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花柳流

索引 花柳流

花柳流(はなやぎりゅう)は、日本舞踊の流派のひとつ。門弟は全国に約2万人を数え、日本舞踊では最大の流派。嘉永2年(1849年)初代花柳芳次郎(後の初代花柳壽輔)が創始。家元は「花柳壽輔」の名跡を継承し、現在は五代目壽輔が家元の座にある。 西川流の有能な舞踊家だった西川芳次郎が、師の四代目西川扇蔵の急死によって起きた宗家相続争いで西川流を破門されたため、新たに「花柳」と改姓し興した流派。「花柳芳次郎」の名前が初めて世に出たのが嘉永2年(1849年)で、この頃までに花柳流が成立したと見られる。「花柳」という名称の由来には諸説あるが、通説では芳次郎が幼い頃から吉原に育ち、破門の後に一時芸妓に舞踊を教えた経験から、「花柳の廓」にちなんで付けられたということになっている。 踊りの特徴について二代目市川猿之助(初代猿翁)は、「他の流派に比べて細かい間のリズムが重視され、舞よりも踊りを重視している」と解説している。 確かな技量に加えて時の芸能界や政財界のトップを後援につけ、組織を全国に発展。古典舞踊の継承と共に時代に即した新しい舞踊を次々と生み出し、また日本の子供に日本舞踊を伝えることを流派全体の事業と位置づけている。.

27 関係: 名跡吉原遊廓家元不正競争防止法市川猿翁 (初代)判例嘉永片岡仁左衛門 (13代目)花街花柳壽輔花柳壽輔 (2代目)花柳壽輔 (3代目)花柳壽輔 (4代目)花柳壽輔 (5代目)花柳壽輔 (初代)花柳壽楽 (2代目)花柳寿楽 (3代目)花柳典幸花柳芳次郎花柳貴彦花柳錦之輔青山良彦西川流西川扇蔵自由国民社流派日本舞踊

名跡

名跡(みょうせき)は、家制度と密接に結びつき、代々継承される個人名。もしくは家名。「めいせき」と発音するのは誤り。.

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吉原遊廓

吉原の遊女(明治時代) 明治5年(1872年)頃の吉原の様子 広重『名所江戸百景』より「廓中東雲」(かくちゅうしののめ)。どこぞの商店の番頭か手代あたりでもあろうか、夜明け前、朝帰りの遊び人が仲之町(廓内のメインストリート)へと出てきたところ。 吉原遊廓(よしわらゆうかく)とは、江戸幕府によって公認された遊廓である。始めは江戸日本橋近く(現在の日本橋人形町)にあり、明暦の大火後、浅草寺裏の日本堤に移転し、前者を元吉原、後者を新吉原と呼んだ。元々は大御所・徳川家康の終焉の地、駿府(現在の静岡市葵区)城下にあった二丁町遊郭から一部が移されたのが始まり。.

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家元

家元(いえもと)とは、日本の芸道などを家伝として承継している家系のこと。またその家系の当主個人を指しても用いられる。.

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不正競争防止法

不正競争防止法(ふせいきょうそうぼうしほう、平成5年5月19日法律第47号)は、公正な競争と国際約束の的確な実施を確保するため、不正競争の防止を目的として設けられた、日本の法律である。経済産業省が所管する。 条文上は、その第1条(目的)に「この法律は、事業者間の公正な競争及びこれに関する国際約束の的確な実施を確保するため、不正競争の防止及び不正競争に係る損害賠償に関する措置等を講じ、もって国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。」と規定される。.

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市川猿翁 (初代)

初代 市川 猿翁(しょだい いちかわ えんおう、1888年(明治21年)5月10日 - 1963年(昭和38年)6月12日)は、明治から戦後昭和にかけて活躍した歌舞伎役者。屋号は澤瀉屋。定紋は澤瀉、替紋は三ツ猿。日本芸術院会員。本名は喜熨斗 政泰(きのし まさやす)、俳名は笑猿(しょうえん)。 「猿翁」は舞台で使われることが一度もなかった隠居名の名跡で、しかも改名直後に本人が死去したため実績もまったくない。逆に「猿之助」の方は53年間にわたって名乗り続けた名跡で、これが今日でも彼が二代目 市川 猿之助(にだいめ いちかわ えんのすけ)として語られることが多い所以である。 当代の二代目市川猿翁(三代目市川猿之助)と四代目市川段四郎の兄弟は孫にあたる。.

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判例

判例(はんれい)とは、.

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嘉永

嘉永(かえい)は日本の元号の一つ。弘化の後、安政の前。1848年から1855年までの期間を指す。この時代の天皇は孝明天皇。江戸幕府将軍は徳川家慶、徳川家定。.

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片岡仁左衛門 (13代目)

十三代目 片岡 仁左衛門(じゅうさんだいめ かたおか にざえもん、1903年(明治36年)12月15日 - 1994年(平成6年)3月26日)は、日本の歌舞伎役者。屋号は松嶋屋、定紋は七ツ割丸に二引。日本芸術院会員、重要無形文化財保持者(人間国宝)。本名は片岡 千代之助(かたおか ちよのすけ)。 昭和後期の歌舞伎界を支えた立役の名優。最晩年は完全に盲目だったにもかかわらず、立役として舞台活動を続けた。.

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花街

花街(花町とも書く)(かがい、はなまち)とは、芸妓屋、遊女屋が集まっている区域を指す名称である。花柳(かりゅう)という別称もある。売春防止法(1957年施行)までは多くの花街に芸妓と娼妓の両方がいたが、今日花街と呼ばれている地域は芸妓遊びのできる店を中心に形成される区域である西尾久美子 「伝統文化産業におけるキャリア形成と制度 -京都花街の芸舞妓の事例-」。なお、料理屋・待合茶屋・芸者屋(置屋)がまとめて「三業」と称されるため、花街のことを「三業地」ともいい、地域により茶屋と置屋で「二業地」と呼ぶ。.

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花柳壽輔

花柳 壽輔(はなやぎ じゅすけ、新字体:寿輔)は、花柳流宗家の家元が襲名する名跡。初代壽輔の師、七代目市川團十郎が、自らの俳号「壽海老人」の一字を贈ったことが由来である。「花柳壽輔」及び「花柳寿輔」は2008年12月より花柳寛の登録商標(登録番号5192213、5192215)。.

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花柳壽輔 (2代目)

二代目 花柳 壽輔(にだいめ はなやぎ じゅすけ、新字体:寿輔、1893年(明治26年)10月3日 - 1970年(昭和45年)1月22日)は、大正から昭和にかけて活躍した舞踊家。日本舞踊 花柳流の二世家元。本名は花柳 芳三郎(はなやぎ よしさぶろう)。 初代花柳壽輔と「とめ」という女性との間に晩年の一粒種として東京に生まれる。はじめ六代目尾上菊五郎に入門し、尾上 菊太郎(おのえ きくたろう)を名乗って歌舞伎役者になるが、父の死去後廃業し、大正7年(1918年)に二代目花柳壽輔を襲名、二世家元を継承する。その後は花柳舞踊研究会を興して新舞踊運動を先導した。1957年、日本芸術院賞を受賞。昭和35年(1960年)人間国宝。昭和38年(1963年)花柳壽輔の名跡を長女・若葉に譲り、自身は花柳 壽應(はなやぎ じゅおう、新字体:寿応)を名乗った。 四代目花柳芳次郎、二代目花柳壽樂、花柳宗岳、花柳寿南海、初代花柳寿美など多くの優秀な人材を育成した。.

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花柳壽輔 (3代目)

三代目 花柳 壽輔(さんだいめ はなやぎ じゅすけ、新字体:寿輔、1935年(昭和10年)1月10日 - 2007年(平成19年)5月23日)は、日本舞踊家。花柳流 宗家 家元三世。本名は花柳 若葉(はなやぎ わかば)。日本舞踊協会理事などを歴任し、日本舞踊の継承と発展に務めた。.

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花柳壽輔 (4代目)

花柳 寛(はなやぎ ひろし、1931年(昭和6年)3月22日 - )は、日本舞踊家。2016年6月に宗家家元の座と「壽輔」の名跡を孫の六代目花柳芳次郎に譲り、自らは2代目花柳 壽應(はなやぎ じゅおう)を襲名した。 1958年(昭和33年)の文部省芸術祭奨励賞、1985年(昭和60年)の国際エミー賞優秀賞、1989年(平成元年)のイタリア賞、1999年(平成11年)の舞踊芸術賞、2001年(平成13年)の日本芸術院賞などの受賞歴がある。2006年(平成18年)旭日小綬章受章。2011年には日本芸術院会員に推挙された。.

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花柳壽輔 (5代目)

五代目花柳 壽輔 (はなやぎ じゅすけ、1992年10月3日 - )は、東京都出身の日本舞踊家。本名は花柳創右(はなやぎ そうすけ)。四代目花柳壽輔を祖父に持ち、2016年6月、祖父の跡を継いて5代目花柳壽輔を襲名し、花柳流宗家家元の座についた。 2歳から日本舞踊を始め、2007年に14歳で花柳流で最も歴史のある流祖の名跡花柳芳次郎を祖父から継ぎ6代目芳次郎を歌舞伎座で襲名した。 早稲田大学人間科学部在学中は東日本大震災などの復興支援活動に取り組み、被災地で復興祈願公演なども行った。 大学主催の舞踊公演にも出演し、2015年には早稲田大学が主催したカザフスタンのバレエ学校公演において、日本側の代表として歓迎の踊りを見せた。 2013年に行われた流祖・初代花柳壽輔の生誕200年祭にて、4代目壽輔は6代目芳次郎を後継者に指名。さらに4代目壽輔は、2016年6月に5代目家元継承の儀式を行うことを明らかにした。.

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花柳壽輔 (初代)

初代 花柳 壽輔(しょだい はなやぎ じゅすけ、1821年3月22日(文政4年2月19日) - 1903年(明治36年)1月28日)は、日本舞踊家、振付師。日本舞踊花柳流の初世家元。江戸期から明治初期にかけて『勧進帳』『船弁慶』など多くの舞台において振付を行い、舞踊界、歌舞伎界の中心的な役割を果たした。 .

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花柳壽楽 (2代目)

二代目 花柳 壽楽(にだいめ はなやぎ じゅらく、新字体:壽樂、新字体:寿楽、1918年(大正7年)3月7日 - 2007年(平成19年)1月7日)は、昭和から平成にかけて活躍した日本舞踊 花柳流の舞踊家。人間国宝。本名は青山 次郎(あおやま じろう)。花柳流の伝統を継承して古典舞踊を伝えるとともに、創作舞踊にも積極的に取り組み、宝塚歌劇団の演目の振付なども行った。 講談師の三代目錦城斎典山(さんだいめ きんじょう さいてんざん)の次男として東京に生まれる。昭和7年(1932年)義兄にあたる二代目花柳壽輔に入門して師事するかたわら、1937年(昭和12年)には六代目尾上菊五郎が創設した日本俳優学校に修学、卒業後の昭和23年(1948年)初代花柳錦之輔(しょだい はなやぎ きんのすけ)を名乗り、花柳舞踊研究会の中心となった。 昭和40年(1965年)には花柳錦之輔の名跡を長男に譲り、自身は花柳壽樂の名跡を二代目として襲名。五代目花柳芳次郎とともに、家元を継いだばかりの姪・三代目花柳壽輔の後見人となった。昭和49年(1974年)紫綬褒章受章。平成14年(2002年)には人間国宝に認定、翌年には日本芸術院会員となっている。 平成19年(2007年)肺気腫のため死去、88歳だった。.

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花柳寿楽 (3代目)

3代目花柳 寿楽(3だいめ はなやぎ じゅらく、1967年(昭和42年)3月12日 - )は、花柳流の日本舞踊家・俳優。本名は青山典裕。旧芸名:青山裕一、花柳典裕。学習院大学経済学部卒。 1990年に3代目花柳錦之輔を襲名の後、2009年、3代目花柳寿楽を襲名。2012年、第1回花柳寿楽舞踊會において 三代目花柳寿輔の代表作である『夢殿』を、本来の形である 二代家元の振付で復活させ、その成果により芸術選奨文部科学大臣賞舞踊部門受賞。 二代目花柳錦之輔の子。祖父は2代目花柳壽楽、弟は花柳典幸、叔父は俳優の青山良彦。親戚には花柳流宗家家元3世花柳壽輔、十五代目片岡仁左衛門、お笑い芸人・タレントの西条凡児などがいる。 NHK「大河ドラマ」では順に、「大名」「征夷大将軍」「天皇」「公家」を演じている。 所属事務所はオフィス天童。.

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花柳典幸

花柳 典幸(はなやぎ のりゆき、1969年(昭和44年)8月16日 生 )は、花柳流の日本舞踊家。様々な舞台で踊る一方、商業演劇、テレビなどの振付、所作指導などを手掛けている。本名は青山典靖。 二代目花柳錦之輔の次男。兄は三代目花柳壽楽。祖父は人間国宝の二代目花柳壽楽、親類には花柳流三世宗家家元三代目花柳壽輔、十五代目片岡仁左衛門などがいる。 オフィス天童に所属。玉川大学文学部芸術学科卒。 妻は元宝塚歌劇団月組娘役で女優(現在は活動休止中)の西條三恵。.

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花柳芳次郎

花柳 芳次郎(はなやぎ よしじろう)は、日本舞踊・花柳流における名跡のひとつである。花柳流を創流した初代花柳壽輔が、壽輔を名乗る前の名前に由来し、花柳流においては最も古い名跡であり、花柳壽輔に次ぐ由緒ある名跡とされる。 二代目花柳芳次郎は初代壽輔の長男であり、瀬川路之丞の名で歌舞伎役者となったが、1873年に29歳で病死する。初代壽輔は養子を迎え三代目芳次郎を継がせたが、この養子とは1904年頃に離縁し、芳次郎の名跡は初代壽輔の養女花柳ツルが預かることとなった。 名跡が継がれたのは1927年で、ツルの養子である花柳幾太郎が四代目花柳芳次郎となった。四代目花柳芳次郎(1903年5月18日 - 1971年9月6日)は旧姓を金子といい、1909年に6歳で入門し、翌1910年にツルの養子となった人物である。当時の花柳流家元二代目花柳壽輔が東京にある中、四代目芳次郎は襲名とともに分家として、当時花柳流の勢力が弱かった関西に強固な地盤を築いた。その後1967年に、長男の寛に芳次郎の名跡を継ぐとともに花柳芳瞠(はなやぎ ほうどう)を名乗った。 五代目花柳芳次郎は、襲名前から本名の花柳寛の名で東宝歌舞伎などの芝居やテレビドラマに出演しており、また振付師としても宝塚歌劇団などで振付をしていた。襲名後は家元三代目花柳壽輔の後見を二代目花柳壽楽とともに務め、流派を支えた。芳次郎は2007年に一線を退くと共に名跡を孫に譲り、自らは花柳寛應(はなやぎ かんおう)に改名する予定であった。しかし寛應襲名披露の直前に三代目壽輔が急逝したため、四代目壽輔を継ぎ家元となった。六代目は五代目芳次郎(四代目壽輔)の孫、花柳創右が襲名している。.

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花柳貴彦

花柳 貴彦(はなやぎ たかひこ、1975年9月18日 - )は、花柳流に属する日本舞踊家である。本名、青山 貴彦(あおやま たかひこ)。俳優の青山良彦(花柳嶽)を父に持ち、二代目花柳壽楽は祖父にあたる。二代目壽楽の姉は花柳流の家元だった二代目花柳壽輔の妻であり、貴彦は二代目壽輔の大甥にあたる。 三代目壽輔から後継者として指名されたと主張しており、三代目壽輔没後にその後見人の五代目花柳芳次郎が四代目花柳壽輔となって家元を継いだことをめぐり、四代壽輔側と対立している。.

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花柳錦之輔

花柳 錦之輔(はなやぎ きんのすけ)は、花柳流の名跡。.

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青山良彦

青山 良彦(あおやま よしひこ、1943年12月7日 - )は、東京都出身の俳優。.

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西川流

西川流(にしかわりゅう)は、日本舞踊における流派のひとつ。日本舞踊における五大流派の一に数えられる。 興りの時期については元禄時代、あるいは1700年頃とされ、日本舞踊の流派の中では最も古い。流派を興した初代西川仙蔵は能の囃子方から歌舞伎の鳴物師となった人物であり、その後に振付師として西川流を興す。その門弟であった二代目は「扇蔵」と名を改め、江戸三座の振付師として活躍。『関の扉』などの代表作を出した。 以後、宗家家元は代々「西川扇蔵」を名乗り、『勧進帳』等を振付し名人と称された四代目など、代々名作の振付を担当した。その後一時勢力が衰えたものの、現在の宗家家元である10世扇蔵が再興。10世扇蔵は1999年に人間国宝に選ばれた。 扇蔵を家元とする宗家の他にも、複数の分派がある。1841年には西川仁蔵が名古屋に移り、初代西川鯉三郎を名乗り『名古屋西川流』を創流。名古屋に強固な地盤を築いた。他に名古屋を拠点とする赤堀流、工藤流、内田流や、新舞踊の一派である芝流も、名古屋西川流の高弟によって創られた流派である。また1983年に西川右近が家元を継ぐと、1985年には姉の西川左近が名古屋西川流から独立し、東京で『西川流鯉風派』を創流した。ほか1916年には西川喜洲による『正派西川流』が、1955年には西川仲丸改め新西川仲丸による『新西川流』がそれぞれ創流されている。 4代扇蔵の弟子である西川芳次郎、西川国助も独立し、芳次郎は後に花柳壽輔と改名して花柳流を創流。国助は七々扇流を立てるなど、西川流は複数の流派の源となっている。.

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西川扇蔵

西川 扇藏(にしかわ せんぞう、新字体:扇蔵)は、日本舞踊の名跡。西川流の宗家家元が代々襲名している。定紋は西菱(人菱)。.

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自由国民社

株式会社自由国民社(じゆうこくみんしゃ)は、日本の出版社。 年刊事典・用語辞典「現代用語の基礎知識」の発行、「新語・流行語大賞」の選定で知られている。これ以外にも、法律書、実用書などの発行を行っている。 戦時中に花田清輝が入社している。かつては音楽雑誌「シンプジャーナル」(旧名「新譜ジャーナル」)、ラジオ番組専門誌「ランラジオ」も発行していた。.

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流派

流派(りゅうは)は、それぞれ異なる流儀を継承する集団である。 芸道や酒造りなどの分野で見られる。流儀、すなわち、ひとつの様式化された技(技術、技能)を、家元・宗家などを頂点として継承する(門派)。.

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日本舞踊

日本舞踊(にほんぶよう)は、日本のいわゆる伝統的な踊りの総称である。日本の伝統的なダンスである舞(まい)と踊(おどり)を合わせたもの。 近年、日本舞踊の国際化に伴い欧米諸国やアジアにも Nihombuyo といった呼称が定着しつつある。.

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