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煎茶道

索引 煎茶道

茶道(せんちゃどう)は、広義には茶道の一種。ただし、一般的には茶道は抹茶を用いる抹茶道を指すことから、急須等を用いて煎茶や玉露などの茶葉に湯を注いで飲む形式を採る煎茶道は、茶道とは別のものとして捉えられている。.

45 関係: 売茶翁大衆小川流巾筒中国の歴史三千家京都建水土瓶ボーフラわび・さびカルト入間市博物館全日本煎茶道連盟器局皇風煎茶禮式玉露火鉢結界煎茶隠元隆き花月菴流道士萬福寺風流西洋黄檗宗茶壺 (煎茶道)茶入茶道茶量茶櫃茶托提籃水差し水注泉涌寺涼炉清談湯冷まし文明開化急須1956年2017年

売茶翁

売茶翁(ばいさおう、まいさおう、延宝3年5月16日(1675年7月8日) - 宝暦13年7月16日(1763年8月24日))は、江戸時代の黄檗宗の僧。煎茶の中興の祖。本名は柴山元昭、幼名は菊泉。法名は月海で、還俗後は高遊外(こうゆうがい)とも称した。.

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大衆

大衆(たいしゅう)とは、社会を占める「大多数の・大勢を占める」とされる人々、またはそれに属する個人を指す言葉である。類義語には主に政治用語として使用する民衆(みんしゅう)、危機管理の対象としては群衆(ぐんしゅう)などがある。また国家という単位に於いては、国民も同語に類される。政治学、社会学などの社会科学分野においては大衆は匿名性を帯びた無責任な集団としての意味合いを持ち、顕名性をもつ市民との対比で用いられる。仏教用語における大衆とは、仏法によって調和のとれた人々の集まりの意。.

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小川流

小川流(おがわりゅう)とは、江戸時代末期に、京都の小川可進(初代 小川後楽)(1786~1855)が開いた煎茶道の流派である。家元は代々、可進の号であった「後楽」を襲名する。 小川可進は荻野台州に医を学んで御典医をつとめたが、若いころから煎茶への関心が強く、五十歳で医業を廃して煎茶家に転じた。 日本での喫茶の歴史は古く、煎茶は文人墨客の余技として古くから親しまれてきたが、流祖小川可進は茶の真味に基づき「茶は渇を止むるに非ず、喫するなり」と主張し、もと医者であった持ち味を生かして、衛生的かつ合理的な独自の煎茶法をあみ出した。宇治を代表とする日本の茶葉に適した、日本的な煎法や新しい茶器の創案で、煎茶の世界を一新したのは、この小川可進であった。すでに述べてきたように、日本での喫茶の歴史は古く、また煎茶も当時相当広く行なわれていたが、四季の移り変わりといった自然界の諸条件や茶の本質的な究明に基づく独特の煎法の創造は、日本では可進によって初めて世に問われたものである。当時、茶器や書画骨董を誇示する傾向に堕しかかっていた煎茶の世界に対し、小川可進は茶葉の性質を知り、その味を引き出すための合理的な手順を追求した煎法を定め、小川流を開いた。「煎茶の法有る、実に翁を以て嚆矢と為す」といわれ、茶具の選択・配列そして手順など、それまで一定の煎法に法則をもたらした。しかしその法則というものも「茶には法あって式なし、式はその法中にあり」(『喫茶弁』)といわれたように、いたずらに形式にこだわるものではなく、茶の本来の真味をひきだすための、必然的な手順の積み重ねから成り立っている。今でいう科学的な観察に基づいて、四季十二節の気象条件を考慮し、また医者の立場からの衛生的な配慮も当時としては、ずいぶん革新的なものであった。原理にかない、しかも風雅な煎法には多くの京洛の貴紳も関心を寄せ、幕末においては、近衛忠煕や一条忠香らをはじめとする京都の公家や文人らにも愛好された。第二次世界大戦後、6代目・小川後楽は、畳に座らず椅子と机を用いる立礼での手前を考案した。.

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巾筒

巾筒(きんとう)は茶道、煎茶道で茶巾を入れる道具。「茶巾筒」。.

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中国の歴史

中国の歴史(ちゅうごくのれきし)、あるいは中国史(ちゅうごくし)とは、中国または中国大陸における歴史のこと。 中国の黄河文明は古代の世界四大文明の一つに数えられ、また、黄河文明よりもさらにさかのぼる長江文明が存在した。以降、現代までの中国の歴史を記す。 なお、その対象は、中国大陸の歴史であり、漢民族の歴史ではない。.

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三千家

三千家(さんせんけ)とは、茶道の流派のうち、表千家・裏千家・武者小路千家を総していう呼び名である。千利休の後妻の連れ子であり、娘婿である千少庵系統の家であり、本家の堺千家に対して傍系に当たる。.

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京都

京都(きょうと、みやこ、きょうのみやこ、Kyōto)は、日本の都市の1つである。 都、もしくは京ともいい、歴史的には794年に日本の首都に定められた都城・平安京で、当時は日本の政治・文化の中心地であった。.

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建水

建水(けんすい)とは、茶道具の一つで、茶碗を清めたり温めたりしたときに使った湯や水を捨てるために使うもの。「こぼし」とも言う。材質は陶器、磁器、曲物(木地物)、唐銅や(金属器)、近年はアクリル製など軽くて丈夫な物も使用することもある。形状は筒型や桶型、壺型、碗型など、湯を捨てやすいように口は大きく開いている物がほとんどである。.

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土瓶

陶器製の土瓶 土瓶(どびん)は、陶磁器製の瓶であり、日本の伝統的な食器の一種。湯を沸かしたり、薬草を煎じたりする容器の一種。国際的には teapot (ティーポット)の一種と認識されている。 陶器製の物には直接火に掛けられる物がある。磁器製の物は火に掛けず急須のように使う。横手(よこで)の急須や後手(うしろで)のポットに比べると容量が大きく、肉厚の物が多い。 基本的な形状は湯(水)を溜める胴部に注ぎ口が付いており、その胴の肩の両側に耳をつけ、両耳の間に弦(つる)を掛け渡し、持ち手とする。胴部本体の上に持ち手がくるので、上手(うわで)という。持ち手は胴部と一体になった陶磁器製のこともあるが、熱を伝えにくい別材(竹材や藤材)が付いていることが多い。 蒸し料理の土瓶蒸し(どびんむし)にも用いられる。高温の土瓶を台に置く際には、断熱効果のある土瓶敷き(どびんしき)が用いられることがある。 かつては欠かせない生活用具の一つとして平均的家庭に必須の食器であったが、現代における金属製(特にアルミ製やステンレス製)のやかんの普及や、昭和末期から平成時代にかけての魔法瓶や電気ポット、ペットボトル入りの茶製品の普及によって、土瓶の需要は大幅に減じた。しかし、急須と同じ用途や先述の土瓶蒸しの容器として用いられることについては、昔と今でそれほど変化は無い。.

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ボーフラ

ボーフラは、湯沸かし道具の一つで、土瓶の一種。主に煎茶道の手前で使う。.

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わび・さび

わび・さび(侘・寂)は、日本の美意識の1つ。一般的に、質素で静かなものを指す。本来侘(わび)と寂(さび)は別の概念であるが、現代ではひとまとめにされて語られることが多い。.

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カルト

ルト(culte、cult)は、悪しき集団であることを明確にするために用いられる通俗用語である。良い意味ではなく、反社会的な団体を指す世俗的な異常めいたイメージがほぼ定着し島田裕巳 『日本の10大新宗教』(幻冬舎、2007年11月30日) ISBN 978-4344980600 、犯罪行為を犯すような反社会的な集団を指して使用される。元来は、「儀礼・祭祀」の意味を表す、否定的・批判的なニュアンスを持たない宗教用語であった。 ヨーロッパでは、一般的な宗教から派生した団体を「セクト」と呼び竹内節子 『カルトか宗教か』(文藝春秋 1999年11月20日) ISBN 978-4166600731、ときに、同義として扱われることもある。 「少数の熱烈な信奉者を指す用法」(カルト・ムービーなどの肯定的な意味)は#サブカルチャーでの用例の節を参照。.

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入間市博物館

入間市博物館(いるましはくぶつかん)は、埼玉県入間市にある博物館である。愛称は「アリット」。.

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全日本煎茶道連盟

一般社団法人全日本煎茶道連盟(にほんせんちゃどうれんめい)は、煎茶道の普及発展を目的として結成された社団法人。但し、日本の煎茶道全流派が加盟しているわけではない。.

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器局

器局(ききょく)は煎茶道で使われる茶道具の一つ。.

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皇風煎茶禮式

皇風煎茶禮式(こうふうせんちゃれいしき)は、煎茶道の流派の一つ。京都市上京区にあり、全国規模の門人を有する。.

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玉露

玉露(ぎょくろ)とは、日本茶の一種。製造法上の分類としては煎茶の一種であるが、栽培方法に特徴がある。茶でテアニンは根で生成され、幹を経由して葉に蓄えられる。テアニンに日光があたるとカテキンに変化する。すなわち、玉露の原料となる茶葉は、収穫の前(最低二週間程度)日光を遮る被覆を施される。これにより、煎茶の旨味の原因とされるテアニンなどのアミノ酸が増加し、逆に渋みの原因とされるカテキン類(いわゆるタンニン)が減少する。また、被覆により特徴的な香り(覆い香)が生ずる。このような栽培方法は碾茶と同様であるが、すでに安土桃山時代に行われていたとの記録がある。.

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火鉢

陶器の丸火鉢 火鉢(ひばち)は、陶磁器や金属や木材などでできた器具で、入れた灰の上で炭を燃焼させ、暖房や湯沸かしや簡単な調理を行うもの。火櫃(ひびつ)や火桶(ひおけ)などともいい、冬の季語。広辞苑第5.

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禅(ぜん)は、大乗仏教の一派である禅宗(ぜんしゅう)の略、もしくは、サンスクリット語の dhyāna (ディヤーナ)の音写、禅那(ぜんな)の略である『広辞苑』「禅」。また坐禅(座禅)の略としての意もある。本項では宗派についての禅宗について述べる。.

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結界

結界(けっかい)とは、仏教において、サンガ(saṃgha, 僧伽(そうぎゃ)四人以上の比丘(びく)または比丘尼(びくに)により構成される出家者の集団)がひとつの「現前(げんぜん)サンガ」(sammukhībhūta-saṃgha)理念の上で全世界のあらゆる比丘・比丘尼によって形成される「四方(しほう)サンガ」(cātuddisasaṃgha)に対し、特定の拠点において、四人以上の比丘(または比丘尼)をメンバーとして活動する個々のサンガを指す。の空間領域(sīmā.

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煎茶

茶(せんちゃ)は、日本茶の1つ。 狭義の「煎茶」とは日光を遮らずに栽培し、新芽を使い繊細に加工したものである。 広義の「煎茶」とは、茶葉を揉まずに乾燥して粉末にした抹茶(てん茶)に対して、茶葉を湯に浸して(煮出して)成分を抽出する「煎じ茶」のことをいう。 玉露やかぶせ茶は栽培方法で日光を遮る点、また番茶は大きな葉や茎を使用する点において狭義の煎茶と異なる。.

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隠元隆き

元隆琦の上陸地に建つ記念碑(右) - 京都府宇治市 隠元 隆琦(いんげん りゅうき、特諡として大光普照国師、仏慈広鑑国師、径山首出国師、覚性円明国師、勅賜として真空大師、華光大師、万暦20年・文禄元年11月4日〈1592年12月7日〉 - 寛文13年4月3日〈1673年5月19日〉)は、明末清初の禅宗の僧。日本黄檗宗の祖。福建省福州福清県の生まれで、その俗姓は林である。 隠元自身は臨済正宗と称していたが、独特の威儀を持ち、禅とさまざまな教えを兼ね併せる当時の「禅浄双修」の念仏禅や、「禅密双修」の陀羅尼禅を特徴とする明朝の禅である「明禅」を日本に伝えた。また、道者超元と共に当時の禅宗界に多大な影響を与え、江戸時代における臨済・曹洞の二宗の戒律復興運動等にも大きな貢献をした。 なお、明代の書をはじめとして当時の中国における文化や文物をも伝え、隠元豆の名称に名を残し、日本における煎茶道の開祖ともされる。.

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花月菴流

花月菴流(かげつあんりゅう)は江戸時代末期に田中鶴翁によって起こされた煎茶道の流派である。当初の名称は「清風流」であったが、後に現在の名称に改定。煎茶道流派としては小川流と並んで最も古い流派であり、「宗匠茶」の代表格とされる。当代家元は田中香坡。.

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道士

道士(どうし)とは、道教を信奉し、道教の教義にしたがった活動を職業とするもの。 男性の道士は乾道(けんどう)、女性の道士は坤道(こんどう)と呼ばれる。 1997年時点で、中国には2万5000人余りの道士がいた。2011年には10万人の道士がいる。 道士の服装は道袍と称し、中国古代の漢服の一種で、頭には古代の冠巾をかぶり、足には雲履と称する下履きを履いている。 道士は主に宮、道観、道院、廟、洞などと称する場所に住まい、そこで宗教活動を行っている。 また宗派によっても形態が異なり、全真教の道士は出家し、頭髪や鬚をのばし、髻をゆっている。また、精進料理を食べ、修養を重んじる。一方、正一教の道士は出家しない、在家の道士で、髪を剃り、護符を書いたり、道教儀礼を行うことを主な活動としている。 日本では1980年代に香港や台湾のキョンシー映画を通して、一躍存在が広く知られるようになったが、娯楽映画では実際の道士が正しく描かれているとはいいがたい。.

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萬福寺

萬福寺(まんぷくじ)は、京都府宇治市にある黄檗宗大本山の寺院。山号は黄檗山、開山は隠元隆琦、本尊は釈迦如来である。日本の近世以前の仏教各派の中では最も遅れて開宗した、黄檗宗の中心寺院で、中国・明出身の僧隠元を開山に請じて建てられた。建物や仏像の様式、儀式作法から精進料理に至るまで中国風で、日本の一般的な仏教寺院とは異なった景観を有する。 「万福寺」と表記されることもあるが、宗教法人としての名称は「萬福寺」であるため、本項でも「萬福寺」と表記する。.

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風流

流(ふりゅう)とは、中世以後の日本において高揚した美意識の1つ。人目を驚かすために華美な趣向を凝らした意匠を指し、婆娑羅や数寄とともに侘び・寂びと対峙する存在として認識された。後にはこうした意匠に沿った芸能や美術・建築などにも用いられた。なお、室町時代の漢和辞典である『下学集』には「風流の義也。日本の俗、拍子物を呼びて風流と曰ふ」とある。 風流のひとつである田楽の起源について大江匡房の『洛陽田楽記』には、「初め閭理よりして、公卿に及ぶ」(初めは田舎の人々が行い、やがて公家に及んだ)とあるように、風流は平安時代半ばから江戸時代まで続いた庶民による文化運動だった。 風流に属する分野は多岐にわたる。例えば本田安次は『日本の伝統芸』において、風流の全体を以下のように分類している。.

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西洋

西洋(せいよう、)は、キリスト教文明に根ざしたヨーロッパ諸国、及び北アメリカを指すが、その指し示す範囲は多様である。歴史的にはオクシデント(Occident)とも呼ばれ、その対立概念は東洋(the East, Orient、オリエント)である。.

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黄檗宗

檗宗(おうばくしゅう)は、日本の三禅宗のうち、江戸時代に始まった一宗派。江戸時代初期に来日した隠元隆琦(1592 - 1673年)を開祖とする。本山は、隠元の開いた京都府宇治市の黄檗山(おうばくさん)萬福寺。.

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茶壺 (煎茶道)

七宝焼茶壺(ジョージ・ウォーター・ヴィンセント・スミス美術館所蔵) 茶壺(ちゃこ、ちゃつぼ、Jar)は、煎茶道で使用する道具の一つ。流派によっては「茶心壺」「茶入」「葉茶器」「茶鑵」「茶瓶」「茶盒」とも呼ばれる。茶道の茶入と同じ目的の道具であり、名品は茶道における茶入同様に珍重され、他の道具より格上の扱いをされることも多い。.

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茶入

茶入(ちゃいれ、Jar)とは、広義には抹茶を入れるのに用いる茶器全体を指し、狭義には棗に代表される木製茶器(薄茶器参照)に対する陶磁器製の茶器を指す。 古くは茶壺を「大壺」と呼んだことに対して「小壺」と呼ばれ、また「葉茶壺」(はちゃつぼ)に対して抹茶を入れる容器として「擂茶壺」(すりちゃつぼ)とも呼ばれた。現在では濃茶を入れる容器として特に「濃茶器」(こいちゃき)とも呼ばれる。.

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茶道

茶を点てる様子。写真は、盆と鉄瓶を使った簡略的な点茶の例。 茶道(さどう、ちゃどう)は、日本伝統の湯を沸かし、茶を点(た)て、茶を振る舞う行為(茶の儀式)。また、それを基本とした様式と芸道。 元来「茶湯」(ちゃとう)、「茶の湯」といった。千利休は「数寄道」、小堀政一(遠州)は「茶の道」という語も使っていたが、江戸時代初期には茶道と呼ばれた(『茶話指月集』『南方録』など)。「茶道」の英語訳としては tea ceremony のほか、茶道の裏千家と表千家ではそれぞれ the way of tea、chanoyu を用いている。岡倉覚三(天心)は英文の著書 The Book of Tea(『茶の本』)において、Teaism と tea ceremony という用語を使い分けている。 主客の一体感を旨とし、茶碗に始まる茶道具や茶室の床の間にかける禅語などの掛け物は個々の美術品である以上に全体を構成する要素として一体となり、茶事として進行するその時間自体が総合芸術とされる。 現在一般に、茶道といえば抹茶を用いる茶道のことだが、江戸期に成立した煎茶を用いる煎茶道も含む。 広間の茶室の例 道具は左から風炉と釜、建水、柄杓立と柄杓、水指、煙草盆と火入・灰吹。床の間には掛物(一行書「明月和水流」)と花入、香合を飾る。 草庵風茶室の例(高台寺遺芳庵) 草庵風茶室の例(如庵).

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茶量

茶量(ちゃりょう)は煎茶道で使用される道具の一つ。流派によって「茶合」「仙媒(せんばい)」「茶則」「茶計」とも言われる。類似の道具に茶さじがある。.

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茶櫃

茶櫃(ちゃびつ、あるいはちゃひつ)は煎茶道具一式を入れて置く蓋付きの容器。 形状は高さの低い円筒形。蓋は盆としても使用できる。本来「櫃」は蓋付きの大きな木箱一般を指す。近年はプラスチック製もある。 かつては家庭に一台はあった物で、少し前のホームドラマではちゃぶ台の横に置いてあった小道具として欠かせない存在であった。しかし、ペットボトル入りのお茶の普及などで一般家庭からは急速にその姿を消しつつある。古い民宿や旅館などでは今でも時折見かけることが出来る。 煎茶道各流派ではこの茶櫃を使ったお手前を入門編として設定していることが多い。その場合は茶道具として本来の木製のものが使用される。.

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茶托

茶托(ちゃたく)は、湯茶の入る茶碗の下に敷く受け皿 特許庁。もっとも、茶を飲む時に絶対に必要なものというものではないため、庶民の日常生活においては使われないこともある。逆に、客を接待する際には相手に対する敬意を表すための礼儀として用いられることが多い。また、抹茶を飲む茶碗にも使わない。但し、茶道では天目台という茶托に似た道具がある。 紅茶、コーヒーなどヨーロッパ式の茶を飲む道具では、茶托に類する、カップと同柄のカップソーサーが使われる。.

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提籃

提籃(ていらん)は煎茶道で使う茶道具の一つ。煎茶道具一式を収納する籠。本来野点で使う道具であり、室内では余り使わないとされる。.

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水差し

水差し(みずさし).

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水注

水注(すいちゅう、みずつぎ)は、茶道、煎茶道または書道で使用される、水をつぎ足すための道具。茶道と煎茶道とでは使われ方が僅かに異なる。 英語で、ジャグ(jug)と呼ばれる。.

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泉涌寺

泉涌寺 (せんにゅうじ)は、京都市東山区泉涌寺山内町(やまのうちちょう)にある真言宗泉涌寺派総本山の寺院。山号は東山(とうざん)または泉山(せんざん)。本尊は釈迦如来、阿弥陀如来、弥勒如来の三世仏。 平安時代の草創と伝えるが、実質的な開基(創立者)は鎌倉時代の月輪大師俊芿(がちりんだいししゅんじょう)である。東山三十六峰の南端にあたる月輪山の山麓に広がる寺域内には、鎌倉時代の後堀河天皇、四条天皇、江戸時代の後水尾天皇以下幕末に至る歴代天皇の陵墓があり、皇室の菩提寺として「御寺(みてら)泉涌寺」と呼ばれている。真言宗十八本山8番札所。洛陽三十三所観音霊場20番札所。京都十三仏霊場6番札所。泉山七福神巡り番外(楊貴妃観音)札所。.

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涼炉

茶道で使用する風炉 涼炉(りょうろ)は煎茶道で使用する湯を沸かす道具の一つ。「焜炉」「茶炉」「風炉」とも言われる。.

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清談

清談(せいだん)とは、古代中国における知識人たちの哲学的な談話のこと。.

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湯冷まし

湯冷まし(ゆざまし)は煎茶道における茶道具の一つ。茶を入れるための湯を冷ます道具である。 形状はピッチャーから取っ手を外したものである。湯の温度を効率よく下げるため、底より口を大きく作ってあることが多い。 この道具は日本独特の茶である玉露抽出のための道具である。玉露を抽出するには60度前後の湯が適温とされる。ボーフラややかんで沸かしたばかりの湯は熱いため、一旦冷まして温度を下げる必要がある。 紅茶や中国茶等の外国の茶道具に類例の道具は存在しない。但し、中国茶には「茶海」という形状の類似した道具が存在する。この茶海は湯温を下げる道具ではなく、適度な濃度に抽出された茶を急須(「茶壺」という)から一旦移しておく道具である。 通常、湯冷ましのみが単独で売られていることは少なく、同じデザインの急須あるいは宝瓶(泡瓶)と茶碗数個とセットになって販売されていることが多い。 category:煎茶道 category:日用品 category:容器 Category:茶道具.

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文明開化

旧開智学校。明治政府による学校令が出されてから、建設された「近代学校」のための建造物である。「文明開化」とは西洋の文明や制度を導入するだけではなく西洋の文化風俗まで導入したところに特徴がある。 文明開化(ぶんめいかいか)とは、明治時代の日本に西洋の文明が入ってきて、制度や習慣が大きく変化した現象のことを指す。さらに、「西洋のものなら何でもよい」という考えすら出ていた。 近代化=西欧化そのものは明治時代に於いて一貫した課題であったが、文明開化という言葉は、一般に明治初期に、世相風俗がこれまでの封建社会から大きく変わった時期を指して使われる。その社会が変化していく時代を強調し「開化期(かいかき)」、「御一新(ごいっしん)」などの別称もある。.

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急須

急須(きゅうす)は、茶をいれて注ぐ際に使用される容器。.

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1956年

記載なし。

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2017年

この項目では国際的な視点に基づいた2017年について記載する。.

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