤沢事業所

日本IBM野洲事業所

日本IBM野洲事業所(にほんアイビーエムやすじぎょうしょ)は滋賀県野洲市にかつて存在した、日本アイ・ビー・エム(米国IBMの日本法人)の事業所。 2005年8月に京セラに売却され、2007年7月本事業所は閉鎖された。

見る APTOと日本IBM野洲事業所