ロゴ
ユニオンペディア
コミュニケーション
Google Play で手に入れよう
新しい! あなたのAndroid™デバイスでユニオンペディアをダウンロードしてください!
ダウンロード
ブラウザよりも高速アクセス!
 

米朝一門

索引 米朝一門

結三柏は、桂米朝一門の定紋である。 米朝一門(べいちょういちもん)は、上方落語の復興に尽力してきた上方噺家・3代目桂米朝を師と仰ぐ落語家の一派。.

140 関係: お笑いタレント千歳家歳男・松鶴家団之助吉本興業大阪市小松左京小文治一門上田信彦上方噺家上方落語三林京子北区 (大阪市)ハイ!土曜日ですブリーゼタワーフリーアナウンサーケーエープロダクションスパンキープロダクションタレントよしもとクリエイティブ・エージェンシーサンケイホール前谷正弘米朝事務所落語家落語家一覧西口プロレス露の五郎兵衛一門露の都関西テレビ放送林家染丸一門松竹芸能松鶴一門桐竹勘十郎桑原征平桂そうば桂ちょうば桂ひろば桂べかこ桂まん我桂ざこば桂ざこば (2代目)桂しん吉桂あおば桂あさ吉桂すずめ桂千朝桂南天 (2代目)桂南光桂南光 (3代目)桂吉の丞桂吉坊桂吉弥...桂吉朝桂塩鯛桂塩鯛 (4代目)桂宗助桂小米桂小米朝桂小鯛桂小文治 (2代目)桂三木助 (3代目)桂九雀桂二乗桂弥太郎桂佐ん吉桂喜丸桂りょうば桂わかば桂よね吉桂む雀桂出丸桂勢朝桂団朝桂米太郎桂米左桂米平桂米之助桂米之助 (3代目)桂米二桂米團治桂米團治 (3代目)桂米團治 (4代目)桂米團治 (5代目)桂米喬桂米八桂米紫桂米紫 (4代目)桂米裕桂米輔桂米蔵桂米若桂米治郎桂米朝桂米朝 (3代目)桂紅雀桂音也桂鯛介桂鯛蔵 (2代目)桂雀太桂雀三郎桂雀五郎桂雀喜桂雀々桂枝雀桂枝雀 (2代目)桂歌之助桂歌之助 (2代目)桂歌之助 (3代目)桂朝太郎桂春団治桂春団治 (3代目)桂文之助 (3代目)桂文團治桂文紅 (4代目)桂文都桂文治桂文治 (7代目)桂文我桂文我 (4代目)梅田橘家圓三橘ノ圓都止め名月亭かなめ月亭可朝月亭天使月亭太遊月亭ハッチ月亭ハッピー月亭八光月亭八織月亭八方月亭八斗月亭生瀬月亭遊方月亭連方月亭方正月亭文都 (2代目)月亭文都 (7代目)春団治一門浅井企画文枝一門 インデックスを展開 (90 もっと) »

お笑いタレント

お笑いタレント(おわらいタレント)は、主にテレビ番組において面白い言葉の表現や、体や顔の表情の面白い動きなどで視聴者や観客を笑わせる役割を担うタレントの総称。お笑い芸人(おわらいげいにん)とも呼ばれる。「お笑いタレント」と呼ばれる人物は、おおむねコメディアン、落語家・漫才師/漫談師・コント俳優・声帯/形態模写芸人・マジシャン・コミックバンドメンバー、歌手などの芸域のどれかに属する。 バラエティ番組におけるお笑いタレントは、司会者やそのアシスタント、レポーター、クイズの解答者などの立場で出演し、あからさまな嘘をついたり、意図的に非常識な態度や発言や行動をしてみせたり、意味のわからない態度や発言や行動をしてみせたりすることで、笑いを誘発する。これにより視聴者に対し、番組進行のテンポ的起伏、番組で扱う事物への客観性、番組内容への感情移入のしやすさなどを提供する。 なお、この分野に造詣の深い作家・小林信彦は、著書「喜劇人に花束を」他において、「お笑い」という言葉は「お笑い草」などと同様に侮蔑のニュアンスを含む、当事者が卑下して使うものであり、第三者が用いるのは非礼にあたるという見解を示しているが、このスタンスは現在のところ大きな広がりに至っていない。.

新しい!!: 米朝一門とお笑いタレント · 続きを見る »

千歳家歳男・松鶴家団之助

千歳家歳男・松鶴家団之助(ちとせやとしお・しょかくやだんのすけ)は、昭和期に活躍した漫才コンビ。戎橋松竹の看板として活躍。 「カバ漫才」とも言われる歳男の容姿をけなす漫才を売りにしていた。.

新しい!!: 米朝一門と千歳家歳男・松鶴家団之助 · 続きを見る »

吉本興業

吉本興業株式会社(よしもとこうぎょう、)は、大阪府大阪市中央区(登記上の本店)と東京都新宿区に本社 を置く、マネジメント、プロモーター、テレビ・ラジオ番組製作、演芸の興行等をグループで行う吉本興業グループの持株会社。通称「吉本」、「よしもと」。 1912年(明治45年)4月1日の創業以来、2007年(平成19年)9月30日までは日本の芸能プロダクションで、95年半の最も古い歴史を持っていたが、2007年(平成19年)10月1日から持株会社制へ移行し、同社の事業部門は、よしもとクリエイティブ・エージェンシー、よしもとデベロップメンツ、よしもとアドミニストレーションにそれぞれ分社化され、「吉本(よしもと)」を名乗る芸能プロの歴史は、よしもとクリエイティブ・エージェンシーに引き継がれた。現在の東京証券取引所で上場廃止され、その後TOBで非上場化され、在京・在阪の主要民放局などが主要株主となっている。 日本経済団体連合会と日本商品化権協会加盟。.

新しい!!: 米朝一門と吉本興業 · 続きを見る »

大阪市

大阪市(おおさかし)は、日本の近畿地方、大阪府のほぼ中央に位置する市で、同府の府庁所在地である。政令指定都市に指定されている。.

新しい!!: 米朝一門と大阪市 · 続きを見る »

小松左京

小松 左京(こまつ さきょう、1931年(昭和6年)1月28日 - 2011年(平成23年)7月26日)は、日本の小説家。本名、小松 実(こまつ みのる)。 星新一・筒井康隆と共に「御三家」と呼ばれる、日本SF界を代表するSF作家。1970年の日本万国博覧会でテーマ館サブ・プロデューサー、1990年の国際花と緑の博覧会の総合プロデューサーとしても知られる。宇宙開発の振興を目的とした啓蒙活動にも力を入れ、宇宙作家クラブの提唱者で顧問を務めるなど、執筆以外の活動を幅広いジャンルに対して行っていた。.

新しい!!: 米朝一門と小松左京 · 続きを見る »

小文治一門

小文治一門(こぶんじいちもん)は、かつて上方落語の大家として「桂派」を率いた7代目桂文治の弟子であり、東京に転籍して一門を築いた2代目桂小文治とその弟子たちで構成される落語家の一派。小文治は他門で失敗した落語家も多く引き取ったことから、多くの門弟を輩出した。既に小文治死後から50年近くが経過し、一門の高弟たちも多くがこの世を去っているが、一門の大半が現在でも落語芸術協会に所属し、同協会の落語家の一定数を占めており、また芸術協会会長の直近4代は、全員が同一門から選出されている。 なお、2代目枝太郎門下であった3代目桂文生一門、2代目小南門下であった2代目桂文朝(2005年没)と桂南喬については、芸術協会が1984年9月に上野鈴本演芸場から撤退(興行成績不振により落語協会と合同での番組編成を提案した処から確執が生じたため)した際、出演機会の減少を危惧して同年12月に落語協会に移籍している。.

新しい!!: 米朝一門と小文治一門 · 続きを見る »

上田信彦

上田 信彦(うえだ のぶひこ、1964年 - )は、放送作家。.

新しい!!: 米朝一門と上田信彦 · 続きを見る »

上方噺家

上方噺家(かみがたはなしか)とは、上方落語の噺家(落語家)のこと。一般的には「上方落語家」「上方落語の噺家(落語家)」などと称する。 現存する亭号は、桂、笑福亭、林家、月亭、橘家、立花家、露(の)、森乃、(明石家)である。かつては立川、三遊亭もあったが、前者は明治期に、後者は太平洋戦争後に断絶している。 現在では上方落語協会などを設立している。.

新しい!!: 米朝一門と上方噺家 · 続きを見る »

上方落語

上方落語(かみがたらくご)とは、大阪・京都を中心とする地域で主に演じられる落語。.

新しい!!: 米朝一門と上方落語 · 続きを見る »

三林京子

三林 京子(みつばやし きょうこ、本名;宮永 佳代子、1951年7月17日 - )は大阪芸術大学短期大学部専任教授、女優。過去に文化審議会委員と大阪府教育委員などを務めた。大阪市住吉区(現・住之江区)粉浜出身。米朝事務所所属。.

新しい!!: 米朝一門と三林京子 · 続きを見る »

北区 (大阪市)

北区(きたく)は、大阪市を構成する24行政区のうちのひとつ。.

新しい!!: 米朝一門と北区 (大阪市) · 続きを見る »

ハイ!土曜日です

『ハイ!土曜日です』(ハイ どようびです)は、1966年12月3日から1982年3月27日までフジテレビ系列ほかで生放送された、関西テレビ制作の朝のワイドショー・トーク番組である。放送時間は、1980年3月までは毎週土曜 9:00 - 10:25、同年4月以降は8:30 - 9:55 (JST)。 2018年現在放送中の『にじいろジーン』に至るまで40年以上にわたり続く関西テレビ制作の土曜午前帯のワイドショー番組としては、本番組が第1作に当たる。.

新しい!!: 米朝一門とハイ!土曜日です · 続きを見る »

ブリーゼタワー

ブリーゼタワー(英訳表記:BREEZÉ TOWER)は、大阪市北区梅田2丁目にあるビジネスオフィス、商業施設、多目的劇場が併設する超高層ビルである。オオサカガーデンシティに位置する。.

新しい!!: 米朝一門とブリーゼタワー · 続きを見る »

フリーアナウンサー

フリーアナウンサーは、主に放送局に直接雇用されていないアナウンサーのことである。.

新しい!!: 米朝一門とフリーアナウンサー · 続きを見る »

ケーエープロダクション

ーエープロダクション株式会社(KA Production)は、大阪市阿倍野区に本社を持つ芸能事務所。.

新しい!!: 米朝一門とケーエープロダクション · 続きを見る »

スパンキープロダクション

パンキープロダクション(Spunky Production)は、大阪市中央区に本社を持つ芸能事務所。代表者は田中宏治。.

新しい!!: 米朝一門とスパンキープロダクション · 続きを見る »

タレント

タレントとは、 に由来する語句であり、日本においては、テレビやラジオなどのメディアおよび各種イベントに出演し出演料を得ることを収入源としている人(本業としている人だけでなく、副業や一種のアルバイトとしている人なども含めて)の一般的呼称である。.

新しい!!: 米朝一門とタレント · 続きを見る »

よしもとクリエイティブ・エージェンシー

株式会社よしもとクリエイティブ・エージェンシーは、大阪市中央区・東京都新宿区に本社(登記上の本店は大阪)を置く吉本興業グループの芸能プロダクション・プロモーター・テレビ番組制作プロダクションである。.

新しい!!: 米朝一門とよしもとクリエイティブ・エージェンシー · 続きを見る »

サンケイホール

ンケイホールは、産業経済新聞社(産経新聞)が東京都千代田区大手町の東京サンケイビル(東京本社)内で運営するホール。かつては旧大阪本社があった大阪市北区桜橋と東京都千代田区有楽町にも同名のホールが存在した。運営母体は株式会社サンケイビル。.

新しい!!: 米朝一門とサンケイホール · 続きを見る »

前谷正弘

前谷 正弘(まえたに まさひろ、 1967年(昭和42年)9月1日-)は、日本の実業家。岡山県岡山市出身。きびの だんごの芸名でタレントとしてもかつては活動していた。.

新しい!!: 米朝一門と前谷正弘 · 続きを見る »

米朝事務所

株式会社米朝事務所(べいちょうじむしょ)は、人間国宝の桂米朝や、桂ざこば、桂南光、桂米團治など米朝一門の大多数の落語家が所属する、落語芸能事務所。.

新しい!!: 米朝一門と米朝事務所 · 続きを見る »

落語家

落語家(らくごか)は、落語を演じることを職業とする人。戦前は、寄席がおもな活動の拠点で、グループを組んで地方公演も行っていたが、戦後はその話術を生かしテレビやラジオの司会業、パーソナリティなどを行うことも多かった。話家・噺家・咄家(はなしか)は、「落語家」の古い表現である。 落語家の演ずる噺は大別して二種類ある。.

新しい!!: 米朝一門と落語家 · 続きを見る »

落語家一覧

落語家一覧は、落語家の五十音順一覧である。†印は空き名跡。.

新しい!!: 米朝一門と落語家一覧 · 続きを見る »

西口プロレス

西口プロレス(にしぐちプロレス、West Gate Wrestling Federation)は、お笑い芸人たちによるギャグプロレス団体。略称は西プロ、WGWF。.

新しい!!: 米朝一門と西口プロレス · 続きを見る »

露の五郎兵衛一門

露の五郎兵衛一門(つゆのごろべえいちもん)は、2代目露の五郎兵衛を頂点とする落語家の一派。一門会「露の会」を開催している。.

新しい!!: 米朝一門と露の五郎兵衛一門 · 続きを見る »

露の都

露の 都(つゆの みやこ、1956年1月21日 - )は、大阪府堺市出身の落語家。露の都事務所(自らの個人事務所)所属。本名は小山 眞理子(こやま まりこ)。出囃子は『都囃子』。 枕で話す身の回りに起こった出来事や女性目線のテーマを生かした噺は「みやこ噺」呼ばれている。.

新しい!!: 米朝一門と露の都 · 続きを見る »

関西テレビ放送

関西テレビ放送株式会社(かんさいテレビほうそう、Kansai Telecasting Corporation)は、近畿広域圏を放送対象地域とするテレビジョン放送の特定地上基幹放送事業者であり、扇町スクエアと扇町公園を業務区域とするエリア放送の地上一般放送事業者でもある。 通称は関西テレビ、略称はそれを縮めてKTV(Kansai TV)。愛称はかつての日本語略称「関テレ」をカタカナ表記にした『カンテレ』。コールサインはJODX-DTV(大阪 17ch)。 フジテレビ系列(FNN・FNS)の準キー局で、リモコンキーIDはキー局のフジテレビ共々アナログ放送の親局8chから「8」である。 フジ・メディア・ホールディングスと阪急阪神ホールディングスの持分法適用会社であり、阪急阪神東宝グループ及びフジ・メディア・ホールディングスの放送グループに属しているが、フジサンケイグループには属していない。 コーポレート・スローガンは「超えろ。カンテレ」。ステーション・キャッチコピーは「8ppy(ハッピー)!?カンテレ」。.

新しい!!: 米朝一門と関西テレビ放送 · 続きを見る »

林家染丸一門

林家染丸一門(はやしやそめまるいちもん)は、4代目林家染丸を師と仰ぐ落語家(上方)の一派。紋は「ぬの字うさぎ」。 東京の林家正蔵などの林家や、元来の上方林家(林家正三、林家正楽)とは別の系統にあたる。これは、現在の上方林家が、4代目笑福亭松鶴襲名争いに敗れた4代目笑福亭松喬が2代目林家染丸を襲名し興したものであるため。したがって上方林家は笑福亭の傍流とされる。元来の系統はその後6代目林家正楽で途絶えた。.

新しい!!: 米朝一門と林家染丸一門 · 続きを見る »

松竹芸能

松竹芸能株式会社(しょうちくげいのう)は、大阪府大阪市中央区道頓堀に本社を置く芸能事務所。松竹の連結子会社である。吉本興業と並び、上方演芸界の二大プロダクションのひとつ。.

新しい!!: 米朝一門と松竹芸能 · 続きを見る »

松鶴一門

五枚笹は、笑福亭一門の定紋である。 松鶴一門(しょかくいちもん)とは、上方落語の復興に尽力し、昭和の「上方落語の四天王」の1人である6代目笑福亭松鶴を師と仰ぐ落語家の一派のことである。.

新しい!!: 米朝一門と松鶴一門 · 続きを見る »

桐竹勘十郎

桐竹勘十郎(きりたけ かんじゅうろう)は、浄瑠璃の人形遣いの名跡。3代を数える。.

新しい!!: 米朝一門と桐竹勘十郎 · 続きを見る »

桑原征平

桑原 征平(くわばら しょうへい、1944年5月14日 - )は、日本のフリーアナウンサー、タレント、司会者、ラジオパーソナリティ。ニックネームは「征平さん」(もしくは「征平ちゃん」)で、2015年度からは種智院大学人文学部の客員教授を務める。 1969年8月から2004年5月までは、アナウンサーとして関西テレビに勤務。2004年度から2014年度までは、アナウンサーとして活動するかたわら、大阪芸術大学で客員教授や教授を歴任した。また、一時は「丹後ふるさと観光大使」(京都府)も務めていた。.

新しい!!: 米朝一門と桑原征平 · 続きを見る »

桂そうば

桂 そうば(かつら そうば、1978年8月10日 - )は福岡県福岡市出身の落語家。本名は熊澤誠。所属事務所は米朝事務所。上方落語協会会員。神戸大学経営学部卒業。 サラリーマンを経て2005年10月に2代目桂ざこばに入門。2006年4月に初舞台。.

新しい!!: 米朝一門と桂そうば · 続きを見る »

桂ちょうば

桂ちょうば(かつら ちょうば、1978年9月29日 - )は、京都府京都市出身の上方落語家。本名・大倉正裕(おおくら まさひろ)。所属事務所は米朝事務所。.

新しい!!: 米朝一門と桂ちょうば · 続きを見る »

桂ひろば

桂 ひろば(かつら ひろば、1978年7月6日 - )は大阪府阪南市出身の落語家。本名は津村 裕也(つむら ゆうや)。 所属事務所は米朝事務所。上方落語協会会員。.

新しい!!: 米朝一門と桂ひろば · 続きを見る »

桂べかこ

桂 べかこ(かつら べかこ)は、上方落語の名跡。3代目が南光を襲名してからは、空き名跡となっている。 べかことは大阪弁であっかんべーの意。.

新しい!!: 米朝一門と桂べかこ · 続きを見る »

桂まん我

桂 まん我(かつら まんが、1971年12月2日 - )は兵庫県神戸市出身の落語家。本名は永原 淳(ながはら じゅん)。.

新しい!!: 米朝一門と桂まん我 · 続きを見る »

桂ざこば

桂 ざこば(かつら ざこば)は、上方落語の名跡。 「ざこば」の名は、1931年(昭和6年)まで大阪市西区靱(現在の靱公園の位置)に存在した鮮魚卸売市場「雑喉場(ざこば)」に由来する。2代目は襲名に際して、後身の大阪市中央卸売市場に挨拶に行っている。.

新しい!!: 米朝一門と桂ざこば · 続きを見る »

桂ざこば (2代目)

2代目 桂 ざこば(にだいめ かつら ざこば、1947年9月21日 - )は、上方の落語家、タレント。本名、関口 弘(せきぐち ひろむ)。血液型はO型。2人姉弟の長男(姉1人)。 大阪府大阪市西成区出身。米朝事務所所属。上方落語協会会員(相談役)。前名は桂 朝丸(かつら ちょうまる)。出囃子は「御船」(ぎょせん)。愛称は「ざこびっち」。桂雀々とは夫人同士が姉妹であるため義兄弟の間柄。甥(ざこばの妻の弟の子)にJAY'ED。.

新しい!!: 米朝一門と桂ざこば (2代目) · 続きを見る »

桂しん吉

桂 しん吉(かつら しんきち、1978年7月26日 - )は奈良県大和高田市出身の落語家。本名は濱 靖人(はま やすと)。 所属事務所は米朝事務所。上方落語協会会員。 大阪府立東住吉高等学校芸能文化科卒業。1998年1月1日に桂吉朝に入門。同月10日に「岡町落語ランド」にて初舞台。落語は古典落語の他に鉄道の噺をおりまぜた創作落語も演じる。2003年には、お囃子で使う横笛を用い、バンジョー奏者の宮村群時とのユニット「元祖お囃子カントリー『ぐんきち』」を結成、ライブ活動も行っている。.

新しい!!: 米朝一門と桂しん吉 · 続きを見る »

桂あおば

桂 あおば(かつら あおば、1988年1月12日 - )は兵庫県神戸市出身の落語家。血液型はO型。本名は古本迅(ふるもとしゅん)。 2015年2月まで米朝事務所に所属。2015年2月よりよしもとクリエイティブ・エージェンシーに移籍したことを自身のtwitterおよびFacebookで発表。上方落語協会会員。.

新しい!!: 米朝一門と桂あおば · 続きを見る »

桂あさ吉

桂 あさ吉(かつら あさきち、1970年6月21日 - )は大阪府大阪市港区出身の落語家。 本名は藤原 勇(ふじはら いさむ)。 所属事務所は米朝事務所。上方落語協会会員。 阪南大学卒業後、1993年5月に桂吉朝に入門、一番弟子となる。吉朝の弟子になったのは元々米朝の弟子になりたいと手紙を送ったが返信で断られたので、米朝の家を調べて会いに行き落語界入りするための渡りを作りそこで米朝から吉朝を紹介されたため。同年6月、「岡町落語ランド」にて初舞台。古典落語の他、創作落語、英語落語も手がけ、桂かい枝らとともに、アメリカ、オーストラリア、シンガポールなどでの海外公演多数。笛、三味線、日本舞踊を得意とする。 .

新しい!!: 米朝一門と桂あさ吉 · 続きを見る »

桂すずめ

桂 すずめ(かつら すずめ)は、落語の名跡。当代は3代目。.

新しい!!: 米朝一門と桂すずめ · 続きを見る »

桂千朝

桂 千朝(かつら せんちょう、1956年2月22日 - )は、大阪市東淀川区淡路出身の落語家。本名は竹田 睦宏(たけだ むつひろ)。出囃子は「本調子鞨鼓」。米朝事務所所属。大阪市立扇町高等学校卒業。剣道2段。.

新しい!!: 米朝一門と桂千朝 · 続きを見る »

桂南天 (2代目)

2代目桂 南天(かつら なんてん、1967年12月27日 - )は大阪府枚方市出身、四條畷市在住の落語家。本名は尾崎 裕一(おざき ゆういち)で、旧芸名は桂 こごろう。所属事務所は米朝事務所で、出囃子は「復興節」。.

新しい!!: 米朝一門と桂南天 (2代目) · 続きを見る »

桂南光

桂 南光(かつら なんこう)は、上方落語の名跡。当代は3代目。 他にも、嘉永6年(1853年)の番付に「立川南光」の名が見えるが、詳細不明。.

新しい!!: 米朝一門と桂南光 · 続きを見る »

桂南光 (3代目)

3代目 桂 南光(3だいめ かつら なんこう、1951年12月8日 - )は、上方噺家(上方の落語家)、タレント。本名は森本 良造(もりもと りょうぞう)。母方は千早赤阪村の笠脇氏。大阪府南河内郡千早赤阪村出身。四條畷市在住。芸能事務所米朝事務所常務取締役。写真事務所株式会社フォトライブ常務取締役。出囃子は『猩々』。桂べかこ時代の愛称は「べかちゃん」、桂南光になってからは「なんこやん(なんこうやん)」。.

新しい!!: 米朝一門と桂南光 (3代目) · 続きを見る »

桂吉の丞

桂 吉の丞(かつら きちのじょう、1982年7月31日 - )は大阪府堺市出身の落語家。本名は飯村 隆祥(いいむら たかよし)。所属事務所は米朝事務所。上方落語協会会員。尼崎市在住。 鳶職などの職業を経て、2002年8月13日に桂吉朝に入門(吉朝最後の弟子)。2003年3月、太融寺での「吉朝学習塾」にて初舞台。2009年繁昌亭大賞輝き賞受賞、2015年第1回上方落語若手噺家グランプリ受賞。.

新しい!!: 米朝一門と桂吉の丞 · 続きを見る »

桂吉坊

桂吉坊(かつら きちぼう、1981年8月27日 - )は兵庫県西宮市出身の落語家。本名は津田恵(つだ めぐみ)。所属事務所は有限会社大有企画。上方落語協会会員。出囃子は「はっはくどき」。.

新しい!!: 米朝一門と桂吉坊 · 続きを見る »

桂吉弥

桂 吉弥(かつら きちや、1971年2月25日 - )は、大阪府茨木市出身の落語家、俳優。上方落語協会会員で、所属事務所は米朝事務所。『真室川音頭』を高座の出囃子に用いる縁で、山形県真室川町の観光親善大使「まむろがわ大使」を務めている。また、妻の出身地に当たる島根県安来市から、「安来市ふるさと大使」を委嘱されている。 2人の子どもを持つ既婚者で、現在の本名は富谷 竜作(とみや りゅうさく)。旧姓は新保(しんぼ)だったが、結婚を機に富谷姓を名乗っている。現在は、兵庫県尼崎市に在住。.

新しい!!: 米朝一門と桂吉弥 · 続きを見る »

桂吉朝

桂 吉朝(かつら きっちょう、1954年11月18日 - 2005年11月8日)は、大阪府堺市出身の落語家。本名は上田 浩久(うえだ ひろひさ)。出囃子は、『外記猿』。.

新しい!!: 米朝一門と桂吉朝 · 続きを見る »

桂塩鯛

桂 塩鯛(かつら しおだい)は、上方落語の名跡。本来の旧字体の表記は「鹽鯛」。現在は4代目。.

新しい!!: 米朝一門と桂塩鯛 · 続きを見る »

桂塩鯛 (4代目)

4代目桂 塩鯛(かつら しおだい、1955年2月9日 - )は落語家。京都府京都市生まれ。本名は山下 眞史(やました ただし)。所属事務所は米朝事務所。上方落語協会理事。2代目桂ざこば一門の筆頭弟子である。前名は桂都丸(かつら とまる)。京都出身であることと、ざこばの当時の名である朝丸からと名付けられた。出囃子は「鯛や鯛」(都丸時代は「猫じゃ猫じゃ」)。既婚。茨木市在住。.

新しい!!: 米朝一門と桂塩鯛 (4代目) · 続きを見る »

桂宗助

桂 宗助(かつら そうすけ、1964年1月4日 - )は、兵庫県尼崎市出身の落語家。本名は谷本 隆(たにもと たかし)。出囃子は『月の巻』。 中学卒業後板前修業を積んだのち、1988年10月に3代目桂米朝に入門。最後の直弟子。高座名は「二番煎じ」の登場人物「宗助」から。翌1989年2月の京都東山安井金比羅会館での「桂米朝落語研究会」にて初舞台。昭和63年の同期入門の落語家で1993年から開いている「はやかぶの会」メンバー。.

新しい!!: 米朝一門と桂宗助 · 続きを見る »

桂小米

桂 小米(かつら こよね)は、上方落語の名跡。当代は11代目だが、9代目以前については詳細不明。.

新しい!!: 米朝一門と桂小米 · 続きを見る »

桂小米朝

桂 小米朝(かつら こべいちょう)は、上方落語の名跡。現在は空名跡となっている。.

新しい!!: 米朝一門と桂小米朝 · 続きを見る »

桂小鯛

桂 小鯛(かつら こだい)は、上方落語の名跡。 「鯛」という字は、初代桂文團治が奥目であったことから付いたあだ名「塩鯛」に由来する。そのため、文團治系の一門に「小鯛」という名が確認出来る。3代目桂塩鯛(本名は岡本蜜太郎)の門人にも見える。 ---- 桂 小鯛(かつら こだい、1984年6月23日)は、岡山県倉敷市出身の落語家(上方噺家)。本名は和田 康典。入門時の芸名は桂 とま都(かつら とまと)。.

新しい!!: 米朝一門と桂小鯛 · 続きを見る »

桂小文治 (2代目)

2代目(一説には初代)桂 小文治(かつら こぶんじ、1893年(明治26年)3月28日 - 1967年(昭和42年)11月28日は、大正・昭和期に活躍した落語家。本名は稲田 裕次郎。出囃子は『野崎』。.

新しい!!: 米朝一門と桂小文治 (2代目) · 続きを見る »

桂三木助 (3代目)

3代目桂 三木助(かつら みきすけ、1902年3月28日〈戸籍上は1903年2月17日〉 - 1961年1月16日)は、日本の落語家。本名小林 七郎(こばやし しちろう)。出囃子は「つくま」。NHKとんち教室落第生。日本芸術協会所属だったが最晩年に脱退し、フリーを経て落語協会に移籍。当時まではとりわけて注目もされていなかった、円朝作と云われる落語芝浜を独自に練り上げ得意にした。以降、芝浜は夫婦の情愛を美しく描いた名作落語として認識されるようになり、多くの落語家が口演するようになった。現在でも3代目三木助のものが傑作と云われることから通称「芝浜の三木助」他にも通称は「田端の三木助」、「隼の七」。.

新しい!!: 米朝一門と桂三木助 (3代目) · 続きを見る »

桂九雀

桂 九雀(かつら くじゃく、1960年12月2日 - )は広島県広島市出身の落語家。本名は室屋 聖(むろや とおる)。上方落語協会会員(1994年脱会。2008年12月復帰)。.

新しい!!: 米朝一門と桂九雀 · 続きを見る »

桂二乗

桂 二乗(かつら にじょう、1978年5月29日 - )は、三重県四日市市出身の落語家。本名は高井 豊史。 たまたま喫茶店での落語会を見たことで興味を持ち1年間桂米二のおっかけをしたのがきっかけで2003年7月11日に米二に入門。芸名は米二の出身の京都の二条に因むが、本人は三重出身なので本人希望で「二乗」という字になった。同年9月24日、大阪梅田太融寺「桂米二不定期落語会」での「子ほめ」で初舞台。祇園の料理店でアルバイトをしながら、通い弟子として修業した。米朝事務所所属。上方落語協会会員。 2013年 「第8回繁昌亭大賞」輝き賞受賞。.

新しい!!: 米朝一門と桂二乗 · 続きを見る »

桂弥太郎

桂 弥太郎(かつら やたろう、1981年12月9日 - )は岐阜県郡上市八幡町出身の落語家、本名は増田 雄一郎。 所属事務所は米朝事務所。上方落語協会会員。.

新しい!!: 米朝一門と桂弥太郎 · 続きを見る »

桂佐ん吉

桂 佐ん吉(かつら さんきち、1983年12月23日 - )は大阪府大阪市出身の落語家。本名は黒田 周作(くろだ しゅうさく)。所属事務所は米朝事務所。上方落語協会会員。大阪府立東住吉高等学校芸能文化科卒業。 幼少期に両親が『枝雀寄席』(ABCテレビ)を録画していたことにより演芸に興味を持ち、『素人名人会』(MBSテレビ)に2度出演。その後桂吉朝の落語を生で見たことでファンになり、2001年9月に吉朝に入門。2002年3月、太融寺での「吉朝学習塾」にて初舞台。特技の剣玉は初段の腕前。.

新しい!!: 米朝一門と桂佐ん吉 · 続きを見る »

桂喜丸

桂 喜丸(かつら きまる、1956年7月19日 - 2004年4月14日)は上方噺家。兵庫県加西郡泉町(現・加西市)出身。本名は酒井 公弘(さかい きみひろ)。法政大学工学部建築学科卒。.

新しい!!: 米朝一門と桂喜丸 · 続きを見る »

桂りょうば

桂 りょうば(かつら りょうば、1972年3月3日 - )は、上方の落語家、ドラマー。本名、前田 一知(まえだ かずとも)。血液型はB型。2015年8月16日、2代目 桂ざこばに弟子入り。 父は2代目 桂枝雀、母はかつら枝代、弟はCUTT(ミュージシャン)。.

新しい!!: 米朝一門と桂りょうば · 続きを見る »

桂わかば

桂 わかば(かつら わかば、1964年6月9日 - )は兵庫県西宮市出身の落語家。本名は有田 真次郎(ありた しんじろう)。 所属事務所は米朝事務所。上方落語協会会員。.

新しい!!: 米朝一門と桂わかば · 続きを見る »

桂よね吉

桂 よね吉(かつら よねきち、1971年12月10日 - )は、京都府京都市下京区出身の落語家。本名は清水 竜成(しみず たつなり)。 所属事務所は米朝事務所。上方落語協会会員。 詫間電波工業高等専門学校を経て、九州工業大学情報工学部の3年次に編入学後、卒業。高等専門学校の時代は落研に所属しその頃に桂米朝のレコードを聴いて感動し噺家になることを決意。一度米朝の自宅に行き弟子入りの直訴をしたが断られた。その後1995年12月13日に桂吉朝に入門。1996年4月10日、太融寺での「吉朝学習塾」にて初舞台。  愛称は「よねりん」。.

新しい!!: 米朝一門と桂よね吉 · 続きを見る »

桂む雀

桂 む雀(かつら むじゃく、1961年5月31日 - )は大阪市出身の落語家、ハーモニカ奏者。本名は岡 芳幸(おか よしゆき)。上方落語協会会員(2008年12月復帰)。大阪商業大学附属堺高等学校卒業。.

新しい!!: 米朝一門と桂む雀 · 続きを見る »

桂出丸

桂 出丸(かつら でまる、1964年9月7日 - )は大阪市出身の落語家。本名は真田 庸夫(さなだ つねお)。所属事務所は米朝事務所。上方落語協会会員。.

新しい!!: 米朝一門と桂出丸 · 続きを見る »

桂勢朝

桂 勢朝(かつら せいちょう、1961年3月5日 - )は三重県伊勢市出身の落語家。本名は中島 勝。 皇學館高等学校卒業後、1979年3月3日に3代目桂米朝に入門。高座名は出身地に由来する。米朝事務所→MC企画所属。上方落語協会会員。笑福亭仁福、露の都らとともに「元祖大阪名物 あほの会」を開催している。余芸に南京玉すだれ。.

新しい!!: 米朝一門と桂勢朝 · 続きを見る »

桂団朝

桂 団朝(かつら だんちょう、1967年4月15日 - )は、京都市出身の落語家。米朝事務所所属。上方落語協会会員。本名は井上 孝司(いのうえ たかし)。 西京商業高等学校(現・京都市立西京高等学校)在学中より寄席に通い、また『素人名人会』に漫才で出場して名人賞を2回受賞したこともある、1987年4月5日に3代目桂米朝に入門。同年8月、京都東山安井金比羅会館での「桂米朝落語研究会」にて初舞台。高座名の「団朝」は、体格が大きくそのようになった。2002年4月より独演会を毎年開くかたわら、リリパットアーミーIIやTeam火の車、「舟木一夫特別公演」、「天童よしみ特別公演」などの舞台もこなす。夫人は松竹新喜劇所属の女優の川奈美弥生。.

新しい!!: 米朝一門と桂団朝 · 続きを見る »

桂米太郎

桂 米太郎(かつら よねたろう)は上方落語の名跡。現在は空き名跡となっている。 2011年現在江戸落語に同名の桂米多朗がいるために今後襲名がなされるか不明。.

新しい!!: 米朝一門と桂米太郎 · 続きを見る »

桂米左

桂 米左(かつら よねざ、1965年4月29日 - )は大阪市出身の落語家。本名は木村 佳(きむら けい)。 都島工業高校卒業後、1984年3月27日に3代目桂米朝に入門。同年6月の東山安井金比羅会館「桂米朝落語研究会」にて初舞台。桂吉朝とともに「錦影絵」を継承。米朝事務所所属。上方落語協会会員。長唄囃子望月流名取で望月太八一郎に師事し望月太八三の名を持つ。書道6段。.

新しい!!: 米朝一門と桂米左 · 続きを見る »

桂米平

桂 米平(かつら よねへい、1962年8月22日 - )は大阪府豊中市出身の落語家。本名は平岡 孝夫(ひらおか たかお)。 1981年3月21日に3代目桂米朝に入門。同年6月、東山安井金比羅会館での「桂米朝落語研究会」にて初舞台。米朝事務所所属。上方落語協会会員。子供向けの落語会に参加するほか、「立体紙芝居」では絵も担当する。特技は寄席文字書き。体重は100kgを超える。入門当時の愛称は「平やん」。.

新しい!!: 米朝一門と桂米平 · 続きを見る »

桂米之助

桂 米之助(かつら よねのすけ)は上方落語の名跡。現在は空き名跡となっている。 6人前後いるのだが他の2人が大成しなかったのと4代目が4代目米團治から3代目を許されたのを元に代数を数えている。.

新しい!!: 米朝一門と桂米之助 · 続きを見る »

桂米之助 (3代目)

3代目 桂 米之助(3だいめ かつら よねのすけ、1928年11月8日 - 1999年3月5日)は、上方噺家。大阪府大阪市出身。本名は矢倉 悦夫。出囃子は「おそづけ」。.

新しい!!: 米朝一門と桂米之助 (3代目) · 続きを見る »

桂米二

桂 米二(かつら よねじ、1957年9月6日 - )は、日本の落語家。京都府京都市出身、京都府立城南高等学校卒業。本名は澤田 正己(さわだ まさき)。 所属事務所は米朝事務所であり、3代目桂米朝の弟子である。定紋は「結び柏」。上方落語協会会員。2004年より「桂米朝落語研究会」世話役。.

新しい!!: 米朝一門と桂米二 · 続きを見る »

桂米團治

桂 米團治(かつら よねだんじ)は、上方落語の名跡。米団治とも表記される。 現在は米朝一門(米朝事務所)の事実上の止め名。なお、4代目の弟子である3代目桂米朝は5代目を継がず、50年以上途絶えていたのを4代目の孫弟子に当たる3代目桂小米朝(3代目桂米朝の弟子、実子)が継いだ。.

新しい!!: 米朝一門と桂米團治 · 続きを見る »

桂米團治 (3代目)

3代目 桂 米團治(3だいめ かつら よねだんじ、1869年 - 1943年10月29日)は上方噺家。本名:早田 福松。 大阪の堂島生まれ。3代目桂文團治門下で、初代米歌子(べかこ)、1894年頃、初代米之助、1896年1月、2代目米朝を経て、1910年3月、3代目米團治を襲名。当時「3代目」と言えば師匠の3代目桂文團治であったので、3代目米團治は「シンサン(新3)」と呼ばれ、これがあだ名となった。 米相場のあった堂島生まれで、入門時からずっと「米」の付く名前を名乗ってきたため、堂島の旦那衆の贔屓を受け、2代目米朝時代から中堅として活躍した。師匠の3代目文團治に可愛がられ、嫌味や小言の言い方までそっくりであったため、師匠が「大毛虫」、米團治が「小毛虫」と呼ばれた。口の悪さや気障な態度は若い時からのようで、1907年7月の落語相撲見立番付には「いやみ灘米朝」の名で出ている。 昭和に入ると一時吉本興業を離れ、お座敷で贔屓の客相手の落語や時々ラジオに出演するのみだった。 後輩の指導にも熱心で、晩年は5代目笑福亭松鶴が主催する「楽語荘」同人の長老格であった。 奈良で隠居生活し、同地で死去した。 上方落語の絶頂期に修行を積んだだけあって、舞踊・音曲も巧みで、人情噺・芝居噺・怪談噺・旅ネタまであらゆる噺に通じており、いずれも名人の域であったという。十八番は『手切れ丁稚』。その他にも『逆さま蚊帳』『深山がくれ』『大黒頭巾』など。特に『古手買い』は絶品で、弟子の4代目桂米團治でさえ、生涯の間に遂に手掛けることができない程であった。SPレコードは『一枚起請』『大安売』『ぬの字鼠』『月並丁稚』等を1925年から1926年頃に吹き込んでいる。 門下には4代目米團治、2代目桂歌團治らがいる。.

新しい!!: 米朝一門と桂米團治 (3代目) · 続きを見る »

桂米團治 (4代目)

4代目 桂 米團治(4だいめ かつら よねだんじ、1896年9月3日 - 1951年10月23日)は、落語家(上方噺家)。本名は中濱 賢三(なかはま けんぞう)。出囃子は『羯鼓』。.

新しい!!: 米朝一門と桂米團治 (4代目) · 続きを見る »

桂米團治 (5代目)

5代目桂 米團治(かつら よねだんじ、1958年12月20日 - )は、落語家。大阪府大阪市中央区出身。本名は中川 明(なかがわ あきら)。実父は落語家で人間国宝の3代目桂米朝。米朝事務所代表取締役社長。上方落語協会会員。出囃子は「三下り羯鼓」。前名は3代目桂小米朝。.

新しい!!: 米朝一門と桂米團治 (5代目) · 続きを見る »

桂米喬

桂 米喬(かつら べいきょう)は、上方落語の名跡。2代目の死後は空き名跡となっている。.

新しい!!: 米朝一門と桂米喬 · 続きを見る »

桂米八

桂 米八(かつら よねはち、1956年2月4日 - 2015年1月20日)は、兵庫県姫路市白浜町出身の落語家、曲独楽師。本名は山本 悦次(やまもと えつじ)。姫路工業高等学校卒業。出囃子は「八兵衛」。米朝一門ではあるが米朝事務所には所属していない。愛称は「八ちゃん」。 1974年3月に3代目桂米朝に入門。1984年11月に芸の肥やしのために曲独楽の伏見紫水に入門。現在は落語活動よりも曲独楽の活動が中心になっていた。 近鉄文化サロン 阿倍野校にて第2・4木曜日曲独楽の講座を行っていた。 曲独楽の伏見紫水に入門するきっかけは、紫水らと談笑している際に紫水から「わしのうなったら(亡くなったら)、この芸も途絶える」とボソっと洩らしたのを周囲に伝えたところみんなに薦められ、米朝に相談し弟子入りにいたった。 娘は女優の山本真由美。 2015年1月20日、食道がんのため死去。58歳没。.

新しい!!: 米朝一門と桂米八 · 続きを見る »

桂米紫

桂 米紫(かつら べいし)は上方落語の名跡。.

新しい!!: 米朝一門と桂米紫 · 続きを見る »

桂米紫 (4代目)

4代目桂 米紫(かつら べいし、1974年3月20日 - )は、京都市出身の落語家。本名は林 嘉晃(はやし よしあき)。所属事務所は米朝事務所。上方落語協会会員。前名は桂 都んぼ(かつら とんぼ)。 南京都高等学校卒業後、桂都丸(現4代目桂塩鯛)に一番弟子として入門。桂とんぼの高座名で初舞台。人間国宝である3代目桂米朝の曾孫弟子、2代目桂ざこばの孫弟子。弟弟子に2代目桂鯛蔵、桂小鯛らがいる。.

新しい!!: 米朝一門と桂米紫 (4代目) · 続きを見る »

桂米裕

桂 米裕(かつら よねひろ、1963年7月24日 - )は大阪府大阪市城東区出身の落語家、僧侶(岡山県矢掛町多聞寺副住職、圀勝寺住職)。本名は吉田 宥禪(よしだ ゆうぜん)。所属事務所は米朝事務所(米朝一門)。上方落語協会会員。.

新しい!!: 米朝一門と桂米裕 · 続きを見る »

桂米輔

桂 米輔(かつら よねすけ、1950年11月17日 - )は大阪府大阪市住之江区出身大阪府立茨木高等学校卒業の落語家。本名は古山 元昭(こやま もとあき)。.

新しい!!: 米朝一門と桂米輔 · 続きを見る »

桂米蔵

桂 米蔵(かつら よねぞう、1940年11月3日 - )は、大阪市港区出身の落語家。本名は柳本 邦彦(やなぎもと くにひこ)。上方落語協会所属。 1967年5月に3代目桂米朝に入門。1976年11月から山梨県在住。.

新しい!!: 米朝一門と桂米蔵 · 続きを見る »

桂米若

桂 米若(かつら よねじゃく)は、上方落語の名。明治から大正にかけて「米若」の名はよく見られるが、一体、何人の米若がいたのか、詳細は不明である。尼崎米吉の米若を初代とするのが妥当。.

新しい!!: 米朝一門と桂米若 · 続きを見る »

桂米治郎

桂 米治郎(かつら よねじろう、1924年4月9日 - 2007年6月26日)は、上方落語家。本名は林 修。 生まれは京都、戦後の1949年10月、4代目桂米團治に入門。宝塚若手落語会に出演するなど活動していたが昭和30年代に引退。京都のアマチュアの落語会や特別な会に出演していた。『書割盗人』『口合根間』などの珍しいネタを後世に伝えた功績は大きい。なお師匠連から受け継いだ古い演出方法をそのまま演じていた。兄弟子には3代目桂米之助、人間国宝・3代目桂米朝がいる。.

新しい!!: 米朝一門と桂米治郎 · 続きを見る »

桂米朝

結び柏は、桂米朝一門の定紋である。 桂 米朝(かつら べいちょう)は、上方落語の名跡。本来は、大名跡である桂米團治を継ぐ前段階の名跡。初代が入門した際、師匠の「米」と夫人の名前である「あさ」から「米朝」とつけたのが始まり。.

新しい!!: 米朝一門と桂米朝 · 続きを見る »

桂米朝 (3代目)

3代目桂 米朝(かつら べいちょう、1925年(大正14年)11月6日 - 2015年(平成27年)3月19日)は、旧関東州(満州)大連市生まれ、兵庫県姫路市出身の落語家。本名、中川 清(なかがわ きよし)。出囃子は『三下り鞨鼓』、『都囃子』。俳号は「八十八」(やそはち)。 現代の落語界を代表する落語家の一人で、第二次世界大戦後滅びかけていた上方落語の継承、復興への功績から「上方落語中興の祖」と言われた。1996年(平成8年)に落語界から2人目の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定され、2009年(平成21年)には演芸界初の文化勲章受章者となった。1979年(昭和54年)に帝塚山学院大学の非常勤講師を務めた。所属は米朝事務所。尼崎市に住んだ。.

新しい!!: 米朝一門と桂米朝 (3代目) · 続きを見る »

桂紅雀

桂 紅雀(かつら こうじゃく、1971年5月15日 - )は滋賀県滋賀郡志賀町(現大津市)出身(出生は京都)の落語家。本名は大江 一夫(おおえ かずお)2008年に結婚し、片山 一夫(かたやま かずお)。所属事務所は米朝事務所。 滋賀県立高島高等学校を経て酪農学園大学中退後、1995年9月に2代目桂枝雀に入門、枝雀の最後の弟子となる。翌1996年4月の東山安井金比羅会館「米朝落語研究会」で初舞台。剣道2段。競馬好きでもある。 2009年9月13日に生涯初の独演会をABCホールで開催。.

新しい!!: 米朝一門と桂紅雀 · 続きを見る »

桂音也

桂 音也(かつら おとや、1935年10月4日 - 1978年3月28日)は、上方噺家でありフリーアナウンサー。本名は今井 清之(いまい きよゆき)、1967年より今井 音也(いまい おとや)。 大阪府箕面市生まれ。.

新しい!!: 米朝一門と桂音也 · 続きを見る »

桂鯛介

桂 鯛介(かつら たいすけ、1980年4月26日)は、大阪府出身の上方落語家。本名は平尾 剛。 大阪芸術大学文芸学科を卒業後、石垣島で食堂を営む。2011年(平成23年)2月1日 に4代目桂塩鯛に入門。4番弟子となる。同年5月20日に初舞台。2014年6月廃業。.

新しい!!: 米朝一門と桂鯛介 · 続きを見る »

桂鯛蔵 (2代目)

2代目桂 鯛蔵(かつら たいぞう、1979年2月10日 - )は、広島市出身の落語家。本名は丸岡 忠佐(まるおか ただすけ)。広島市立基町高校(第48期生)、専修大学法学部法律学科卒業。前名は桂 さん都(かつら さんと)。.

新しい!!: 米朝一門と桂鯛蔵 (2代目) · 続きを見る »

桂雀太

桂 雀太(かつら じゃくた、1977年2月26日 - )は奈良県五條市出身の落語家。本名は岡田 健作(おかだ けんさく)。所属事務所は2017年4月頃まで米朝事務所、以降はフリー。上方落語協会会員(2008年12月師匠雀三郎協会復帰に伴い入会)。 関西大学卒業後、しばらくして2002年5月に桂雀三郎に入門。同年7月、大阪トリイホールでの「雀三郎みなみ亭」にて初舞台。2005年5月よりほぼ毎週、自宅で収録したラジオ番組を公式サイトにて無料配信している。 自ら落語会ができる会場を探し出し、寄席以外の場所(銭湯や洋服屋の倉庫)でも多くの落語会を開催している。 また、年1回トリイホールで「桂雀太ひとり会」を行っている。 落語家・講談師のユニット「セブンエイト」のメンバー。 同ユニット主催のイベント「7時だヨ!8人集合」に出演している。.

新しい!!: 米朝一門と桂雀太 · 続きを見る »

桂雀三郎

桂 雀三郎(かつら じゃくさぶろう)は上方落語の名跡。当代は3代目。.

新しい!!: 米朝一門と桂雀三郎 · 続きを見る »

桂雀五郎

桂 雀五郎(かつら じゃくごろう、1977年4月30日 - )は大阪府豊中市出身の落語家。本名は岸本 尚登(きしもと なおと)。.

新しい!!: 米朝一門と桂雀五郎 · 続きを見る »

桂雀喜

桂 雀喜(かつら じゃっき、1969年5月7日 - )は大阪府茨木市出身の落語家。.

新しい!!: 米朝一門と桂雀喜 · 続きを見る »

桂雀々

桂 雀々(かつら じゃくじゃく、本名:松本 貢一(まつもと こういち)、1960年8月9日 - )は大阪市住吉区我孫子出身で上方の落語家。所属事務所はラルテ。以前は米朝事務所に所属していた(米朝事務所退社後は浅井企画、西口エンタテインメントと業務提携があった)。既婚で、一女一男あり。通称「けい じゃんじゃん」。.

新しい!!: 米朝一門と桂雀々 · 続きを見る »

桂枝雀

桂 枝雀(かつら しじゃく)は上方落語の名跡。2代目の死後は空き名跡となっている。 なお、以下の各代以外にも、昭和10年代の寄席ビラに枝雀の名が確認できる。色物だったとされているが詳細は不明。.

新しい!!: 米朝一門と桂枝雀 · 続きを見る »

桂枝雀 (2代目)

2代目桂 枝雀(かつら しじゃく、本名:前田 達(まえだ とおる)、1939年(昭和14年)8月13日 - 1999年(平成11年)4月19日)は、兵庫県神戸市生まれの落語家。3代目桂米朝に弟子入りして基本を磨き、その後2代目桂枝雀を襲名して頭角を現す。古典落語を踏襲しながらも、超人的努力と空前絶後の天才的センスにより、客を大爆笑させる独特のスタイルを開拓する。出囃子は『昼まま』。実の弟はマジシャンの松旭斎たけし。長男は桂りょうば。 師匠米朝と並び、上方落語界を代表する人気噺家となったが、1999年3月に自殺を図り、意識が回復することなく4月19日に心不全のため死去した。。他、同世代の噺家の中では『東の志ん朝、西の枝雀』とも称されている。.

新しい!!: 米朝一門と桂枝雀 (2代目) · 続きを見る »

桂歌之助

結び柏は、桂歌之助の定紋である。 桂 歌之助(かつら うたのすけ)は、上方落語の名跡。当代は3代目。.

新しい!!: 米朝一門と桂歌之助 · 続きを見る »

桂歌之助 (2代目)

2代目 桂 歌之助(かつら うたのすけ、1946年7月30日 - 2002年1月2日)は岡山県岡山市出身の落語家。本名は北村 和喜(きたむら かずよし)。出囃子は『たぬき』または『八島官女』。.

新しい!!: 米朝一門と桂歌之助 (2代目) · 続きを見る »

桂歌之助 (3代目)

3代目 桂 歌之助(3だいめ かつら うたのすけ、1971年3月13日 - )は、大阪府高槻市出身の落語家。本名は横田 純一郎(よこた じゅんいちろう)。 千葉大学工学部卒業後、1997年3月に2代目桂歌之助に入門し、歌々志(かかし)を名乗る。同年5月の「歌之助百噺」にて初舞台。師匠・歌之助は2002年に没したため、唯一の弟子となった。米朝事務所所属。上方落語協会会員。.

新しい!!: 米朝一門と桂歌之助 (3代目) · 続きを見る »

桂朝太郎

桂 朝太郎(かつら ちょうたろう、1946年2月11日 - )は大阪府出身の落語家。本名は小田 幸吉(おだ こうきち)。大阪高等学校出身。独身。愛称は「朝(ちょう)さん」。.

新しい!!: 米朝一門と桂朝太郎 · 続きを見る »

桂春団治

桂 春団治(かつら はるだんじ)は、上方落語の名跡。本来の旧字体の表記は「春團治」である。代数に含まれていない人物を含めると5代目となる。初代・2代目を顕彰する碑が池田市受楽寺に3代目によって建立されている。.

新しい!!: 米朝一門と桂春団治 · 続きを見る »

桂春団治 (3代目)

花菱は、桂春団治一門の定紋である。ただし春団治はそれに三重の菱形で囲った「菱三升に花菱」の紋を使用。 三代目 桂 春団治(さんだいめ かつら はるだんじ、1930年3月25日 - 2016年1月9日)は、落語家。本名:河合 一(かわい はじめ)。大阪府大阪市出身。旧字体を春團治。所属事務所は松竹芸能に所属していた。上方落語協会会員(相談役、第3代会長)。出囃子は『野崎』。.

新しい!!: 米朝一門と桂春団治 (3代目) · 続きを見る »

桂文之助 (3代目)

三代目 桂 文之助(さんだいめ かつら ぶんのすけ、1956年5月28日 - )は、日本の落語家、桂文之助の当代。前名は桂雀松(かつら じゃくまつ)。本名は片岡 尚人。所属事務所は米朝事務所。上方落語協会会員(2008年12月復帰)。.

新しい!!: 米朝一門と桂文之助 (3代目) · 続きを見る »

桂文團治

桂 文團治(かつら ぶんだんじ)は、上方落語の名跡。文団治とも表記する。初代が、師匠・桂文枝の「文」、歌舞伎の初代市川右團次の「團」、桂一門の宗家・桂文治の「治」から「文團治」としたのが始まり。4代目の死後は空き名跡となっている。代々の紋は初代市川右團次の紋であった三升に花菱を合わせたもの(「菱三升に花菱」)。.

新しい!!: 米朝一門と桂文團治 · 続きを見る »

桂文紅 (4代目)

4代目 桂 文紅(4だいめ かつら ぶんこう、1932年4月19日 - 2005年3月9日)は、大阪の落語家。出囃子は『お兼晒し』。大阪府生まれ。寝屋川高等学校、立命館大学文学部出身。本名:奥村 壽賀男(おくむら すがお)。。上方落語の世界初の大学卒業の噺家。.

新しい!!: 米朝一門と桂文紅 (4代目) · 続きを見る »

桂文都

桂 文都(かつら ぶんと)は、上方落語の名跡。当代は7代目であり、月亭文都(つきてい ぶんと)を名乗る。 東京では、4代目襲名以降と推測されるが、1928年3月に9代目土橋亭里う馬が桂文都を名乗ったと記録にある(上方の文都との関係は不明)。 なお近年、文都を名乗る者として7代目立川談志一門(落語立川流家元)の立川文都(1998年真打昇進と共に襲名 - 2009年死去、大阪府大阪市出身)がおり、6代目文都を自称していた(9代目里う馬の名乗った文都を5代目としていることから。ちなみに6代目文都の兄弟子には10代目里う馬がいる)。 2013年3月19日に月亭八方門下の月亭八天が7代目「月亭文都」を襲名した。.

新しい!!: 米朝一門と桂文都 · 続きを見る »

桂文治

結三柏は、桂文治一門の定紋である。 桂 文治(かつら ぶんじ)は、落語の名跡。当代は11代目。元々は上方落語の名跡であるが、3代目以降は東西に分裂し、5代目以降は江戸・東京の落語の名跡に移る。但し、7代目のみ上方に戻っている(10代目以降は上方の7代目の孫弟子・曾孫弟子に引き継がれているが、いずれも江戸の落語家である)。現在は江戸(東京)桂一門の止め名であり、また東西落語界を含めた桂一門の宗家でもある。 なお、「桂」の亭号の由来に関しては、初代文治が大阪市北区にある佳木山(「桂木山」とあるのは誤り)太融寺の檀家であったことから、寺の山号から連想して名付けたのだという。(大阪市西成区天下茶屋にある石碑「桂塚」の碑文の説。『落語系圖』p63に翻刻あり。) 一方、『落語系圖』p65所載の説によれば、初代文治の先祖が「桂中納言左近」という人であったため「桂」を名乗ったとあるが、詳しいことは不明。.

新しい!!: 米朝一門と桂文治 · 続きを見る »

桂文治 (7代目)

7代目 桂 文治(7だいめ かつら ぶんじ、嘉永元年4月15日(1848年5月17日) - 昭和3年(1928年)9月18日)は、大阪の落語家。.

新しい!!: 米朝一門と桂文治 (7代目) · 続きを見る »

桂文我

結三柏は、桂文我の定紋である。 桂 文我(かつら ぶんが)は、上方落語の名跡。代々の出囃子は「せり」。当代は4代目。.

新しい!!: 米朝一門と桂文我 · 続きを見る »

桂文我 (4代目)

4代目桂文我(かつら ぶんが、1960年8月15日 - )は三重県松阪市出身の落語家。本名は大東 幸浩(おおひがし ゆきひろ)。出囃子は「せり」。.

新しい!!: 米朝一門と桂文我 (4代目) · 続きを見る »

梅田

梅田(うめだ)とは、大阪市北区にあるJR大阪駅や梅田駅を中心とした一帯の地域の名称及び町名。現行行政地名は梅田一丁目から六丁目まで。2010年10月1日現在の人口は384人、世帯数は214世帯。郵便番号は〒530-0001。 JRの他、阪急電車、阪神電車、地下鉄の駅があり、ホテル、百貨店、事務所ビル、歓楽街などが集積する、日本を代表する繁華街の一つである。 梅田から南へ4km程度離れた難波を中心とした一帯を「ミナミ」と呼ぶのに対し、梅田周辺を「キタ」という。最近では、京橋周辺が「ヒガシ」と呼ばれてきている。.

新しい!!: 米朝一門と梅田 · 続きを見る »

橘家圓三

橘家 圓三(たちばなや えんざ)は、落語の名。「橘家」の亭号は元来、東京の三遊亭の傍流であるが、当代は上方の落語家。.

新しい!!: 米朝一門と橘家圓三 · 続きを見る »

橘ノ圓都

橘ノ 圓都(たちばなの えんと、1883年3月3日 - 1972年8月20日)は、神戸出身の落語家。本名:池田豊次郎。享年89。出囃子は『薮入り』。.

新しい!!: 米朝一門と橘ノ圓都 · 続きを見る »

止め名

止め名、留め名(とめな).

新しい!!: 米朝一門と止め名 · 続きを見る »

月亭かなめ

月亭かなめ(つきてい かなめ、1965年11月20日 - )は、日本の元漫才師。吉本興業に所属していた。現在は銀河亭 かなめ(ぎんがてい かなめ)という名で活動している。本名、時津要。.

新しい!!: 米朝一門と月亭かなめ · 続きを見る »

月亭可朝

初代月亭 可朝(つきてい かちょう、1938年3月10日 - 2018年3月28日)は、神奈川県横浜市出身(同県三浦郡葉山町生まれ)、兵庫県西宮市在住の落語家・漫談家。本名は鈴木 傑(すずき まさる)。通称「カチョヤン」。 幕末以来の「月亭」の亭号を名乗り、弟子に月亭八方など、孫弟子に八光や方正などを持ち、「月亭一門」を形成している。定紋は月紋、または桂米朝一門の用いる結び柏。出囃子は「ああそれなのに」または「芸者ワルツ」。 所属事務所は変遷をたどった。デビュー以降、最初の師匠の事務所であった吉本興業に長年所属し、米朝一門に移ったのちも、一門の多くのように米朝事務所(1974年創立)に所属せず、ケーエープロダクション、スパンキープロダクションを経て、フリーとなる。.

新しい!!: 米朝一門と月亭可朝 · 続きを見る »

月亭天使

月亭 天使(つきてい てんし、1974年8月26日 - )は、大阪府豊中市出身の落語家。血液型はB型。本名は福田 和栄(ふくだ かずえ)。.

新しい!!: 米朝一門と月亭天使 · 続きを見る »

月亭太遊

月亭 太遊(つきてい たいゆう、1984年4月21日 - )は、大分県竹田市出身の落語家、お笑い芸人。血液型はA型。本名は後藤 征平 (ごとう しょうへい)。.

新しい!!: 米朝一門と月亭太遊 · 続きを見る »

月亭ハッチ

月亭 ハッチ(つきてい ハッチ、1959年9月9日 - )は、大阪府堺市出身の上方落語家。本名は谷口裕司。上方落語協会会員。.

新しい!!: 米朝一門と月亭ハッチ · 続きを見る »

月亭ハッピー

月亭 ハッピー(つきてい ハッピー、1955年8月9日 - )は、京都府出身の上方落語家。本名は常峰正幸。.

新しい!!: 米朝一門と月亭ハッピー · 続きを見る »

月亭八光

月亭 八光(つきてい はちみつ、1977年4月20日 - )は、日本の落語家、タレント。本名、寺脇 星次(てらわき せいじ)。 大阪府大阪市福島区出身。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。血液型B型。月亭八方の長男。姉は一般人であるため、非公表。.

新しい!!: 米朝一門と月亭八光 · 続きを見る »

月亭八織

月亭 八織(つきてい はおり、1980年1月21日 - )は、滋賀県出身の落語家。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。本名は柴栄 佳美(しばえ よしみ)。 初舞台は2014年12月11日の「八方会」。犬好きなことから、創作落語「お犬様」を披露。.

新しい!!: 米朝一門と月亭八織 · 続きを見る »

月亭八方

月亭 八方(つきてい はっぽう、1948年2月23日 - )は、上方の落語家。上方落語協会顧問。本名、寺脇 清三(てらわき せいぞう)。出囃子は『夫婦萬歳』。 大阪市福島区出身、同区在住。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。浪商高等学校(現:大阪体育大学浪商高等学校)出身。関西学院大学経済学部オープンカレッジコース卒業。 子供は長男(弟子の月亭八光)と長女の2人で、ともに既婚である。八光にはすでに娘もいる。長女は芸能人ではないため非公表であるが、娘婿は長唄の今藤政之祐である。また三千代夫人とは別居生活を送っているが、実際には大通りを挟んですぐそばに互いが居住しており、特に夫婦仲が悪いわけではない。夫人はまた、月亭八方後援会会長を名乗っているほどである。.

新しい!!: 米朝一門と月亭八方 · 続きを見る »

月亭八斗

月亭 八斗(つきてい はっと、1980年8月9日 - )は、落語家。本名は畠山 敬之(はたけやま たかゆき)。血液型はA型。身長は177cm。.

新しい!!: 米朝一門と月亭八斗 · 続きを見る »

月亭生瀬

月亭 生瀬(つきてい いくせ、生没年不詳)は、19世紀中期に活躍した落語家・戯作者(現在の落語作家)。 本名は不詳。初代桂文治門人で、桂幾勢、生世など(亭号も桂亭など)を名乗り桂文来、桂文東、桂文蝶、桂文吾らとならぶ高弟であった。また同じ一門の桂力造は兄弟だったともいわれる。後、師のもとを去り文化・文政時代には現役を引退して文筆業に専念する。師のための創作を行ったり、「大寄噺の尻馬」・「風流俄選」などの噺本、俄芝居の台本、歌舞伎狂言の脚本や替え歌の作者など旺盛な活動を行い、幕末期の大坂において戯作者として第一級の活躍をした。晩年は上方落語界の長老として上方5代目桂文治の名跡を預かるなど重きをなした。 亭号の月亭は明治以降、2代目文枝襲名に敗れた桂文都が桂派に対抗するために2代目月亭文都と名乗って継承していくことになり、現在にも伝わっている。 なお「生瀬」の名跡は明治に入り数人名乗ったことが確認出来る。2011年6月には、小佐田定雄、桂九雀、笑福亭三喬らによって、生瀬作の「七福神」「おろち山」「念仏小僧」などの創作が復活口演されている。.

新しい!!: 米朝一門と月亭生瀬 · 続きを見る »

月亭遊方

月亭 遊方(つきてい ゆうほう、1964年9月4日 - 、本名・斉野 雄介)は、兵庫県西宮市出身の落語家。出囃子は「岩見」。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。 自称「高座のロックン・ローラー」。ロック・マニアである。定紋は月紋(または結三柏)。.

新しい!!: 米朝一門と月亭遊方 · 続きを見る »

月亭連方

月亭 連方(つきてい れんぽう、1972年11月13日 - )は、上方噺家。パーソナリティ。大阪市出身。元吉本興業所属。血液型はB型。本名は岩本 達也(いわもと たつや)。.

新しい!!: 米朝一門と月亭連方 · 続きを見る »

月亭方正

月亭 方正(つきてい ほうせい、1968年2月15日 - )は、日本の落語家、お笑いタレント。よしもとクリエイティブ・エージェンシー大阪本部所属。NSC6期生。本名および旧芸名は山崎 邦正(やまさき ほうせい)。 兵庫県西宮市出身で大阪府箕面市在住(サンケイスポーツ 2012年8月21日11:22配信 2013年1月1日閲覧)。既婚であり、息子が1人と娘が2人いる。兵庫県立西宮南高等学校、立正大学心理学部卒業。 同大学院心理学研究科修士課程中退。 2013年1月より芸名を本名「山崎 邦正」から、高座名「月亭 方正」に改名。上方落語協会会員。出囃子は「ヤマザキ一番」。.

新しい!!: 米朝一門と月亭方正 · 続きを見る »

月亭文都 (2代目)

2代目 月亭 文都(にだいめ つきてい ぶんと、1843年 - 1900年4月25日)は、日本の落語家(上方噺家)。本名: 岡田龜吉。出囃子は『玉川くずし』。.

新しい!!: 米朝一門と月亭文都 (2代目) · 続きを見る »

月亭文都 (7代目)

7代目 月亭 文都(つきてい ぶんと、1960年9月12日 - )は上方噺家。出囃子は「おかめ」(替えは「楠公」)。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。血液型はB型。本名は宮田 健司(みやた けんじ)。月亭文都の当代である。初名は「月亭八天」。.

新しい!!: 米朝一門と月亭文都 (7代目) · 続きを見る »

春団治一門

春団治一門(はるだんじいちもん)は、「上方落語の四天王」の1人、3代目桂春団治を頂点とする落語家の一派。2000年より毎年4月29日には、春団治三代の碑がある池田市で「春団治まつり」を開催している。一門の多くは松竹芸能に所属するが、他の芸能事務所に所属する者やフリーで活動している者もいる。名前については「團」の字を用いる場合もあるが、ここでは「団」に統一した。.

新しい!!: 米朝一門と春団治一門 · 続きを見る »

浅井企画

株式会社浅井企画(あさいきかく)は、日本の芸能事務所。所在地は東京都品川区東五反田。.

新しい!!: 米朝一門と浅井企画 · 続きを見る »

文枝一門

結三柏は、桂文枝一門の定紋である。 文枝一門(ぶんしいちもん)は、「上方落語の四天王」の1人、5代目桂文枝を頂点とする落語家の一派。主によしもとクリエイティブ・エージェンシーに所属するが、文福のように個人事務所を設立している者(2010年よしもと復帰)や、松竹芸能に所属する者(文鹿が在籍していたが2014年退社)もいる。 5代目文枝は生前に桂派の由緒ある名跡(文枝、小文枝、文吾、小文吾、文左衛門、花橘など)を預かっているとされる。2012年7月16日には筆頭弟子の三枝が「六代 桂文枝」を襲名した。.

新しい!!: 米朝一門と文枝一門 · 続きを見る »

出ていきます入ってきます
ヘイ!私たちは今、Facebook上です! »