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豫園

索引 豫園

豫園(よえん、、)は中華人民共和国上海市黄浦区安仁街に位置する明代の庭園。 「豫」は愉を示し、すなわち「楽しい園」という意。面積は約2万m2。もとは四川布政使(四川省長にあたる)の役人であった潘允端が、刑部尚書だった父の潘恩のために贈った庭園で、1559年(嘉靖38年)から1577年(万暦5年)の18年の歳月を費やし造営された。完成した時には父は没していたといわれる。清代初頭、潘氏が衰えると荒廃するが、1760年(乾隆25年)、上海の有力者たちにより再建され、豫園は南に隣接する上海城隍廟の廟園となり「西園」と改称された。当時は現在の2倍の広さがあった。1853年(咸豊3年)園内の点春楼に小刀会の司令部が置かれた。1956年、西園の約半分を庭園として改修整備し現在の豫園となる。残りの部分が豫園商城となる。1961年に一般開放され、1982年は国務院により全国重点文物保護単位となる。入園には大人40元。子供20元。 龍は皇帝以外使ってはいけないとされる生き物であったが、皇帝が使用する龍は5本指に対し、龍壁の龍の指は三本指であり格下の龍とされる。 装飾や様式は伝統的(中華-上海的)でありつつ、周辺は中華的な高層建築物が並んでおり、観光地として豫園商城と呼ばれている。お土産物店や飲食店が軒を連ね、小籠包の本家を名乗る南翔饅頭店などがある。.

28 関係: 南翔饅頭店小刀会上海城隍廟上海市中華人民共和国中華人民共和国全国重点文物保護単位中華人民共和国国務院万暦九曲橋平方メートル乾隆庭園嘉靖咸豊四川省高層建築物豫園商城黄浦区蘇州古典園林1559年1577年1760年1853年1956年1961年1982年

南翔饅頭店

南翔饅頭店(なんしょうまんとう てん、旧名: 長興樓)は、上海の小籠包専門店。創業100年以上の老舗として知られ、本店は上海中心部旧市街の観光地豫園。 中国国内の各地に支店を設け、中国国外にも進出。日本では東京、川崎、大阪、福岡で五店舗があるほか、ソウル、ジャカルタ、シンガポールに支店・提携店がある。.

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小刀会

小刀会は清代の秘密結社である。最も早い記述は1742年に見られる。主に江蘇省・安徽省・福建省・台湾で活動を行った。最初は互助的なもので反清復明とは無関係だったが、1850年に陳慶真が廈門で天地会の分枝としての小刀会を成立させ、それが上海の農民・遊民・手工業者・商人に広まっていった。.

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上海城隍廟

上海城隍廟(シャンハイじょうこうびょう、、)は、俗称は、老城隍廟といい、上海の著名な観光地であり、道教の正一教の重要な宮観(道教の建物)である。 老城隍廟は黄浦区の豫園および豫園商城に隣接した地にある。金山神廟として、漢の大司馬霍光が祀られていたが、明の永楽年間に金山神廟から改築して城隍廟となる。城隍廟内には、霍光、秦裕伯、陳化成の三体(上海三大城隍)が奉られている。清の道光年間には、老城隍廟は全盛を極め、占有面積は約50畝(ムー)まで達した。文化大革命の時に、老城隍廟は襲撃を受けて、神像は破壊され、廟の建物は他の用途に流用された。1994年老城隍廟は修復されて、再び道教の寺院となった。現在、老城隍廟は霍光殿、甲子殿、財神殿、慈航殿、城隍殿、娘娘殿などの殿堂を有し、総面積は約1,000m2余。 老城隍廟の周辺の廟・寺の縁日は、次第に上海の最も古い商業地区として発展し、各種の軽食レストラン、骨董の店舗と日用雑貨の市場がずらりと並んで、小籠包、梨膏糖、五香豆などの食品が最も有名である。 Category:上海の建築物 Category:中国の道観 Category:霊廟 Category:黄浦区 Category:上海の歴史.

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上海市

上海市(シャンハイし、、 ()、呉語発音: 、)は、中華人民共和国の直轄市である。 有数の世界都市であり、同国の商業・金融・工業・交通などの中心地、香港・北京と並ぶ中国最大の都市の一つである。アメリカのシンクタンクが2017年に発表した総合的な世界都市ランキングにおいて、世界9位と評価された。 2012年6月時点の常住人口は2,400万人を超え、市内総生産は2兆3,560億元(約45兆円)であり、いずれも首都の北京市を凌ぎ中国最大である。中華人民共和国国務院により国家中心都市の一つに指定されている。 略称は滬(/こ:フー)だが、古称の申(しん:シェン)も用いられる。.

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中華人民共和国

中華人民共和国(ちゅうかじんみんきょうわこく、中华人民共和国、中華人民共和國、People's Republic of China, PRC)、通称中国(ちゅうごく、China)は、東アジアに位置する主権国家である。 中華人民共和国は、13億8千万人以上の人口で世界一人口が多い国である。中華人民共和国は、首都北京市を政庁所在地とする中国共産党により統治されるヘゲモニー政党制である。.

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中華人民共和国全国重点文物保護単位

全国重点文物保護単位(ぜんこくじゅうてんぶんぶつほごたんい、)は、中華人民共和国の文化遺産保護制度の一つ。中華人民共和国国務院が制定した文化遺産保護制度のうち、国家級の文化遺産に対して制定される名称。現在4296件がリストされている。1961年より七次にわたって公布されている。 中国の文化遺産保護制度は、主に次の4項目から成り立っている。;文物保護単位;歴史文化都市;歴史文化地区;風景名勝区.

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中華人民共和国国務院

中華人民共和国国務院(ちゅうかじんみんきょうわこくこくむいん、簡:)は、中華人民共和国の最高国家行政機関。他国における内閣に相当する。国務院とも略称する。中華人民共和国の建国初期には政務院と称していた。.

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万暦

万暦(ばんれき)は中国、明代の元号(1573年 - 1620年7月)。第14代皇帝神宗の在位中に使われた。このため神宗は万暦帝と呼ばれる。 本来、1620年いっぱい使われる予定であったが、万暦帝の後を継いだ光宗は即位の1か月後に急死したため、光宗独自の年号を立てる年が無くなってしまった。そのため、大臣の群議で万暦48年(1620年)の8月以降を泰昌元年とした。詳しくは、泰昌を参照。.

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九曲橋

九曲橋(きゅうきょくばし、、Nine-turn bridge or Zigzag bridge)は太鼓橋と共に中国庭園によくみられる人が通る橋で、上から見ると橋がギザギザに曲がっていて、歩く時に四方がよく見えるようになっているもの。多くは石かコンクリートでできていて、欄干がきれいに装飾されている。。曲がる角度は直角のこともあるし、他の角度もあり、また稀に曲線の場合もある。特に宋代の庭園に顕著であるといわれる。.

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平方メートル

平方メートル(へいほうメートル、square metre)は、計量法および国際単位系 (SI) における面積の単位である。1平方メートルは、「辺の長さが一メートルの正方形の面積」と定義される。 日本では、メートルを「米」と書くことから、「平方米」を略して平米(へいべい、へーべー)と略したり発音される場合もある。ただし計量法では、「平米」の表記も「へいべい」、「へーべー」の読みも認められていない。 平方メートルの単位記号は、mである。大文字によるMは用いることはできない。 1平方メートルは以下に等しい。.

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乾隆

乾隆(けんりゅう、満洲語:、転写:abkai wehiyehe)は、清の高宗の治世中に使われた元号。1736年 - 1795年。一世一元の制であったため高宗は乾隆帝と称される。 中国史上、康熙に次いで2番目に長く用いられた元号である。.

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庭園

庭園(ていえん)は、見て、歩いて楽しむために、樹木を植えたり、噴水・花壇を作ったりなど、人工的に整備された施設。日本では、自然を模して川・池・築山などが作られ、木や草が植えられているものもある。.

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嘉靖

嘉靖(かせい)は中国、明代の元号(1522年 - 1566年)。第12代皇帝世宗の在位中に使われた。このため世宗は嘉靖帝と呼ばれる。.

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咸豊

咸豊(かんぽう、満州語:、転写:gubci elgiyengge)は清の文宗の治世中に使われた元号。1851年 - 1861年。一世一元の制を採用していたため文宗は咸豊帝と称される。.

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四川省

三星堆遺跡の青銅仮面 四川省の伝統芸能『川劇』 四川省(しせんしょう、、、)は、中華人民共和国西南部に位置する省。略称は川あるいは蜀。省都は成都。西北部はチベットの伝統的な地方区分でいうアムド地方の東南部、西部はカムの東部にあたる。また、東部の重慶は直轄市として1997年に分離した。.

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高層建築物

層建築物(こうそうけんちくぶつ)は、高さによって建築物を区分する際の一区分で、中層建築物を超える高さを有する建築物を指す。超高層建築物と区別する場合には、中層と超高層の間の高さを有する建築物を指す。高層ビル(こうそうビル)ともいう。.

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豫園商城

上海豫園旅游商城股份有限公司(シャンハイよえんりょゆうしょうじょう、、Shanghai Yuyuan Tourist Mart Company Limited)は、上海証券取引所の上場企業(上海証券取引所:600655)である。中国上海市黄浦区の豫園商城(、英語名:Yuyuan Tourist Mart)を建設、経営管理していて、真珠等の宝石、飲食、医薬、百貨、食品などの販売、不動産、輸出入貿易、金融投資などを行っている企業である。.

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黄浦区

浦区(こうほく、、、)は中華人民共和国上海市に位置する市轄区である。.

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蘇州古典園林

蘇州古典園林(そしゅうこてんえんりん)は、ユネスコの世界遺産に登録されている、中国の江蘇省蘇州市にある歴史的な庭園の総称。蘇州古典庭園とも。.

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清(しん)は、清朝、大清、清国、大清帝国、清王朝ともいい、1616年に満洲において建国され、1644年から1912年まで中国とモンゴルを支配した最後の統一王朝である。首都は盛京(瀋陽)、後に北京に置かれた。満洲族の愛新覚羅氏(アイシンギョロ氏)が建てた征服王朝で、満洲語で(ラテン文字転写:daicing gurun、カタカナ転写:ダイチン・グルン、漢語訳:大清国)といい、中国語では大清(、カタカナ転写:ダァチン)と号した。.

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明(みん、1368年 - 1644年)は、中国の歴代王朝の一つである。明朝あるいは大明とも号した。 朱元璋が元を北へ逐って建国し、滅亡の後には清が明の再建を目指す南明政権を制圧して中国を支配した。.

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1559年

記載なし。

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1577年

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1760年

記載なし。

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1853年

記載なし。

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1956年

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1961年

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1982年

この項目では、国際的な視点に基づいた1982年について記載する。.

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