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肱川町

索引 肱川町

肱川町(ひじかわちょう)は、愛媛県の南予地方にあった町。肱川の中流域に位置する。2005年(平成17年)1月11日、大洲市、長浜町、河辺村と合併し、新しい大洲市となった。.

41 関係: 南予地方大川村 (愛媛県)大谷村 (愛媛県)大洲市宇和川村平成五十崎町マツツツジ喜多郡内子町道の駅道の駅清流の里ひじかわ西予市貝吹村肱川野村町長浜町 (愛媛県)横林村段丘河辺川河辺村 (愛媛県)明治昭和愛媛県愛媛県の廃止市町村一覧11月3日12月15日1889年1943年1948年1951年1955年1959年1月11日1月1日2005年2月11日4月1日4月29日

南予地方

拡大表示(SVGファイル対応ブラウザのみ) 南予地方(なんよちほう)とは、愛媛県南部の通称である。 愛媛県を東予地方、中予地方、南予地方と3つに分割した一つで、大洲市、八幡浜市、宇和島市、西予市、喜多郡(内子町)、西宇和郡(伊方町)、北宇和郡(鬼北町・松野町)、南宇和郡(愛南町)にて構成される。 江戸時代の大洲藩とその支藩の新谷藩、宇和島藩とその支藩の伊予吉田藩の知行域にほぼ相当する。廃藩置県後は宇和島県などを経て愛媛県となった。.

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大川村 (愛媛県)

大川村(おおかわむら)は、愛媛県喜多郡にあった村。現在の大洲市中部の山間部にあたる。.

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大谷村 (愛媛県)

大谷村(おおたにむら)は、愛媛県喜多郡にあった村。現在の大洲市肱川町大谷にあたる。.

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大洲市

大洲市(おおずし)は、愛媛県の南予地方に位置する市。「伊予の小京都」と呼ばれる。肱川の流域にある大洲城を中心に発展した旧城下町である。.

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宇和川村

宇和川村(うわがわむら)は、愛媛県喜多郡にあった村。現在の大洲市の南東部、肱川と小田川の合流点の上流にあたる。.

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平成

平成(へいせい)は日本の元号の一つ。昭和の後。今上天皇在位中の1989年(平成元年)1月8日から現在に至る。2001年(平成13年)の始まりには西暦における20世紀から21世紀への世紀の転換もあった。2019年(平成31年)4月30日に今上天皇退位により終了する予定であり、予定通り終了した場合、30年113日間(=11,070日間)にわたることとなる。なお、日本の元号では昭和(64年)、明治(45年)、応永(35年)に次いで4番目の長さである(5番目は延暦の25年)。 西暦2018年(本年)は平成30年に当たる。本項では平成が使われた時代(平成時代)についても記述する。.

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五十崎町

五十崎町(いかざきちょう)は愛媛県の南予地方にかつて存在した町である。まわりを緑の山々に囲まれた人口6,000人弱の典型的な中山間地ながら、清流小田川と大凧合戦の里としての町づくりを進めてきた。.

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マツ

マツ属(マツぞく、学名:)は、マツ科の属の一つ。マツ科のタイプ属である。日本に広く分布するアカマツ、クロマツは英語でそれぞれJapanese red pine、Japanese black pineと呼ばれる。.

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ツツジ

ツツジ(躑躅)とはツツジ科の植物であり、学術的にはツツジ属(ツツジ属参照)の植物の総称である。ただしドウダンツツジのようにツツジ属に属さないツツジ科の植物にもツツジと呼ばれるものがあるので注意が必要である。 主にアジアに広く分布し、ネパールでは国花となっている。日本ではツツジ属の中に含まれるツツジやサツキ、シャクナゲを分けて呼ぶ慣習があるが、学術的な分類とは異なる。最も樹齢の古い古木は、800年を超え1,000年に及ぶと推定される。.

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喜多郡

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内子町

内子町(うちこちょう)は、愛媛県の南予地方に位置する町。ハゼの流通で財をなした商家が建ち並ぶ町並み保存を手かがりに、白壁と木蝋のまちづくりを進めてきた。今日では、町並みから村並みへ、エコロジータウンうちこをキャッチフレーズとし、農村景観保全や農産物の直売、農村民泊、グリーンツーリズムなどの、交流人口の受け入れ、第一次産業の活性化などの取組みで全国的にも知られている。.

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(まち)は、市街地やその区画。小規模な都市や、あるいは都市の一部の狭い区画についていうことが比較的多い。 また、日本の基礎自治体の一種。「町」の読みは一般には「まち」だが、複合語や、個別の町については「ちょう」と読むものも多い(下記、#行政町参照)。なお、日本以外の基礎自治体は規模によって細分されていないことも多く、細分されている場合でも日本とは名称や基準が異なる。基礎自治体を参照。.

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道の駅

道の駅の一例。道の駅信州蔦木宿 道の駅の登録証の一例(道の駅みくに) 道の駅(みちのえき)は、日本の各自治体と道路管理者が連携して設置し、国土交通省(制度開始時は建設省)により登録された、商業施設・休憩施設・地域振興施設・駐車場等が一体となった道路施設である。道路利用者のための「休憩機能」、道路利用者や地域の人々のための「情報発信機能」、道の駅を核としてその地域の町同士が連携する「地域の連携機能」という3つの機能を併せ持ち、2018年4月25日付時点の全国登録数は、1,145箇所ある。.

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道の駅清流の里ひじかわ

道の駅清流の里ひじかわ(みちのえき せいりゅうのさとひじかわ)は、愛媛県大洲市肱川町宇和川にある国道197号の道の駅である。.

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西予市

西予市(せいよし)は、愛媛県の南西部に位置する市。.

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貝吹村

貝吹村(かいふきむら)は、1955年(昭和30年)まで愛媛県東宇和郡にあった村であり、現在の西予市の中東部、宇和川左岸の農山村である。昭和の合併で野村町(一部は肱川村(のちの肱川町、現大洲市)へ編入)、さらに平成の合併で西予市となり、現在に至っている。.

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肱川

肱川(愛媛県大洲市) 臥龍淵 不老庵が建つ 肱川(ひじかわ)は、愛媛県南予地方を流れる肱川水系の本流で、一級河川。.

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野村町

野村町(のむらちょう)はかつて愛媛県東宇和郡に存在した町。近隣の東宇和郡4町と西宇和郡三瓶町との5町合併により自治体としては消滅し、旧町域は西予市野村町となった。 畜産(乳用牛)並びに養蚕で栄え、「ミルクとシルクのまち」として活性化を図ってきた。.

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長浜町 (愛媛県)

長浜町(ながはまちょう)は、愛媛県の南予地方にあった町。2005年(平成17年)1月11日、大洲市、肱川町、河辺村と合併し、新しい大洲市の一部となった。.

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横林村

横林村(よこばやしむら)は、1955年(昭和30年)まで愛媛県東宇和郡にあった村であり、現在の西予市の東部、宇和川と黒瀬川とが合流する地点に位置する農山村である。昭和の合併で野村町(一部は肱川村(のちの肱川町、現大洲市)へ編入)、さらに平成の合併で西予市となり、現在に至っている。.

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段丘

段丘(だんきゅう、terrace)は、川・湖沼・海・谷筋に沿って分布する階段状の地形である。ほぼ水平で平坦な段丘面(だんきゅうめん)と、その周囲の急斜面である段丘崖(だんきゅうがい)とからなる。以下のように区分される。.

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河辺川

河辺川(かわべがわ)は、京都府舞鶴市を流れる二級水系の本流。.

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河辺村 (愛媛県)

河辺村(かわべむら)は、愛媛県の南予地方にあった村。2005年(平成17年)1月11日、大洲市、長浜町、肱川町と合併し、新しい大洲市となる。.

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明治

明治(めいじ)は日本の元号の一つ。慶応の後、大正の前。新暦1868年1月25日(旧暦慶応4年1月1日/明治元年1月1日)から1912年(明治45年)7月30日までの期間を指す。日本での一世一元の制による最初の元号。明治天皇在位期間とほぼ一致する。ただし、実際に改元の詔書が出されたのは新暦1868年10月23日(旧暦慶応4年9月8日)で慶応4年1月1日に遡って明治元年1月1日とすると定めた。これが、明治時代である。.

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昭和

昭和(しょうわ)は日本の元号の一つ。大正の後、平成の前。昭和天皇の在位期間である1926年(昭和元年)12月25日から1989年(昭和64年)1月7日まで。20世紀の大半を占める。 昭和は、日本の歴代元号の中で最も長く続いた元号であり、元年と64年は使用期間が共に7日間であるため実際の時間としては62年と14日となる。なお、外国の元号を含めても最も長く続いた元号であり、歴史上60年以上続いた元号は日本の昭和(64年)、清の康熙(61年)および乾隆(60年)しかない。 第二次世界大戦が終結した1945年(昭和20年)を境にして近代と現代に区切ることがある。.

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愛媛県

愛媛県(えひめけん)は、日本の都道府県の一つで四国地方の北西部から北中部に位置する県。県庁所在地は松山市。令制国の伊予国に当たる。.

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愛媛県の廃止市町村一覧

愛媛県の廃止市町村一覧(えひめけんのはいししちょうそんいちらん)は愛媛県における市制・町村制施行(1889年4月1日)後に、市町村合併や他の自治体に統合されることなどにより廃止した市町村の一覧である。単なる名称の変更は対象としない。.

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11月3日

11月3日(じゅういちがつみっか)はグレゴリオ暦で年始から307日目(閏年では308日目)にあたり、年末まであと58日ある。.

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12月15日

12月15日(じゅうにがつじゅうごにち)はグレゴリオ暦で年始から349日目(閏年では350日目)にあたり、年末まであと16日ある。.

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1889年

記載なし。

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1943年

記載なし。

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1948年

記載なし。

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1951年

記載なし。

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1955年

記載なし。

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1959年

記載なし。

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1月11日

1月11日(いちがつじゅういちにち)はグレゴリオ暦で年始から11日目に当たり、年末まであと354日(閏年では355日)ある。誕生花はミスミソウ、セリ。.

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1月1日

1月1日(いちがつついたち)はグレゴリオ暦で年始から1日目に当たり、年末まであと364日(閏年では365日)ある。誕生花は松(黒松)、または福寿草。 キリスト教においては生後8日目のイエス・キリストが割礼と命名を受けた日として伝えられる。.

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2005年

この項目では、国際的な視点に基づいた2005年について記載する。.

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2月11日

2月11日(にがつじゅういちにち)は、グレゴリオ暦で年始から42日目にあたり、年末まであと323日(閏年では324日)ある。.

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4月1日

4月1日(しがつついたち)は、グレゴリオ暦で年始から91日目(閏年では92日目)にあたり、年末まであと274日ある。誕生花はカスミソウ、クロッカス。 日本や一部の国では4月1日は会計年度・学校年度の初日である。この日は政府機関、企業などで多くの制度の変更、新設、発足が行われ、異動や新入学など大きな変化が起こる日である。.

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4月29日

4月29日(しがつにじゅうくにち)は、グレゴリオ暦で年始から119日目(閏年では120日目)にあたり、年末まではあと246日ある。誕生花はフジ、ミヤコグサ。.

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