47 関係: 南日本新聞、塚本邦雄、太田水穂、室生犀星、中井英夫、四賀光子、猪熊葉子、菱川善夫、迢空賞、葛原妙子賞、折口信夫、東京、東京市、東京都立白鴎高等学校・附属中学校、森岡貞香、歌人、潮音、本郷区、日本歌人クラブ賞、1907年、1910年、1924年、1926年、1927年、1939年、1944年、1945年、1947年、1948年、1950年、1954年、1956年、1957年、1960年、1963年、1964年、1970年、1971年、1974年、1977年、1978年、1981年、1982年、1983年、1985年、2月5日、9月2日。
南日本新聞
南日本新聞(みなみにっぽんしんぶん)は、南日本新聞社が編集・発行する鹿児島県の地方新聞である。発行部数は約35万2000部(2014年1〜6月現在)であり、九州の地方新聞としては、福岡県の西日本新聞に次ぐ発行部数である。 地元での略称は「みなみ(ミナミ)」「南日(なんにち)」。.
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塚本邦雄
塚本 邦雄(つかもと くにお、1920年8月7日 - 2005年6月9日)は、日本の歌人、詩人、評論家、小説家。 寺山修司、岡井隆とともに「前衛短歌の三雄」と称され、独自の絢爛な語彙とイメージを駆使した旺盛な創作を成した。若い頃の別名に碧川瞬、火原翔(この二つは、日本現代詩歌文学館にて確認 )、菱川紳士( 士 は省かれる場合もある )等があり、晩年の教授時代の学生たちとの歌会では鴻池黙示を好んで使った。それでも、著書目録にある単行本や文庫本には、これらの著者名で出版されたものはない。 長男は作家の塚本靑史。.
太田水穂
太田 水穂(おおた みずほ、1876年(明治9年)12月9日 - 1955年(昭和30年)1月1日)は、日本の歌人、国文学者。本名は太田貞一、別号・みづほのや。.
室生犀星
室生 犀星(むろう さいせい、本名: 室生 照道〈てるみち〉、1889年〈明治22年〉8月1日 - 1962年〈昭和37年〉3月26日)は、石川県金沢市生まれの詩人・小説家。別号に「魚眠洞」。 姓の平仮名表記は、「むろう」が一般的であるが、犀星自身が「むろう」「むろお」の双方の署名を用いていたため、現在も表記が統一されていない。室生犀星記念館は「「むろお」を正式とするが、「むろお」への変更を強制するものではない」としている。.
中井英夫
中井 英夫(なかい ひでお、本名同じ、1922年(大正11年)9月17日 - 1993年(平成5年)12月10日)は、日本の短歌編集者、小説家、詩人。三大奇書とされる代表作の『虚無への供物』の作者として著名であるが、ノヴェレット主体のマニエリスティクな推理小説・幻想文学において知られている。別名に塔 晶夫(とう あきお)、碧川 潭(みどりかわ ふかし)、緑川弓雄、黒鳥館主人、流薔園園丁、月蝕領主、ハネギウス一世。.
四賀光子
四賀光子(しが みつこ、1885年4月21日 - 1976年3月23日)は、歌人。本名は有賀みつ。夫は太田水穂。「四賀」は父の出身地諏訪郡四賀村から。 長野県上水内郡長野町(現長野市)出身。長野師範学校女子部卒業後、長野で教師を務めているときに太田水穂と出会い、「この花会」に参加して作歌を始める。東京女子高等師範学校(現・お茶の水女子大学)卒業。1909年水穂と結婚。東京の成女高等女学校(現・成女学園中学校・成女高等学校)、東京府立第一高等女学校(現・東京都立白鴎高等学校・附属中学校)で教える。若山牧水主宰の歌誌『創作』を経て、1915年水穂の歌誌「潮音」創刊に参加。1955年水穂没後より同誌主宰。養子に太田青丘。門下に葛原妙子、山名康郎など。.
猪熊葉子
葉子(いのくま ようこ、1928年8月16日 - )は、日本近代文学、英近代文学、児童文学者、翻訳家、聖心女子大学名誉教授。.
菱川善夫
菱川 善夫(ひしかわ よしお、1929年6月3日 - 2007年12月15日)は日本の歌人・文芸評論家、国文学者。北海学園大学名誉教授。戦後の前衛短歌運動を批評の立場から推し進めた。.
迢空賞
迢空賞(ちょうくうしょう)は、日本の歌人・民俗学者・国文学者の釈迢空(折口信夫)にちなんで設けられた短歌の賞。.
葛原妙子賞
葛原妙子賞(くずはらたえこしょう)は、砂子屋書房が主催する、中堅女性歌人の優れた歌集を対象にした賞。歌人葛原妙子の業績を顕彰し、1991年に創設された河野愛子賞を衣替えする形で2005年にあらためて創設された。主催は砂子屋書房。前年1年間に刊行された歌集の中から選出される。同じく中堅の男性歌人の歌集を対象にした寺山修司短歌賞と一対をなす格好となっている。両賞の選考会および授賞式は同時に開催される。2013年度の選考委員は篠弘、佐佐木幸綱、小池光、花山多佳子。受賞者には賞状と副賞30万円が授与される。.
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折口信夫
折口 信夫(おりくち しのぶ、1887年(明治20年)2月11日 - 1953年(昭和28年)9月3日)は、日本の民俗学者、国文学者、国語学者であり、釈迢空(しゃく ちょうくう)と号した詩人・歌人でもあった。 彼の成し遂げた研究は「折口学」と総称されている。柳田國男の高弟として民俗学の基礎を築いた。みずからの顔の青痣をもじって、靄遠渓(あい・えんけい=青インク)と名乗ったこともある。 歌人としては、正岡子規の「根岸短歌会」、後「アララギ」に「釈迢空」の名で参加し、作歌や選歌をしたが、やがて自己の作風と乖離し、アララギを退会する。1924年(大正13年)北原白秋と同門の古泉千樫らと共に反アララギ派を結成して『日光』を創刊した。.
東京
西新宿東京スカイツリー/レインボーブリッジ渋谷/国会議事堂 東京(とうきょう、)は、日本の関東平野中央部の東京湾に面する都市、あるいは都市圏であり、江戸幕府の所在地・江戸が慶応4年7月(1868年9月)に「東京」に名称変更されたものである。 明治2年3月28日に、日本の都(みやこ)が京都から「東京」に遷された。そして現在の日本の事実上の首都である。 現在の東京は世界都市であり、都市圏として世界最大の人口・経済力を擁している。.
東京市
東京市役所(東京府庁との合同庁舎) 東京市(とうきょうし)は、旧東京府(現東京都)東部に1889年(明治22年)から1943年(昭和18年)までの間に存在していた市である。東京府の府庁所在地。最終的な市域は現在の東京都区部(東京23区)に相当する。 東京市が存在していた時期以外の旧東京市地域の歴史については東京都の歴史を参照のこと。旧東京市地域の現状については東京都区部を参照のこと。.
東京都立白鴎高等学校・附属中学校
東京都立白鴎高等学校・附属中学校(とうきょうとりつ はくおう こうとうがっこう・ふぞく ちゅうがっこう、英称:Tokyo Metropolitan Hakuo Senior High School - Junior High School)は、東京都台東区元浅草に所在する都立中学校・高等学校。.
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森岡貞香
森岡 貞香(もりおか さだか、女性、1916年3月4日 - 2009年1月30日)は、歌人。.
歌人
歌人(かじん)とは、和歌または短歌を詠む人物のことをいう。歌詠み(うたよみ)ともいう。.
潮音
『潮音』(ちょうおん)は日本の短歌結社誌。1915年(大正4年)7月に、太田水穂によって創刊された。.
本郷区
本郷区(ほんごうく、)とは、東京府東京市、東京都にかつて存在した区である。現在の文京区の東部に位置していた。.
日本歌人クラブ賞
日本歌人クラブ賞は、日本で最も古い歴史と最大の規模を持つ歌人の親睦団体である日本歌人クラブが主催する、中堅・ベテランの歌集を対象にした賞。年一回、前年度に刊行された個人の単独歌集から選ばれる。1955(昭和30)年創設の「日本歌人クラブ推薦歌集」を名称変更し、1974(昭和49)年に改めて制定された。選考は、日本歌人クラブの中央幹事(理事に相当)、地方ブロック(北海道・東北・北関東・南関東・東京・甲信越・北陸・東海・近畿・中国・四国・九州の12ブロック)役員、過去の受賞者、名誉会員から事前にアンケートを募り、その結果を基に、日本歌人クラブの中央幹事および中央幹事会から指名された会員で構成された選考委員会が選考する。選考委員の任期は一年。2016年度の選考委員は三枝昂之、沢口芙美、平山公一、御供平佶。受賞者には、賞状と賞金10万円(2016年度)が授与される。 このほか、長年に渉り地道に短歌に励み、斯道に貢献した歌人を顕彰する日本歌人クラブ大賞(2013年度で第4回)、60歳以下の作者の処女歌集を対象にした日本歌人クラブ新人賞と(2013年度で第19回)、短歌や歌人に対する評論書や研究書を対象とした日本歌人クラブ評論賞(2013年度で第11回)がある。.
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1907年
記載なし。
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1910年
記載なし。
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1924年
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1926年
記載なし。
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1927年
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1939年
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1944年
記載なし。
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1945年
この年に第二次世界大戦が終結したため、世界史の大きな転換点となった年である。.
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1947年
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1948年
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1950年
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1954年
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1956年
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1957年
記載なし。
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1960年
アフリカにおいて当時西欧諸国の植民地であった地域の多数が独立を達成した年であることに因み、アフリカの年と呼ばれる。.
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1963年
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1964年
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1970年
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1971年
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1974年
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1977年
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1978年
記載なし。
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1981年
この項目では、国際的な視点に基づいた1981年について記載する。.
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1982年
この項目では、国際的な視点に基づいた1982年について記載する。.
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1983年
この項目では、国際的な視点に基づいた1983年について記載する。.
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1985年
この項目では、国際的な視点に基づいた1985年について記載する。.
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2月5日
2月5日(にがついつか)はグレゴリオ暦で年始から36日目に当たり、年末まであと329日(閏年では330日)ある。.
9月2日
9月2日(くがつふつか)はグレゴリオ暦で年始から245日目(閏年では246日目)にあたり、年末まではあと120日ある。.