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天魔

索引 天魔

葛飾北斎画『釈迦御一代図会』より、仏法を滅ぼすために釈迦と仏弟子たちのもとへ来襲する第六天魔王 天魔(てんま)とは第六天魔王波旬(はじゅん、पापीयस् 、より邪悪なもの)、すなわち仏道修行を妨げている悪魔のことである。天子魔(てんしま)・他化自在天(たけじざいてん)・第六天魔王(あるいは単に魔王)ともいう。また、天魔の配下の神霊(魔縁参照)のことを表す場合もある。

目次

  1. 32 関係: 大乗仏教大般涅槃経大自在天大智度論外道実相寺 (富士市)三世三界仏祖統紀仏教他化自在天供養マーラ六欲天第六天神社織田信長真言観福寺 (香取市山倉)解脱への道魔縁足利義教鈴鹿御前釈迦降魔梵衆天正法法華経涅槃日蓮悪魔曼荼羅

大乗仏教

大乗仏教(だいじょうぶっきょう、महायान, Mahāyāna、Mahāyāna Buddhism、)は、伝統的にユーラシア大陸の中央部から東部にかけて信仰されてきた仏教の宗派。出家者に限らず在家者を含めた一切の衆生の救済を掲げる仏教宗派の総称であり、単一の派を指しているわけではない保坂俊司監修 『決定版 よくわかる世界三大宗教―キリスト教・イスラム教・仏教』 学研パブリッシング、2012年、118頁。。日本の仏教は全て大乗仏教であるが、大乗仏教の経典は釈迦の死後、500年以降に成立しており、仏陀(ゴータマ・シッダッタ)の直説ではなく、後世に成立した偽経という批判(大乗非仏説)にあった。 大乗仏教は、出家による自力救済を説く初期仏教(阿含経に色濃く反映)の世界観・救済観を乗り越える形で形成・発展されてきたという経過があるため、釈迦の教えそのものから(少なくとも言語表現上)変容している面があり、その特色は初期仏教(阿含経)の内容と対比することでより鮮明になる。大乗仏教に分類される代表的な仏教経典としては、般若経(般若心経はその核心を簡潔に記したもの)、法華経、浄土三部経、華厳経、(大乗の)涅槃経、大日経、金剛頂経などが挙げられる。

見る 天魔と大乗仏教

大般涅槃経

『大般涅槃経』(だいはつねはんぎょう、महापरिनिर्वाणसूत्र(Mahāparinirvāṇa Sūtra、マハーパリニルヴァーナ・スートラ)、महापरिनिब्बानसुत्तन्त Mahaaparinibbaana Sutta(nta)(マハーパリニッバーナ・スッタ(ンタ))は、釈迦の入滅(=大般涅槃(だいはつねはん))を叙述し、その意義を説く経典類の総称である。

見る 天魔と大般涅槃経

大自在天

大自在天(だいじざいてん、梵:महेश्वर、Maheśvara、マヘーシュヴァラ、音写:摩醯首羅、まけいしゅら)は、ヒンドゥー教のシヴァ神の仏教における姿である。自在天外道の主尊とされる。妻は烏摩妃(パールヴァティー)。

見る 天魔と大自在天

大智度論

大智度論(だいちどろん、Mahā-prajñāpāramitā-śāstra, マハー・プラジュニャーパーラミター・シャーストラ)は、大乗仏教中観派の祖である龍樹による『摩訶般若波羅蜜経』(大品般若経、二万五千頌般若経、Mahā-prajñāpāramitā Sūtra)に対する百巻に及ぶ注釈書である。初期の仏教からインド中期仏教までの術語を詳説する形式になっているので、仏教百科事典的に扱われることが多い。漢訳は鳩摩羅什による(402-405年、大正蔵No.1509)。 題名の「智度」(ちど)とは、「六度」(六波羅蜜)の内の「智慧波羅蜜」、「般若波羅蜜」(prajñāpāramitā)のこと。「智」は「智慧」すなわち「般若」の、「度」は「渡」と同じで「彼岸に渡ること」すなわち「波羅蜜」の意訳である。

見る 天魔と大智度論

外道

外道(げどう、、titthiya)とは、仏教用語で、悟りを得る内道(ないどう)に対する言葉である。経典によっては「異道・邪道」などとも呼ばれる。 転じて、一般に道に外れた人全般も意味する。 インドにおける本来の意味は渡し場・沐浴場・霊場を作る人のことで、一派の教祖を意味する。外道という漢訳語の原語にあたる言葉としては、他の教えを語る者()と、他の宗派の僧・教祖()がある。 中国や日本においては元来、外道とは、仏教以外の教え、またそれを信奉する人びとを総称した呼称である。もともとインドに仏教が興った紀元前5〜6世紀ごろマガダ国に存在した、ヴェーダの思想から外れた自由思想家たちの中でも極端なものや異教の思想を指して言った。それらをもう少し特定する形で仏教用語では六師外道とも呼ぶ。

見る 天魔と外道

実相寺 (富士市)

実相寺(じっそうじ、實相寺とも表記)は静岡県富士市岩本にある、日蓮宗の本山(霊蹟寺院)。山号は岩本山。

見る 天魔と実相寺 (富士市)

三世

三世(さんぜ、サンスクリット語:Traiyadhvika, Traikālya)とは、仏教でいう過去世・現在世・未来世のこと。また三際(さんざい、後述)ともいう。

見る 天魔と三世

三界

仏教における三界(さんがい、tri-dhātu、または梵: त्रिलोक, IAST:triloka)とは、欲界・色界・無色界の三つの世界のことであり、衆生が生死を繰り返しながら輪廻する世界をその三つに分けたもの。三有(さんう)ともいう。 欲界よりも色界のほうが、色界よりも無色界のほうが、いっそうすぐれた生存のしかたであると考えられており、その場所も、欲界が最下にあり、無色界が最上に位置する。

見る 天魔と三界

仏祖統紀

『仏祖統紀』(佛祖統紀、ぶっそとうき)は、中国の南宋の僧志磐が、咸淳5年(1269年)に撰した仏教史書である。全54巻。天台宗を仏教の正統に据える立場から編纂されている。

見る 天魔と仏祖統紀

仏教

仏教(佛敎、ぶっきょう、बौद्धधर्म、ພຸດທະສາສະໜາ、Buddhism)は、インドの釈迦(ゴータマ・シッダッタ、ガウタマ・シッダールタ、ゴータマ・シッダールタ)を開祖とする宗教。仏陀(仏、目覚めた人、Buddha)の説いた教え。キリスト教・イスラム教に次ぐ世界宗教の1つで、世界で4番目に大きな宗教である(信者の数はヒンドゥー教の方が多いが、ヒンドゥー教は信者がほぼインドに限られているため、世界宗教とは言いがたい)。世界人口の7%である5億2000万人以上が仏教徒(信者)であり、特に東アジア、東南アジア、南アジアで広まっている。 教義は苦の輪廻からの解脱を目指す。原因と結果の理解に基づき、諸々の現象が縁起するとされる。

見る 天魔と仏教

他化自在天

他化自在天(たけじざいてん、Para-nirmita-vaśa-vartin)は、三界における欲界の最高位、且つ六道の天道(天上界)の最下部である、六欲天の第六天。欲界の天主大魔王である第六天魔王波旬(はじゅん、Pāpīyas)の住処。 この天は、他人の変現する楽事をかけて自由に己が快楽とするからこの名がある。この天の男女は互いに相視るのみにて淫事を満足し得、子を欲する時はその欲念に随って膝の上に化現するという。天人の身長は三里、寿命は1万6千歳という。ただし、その一尽夜は人間の1600年に相当するという。 天人としての他化自在天は、弓を持った姿で描かれる。

見る 天魔と他化自在天

供養

供養(くよう)は、サンスクリット語のプージャー(pūjā)またはプージャナー(pūjanā)の訳で、仏、菩薩、諸天などに香、華、燈明、飲食などの供物を真心から捧げること。 日本の民間信仰では、死者・祖先に対する追善供養のことを特に供養ということが多い。これから派生して、仏教と関係なく、死者への弔いという意味で広く供養と呼ぶこともある。また動物等に対する供養、さらには針供養や人形供養のように生き物でない道具等に対する供養もある。 西野神社人形供養祭。

見る 天魔と供養

マーラ

マーラ()は、釈迦が悟りを開く禅定に入った時に、瞑想を妨げるために現れたとされる悪魔。愛の神カーマと結び付けられ、カーマの別名またはカーママーラとして一体で概念されることがある。仏教では、このマーラの誘惑に打ち勝ち、マーラを退治することを降魔という。

見る 天魔とマーラ

六欲天

六欲天(ろくよくてん)は、天上界のうち、いまだ欲望に捉われる6つの天界をいう。六天ともいう。またそのうちの最高位・他化自在天を特に指して言う場合もある。

見る 天魔と六欲天

第六天神社

第六天神社(だいろくてんじんしゃ)は、関東地方(旧武蔵国)を中心としてその周辺に存在する神社。なお、神社によっては第六天を「大六天」と表記する場合もある。

見る 天魔と第六天神社

織田信長

織田 信長(おだ のぶなが)は、日本の戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・大名。戦国の三英傑の一人。 尾張国(現在の愛知県)出身。織田信秀の嫡男。家督争いの混乱を収めた後に、桶狭間の戦いで今川義元を討ち取り、勢力を拡大した。足利義昭を奉じて上洛し、後には義昭を追放することで、畿内を中心に独自の中央政権(「織田政権」)を確立して天下人となった。しかし、天正10年6月2日(1582年6月21日)、家臣・明智光秀に謀反を起こされ、本能寺で自害した。 これまで信長の政権は、豊臣秀吉による豊臣政権、徳川家康が開いた江戸幕府への流れをつくった画期的なもので、その政治手法も革新的なものであるとみなされてきた。しかし、近年の歴史学界ではその政策の前時代性が指摘されるようになり、しばしば「中世社会の最終段階」とも評され、その革新性を否定する研究が主流となっている。

見る 天魔と織田信長

真言

真言(しんごん)とは、サンスクリット語のマントラ(मन्त्र )の訳語で、「(仏の)真実の言葉、秘密の言葉」という意。『大日経』などの密教経典に由来し、浄土真宗を除く多くの大乗仏教の宗派で用いられる呪術的な語句である。 法華経では、「陀羅尼品第二十六」があり、すでに法華経には呪術的な語句が使用されている。 漢訳経典では、「真言」の他に「密言」、「呪」、「明呪」等と訳される「呪」は「咒」と書かれることもあるが、「咒」は「呪」の異体字(俗字)であり意味の違いもない。。 仏の真実の教えは、この宇宙の真理(法)や隠された秘密を明らかにするもので、本来は人間の言葉で表すことはできないが、方便として世俗の文字・言語を借りてそれに教えを盛り込み、これを観想しこれに心を統一することで、その教えに触れ得るようにしたものが、密教における真言であるとされる。

見る 天魔と真言

観福寺 (香取市山倉)

観福寺(かんぷくじ)は、千葉県香取市山倉にある真言宗豊山派の寺院。山号は山倉山。本尊は大六天王。元は山倉大神の別当寺であった。

見る 天魔と観福寺 (香取市山倉)

解脱への道

仏教における道(みち、、Magga)、仏道(ぶつどう)とは、解脱・正覚に至る道のことであり、様々な方法が記載されている。最も古典的なものは八正道であるが、これは経蔵記載における要約の一つにすぎない。ほかにも様々な解脱への道が存在する。道すなわち菩提を完成することを成道という。

見る 天魔と解脱への道

魔縁

魔縁(まえん)とは、仏教用語で、障魔となる縁(三障四魔)のこと。また特に第六天魔王波旬を指す。また、いわゆる慢心の山伏である妖怪の天狗、即ち魔界である天狗道に堕ちた者たちを総称していう場合もある。

見る 天魔と魔縁

足利義教

足利 義教(あしかが よしのり、)は、室町幕府の第6代征夷大将軍(在職:1429年 - 1441年)。第3代将軍・足利義満の子。母は側室の藤原慶子。僧侶時代は義円(ぎえん、)、還俗直後は義宣(よしのぶ)と名乗った。室町幕府の第3代将軍・足利義満の四男または五男で、第4代将軍・足利義持の同母弟にあたる。 義教は、鎌倉公方の足利持氏と通謀して自身を呪詛しているとして、比叡山延暦寺に攻勢を仕掛けてこれを抑え込み、永享の乱で足利持氏を敗死させるなど、強権的な手法で室町幕府の権威向上に努めた。また自身の肝いりの政策として、高さ四丈(約12m)の雲居寺大仏の再建を行った。将軍と同等もしくはそれ以上の勢威を持った勢力を一掃し、九州や関東にも幕府の影響力を増大させたが、「万人恐怖」とも称される、その強権的な手法は周囲の反感を呼び、最期は守護大名の赤松氏に暗殺された(嘉吉の乱)。以降足利将軍の権威は低下し、彼ほどの実権を持つ将軍は現れなかった。

見る 天魔と足利義教

鈴鹿御前

東海道五十三対 土山』 左より鈴鹿山の鬼神、鈴鹿御前、坂上田村麻呂 鈴鹿御前(すずかごぜん)は、伊勢国と近江国の国境にある鈴鹿山に住んでいたという伝承上の女神・天女。鈴鹿姫・鈴鹿大明神・鈴鹿権現・鈴鹿神女などとも記されている。後世には鈴鹿山の盗賊立烏帽子(たてえぼし)とも同一視され、女盗賊・鬼・天の魔焰(第六天魔王もしくは第四天魔王の娘)とも記される。その正体は伝承や文献により様々である。 室町時代以降の伝承はそのほとんどが田村語り並びに坂上田村麻呂伝説と深く関係し、平安時代の征夷大将軍としても高名な大納言坂上田村麻呂ないし彼をモデルとした伝承上の人物・坂上田村丸と夫婦となって娘の小りんにも恵まれる。

見る 天魔と鈴鹿御前

釈迦

釈迦(しゃか、、शाक्यमुनि、)は、北インドの人物で、仏教の開祖。ただし、存命していた時代については後述の通り紀元前7世紀、紀元前6世紀、紀元前5世紀など複数の説があり、正確な生没年は分かっていない。 姓名はサンスクリット語の発音に基づいた表記ではガウタマ・シッダールタ(गौतम सिद्धार्थ Gautama Siddhārtha)、パーリ語の発音に基づいてゴータマ・シッダッタ(Gotama Siddhattha)とも表記される。漢訳では瞿曇悉達多(くどんしっだった)である。 仏舎利と言われる遺骨は真身舎利、真正仏舎利として今も祀られ、信仰を集めている。

見る 天魔と釈迦

降魔

降魔(ごうま)とは、仏教においてマーラ(漢訳:天魔波旬、魔羅、天魔、悪魔)を降す(くだす)、または、マーラの攻撃を退けてマーラに勝つという意味をもつ。 代表的なのが釈尊の降魔成道(ごうまじょうどう)のおり、釈尊が悟りを開くのを邪魔するためにマーラの軍勢が攻撃してきた際に悪魔の攻撃を退けて悪魔に勝利し、成道つまり開悟(悟りを開く)したというエピソードがある。 これは釈尊に限らず悟りを求めて仏陀教団に入門した修行僧全てに待っている試練である。 明代の神怪小説『封神演義』には、韋護の使用する武器として降魔杵が登場する。 俗には、「魔を降臨させる」あるいは「降臨した魔の存在」という意味あいで使用されることもある。

見る 天魔と降魔

梵衆天

梵衆天(ぼんしゅうてん 梵:Brahmakāyikā)は、三界のうち、色界18天の下位から数えて第1番目の天。色界第一禅(初禅)の第1番目・初天。 『順正理論』は、「大梵所有所化所領、故名梵衆。」(梵天が所有したり化身したり支配する天衆がいるため、梵衆天という。)と説明する。 『雑阿毘曇心論』『彰所知論』は、この天での天部(天衆)の身長が0.5由旬、寿命が0.5劫とする。また『仏説立世阿毘曇論』は、寿命を20小劫とする。 上部は梵輔天があるが、この天は色界の第1番目に位置するので、この下部は欲界の最高・他化自在天となる。 Category:天 (仏教)。

見る 天魔と梵衆天

業(ごう)、カルマ(कर्मन् karman)に由来し、行為、所作、意志による身心の活動、意志による身心の生活を意味する語。原義においては単なる行為(action)という意味であり、「良い」「悪い」といった色はなく、暗いニュアンスもない。 インド哲学正統派、および異端派の一部(仏教など)の説では、善または悪の業を作ると、因果の道理によってそれ相応の楽または苦の報い(果報)が生じるとされる。業は果報と対になる語だが、業の果報そのものを業という場合もある。 業の思想はインド発祥の宗教(とりわけヒンドゥー教、仏教、ジャイナ教、シーク教)と道教において、輪廻と強く結びつく概念である これらの多くの説では、善意と善行は良いカルマと幸福な転生をもたらし、悪意と悪行は悪いカルマと悪い再生をもたらすとされるHalbfass, Wilhelm (2000), Karma und Wiedergeburt im indischen Denken, Diederichs, München, Germany(善因善果、悪因悪果)。

見る 天魔と業

正法

正法(しょうぼう、しょうほう)とは、仏教で、正しい法(教え)のこと。邪法に対する語。白法、浄法、妙法ともいう。 また、それが行なわれるとされる釈迦の入滅(肉体死)後500年又は1000年間の時期のことで、仏法の儀式が変わらず成仏する人がいる時期をいう。 解脱堅固(げだつけんご)といい、仏法によって証りを得て誤りのない時代。 次の五百年は禅定堅固(ぜんじょうけんご)といって、禅定(心を一点に定めて思惟すること)が盛んに行われて証りを得る時代。 この場合、後の時代を像法、さらに後の時代を末法という。正・像・末の三時のひとつである。 なお読み方は「正法護持」のように「しょうぼう」と「ほ」に濁点が付くのが正しいが、最近の新興宗教では濁らずに読む教団がある。例えば真光系諸教団では「真理正法」(しんりせいほう) のように「せいほう」と読み、GLA系諸教団では「正法真理」(しょうほうしんり) のように「しょうほう」と読んでいる。

見る 天魔と正法

法華経

法華経の 現代の解説書にはしばしば、このような写真とこのような主旨の解説が添えられている。。 法華経(ほけきょう、ほっけきょう、Saddharma-puṇḍarīka-sūtra)は、大乗仏教(密教も含まれる)の代表的な経典。大乗仏教の初期に成立した経典であり、法華経絶対主義、法華経至上主義が貫かれており、法華経が開発した菩薩や如来は密教に引き継がれている。また、壮大なフィクションや、法華経の無限連鎖などの独創性は他に類を見ない。法華経は、仏教側が信者獲得のため「下位カースト在家集団」が創作した独自経典であるため、矛盾する思想が混在している。また、カルト的という特色を持つ一方で、誰もが平等に成仏できるという、新しい仏教思想が説かれているNHK 100分de名著 法華経[新]第1回「全てのいのちは平等である」2018年4月2日放送。新版・NHK「100分de名著」ブックス、2021年6月。

見る 天魔と法華経

涅槃

涅槃(ねはん)、ニルヴァーナ()、ニッバーナ()とは、一般にヒンドゥー教、ジャイナ教、仏教における概念であり、繰り返す再生の輪廻から解放された状態のこと。 インド発祥の宗教においては、涅槃は解脱(モークシャ मोक्ष または ムクティ मुक्ति mukti)の別名である。すべてのインドの宗教は、涅槃は完全な静寂、自由、最高の幸福の状態であるだけでなく、誕生、生、死の繰り返しである輪廻からの解放と終了であると主張しているGavin Flood, Nirvana.

見る 天魔と涅槃

日蓮

本蓮寺 妙傳寺 日蓮(にちれん、承久4年(1222年)2月16日には、「その誕生日の2月16日については自ら記すところではないが、『本門宗要抄』の下巻と、この書と大体同時代の成立と思われる日道の『御伝土代』に誕生を2月16日と記している」とある(但し、漢数字は算用数字に改めた)。なお、『本門宗要抄』には偽書説があるが、それについてはで「日蓮の事蹟・生涯についてはおそらく日蓮の直弟たちの間の周知のこと、またその伝承されていたことがつづられたもので、この両書は日蓮宗の初期の伝承を伝える珍重すべきものである。したがって2月16日の誕生は真を伝えているとみて良い。」としている。 - 弘安5年(1282年)10月13日ユリウス暦では1222年3月30日 - 1282年11月14日、グレゴリオ暦に換算すると1222年4月6日 - 1282年11月21日。グレゴリオ暦の施行は1582年で日蓮はそれ以前に亡くなっているが、日蓮宗諸派では日蓮の事跡をグレゴリオ暦換算の日付で祝うため、グレゴリオ暦の日付を併記している。なお、換算はによる。

見る 天魔と日蓮

悪魔

悪魔(あくま)とは、特定の宗教文化に根ざした悪しき超自然的存在、または悪を象徴する超越的存在を指す言葉である中村元、福永光司、田村芳朗、今野達、末木文美士 編 『岩波 仏教辞典 第二版』 岩波書店、2002年、p.6。 悪魔は、仏教において仏教を妨害する邪神を意味することもある。キリスト教ではサタンを指し、神を冒涜し試みる、人間を誘惑する存在とされる。サタン以外の西洋文化における悪霊(悪魔)も、現代日本語では悪魔と呼ばれることが一般的。イスラム教では、悪魔は シャイターン、イブリースと呼ばれている。 一枚岩の宗教においては神に敵対するものを指し、他宗教の神に対する蔑称でもある(後述)。

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曼荼羅

曼荼羅(マンダラ、梵語:मण्डल maṇḍala、チベット語:དཀྱིལ་འཁོར་(キンコル, dkyil 'khor))とは、密教の経典に基づいて主尊を中心に諸仏諸尊の集会する楼閣を模式的に示した図像。 密教経典は曼荼羅を説き、その思想を曼荼羅の構造によって表し、その種類は数百にのぼる。古代インドに起源をもち、中央アジア、日本、中国、朝鮮半島、東南アジア諸国などへ伝わった。21世紀に至っても、密教の伝統が生きて伝存するチベット、ネパール、日本などでは盛んに制作されている。漢字による表記のバリエーションとして「漫荼羅」や「曼拏羅」、「曼陀羅」等があるが、日本の重要文化財等の指定名称は「曼荼羅」に統一されており、ここでも「曼荼羅」と表記する。

見る 天魔と曼荼羅

大六天、大六天王、第六天魔王 別名。