ロゴ
ユニオンペディア
コミュニケーション
Google Play で手に入れよう
新しい! あなたのAndroid™デバイスでユニオンペディアをダウンロードしてください!
インストール
ブラウザよりも高速アクセス!
 

新思潮

索引 新思潮

『新思潮』(第1次)創刊号の表紙 新思潮(しんしちょう)は、日本の文芸雑誌である。『帝国文学』に対抗して1907年(明治40年)小山内薫が創刊したが振るわず挫折。以後、帝大生により復活され、東京大学(東京帝国大学)系の同人誌として後に続いた。特に第3次-第4次新思潮の同人菊池寛、芥川龍之介、久米正雄、松岡讓らを新思潮派といい、大正文学の一つの拠点になった。新思潮の名は前任者の了解を取れば誰でも使用する事が出来た。.

100 関係: 原田康子同人誌吉行淳之介堤重久夏目漱石大宅壮一大村彦次郎奥野健男小山内薫小島輝正小野二郎小林勝 (小説家)小林正山下肇山本有三岡谷公二島崎藤村嶋中鵬二川崎賢子川端康成中井英夫中村哲中戸川吉二三田文学三浦朱門一戸務平田次三郎久米正雄今東光佐野文夫徳間書店後藤末雄土屋文明ヘンリック・イプセン嘉門安雄和辻哲郎アナトール・フランスアントン・チェーホフ写真化学研究所元吉瑞枝矢島輝夫石浜金作磯田光一福岡高等学校 (旧制)福田清人秋山六郎兵衛田山花袋芥川龍之介芥川龍之介賞芦田均...蟻二郎菊池寛青江舜二郎飯島正高知高等学校 (旧制)高見順谷崎潤一郎豊島与志雄鼻 (芥川龍之介)近衛文麿近藤耕人郷正文能島廉鈴木彦次郎阪田寛夫阿川弘之藤森成吉那須辰造野口武彦臼井吉見金鶴泳柘植光彦恒藤恭東京大学松岡譲松浦寿輝村島健一村上兵衛村松正俊梶山季之沼野充義深田久弥湯地孝澤井繁男木村荘太有吉佐和子成瀬正一 (フランス文学者)成瀬正勝明治浦和高等学校 (旧制)浅野晃新潮文芸雑誌日本早稲田文学手塚富雄曽野綾子晶文社1907年1972年 インデックスを展開 (50 もっと) »

原田康子

原田 康子(はらだ やすこ、1928年1月12日 - 2009年10月20日)は日本の小説家である。本名は佐々木康子(旧姓:原田)「原田康子さん死去:作家:『挽歌』ベストセラー81歳」 毎日新聞 2009年10月22日、14版、29面。。.

新しい!!: 新思潮と原田康子 · 続きを見る »

同人誌

同人誌(どうじんし)とは、同人(同好の士)が、資金を出し作成する同人雑誌(どうじんざっし)の略語。非営利色の強い少部数の商業誌を含めて、「リトルマガジン」と呼ぶこともあり、同人誌に用いる場合は文学・評論系に限られる。「ミニコミ誌」も参照。 漫画同人誌の場合、概して小冊子相当の少ないページ数のものが多い。 同人誌文化の盛んな国では愛好者が多くいる一方、権利(知的財産権)・表現(特に性的その他反社会的な表現)・流通などの問題も絡む(世界最大の同人誌即売会・コミックマーケット).

新しい!!: 新思潮と同人誌 · 続きを見る »

吉行淳之介

吉行 淳之介(よしゆき じゅんのすけ、1924年(大正13年)4月13日 - 1994年(平成6年)7月26日)は、日本の小説家。代表作に『驟雨』『砂の上の植物群』など。対談やエッセイの名手としても知られた。.

新しい!!: 新思潮と吉行淳之介 · 続きを見る »

堤重久

堤 重久(つつみ しげひさ、1917年8月 - )は、文芸評論家、京都産業大学名誉教授。太宰治の一番弟子で、著書に『太宰治との七年間』がある。 東京新宿の開業医の息子。旧制東京府立高等学校(後の東京都立大学を経て現在の首都大学東京)3年在学時、18歳のとき、『晩年』を読んで衝撃を受け、太宰治に心酔する。(府立高の1級上の友人に小田切秀雄がいた。)小田切の紹介で清水幾太郎の門人となる。 東京帝国大学(現・東京大学)文学部独文科で木村謹治や相良守峯、中島健蔵、辰野隆に師事。大学在学中、平田次三郎、山下肇、小島輝正たちと共に「新思潮」に参加。 1940年初冬に太宰の門人となる。1942年大学卒業後は東大図書館に勤務しつつ、作家を志して長篇小説を執筆。戦時中は外交官の伯父の勧めで外務省に勤務し、外交官試験の準備をする。太宰の死後は京都市に住み、京都産業大学で教えた。 『晩年』など太宰の初期作品に比べて『人間失格』などの後期作品には否定的な立場を取った。弟堤康久は前進座の俳優で、太宰に『正義と微笑』の材料となる日記を提供した。.

新しい!!: 新思潮と堤重久 · 続きを見る »

夏目漱石

夏目 漱石(なつめ そうせき、1867年2月9日(慶応3年1月5日) - 1916年(大正5年)12月9日)は、日本の小説家、評論家、英文学者。本名、夏目 金之助(なつめ きんのすけ)。江戸の牛込馬場下横町(現在の東京都新宿区喜久井町)出身。俳号は愚陀仏。 大学時代に正岡子規と出会い、俳句を学ぶ。帝国大学(後の東京帝国大学、現在の東京大学)英文科卒業後、松山で愛媛県尋常中学校教師、熊本で第五高等学校教授などを務めた後、イギリスへ留学。帰国後、東京帝国大学講師として英文学を講じながら、「吾輩は猫である」を雑誌『ホトトギス』に発表。これが評判になり「坊っちゃん」「倫敦塔」などを書く。 その後朝日新聞社に入社し、「虞美人草」「三四郎」などを掲載。当初は余裕派と呼ばれた。「修善寺の大患」後は、『行人』『こゝろ』『硝子戸の中』などを執筆。「則天去私(そくてんきょし)」の境地に達したといわれる。晩年は胃潰瘍に悩まされ、「明暗」が絶筆となった。 夏目漱石誕生之地碑.

新しい!!: 新思潮と夏目漱石 · 続きを見る »

大宅壮一

大宅 壮一(おおや そういち、1900年(明治33年)9月13日 - 1970年(昭和45年)11月22日)とは、日本のジャーナリスト、ノンフィクション作家、評論家。妻は大宅壮一文庫の理事長を務めた大宅昌、三女はジャーナリストの大宅映子。.

新しい!!: 新思潮と大宅壮一 · 続きを見る »

大村彦次郎

大村 彦次郎(おおむら ひこじろう、1933年9月27日 - )は東京府出身の編集者、文芸評論家。.

新しい!!: 新思潮と大村彦次郎 · 続きを見る »

奥野健男

奥野 健男(おくの たけお、1926年〈大正15年〉7月25日-1997年〈平成9年〉11月26日)は、文芸評論家・化学技術者。多摩美術大学名誉教授。父は最高裁判事の奥野健一。.

新しい!!: 新思潮と奥野健男 · 続きを見る »

小山内薫

小山内 薫(おさない かおる、1881年(明治14年)7月26日 - 1928年(昭和3年)12月25日)は、明治末から大正・昭和初期に活躍した劇作家、演出家、批評家。日本の演劇界の革新にその半生を捧げた。.

新しい!!: 新思潮と小山内薫 · 続きを見る »

小島輝正

小島 輝正(こじま てるまさ、1920年1月27日 - 1987年5月5日)は、日本のフランス文学者、翻訳家、文芸評論家。 父の任地札幌に生まれる。本籍地東京。東京府立高等学校から、1941年東京帝国大学仏文科をくりあげ卒業。仏印で貿易の仕事をするが敗戦で46年帰国。49年洛陽書院を興すがうまく行かず、50年神戸大学文理学部講師、55年助教授。『新日本文学』などに寄稿。64年教養部教授となり1983年定年退官、松蔭女子学院大学教授。1980年大阪文学協会理事長となり大阪文学学校の運営に携わり、織田作之助賞を創設。84年フランス政府よりパルム・アカデミー勲章を授与される。没後、大阪文学学校は小島輝正賞を創設した。 ルイ・アラゴンなどシュールレアリズム、ジャン=ポール・サルトルの実存主義を紹介するほか春山行夫を論じるなどした。大門充(おおもんじゅう)は別名義。著作集全5巻がある。(著作集の年譜による)『小島輝正ノート』中尾務(浮游社、2001)がある。.

新しい!!: 新思潮と小島輝正 · 続きを見る »

小野二郎

小野二郎(おの じろう).

新しい!!: 新思潮と小野二郎 · 続きを見る »

小林勝 (小説家)

小林勝(こばやし まさる、1927年11月7日 - 1971年3月25日)は、日本の作家である。代表作に『断層地帯』『蹄の割れたもの』戯曲『檻』などがある。早稲田大学露文科中退。.

新しい!!: 新思潮と小林勝 (小説家) · 続きを見る »

小林正

小林正.

新しい!!: 新思潮と小林正 · 続きを見る »

山下肇

山下 肇(やました はじめ、1920年5月2日 - 2008年10月6日)は、ドイツ文学者、東京大学教養学部名誉教授。.

新しい!!: 新思潮と山下肇 · 続きを見る »

山本有三

山本 有三(やまもと ゆうぞう、1887年(明治20年)7月27日 - 1974年(昭和49年)1月11日)は、大正から昭和にかけて活躍した日本の小説家、劇作家、政治家。本名は山本 勇造(やまもと ゆうぞう)。日本芸術院会員、文化勲章受章者。 社会劇・歴史劇を次々に発表し、大正末期より小説に転じる。政治家としては戦後に貴族院勅選議員に勅任され貴族院が廃止されるまでこれを務めた後、第1回参議院選挙に全国区から出馬して当選、参議院議員を1期務めた。.

新しい!!: 新思潮と山本有三 · 続きを見る »

岡谷公二

岡谷 公二(おかや こうじ、1929年4月9日 - )は、日本のフランス文学・美術研究者。跡見学園女子大学名誉教授。.

新しい!!: 新思潮と岡谷公二 · 続きを見る »

島崎藤村

島崎 藤村(しまざき とうそん、1872年3月25日(明治5年2月17日)- 1943年(昭和18年)8月22日)は、日本の詩人、小説家。本名は島崎 春樹(しまざき はるき)。信州木曾の中山道馬籠2005年2月12日までは、長野県木曽郡山口村神坂馬籠。越境合併により、岐阜県中津川市馬籠となった。所属県が長野県から岐阜県に変更される事で、藤村の出身県を従来どおり長野県とするか、新たに岐阜県とするか、もしくは新旧両方併記するか、関係者の間で混乱が生じている。しかし藤村本人は、「信州人」意識を強く持っている。(現在の岐阜県中津川市馬籠)生まれ。 『文学界』に参加し、ロマン主義詩人として『若菜集』などを出版。さらに小説に転じ、『破戒』『春』などで代表的な自然主義作家となった。作品は他に、『家』、姪との近親姦を告白した『新生』、父をモデルとした歴史小説の大作『夜明け前』などがある。.

新しい!!: 新思潮と島崎藤村 · 続きを見る »

嶋中鵬二

嶋中 鵬二(しまなか ほうじ、1923年2月7日 - 1997年4月3日)は中央公論社社長。総合雑誌『中央公論』を中心に戦後の出版界に大きな業績を残したが、晩年は経営危機を招いた。嶋中雄作の次男。妻雅子(1925年 - 2004年)は政治学者蝋山政道の娘。.

新しい!!: 新思潮と嶋中鵬二 · 続きを見る »

川崎賢子

川崎 賢子(かわさき けんこ、1956年8月2日 - )は、日本の文芸・演劇評論家、日本近代文学研究者、立教大学教授。博士(文学)。本姓・志賀。夫はライター・編集者の志賀隆生。.

新しい!!: 新思潮と川崎賢子 · 続きを見る »

川端康成

川端 康成(かわばた やすなり、1899年(明治32年)6月14日 - 1972年(昭和47年)4月16日)は、日本の小説家、文芸評論家。大正から昭和の戦前・戦後にかけて活躍した近現代日本文学の頂点に立つ作家の一人である。大阪府出身。東京帝国大学国文学科卒業。 大学時代に菊池寛に認められ文芸時評などで頭角を現した後、横光利一らと共に同人誌『文藝時代』を創刊。西欧の前衛文学を取り入れた新しい感覚の文学を志し「新感覚派」の作家として注目され、詩的、抒情的作品、浅草物、心霊・神秘的作品、少女小説など様々な手法や作風の変遷を見せて「奇術師」の異名を持った原善「川端康成」()。その後は、死や流転のうちに「日本の美」を表現した作品、連歌と前衛が融合した作品など、伝統美、魔界、幽玄、妖美な世界観を確立させ、人間の醜や悪も、非情や孤独も絶望も知り尽くした上で、美や愛への転換を探求した数々の日本文学史に燦然とかがやく名作を遺し、日本文学の最高峰として不動の地位を築いた羽鳥徹哉「作家が愛した美、作家に愛された美―絶望を希望に転じ、生命の輝きを見出す」()羽鳥徹哉「川端文学の世界――美についての十章」()。日本人として初のノーベル文学賞も受賞し、受賞講演で日本人の死生観や美意識を世界に紹介した。 代表作は、『伊豆の踊子』『抒情歌』『禽獣』『雪国』『千羽鶴』『山の音』『眠れる美女』『古都』など。初期の小説や自伝的作品は、川端本人が登場人物や事物などについて、随想でやや饒舌に記述している。そのため、多少の脚色はあるものの、純然たる創作(架空のできごと)というより実体験を元にした作品として具体的実名や背景が判明し、研究・追跡調査されている「第三章 精神の傷あと―『みち子もの』と『伊豆の踊子』―」()。 川端は新人発掘の名人としても知られ、ハンセン病の青年・北條民雄の作品を世に送り出し、佐左木俊郎、武田麟太郎、藤沢桓夫、少年少女の文章、山川彌千枝、豊田正子、岡本かの子、中里恒子、三島由紀夫などを後援し、数多くの新しい才能を育て自立に導いたことも特記できる「新感覚――『文芸時代』の出発」()「第一編 評伝・川端康成――非情」()「第二部第五章 新人才華」()。また、その鋭い審美眼で数々の茶器や陶器、仏像や埴輪、俳画や日本画などの古美術品の蒐集家としても有名で、そのコレクションは美術的価値が高い。 多くの名誉ある文学賞を受賞し、日本ペンクラブや国際ペンクラブ大会で尽力したが、多忙の中、1972年(昭和47年)4月16日夜、72歳でガス自殺した(なお、遺書はなかった)「『美しい日本の私』――ノーベル賞受賞」()「第三部第八章 末期」()。.

新しい!!: 新思潮と川端康成 · 続きを見る »

中井英夫

中井 英夫(なかい ひでお、本名同じ、1922年(大正11年)9月17日 - 1993年(平成5年)12月10日)は、日本の短歌編集者、小説家、詩人。三大奇書とされる代表作の『虚無への供物』の作者として著名であるが、ノヴェレット主体のマニエリスティクな推理小説・幻想文学において知られている。別名に塔 晶夫(とう あきお)、碧川 潭(みどりかわ ふかし)、緑川弓雄、黒鳥館主人、流薔園園丁、月蝕領主、ハネギウス一世。.

新しい!!: 新思潮と中井英夫 · 続きを見る »

中村哲

中村 哲;なかむら あきら.

新しい!!: 新思潮と中村哲 · 続きを見る »

中戸川吉二

中戸川 吉二(なかとがわ きちじ、1896年(明治29年)5月20日-1942年(昭和17年)11月19日)は、北海道釧路生まれの小説家。 北海道本郷の誠之小学校卒業、明治大学中退。釧路在住を経て、里見弴に師事。1923年(大正12年)雑誌「随筆」を創刊。代表作に「イボタの虫」、「兄弟とピストル泥棒」がある。1921年、里見の許に来ていた吉田富枝と恋仲になり、その処遇をめぐって里見と関係が悪化、富枝と結婚するが、その経緯を小説『北村十吉』として、里見は「おせつかい」として書いた。牧野信一の才能を評価し、牧野らとともに雑誌「随筆」を発刊。また里見、吉井勇、田中純らの雑誌『人間』にも参加、第5次『新思潮』の同人でもあったが、次第に創作から手を引き、もっぱら批評家として活躍した(盛厚三『中戸川吉二ノート』、小谷野敦『里見弴伝』)。.

新しい!!: 新思潮と中戸川吉二 · 続きを見る »

三田文学

『三田文學』(みたぶんがく)は、慶應義塾大学文学部を中心に刊行されてきた文芸雑誌であり、三田文学会の主催により、7回の休刊を経て現在に至る。かつては反自然主義的で耽美派で知られ、シュルレアリスムの作家・詩人も輩出してきた。。.

新しい!!: 新思潮と三田文学 · 続きを見る »

三浦朱門

三浦 朱門(みうら しゅもん、1926年(大正15年)1月12日 - 2017年(平成29年)2月3日)は、日本の作家。 日本大学芸術学部教授、文化庁長官(第7代)、社団法人日本文藝家協会理事長(第7代)、日本芸術院院長(第4代)などを歴任した。.

新しい!!: 新思潮と三浦朱門 · 続きを見る »

一戸務

一戸 務(いちのへ つとむ、1904年8月19日 - 没年不詳(1955年以後))は、日本の作家、中国文学者。 東京生まれ。東京帝国大学支那文学科卒。1929年福田清人、那須辰造らと第10次『新思潮』に参加、のち『文藝レビュー』に参加して小説を書く。文部省勤務。戦後、和洋女子大学教授。森鴎外の研究でも業績があった。.

新しい!!: 新思潮と一戸務 · 続きを見る »

平田次三郎

平田 次三郎(ひらた じさぶろう、1917年10月30日 - 1985年10月28日)は、日本の評論家、ドイツ文学者。 福島県生まれ。1941年東京帝国大学文学部独文科卒。在学中、山下肇、堤重久、小島輝正らと同人誌『新思潮』を刊行。卒業後、逓信省・内務省嘱託・明治大学講師などを経て、中央大学教授。戦後から文芸評論活動を始め、1947年春『近代文学』同人となり、編集者としても働く。荒正人とともに夏目漱石論などを書いた。中大在職中に死去。.

新しい!!: 新思潮と平田次三郎 · 続きを見る »

久米正雄

久米 正雄(くめ まさお、1891年(明治24年)11月23日 - 1952年(昭和27年)3月1日)は、日本の小説家、劇作家、俳人。俳号は三汀(さんてい)。“微苦笑”という語の発明者として有名。永井龍男は義弟(永井の妻が、久米の妻の妹)。息子の久米昭二はNHKの演芸番組のディレクターとなり、女優の音羽美子と結婚した。.

新しい!!: 新思潮と久米正雄 · 続きを見る »

今東光

今 東光(こん とうこう、1898年(明治31年)3月26日 - 1977年(昭和52年)9月19日)は、横浜生まれの天台宗僧侶(法名 春聽仏門に入った後は今春聽が戸籍名、今東光が筆名となった。自筆年譜には「午前5時、日輪と共に生る。依て父母之に命名して東光」とある。)、小説家、参議院議員。大正時代後期、新感覚派作家として出発し、出家後、長く文壇を離れるが、作家として復帰後は、住職として住んだ河内や平泉、父祖の地、津軽など 奥州を題材にした作品で知られる。 作家・評論家で、初代文化庁長官を務めた今日出海(ひでみ)は三弟。儒学者の伊東梅軒は母方の祖父。医師で第8代弘前市長や衆議院議員を務めた伊東重は母方の伯父。国家主義者の伊東六十次郎は従弟。外交官の珍田捨巳は父方の遠縁にあたる。.

新しい!!: 新思潮と今東光 · 続きを見る »

佐野文夫

佐野 文夫(さの ふみお、1892年4月18日 - 1931年3月1日)は、日本の共産主義者で戦前の日本共産党(第二次共産党)幹部。.

新しい!!: 新思潮と佐野文夫 · 続きを見る »

徳間書店

株式会社徳間書店(とくましょてん、Tokuma Shoten Publishing Co., Ltd.)は、日本の出版社。エンタテインメント分野が中心。 カルチュア・コンビニエンス・クラブの連結子会社。.

新しい!!: 新思潮と徳間書店 · 続きを見る »

後藤末雄

後藤 末雄(ごとう すえお、1886年10月25日 - 1967年11月10日)は、作家、フランス文学者、比較文学・比較思想史研究者。 東京生まれ。「金座の後藤」と言われる工芸の旧家に生まれ、幼くして母を失う。府立三中、一高を経て、東京帝国大学英文科在学中、和辻哲郎、谷崎潤一郎、木村荘太らと第2次『新思潮』の創刊に参加し、小説家として出発する。1913年、東大仏文科を卒業。華々しくデビューした谷崎に対し、他の同人が創作から脱落していく中で、森鴎外らの愛顧を得て創作を続けるが、大正5年(1916年)、「女の哀話」もの小説を「遊蕩文学」として赤木桁平に攻撃され、なおも創作を続けた。 大正6-7年(1917-18年)には、大作『ジャン・クリストフ』を初訳刊行した、だが同時期に創作の筆を絶ち、1920年、永井荷風の世話で慶應義塾の教員となり、のち慶應義塾大学教授。昭和8年(1933年)、博士論文『支那思想のフランス西漸』を刊行し、儒教のフランス近代思想への影響を解明して、比較思想史の先駆的研究となった。.

新しい!!: 新思潮と後藤末雄 · 続きを見る »

土屋文明

土屋 文明(つちや ぶんめい、1890年(明治23年)9月18日(戸籍上は1月21日) - 1990年(平成2年)12月8日)は、日本の歌人・国文学者。.

新しい!!: 新思潮と土屋文明 · 続きを見る »

ヘンリック・イプセン

ヘンリック(ヘンリク)・イプセン(Henrik Johan Ibsen、1828年3月20日 - 1906年5月23日)は、ノルウェーの劇作家、詩人、舞台監督。近代演劇の創始者であり、「近代演劇の父」と称される。シェイクスピア以後、世界でもっとも盛んに上演されている劇作家とも言われる。 代表作には、『ブラン』『ペール・ギュント』(グリーグが後に劇音楽を作曲する)『人形の家』『野鴨』『ロスメルスホルム』『ヘッダ・ガーブレル』などがある。自身はノルウェーを嫌い、長くドイツやイタリアで生活したため、ノルウェーの国民作家という意識は薄かったが、現在は国の象徴、そして世界史上最も重要な劇作家の一人として尊敬され、長らくノルウェーの最高額面の1000クローネ紙幣にその肖像が描かれていた。.

新しい!!: 新思潮とヘンリック・イプセン · 続きを見る »

嘉門安雄

嘉門 安雄(かもん やすお、1913年12月1日 - 2007年1月5日)は、日本の美術評論家。 石川県出身。1937年東京帝国大学文学部美術史学科卒。東京国立博物館、国立西洋美術館勤務。1966年、ブリヂストン美術館、1976年、館長。1994年、東京都現代美術館長。全国美術館会議議長。.

新しい!!: 新思潮と嘉門安雄 · 続きを見る »

和辻哲郎

和辻 哲郎(わつじ てつろう、1889年3月1日 - 1960年12月26日)は、日本の哲学者、倫理学者、文化史家、日本思想史家。『古寺巡礼』『風土』などの著作で知られ、その倫理学の体系は和辻倫理学と呼ばれる。日本倫理学会会員。.

新しい!!: 新思潮と和辻哲郎 · 続きを見る »

アナトール・フランス

アナトール・フランス(Anatole France, 1844年4月16日 - 1924年10月12日)は、フランスの詩人・小説家・批評家。本名はジャック・アナトール・フランソワ・ティボー(Jacques Anatole François Thibault)。パリ出身。アカデミー・フランセーズの会員を務め、ノーベル文学賞を受賞した。代表作は『シルヴェストル・ボナールの罪』『舞姫タイス』『赤い百合』『エピクロスの園』『神々は渇く』など。芥川龍之介が傾倒し、石川淳が訳していたことで有名である。.

新しい!!: 新思潮とアナトール・フランス · 続きを見る »

アントン・チェーホフ

アントン・パーヴロヴィチ・チェーホフ(ロシア語Антон Павлович Чехов:アントーン・パーヴラヴィチ・チェーハフ/ラテン文字(英文表記)Anton Pavlovich Chekhov、1860年1月29日・タガンログ - 1904年7月15日・バーデンワイラー)は、ロシアを代表する劇作家であり、多くの優れた短編を遺した小説家。.

新しい!!: 新思潮とアントン・チェーホフ · 続きを見る »

写真化学研究所

写真化学研究所(しゃしんかがくけんきゅうじょ).

新しい!!: 新思潮と写真化学研究所 · 続きを見る »

元吉瑞枝

元吉瑞枝(もとよし みずえ、1944年3月 - )は、日本のドイツ文学者、熊本県立大学名誉教授。.

新しい!!: 新思潮と元吉瑞枝 · 続きを見る »

矢島輝夫

島輝夫(やじま てるお 1939年5月20日 - 1999年4月2日)は日本の作家。 東京駒込の会社経営者の家庭に生まれ、中野区野方に育つ。東京都立戸山高等学校を経て1962年に早稲田大学仏文科中退後、双葉社に入社して『漫画アクション』誌の編集部に入り、小島剛夕や水木しげる、赤塚不二夫たちを担当。のちフリーライター・フリー編集者として学研や小学館で活躍。また吉本隆明編集『試行』の同人となり、ウィリアム・フォークナーや大江健三郎の影響下に小説を発表、芥川賞の準候補となった。代表作に『暗き魚』『裂魂』『もうひとつの生活』などがある。また官能小説家として名高い矢切隆之は彼の別名である(原卓馬名義による作品もある)。その他、SF小説やジュニア小説の分野では北園哲也を名乗り、オカルトの分野では阿川宗弘を名乗るなど複数の筆名を使い分け、幅広い分野で執筆した。『ムー』誌上にもたびたび登場し、心霊関係の著書に『生れ変りの謎』(西園寺知実との共著、学研、1985年)など。訳書にサイラス・コルター『円形舞台(ヒポドローム)』(立風書房、1977年)がある。 1990年代からは短歌に傾倒し、朝日歌壇にたびたび入選した。歿後、『増補 矢島輝夫歌集』(私家版)が刊行されている。.

新しい!!: 新思潮と矢島輝夫 · 続きを見る »

石浜金作

石濱 金作(いしはま きんさく、1899年2月28日 - 1968年11月21日)は、日本の小説家。 東京市京橋木挽町出身。父は時事新報記者の石浜鉄郎、兄は経済学者の石浜知行。子供時代は大阪で育ち、第一高等学校を経て1924年東京帝国大学英文科卒。 1921年川端康成らと第6次『新思潮』を創刊。その後、『文藝春秋』の編集同人となる。1924年に『文藝時代』の創刊に携わり、新感覚派の新人作家として活躍する。.

新しい!!: 新思潮と石浜金作 · 続きを見る »

磯田光一

磯田 光一(いそだ こういち、1931年(昭和6年)1月18日 - 1987年(昭和62年)2月5日)は文芸評論家、イギリス文学者。.

新しい!!: 新思潮と磯田光一 · 続きを見る »

福岡高等学校 (旧制)

旧制福岡高等学校(きゅうせいふくおかこうとうがっこう)は、福岡県に設立された官立の旧制高等学校。.

新しい!!: 新思潮と福岡高等学校 (旧制) · 続きを見る »

福田清人

福田 清人(ふくだ きよと、Kiyoto Fukuda, 1904年(明治37年)11月29日 - 1995年(平成7年)6月13日)は、日本の児童文学作家、文芸評論家。 .

新しい!!: 新思潮と福田清人 · 続きを見る »

秋山六郎兵衛

秋山 六郎兵衛(あきやま ろくろうべえ、1900年4月11日 - 1971年8月23日)は、日本のドイツ文学者。専門は、E.T.A.ホフマンの『牡猫ムルの人生観』の翻訳、ヘルマン・ヘッセの研究。.

新しい!!: 新思潮と秋山六郎兵衛 · 続きを見る »

田山花袋

山 花袋(たやま かたい、1872年1月22日(明治4年12月13日) - 1930年(昭和5年)5月13日)は、日本の小説家。本名、録弥(ろくや)。群馬県(当時は栃木県)生れ。 尾崎紅葉のもとで修行したが、後に国木田独歩、柳田國男らと交わる。『蒲団』『田舎教師』などの自然主義派の作品を発表し、その代表的な作家の一人。紀行文にも優れたものがある。.

新しい!!: 新思潮と田山花袋 · 続きを見る »

芥川龍之介

芥川 龍之介(あくたがわ りゅうのすけ、1892年(明治25年)3月1日 - 1927年(昭和2年)7月24日)は、日本の小説家。本名同じ、号は、俳号は我鬼。 その作品の多くは短編小説である。また、「芋粥」「藪の中」「地獄変」など、『今昔物語集』『宇治拾遺物語』といった古典から題材をとったものが多い。「蜘蛛の糸」「杜子春」といった児童向けの作品も書いている。.

新しい!!: 新思潮と芥川龍之介 · 続きを見る »

芥川龍之介賞

芥川龍之介賞(あくたがわりゅうのすけしょう)、通称芥川賞は、純文学の新人に与えられる文学賞である。文藝春秋社内の日本文学振興会によって選考が行われ、賞が授与される。.

新しい!!: 新思潮と芥川龍之介賞 · 続きを見る »

芦田均

芦田 均(あしだ ひとし、1887年(明治20年)11月15日 - 1959年(昭和34年)6月20日)は、日本の外交官、政治家。位階は従二位。勲等は勲一等。学位は法学博士(東京帝国大学)。 衆議院議員(11期)、厚生大臣(第14代)、外務大臣(第76・77代)、副総理、内閣総理大臣(第47代)などを歴任した。.

新しい!!: 新思潮と芦田均 · 続きを見る »

蟻二郎

蟻 二郎(あり じろう、1929年10月27日 - 1996年1月1日)は、アメリカ文学者、批評家、太陽社社長。本名・三宅二郎。 兵庫県姫路市出身。東京外国語大学英米科卒業、東京大学英文科大学院修了、群馬大学勤務。1961年、磯田光一、小野二郎、近藤耕人、柘植光彦、中井多津夫らと第16次『新思潮』(晶文社)を創刊、1964年まで続いた。1971年、明治大学専任講師を辞任。 1967年、出版社・太陽社を興し、大学の語学テキストのほか、アメリカ文学や、ヒッピー文化に関する翻訳、自らの著作を刊行する。1979年、神保町で古書店「ワンダーランド」を開いた。 雑誌『新批評』に、英文科教授平井正穂から不当な扱いを受けたとして告発文を発表した。柄谷行人と親しく、中上健次にも会ったことがあるが、中上は蟻を「あいつ、不良だよ」と言っていたという。 太陽社は1990年代に刊行を再開、現在も出版活動を行っている。 また、「ワンダーランド」も未亡人が営業を継続したが1999年ごろに閉店。なお、高円寺で古本酒場「コクテイル」を経営している狩野俊は、蟻二郎の死去後に「ワンダーランド」の店員をしていた。.

新しい!!: 新思潮と蟻二郎 · 続きを見る »

菊池寛

菊池 寛(きくち かん、1888年(明治21年)12月26日 - 1948年(昭和23年)3月6日)は、小説家、劇作家、ジャーナリスト。文藝春秋社(2017年現在は株式会社文藝春秋)を創設した実業家でもある。本名は菊池 寛(きくち ひろし)。.

新しい!!: 新思潮と菊池寛 · 続きを見る »

青江舜二郎

青江 舜二郎(あおえ しゅんじろう、1904年11月26日 - 1983年4月30日)は、秋田県秋田市生まれの劇作家、評論家。本名は大嶋長三郎。.

新しい!!: 新思潮と青江舜二郎 · 続きを見る »

飯島正

飯島 正(いいじま ただし、1902年3月5日 - 1996年1月5日)は、日本の映画評論家・詩人。旧姓:吉田。.

新しい!!: 新思潮と飯島正 · 続きを見る »

高知高等学校 (旧制)

旧制高知高等学校(きゅうせいこうちこうとうがっこう)は、高知県に設立された官立の旧制高等学校。.

新しい!!: 新思潮と高知高等学校 (旧制) · 続きを見る »

高見順

見 順(たかみ じゅん、本名・高間芳雄、1907年1月30日 - 1965年8月17日)は、日本の小説家、詩人。.

新しい!!: 新思潮と高見順 · 続きを見る »

谷崎潤一郎

谷崎 潤一郎(たにざき じゅんいちろう、1886年(明治19年)7月24日 - 1965年(昭和40年)7月30日)は、日本の小説家。明治末期から第二次世界大戦後の昭和中期まで、戦中・戦後の一時期を除き終生旺盛な執筆活動を続け、国内外でその作品の芸術性が高い評価を得た。現在においても近代日本文学を代表する小説家の一人として、評価は非常に高い。 初期は耽美主義の一派とされ、過剰なほどの女性愛やマゾヒズムなどのスキャンダラスな文脈で語られることが少なくないが、その作風や題材、文体・表現は生涯にわたって様々に変遷した。漢語や雅語から俗語や方言までを使いこなす端麗な文章と、作品ごとにがらりと変わる巧みな語り口が特徴。『痴人の愛』『春琴抄』『細雪』など、情痴や時代風俗などのテーマを扱う通俗性と、文体や形式における芸術性を高いレベルで融和させた純文学の秀作によって世評高く、「文豪」「大谷崎(おおたにざき)」と称された。その一方、今日のミステリー・サスペンスの先駆的作品、活劇的な歴史小説、口伝・説話調の幻想譚、果てはグロテスクなブラックユーモアなど、娯楽的なジャンルにおいても多く佳作を残している。.

新しい!!: 新思潮と谷崎潤一郎 · 続きを見る »

豊島与志雄

豊島 与志雄(とよしま よしお、1890年(明治23年)11月27日 - 1955年(昭和30年)6月18日)は、日本の小説家、翻訳家、仏文学者、児童文学者。法政大学名誉教授。明治大学文学部教授もつとめた。日本芸術院会員。.

新しい!!: 新思潮と豊島与志雄 · 続きを見る »

鼻 (芥川龍之介)

鼻」(はな)は、芥川龍之介による初期の短編小説。1916年に『新思潮』の創刊号で発表された。『今昔物語』の「池尾禅珍内供鼻語」および『宇治拾遺物語』の「鼻長き僧の事」を題材としている。 「人の幸福をねたみ、不幸を笑う」と言う人間の心理を捉えた作品。この小説で夏目漱石から絶賛された。.

新しい!!: 新思潮と鼻 (芥川龍之介) · 続きを見る »

近衛文麿

近衞 文麿(このえ ふみまろ、1891年(明治24年)10月12日 - 1945年(昭和20年)12月16日)は、日本の政治家。栄典は勲一等公爵。 貴族院議員、貴族院副議長(第10代)、貴族院議長(第9代)、内閣総理大臣(第34・38・39代)、外務大臣(第57代)、拓務大臣(第13代)、班列、農林大臣(臨時代理)、司法大臣(第43代)、国務大臣、大政翼賛会総裁(初代)などを歴任した。.

新しい!!: 新思潮と近衛文麿 · 続きを見る »

近藤耕人

近藤 耕人(こんどう こうじん、1933年1月16日 - )は、英文学者、写真評論家、明治大学名誉教授。 東京生まれ。東京大学文学部英文科卒。1962年戯曲「風」で文芸賞佳作入選。明治大学教授を経て名誉教授。多摩芸術学園、多摩美術大学などで英語、文学、映像論等を教える。甥は近藤ヒデノリ(1971-)。.

新しい!!: 新思潮と近藤耕人 · 続きを見る »

郷正文

郷 正文(ごう まさぶみ、1937年4月5日 - )は、現代ドイツ文学研究者。立教大学名誉教授。.

新しい!!: 新思潮と郷正文 · 続きを見る »

能島廉

能島 廉(のしま れん 1929年4月19日 - 1964年12月16日)は、作家、編集者。本名は野島 良治(のしま よしはる)。.

新しい!!: 新思潮と能島廉 · 続きを見る »

鈴木彦次郎

鈴木 彦次郎(すずき ひこじろう、1898年12月27日 - 1975年7月23日)は、日本の小説家。 東京府生まれ。岩手県選出の衆議院議員・鈴木巌の二男として生まれた。6歳から父の転勤に伴って盛岡に移る。盛岡中学校、第一高等学校をへて東京帝国大学英文科、のち国文科に転じて1923年卒業。高校時代寮の同室だった川端康成、石浜金作、酒井眞人に今東光の五人で第6次『新思潮』を1921年創刊。1923年文藝春秋同人、1924年川端、横光利一らの『文藝時代』に参加。新感覚派の一人とされた。1928-1930年舟橋聖一、村山知義らと心座の新劇運動に携わる。のち農民小説、大衆小説、歴史小説、相撲小説に転じる。 1944年盛岡に疎開し、地方文化人となる。岩手県立図書館長、岩手県教育委員長、東京薬科大学教授、盛岡短期大学教授を務め、岩手日報文化賞を受賞。 1949年に盛岡文士劇を立ち上げ、1962年まで継続した。後に高橋克彦が復活させ現在に至る。.

新しい!!: 新思潮と鈴木彦次郎 · 続きを見る »

阪田寛夫

阪田 寛夫(さかた ひろお、1925年10月18日 - 2005年3月22日)は、日本の詩人、小説家、児童文学作家である。サカタインクス創業者・阪田恒四郎は祖父#創業者138-139頁#土の器11、61-69頁#阪田寛夫236-237頁。作曲家の大中恩は従兄、女優で宝塚歌劇団の元花組男役トップスター大浦みずきは次女。大阪府大阪市生まれ。.

新しい!!: 新思潮と阪田寛夫 · 続きを見る »

阿川弘之

阿川 弘之(あがわ ひろゆき、1920年(大正9年)12月24日 - 2015年(平成27年)8月3日)は、日本の小説家、評論家。 広島県名誉県民。日本芸術院会員。日本李登輝友の会名誉会長。文化勲章受章。代表作に、『春の城』『雲の墓標』のほか、大日本帝国海軍提督を描いた3部作(海軍提督三部作)『山本五十六』『米内光政』『井上成美』など。 自身は『私の履歴書』では、〔私の「履歴」を一と言で記せば、「地方の平凡な中流家庭に生まれ、小学校から大学まで、ごく平坦平凡な学生生活を送り、戦争中は海軍に従軍して多少の辛酸を嘗めたが、戦後間もなく志賀直哉の推輓により文壇に登場、以来作家としてこんにちに至る」、これだけである〕と回顧している。法学者の阿川尚之は長男、タレント・エッセイストの阿川佐和子は長女。.

新しい!!: 新思潮と阿川弘之 · 続きを見る »

藤森成吉

藤森 成吉(ふじもり せいきち、1892年8月28日 - 1977年5月26日)は、日本の小説家、劇作家。.

新しい!!: 新思潮と藤森成吉 · 続きを見る »

那須辰造

那須 辰造(なす たつぞう、1904年7月30日 - 1975年4月5日)は、日本の小説家、児童文学者。 和歌山県生まれ。東京帝国大学仏文科卒。第十次『新思潮』同人で、福士幸次郎に師事し、小説、翻訳を発表。戦後は児童文学者となった。子供向けに外国文学の再話を多く行い、『ぞうさんババール』シリーズを訳した。福島正実、茂市久美子は弟子。1960年代、鳥越信の再話・抄訳批判に、福島とともに反論した。俳人でもあった。 SF作家・翻訳家の野田昌宏は甥。.

新しい!!: 新思潮と那須辰造 · 続きを見る »

野口武彦

野口 武彦(のぐち たけひこ、1937年6月28日 - )は、東京出身の文芸評論家、国文学者、神戸大学名誉教授。.

新しい!!: 新思潮と野口武彦 · 続きを見る »

臼井吉見

臼井 吉見(うすい よしみ、1905年6月17日 - 1987年7月12日)は、日本の編集者、評論家、小説家、日本藝術院会員。息子は映像作家の臼井高瀬。.

新しい!!: 新思潮と臼井吉見 · 続きを見る »

金鶴泳

金鶴泳(きん かくえい、キム・ハギョン、김학영、Kim Hak Young、1938年9月14日 - 1985年1月4日)は日本の小説家。本名は金 廣正(キム・クァンジョン)。 1938年、群馬県に生まれる。東京大学大学院化学系研究科博士課程中退。 1966年に「凍える口」で文藝賞受賞。以後作家活動に入る。「冬の光」「鑿」「夏の亀裂」「石の道」の四作が芥川龍之介賞候補作となる。 吃音者・在日朝鮮人二世という苦悩の中、独自の世界を描いた。 1985年、ガス自殺。享年46。.

新しい!!: 新思潮と金鶴泳 · 続きを見る »

柘植光彦

柘植 光彦(つげ てるひこ、1938年7月17日 - 2011年11月15日)は、文芸評論家。専修大学名誉教授。.

新しい!!: 新思潮と柘植光彦 · 続きを見る »

恒藤恭

恒藤 恭(つねとう きょう、男性、1888年12月3日 - 1967年11月2日)は、日本の法哲学者。大阪市立大学名誉教授。法学博士。従三位勲二等旭日重光章。学士院会員。芥川龍之介の親友、戦前における日本の代表的法哲学者として著名。また、京都帝国大学法学部教授時代に瀧川事件で辞任した教官の一人としても知られる。旧姓は井川。息子の恒藤敏彦は京都大学名誉教授(物理学)、恒藤武二は同志社大学法学部教授(法哲学と労働法担当)。.

新しい!!: 新思潮と恒藤恭 · 続きを見る »

東京大学

記載なし。

新しい!!: 新思潮と東京大学 · 続きを見る »

松岡譲

松岡 譲(まつおか ゆずる、1891年9月28日 - 1969年7月22日)は、日本の小説家。旧名は松岡 善譲(ぜんじょう)。.

新しい!!: 新思潮と松岡譲 · 続きを見る »

松浦寿輝

松浦 寿輝(まつうら ひさき、1954年3月18日 - )は、日本の詩人、小説家、フランス文学者、批評家、東京大学名誉教授。毎日出版文化賞、高見順賞、読売文学賞選考委員。.

新しい!!: 新思潮と松浦寿輝 · 続きを見る »

村島健一

村島 健一(むらしま けんいち、1925年3月21日 - 1990年10月13日)は日本の社会評論家。戸籍名は村嶋健一。矢野 八朗(「ヤナヤロー」のもじり)の筆名でも活動。 ジャーナリストの村嶋歸之の息子として兵庫県西宮市に生まれる。静岡高等学校で吉行淳之介と知り合う。東京大学独文科卒業後、毎日新聞社東京本社に入社。10年間の記者生活を経て、1959年4月からフリーとなる。『オール讀物』連載の人物論シリーズで注目され、その他、文明時評、コント、ショートショート、小説なども執筆。 長男の村嶋帰一は日興シティグループ証券チーフエコノミスト。.

新しい!!: 新思潮と村島健一 · 続きを見る »

村上兵衛

村上 兵衛(むらかみ ひょうえ、1923年(大正12年)12月6日 - 2003年(平成15年)1月6日)は日本の陸軍軍人、評論家、作家。本名は宏城(ひろき)。兄は武藤電機創業者の村上稔夫。.

新しい!!: 新思潮と村上兵衛 · 続きを見る »

村松正俊

村松 正俊(むらまつ まさとし、1895年4月10日 - 1981年9月20日)は、文明批評家、翻訳家。 東京生まれ。父は政治家の村松恒一郎。母方の叔母に大阪時事の婦人記者の坂井一紅女、遠縁に川柳の坂井久良岐。1920年東京帝国大学文学部美学美術史学科卒。在学中より佐治祐吉、福田悌夫らとともに第5次『新思潮』を創刊。1921年『種蒔く人』の創刊に携わり詩人として立つ。『詩聖』同人、また『労働運動』に参加、古代ギリシア、ローマの文学、文化に通じた。1962年「ラテン語接続法についての若干の研究」で東洋大学文学博士。慶大教授を1961年定年、名誉教授、日本大学教授、東洋大学文学部長などを歴任した。1971年、シュペングラー『西洋の没落』で日本翻訳文化賞受賞。.

新しい!!: 新思潮と村松正俊 · 続きを見る »

梶山季之

梶山 季之(かじやま としゆき、1930年1月2日 - 1975年5月11日)は、日本の小説家・ジャーナリスト。週刊誌創刊ブーム期にトップ屋として活躍、その後『黒の試走車(テストカー)』『赤いダイヤ』などの産業スパイ小説、経済小説でベストセラー作家となり、推理小説、時代小説、風俗小説などを量産するが45歳で死去。ルポライターとして梶 季彦、少年少女向け推理・冒険小説(ジュブナイル作品)の著者として梶 謙介のペンネームがある。.

新しい!!: 新思潮と梶山季之 · 続きを見る »

沼野充義

沼野 充義(ぬまの みつよし、1954年6月8日 - )は、日本のスラヴ文学者。東京大学教授。専門はロシア・ポーランド文学。現代日本文学など世界文学にも詳しく、その文芸評論は文芸誌・新聞などでしばしば見られる。.

新しい!!: 新思潮と沼野充義 · 続きを見る »

深田久弥

深田久弥終焉の地(山梨県茅ヶ岳) 深田 久弥(深田 久彌、ふかた きゅうや、1903年3月11日 - 1971年3月21日)は、石川県大聖寺町(現在の加賀市)生まれの小説家(随筆家)及び登山家である。.

新しい!!: 新思潮と深田久弥 · 続きを見る »

湯地孝

湯地 孝(ゆち たかし、1900年6月26日 - 1973年3月10日)は、日本近代文学研究者。.

新しい!!: 新思潮と湯地孝 · 続きを見る »

澤井繁男

澤井 繁男(さわい しげお、1954年1月13日 - )は、日本の作家、イタリアルネサンス文学・文化研究家、関西大学教授。本名は茂夫。.

新しい!!: 新思潮と澤井繁男 · 続きを見る »

木村荘太

木村 荘太(きむら そうた 1889年2月3日 - 1950年4月15日)は東京府出身の作家、翻訳家。本名の読みは「しょうた」。別名に久木今作、木村艸太(そうた)。.

新しい!!: 新思潮と木村荘太 · 続きを見る »

有吉佐和子

有吉 佐和子(ありよし さわこ、1931年(昭和6年)1月20日 - 1984年(昭和59年)8月30日)は、日本の小説家、劇作家、演出家。和歌山県和歌山市出身。日本の歴史や古典芸能から現代の社会問題まで広いテーマをカバーし、読者を惹きこむ多くのベストセラー小説を発表した。カトリック教徒で、洗礼名はマリア.

新しい!!: 新思潮と有吉佐和子 · 続きを見る »

成瀬正一 (フランス文学者)

成瀬 正一(なるせ せいいち、1892年4月26日 - 1936年4月13日)は、日本のフランス文学者である。ロマン・ロランの翻訳・紹介をおこなった。大学卒業後まもなく創作から研究の道に転じ、九州帝国大学法文学部教授として仏蘭西浪漫主義思想を専門とした。 43歳の若さで病死したが、この時代の良き知識人として、後世の文学や美術研究に大いに寄与した。 パリ留学中の1921年、松方幸次郎のアドバイザーとして松方コレクション(国立西洋美術館)の絵画彫刻の蒐集購入に協力した。.

新しい!!: 新思潮と成瀬正一 (フランス文学者) · 続きを見る »

成瀬正勝

成瀬 正勝(なるせ まさかつ、1906年2月25日 - 1973年11月17日)は、日本の作家、文芸評論家、国文学者。筆名は雅川滉(つねかわ ひろし)。.

新しい!!: 新思潮と成瀬正勝 · 続きを見る »

明治

明治(めいじ)は日本の元号の一つ。慶応の後、大正の前。新暦1868年1月25日(旧暦慶応4年1月1日/明治元年1月1日)から1912年(明治45年)7月30日までの期間を指す。日本での一世一元の制による最初の元号。明治天皇在位期間とほぼ一致する。ただし、実際に改元の詔書が出されたのは新暦1868年10月23日(旧暦慶応4年9月8日)で慶応4年1月1日に遡って明治元年1月1日とすると定めた。これが、明治時代である。.

新しい!!: 新思潮と明治 · 続きを見る »

浦和高等学校 (旧制)

旧制浦和高等学校門柱(北浦和公園) 旧制浦和高等学校(きゅうせいうらわこうとうがっこう)は、1921年(大正10年)埼玉県北足立郡浦和町(現在のさいたま市浦和区)に設立された官立旧制高等学校。略称は「浦高」(うらこう)。.

新しい!!: 新思潮と浦和高等学校 (旧制) · 続きを見る »

浅野晃

浅野 晃(あさの あきら、1901年8月15日 - 1990年1月29日)は、日本の詩人、国文学者。立正大学文学部元教授(立正大学名誉教授)。石川県出身。.

新しい!!: 新思潮と浅野晃 · 続きを見る »

新潮

『新潮』(しんちょう)は、新潮社が発行している月刊の文芸雑誌。1904年5月5日創刊。 新潮新人賞(1969年-)を主催し、川端康成文学賞と三島由紀夫賞と萩原朔太郎賞の受賞発表を行っている。新潮社の純文学部門を担う位置付けとされており、同社の『小説新潮』が大衆小説部門を担っているのと対をなす。 この『新潮』と、『文學界』(文藝春秋発行)、『群像』(講談社発行)、『すばる』(集英社発行)、『文藝』(河出書房新社発行、季刊誌)は「五大文芸誌」と呼ばれ、これらに掲載された短編・中編が芥川賞の候補になることが多い。 佐藤義亮が経営難のために手放した『新聲』(1896年創刊)が前身。同誌は長谷川伸、若山牧水、生田長江らを輩出し、当時青年投稿誌の雄と言われた『文庫』(1895年創刊)と並ぶ青年派の一大勢力となったが、1903年に佐藤が編集を離れ、翌年『新潮』を立ち上げた。創刊当初より特定の立場に固執しない編集姿勢を守り、近代日本の主要な文芸雑誌となった。歴代の編集長は齋藤十一、坂本忠雄等で、著名な編集者に菅原国隆、野平健一、小島千加子などがいた。現在の編集長は矢野優(やの ゆたか、1965年生、2003年より編集長)。.

新しい!!: 新思潮と新潮 · 続きを見る »

文芸雑誌

文芸雑誌(ぶんげいざっし)とは、雑誌の一種で、書評や評論、小説・詩歌・随筆などの短い作品を中心に掲載するもので、同人の間で刊行されてきたものや、個人や出版社などが発行人となり、原稿を文芸家に依頼したり、一般から募集するものなどがある。内容はいわゆる「文学」だけでなく、美術・音楽・漫画・旅行・料理・哲学・思想などにおよぶものもある。また企画を組み、テーマに合わせた文章や関連事項などを扱い、研究などの発表にも多く利用される。 欧米の19世紀初頭の、出版やジャーナリズムの昂揚に伴って文芸雑誌が誕生した。特にイギリス、ロシア、アメリカ合衆国において盛んであった。初期のものは評論雑誌から発達したもので、必ずしも文芸に特化したものではなく、また発行も長く続かなかった。しかし、19世紀末年ごろになると、文芸雑誌は世界的に大変な活況を見せ、作家の拠点とされるようになる。.

新しい!!: 新思潮と文芸雑誌 · 続きを見る »

日本

日本国(にっぽんこく、にほんこく、ひのもとのくに)、または日本(にっぽん、にほん、ひのもと)は、東アジアに位置する日本列島(北海道・本州・四国・九州の主要四島およびそれに付随する島々)及び、南西諸島・伊豆諸島・小笠原諸島などから成る島国広辞苑第5版。.

新しい!!: 新思潮と日本 · 続きを見る »

早稲田文学

『早稲田文学』(わせだぶんがく)は、早稲田大学文学部を中心にした文芸雑誌。1891年(明治24年)、坪内逍遥が創刊。第2次『早稲田文学』は自然主義文学の牙城として、新現実主義の『新思潮』、耽美派の『三田文学』とともに日本文学史上知られている。 休刊と復刊を繰り返しており、現在は第10次『早稲田文学』が2007年より不定期に刊行されている。また、フリーペーパー『WB』も全国で配布中である。.

新しい!!: 新思潮と早稲田文学 · 続きを見る »

手塚富雄

手塚 富雄(てづか とみお、1903年11月29日 - 1983年2月12日)は日本のドイツ文学者。.

新しい!!: 新思潮と手塚富雄 · 続きを見る »

曽野綾子

曽野 綾子(その あやこ、1931年(昭和6年)9月17日 - )は、日本の作家。「曾野」表記もある。本名は三浦知壽子。旧姓、町田。カトリック教徒で洗礼名はマリア・エリザベト。聖心女子大学文学部英文科卒業。2009年10月より日本郵政社外取締役。保守論者の一人。.

新しい!!: 新思潮と曽野綾子 · 続きを見る »

晶文社

株式会社晶文社(しょうぶんしゃ)は、日本の出版社。1960年、中村勝哉と小野二郎が創業。資本金は1000万円、代表者は太田泰弘。トレードマークは動物のサイである。.

新しい!!: 新思潮と晶文社 · 続きを見る »

1907年

記載なし。

新しい!!: 新思潮と1907年 · 続きを見る »

1972年

協定世界時による計測では、この年は(閏年で)閏秒による秒の追加が年内に2度あり、過去最も長かった年である。.

新しい!!: 新思潮と1972年 · 続きを見る »

出ていきます入ってきます
ヘイ!私たちは今、Facebook上です! »