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司教枢機卿

索引 司教枢機卿

司教枢機卿(しきょうすうききょう)はカトリック教会の高位聖職者である枢機卿の位階の一つで、教皇に継ぐ最高位の位階及び称号。その下に司祭枢機卿、助祭枢機卿が位置付けられている。 教会法用語で司教職階ともいう。.

27 関係: 助祭枢機卿司祭司祭枢機卿司教名誉委員長位階マロン典礼カトリック教会ヨハネ・パウロ2世 (ローマ教皇)リスボンヴェネツィアパウロ6世 (ローマ教皇)ベネディクト16世 (ローマ教皇)アッシリア人カメルレンゴカトリック教会タルチジオ・ベルトーネ典礼秘跡省国務長官称号総大司教首席枢機卿枢機卿東方典礼カトリック教会教区教皇1962年1965年

助祭枢機卿

助祭枢機卿(じょさいすうききょう)はカトリック教会の高位聖職者である枢機卿の位階及び称号のひとつ。枢機卿団の中で、司教枢機卿、司祭枢機卿の下に位置付けられる一番低い位階である。もともとローマ教区で働く助祭たちで、教皇のアドバイザーとしての任務を受けたものに与えられた称号であった。 1918年以前には、聖職者でなくても枢機卿団に加わることが可能であった。枢機卿団の中で、非聖職者に開かれた唯一の位階が助祭枢機卿であった。そのころ、司祭枢機卿になるための条件が司祭であることであり、同じように、司教枢機卿には司教であることが求められていた。 1918年以降、助祭枢機卿を含むすべての枢機卿が司祭であることが必須となり、1962年以降は原則司教であることが求められている。そのため、枢機卿に任命を受けた司祭も司教叙階を受けることが求められるが、ごくたまに高齢であることを理由に司教叙階が免除されることがある。(最近の例では、2003年に選ばれたアヴェリー・デュレス枢機卿が司教叙階を免除されている。) 1587年、教皇シクストゥス5世は勅令を発して枢機卿団の人数の上限を70名とし、この規定は1958年まで遵守された。そこで規定された助祭枢機卿の人数は14であったが、実際にはそれより多くなっていた。2010年現在、ローマの名義教会で助祭枢機卿の名義に指定されているものは50以上あるが、実際の助祭枢機卿の人数は30名ほどである。 助祭枢機卿には長い間、10年つとめると司祭枢機卿に昇格できるという特権が保持されてきた。助祭枢機卿から昇格した司祭枢機卿たちは司祭枢機卿の中でも特別な地位を占めることが認められていた。このとき、司祭枢機卿として必要な名義をえるか、あるいは助祭枢機卿名義の教会が司祭枢機卿名義の教会に昇格させることも行われた。 現代では助祭枢機卿に任命されるのは教皇庁で働く司祭たちや、枢機卿任命時に司教でない司祭たちである。枢機卿任命時に司教職にあるものは通常司祭枢機卿に任命される。.

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司祭

司祭(しさい)とは、キリスト教における位階の一つ。東方諸教会、正教会、カトリック教会、聖公会に存在する。 プロテスタントには、万人祭司の教理により司祭がおらず、指導者として牧師がいる。.

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司祭枢機卿

司祭枢機卿(しさいすうききょう)はカトリック教会の枢機卿の位階及び称号のひとつ。枢機卿団における三つの位階の中でもっとも人数の多い位階である。司祭枢機卿は司教枢機卿の下に、助祭枢機卿の上に位置している。とはいってもこの格付けも単に名称上の問題である。 近代まで司祭枢機卿は文字通り、司祭である枢機卿という意味を持っていた。しかし、本来の語義はむしろ反対で「司祭枢機卿」というよりは「枢要司祭」ともいうべきものであった。つまりローマの中の重要な教会の教区司祭たちで教皇のアドバイザーとしての任命を受けたものが司祭枢機卿となったのである。これらの司祭たちと周辺教区の司教たち、さらにローマの主要な教会で働く助祭たちが教皇の側近としての意味合いを持つ最初の枢機卿団を形成した。 古代において、教皇選挙権は別に枢機卿だけのものではなかった。初期の教皇たちはローマに在住する司祭たちの中から選ばれていたが、これはペトロに由来する使徒の継承性を維持するためであった。本来ローマの司教である教皇を司教として叙階する役割は伝統的にオスティアの司教枢機卿にゆだねられていた。歴史の中で枢機卿の資格は、当初そうであったようなローマ在住の司祭と助祭や周辺教区の司教だけに限定されなくなっていった。 それでも現代にいたっても枢機卿たちはみな伝統に従って名義上の小教区を与えられているが、パウロ6世(在位:1963年6月21日 - 1978年8月6日)以降それらの教会の司牧の任務は解除され、純粋に名義上のものになっている。これらの小教区の中には2世紀以来枢機卿の名義教会でありつづけるほど歴史のあるものも含まれている。 ローマ帝国時代からルネサンスのころまで枢機卿団は本当に小規模なものであり、しばしば枢機卿の名義教会よりも実質の枢機卿の数は少なかった。16世紀に入ると、教皇権の伸長と共に教皇宮廷の貴族として枢機卿団が位置付けられるようになり、規模が急激に拡大した。この状況を憂慮した教皇シクストゥス5世は1587年に枢機卿団の人数に70名という制限を設けた。この慣例は1958年まで守られており、歴史の中でもともとの名義教会そのものも老朽化や移転などで徐々になくなっていった。 教皇ヨハネ23世は枢機卿団の改革に取り組み、まず70人という枠を撤廃した。その上であらためて枢機卿の名義教会のリストを再編成した。この仕事はパウロ6世からヨハネ・パウロ2世へと引き継がれ、ローマにある300の教会のうち、150が名義教会に指定されている。 司祭枢機卿の中で、もっとも長く勤めている枢機卿は枢機卿団の首席司祭と呼ばれ、かつて教皇選挙(コンクラーヴェ)の中で特別な役割を果たす伝統があったが、しばしば80歳を超えていることが多いため、80歳以上の枢機卿が除外される現代の教皇選挙ではそれが行われないことが多い。現在の首席司祭はブラジル出身のサレス枢機卿である。 現代では、司祭枢機卿という名称であっても、ほとんどの人が世界各地の重要な教区出身の司教たちか教皇庁につとめる高位聖職者たちである。10年つとめた助祭枢機卿も希望すれば司祭枢機卿に昇格することができる。かつて司祭枢機卿になるための条件は司祭であることだったが、1918年以降、すべての枢機卿は司教であることが必須条件である。.

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司教

司教(しきょう、Episcopus, bishop)は、カトリック教会の位階の一つで、ある司教区(教区)を監督する聖務職のこと。 正教会や聖公会などではこれに相当するのは「主教」と呼び、福音主義(ルター派)教会やメソジストでは「監督」と呼ぶ。 なお、カトリック教会でも中国語・韓国語では訳語に「主教」を採用している(例:天主教台湾地区主教団)。.

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名誉委員長

名誉委員長(めいよいいんちょう)とは、委員会と称する国際機関、国家の行政機関、学術機関、スポーツ連盟、その他の団体において設置される栄誉職または称号。名誉役員の職名の一つ。類似の名称に名誉副委員長、名誉委員がある(名誉副委員長については本項で解説)。.

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位階

位階(いかい)とは、国家の制度に基づく個人の序列の標示である。位(くらい)ともいう。「位階」という語は、基本的には地位、身分の序列、等級といった意味広辞苑 第五版 p.121「位階」である。制度としての「位階」は、元は古代中国の政治行政制度である律令制や、それを継受した国における官僚・官吏の序列の標示(身分制度)である。後には、位階は、長く官職にあった者や特に功績のあった者などに与えられる栄典の一となった。位階を授与することを「位階に叙する」または叙位(じょい)という日本においては平安時代以後、宮中で例年正月5日頃に行われる五位以上の位階を授ける儀式のことも叙位(例の叙位)と言った。。.

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マロン典礼カトリック教会

マロン典礼カトリック教会(マロンてんれいカトリックきょうかい、、)は、レバノンを中心に信者を擁するキリスト教東方典礼カトリック教会の一派。マロン派(まろんは)とも呼ばれる。名前の由来は、4 - 5世紀のアンティオキアで活動した聖マールーン(聖マロン、:en:Maron)に由来するといわれる。レバノン国内では人口のおよそ3割程度を占め、古くから重要な政治ポストを占める最大宗派であり、大統領がマロン派から選出される慣行を持つなど、国内外の政治・経済両面において大きな影響力を持つ。また、その歴史的経緯などから、同じカトリックが多数派であるフランスとは緊密な関係にある。.

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ヨハネ・パウロ2世 (ローマ教皇)

ヨハネ・パウロ2世(羅:Ioannes Paulus PP.、英:John Paul II、伊:Giovanni Paolo II、波:Jan Paweł II、1920年5月18日 - 2005年4月2日)は、ポーランド出身の第264代ローマ教皇(在位:1978年10月16日 - 2005年4月2日)。ヨハネス・パウルス2世とも表記される。本名はカロル・ユゼフ・ヴォイティワ(Karol Józef Wojtyła)。 カトリック教会の聖人で、ヨハネ23世とともに、ピウス10世以来60年ぶりに列聖された教皇である。ハドリアヌス6世(オランダ出身、在位:1522年 - 1523年)以来455年ぶりの非イタリア人教皇にして史上最初のスラヴ系教皇。同時に20世紀中最年少で着座した教皇でもある。神学と哲学の2つの博士号を持っていた。 冷戦末期において、世界平和と戦争反対への呼びかけと、呼びかけだけにとどまらない数々の平和行動を実践し、共産党一党独裁下にあった母国ポーランドを初めとする民主化活動の精神的支柱としての役割も果たした。 また、生命倫理などの分野でのキリスト教的道徳観の再提示を行うとともに、エキュメニズムの精神からキリスト教内の他宗派や他宗教・他文化間の対話を呼びかけたことは、宗教・宗派の枠を超えて現代世界全体に大きな影響を与え、没後も多くの信徒や宗教関係者から尊敬を集めている。.

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リスボン

リスボン(Lisboa 、 リジュボア、Lisbon )は、ポルトガルの首都で同国最大の都市である。市域人口は547,631人を擁し、市域面積はに過ぎないが、そのぶん高い人口密度を保持している。リスボンの都市的地域は行政区としての市域を越えて広がっており、人口は300万人を超え, March 2010、面積はを占めており、欧州連合域内では11番目に大きな都市圏を形成している。約3,035,000人 の人々が、に暮らし、ポルトガルの全人口の約27%を占めている。リスボンはヨーロッパの大都市では最も西にある都市であると同時に、ヨーロッパの中で最も西側に位置する政府首都でもある。ヨーロッパ諸国の首都のなかで唯一の大西洋岸にあるリスボンは、イベリア半島の西側、テージョ川の河畔に位置している。 リスボンは金融や商業、出版、娯楽、芸術、貿易、教育、観光と言った様々な分野で重要な都市であることから、世界都市と見なされている。 ポルテラ空港は2012年に1,530万人の旅客を扱い、高速道路Auto-estradaや高速列車アルファ・ペンドゥラールによりポルトガルの他の主要都市と結ばれている。南ヨーロッパではイスタンブール、ローマ、バルセロナ、マドリード、アテネ、ミラノに次いで7番目に多くの観光客が訪れる都市で、2009年には1,740,000人の観光客が訪れた。リスボンの総所得は世界の都市で32番目に高い位置を占めている。 ポルトガルの多国籍企業の本社はほとんどがリスボン地域に置いており、世界では9番目に多くの国際会議が開かれる都市でもある。 また、ポルトガルの政治の中心での首府やポルトガルの大統領官邸が置かれている他、やリスボン県の中心でもある。 世界的にも古い歴史がある都市の一つで、西ヨーロッパでは最古の都市であり現代のヨーロッパの他の首都であるロンドンやパリ、ローマなどよりも数百年遡る。ガイウス・ユリウス・カエサルはフェリキタス・ユリアFelicitas Juliaと呼ばれるムニキピウムを創建し、オリピソOlissipoの名に加えた。5世紀から一連のゲルマン人部族により支配され、8世紀にはムーア人により攻略された。1147年、ポルトガル王国の建国者アフォンソ1世下のレコンキスタでのリスボン攻防戦で、ポルトガルはムーア人からリスボンを奪回する。以来、リスボンはポルトガルの主要な政治、経済、文化の中心となっている。ほとんどの首都と異なり、リスボンのポルトガルの首都としての地位は法令や書面の形式では公式に認められたり確認されていない。首都としての地位は憲法制定会議を通じて事実上の首都としてに定められている。 リスボンには欧州薬物・薬物依存監視センター(EMCDDA)と欧州海上保安機関(EMSA)の2つの欧州連合の専門機関が置かれている。「ルゾフォニアの世界の首都」と呼ばれポルトガル語諸国共同体の本部がに置かれている。ベレンの塔とジェロニモス修道院の2つはUNESCOの世界遺産に登録されている。さらに1994年、リスボンは欧州文化首都になり、1998年にはリスボン国際博覧会が開催された。.

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ヴェネツィア

ヴェネツィア(Venezia)は、イタリア共和国北東部に位置する都市で、その周辺地域を含む人口約26万人の基礎自治体(コムーネ)。ヴェネト州の州都、ヴェネツィア県の県都である。ヴの表記によりベネチアと表記されることもある。 中世にはヴェネツィア共和国の首都として栄えた都市で、「アドリア海の女王」「水の都」などの別名をもつ。英語では「Venice」と呼ばれ、これに由来して日本語でもヴェニス、ベニスと呼ばれることもある。.

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パウロ6世 (ローマ教皇)

パウロ6世(Paulus PP.、Paul VI、1897年9月26日 - 1978年8月6日)は、第262代ローマ教皇(在位:1963年6月21日 - 1978年8月6日)。カトリック教会の福者。 本名はジョヴァンニ・バッティスタ・モンティーニ(Giovanni Battista Montini)。第2バチカン公会議をヨハネ23世から引継いで全うし、その理念の実施を促進。パウルス6世とも表記される。.

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ベネディクト16世 (ローマ教皇)

ベネディクト16世(Benedictus PP.、Benedict XVI、1927年4月16日 - )は、第265代ローマ教皇(在位:2005年4月19日 - 2013年2月28日)。719年ぶりに自由な意思によって生前退位し名誉教皇となった。ベネディクトゥス16世と表記されることもある。 ドイツ出身で本名はヨーゼフ・アロイス・ラッツィンガー(Joseph Alois Ratzinger)。.

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アッシリア人

アッシリア人(-じん)とは、アラム語の1つ現代アラム語を話しキリスト教を信仰する中東の少数民族。古来からアラブ人、トルコ人、クルド人、トルクメン人などの異民族との競合や迫害を受けながらも、強固な民族意識により伝統的な文化を継承している。 「シリア人」という意味の「スリョイェ」(ܣܘܪܝܝܐ, Sūryāyē, Suryoye)を自称するが、シリア・アラブ共和国の国民との混同を避けるため、以下アッシリア人という表記を用いる。ドイツなどではアラム人(Aramäer)と呼ばれる。なお、古代アッシリア人との遺伝的関係は明らかになっていない。.

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カメルレンゴ

メルレンゴ (Camerlengo)とは、ローマ教皇庁の役職で、ローマ教皇の秘書長。枢機卿の中からローマ教皇によって指名される。使徒座空位の際の使徒座空位期間事務局の長官で、教皇代理となる。また、枢機卿団の事務長として、バチカンにおいて使徒座空位の間のみ有効な切手や貨幣を発行する権限がある。この場合は、教皇の肖像や教皇紋章に代えてカメルレンゴの紋章を用いる。 使徒座空位になっても首席枢機卿とカメルレンゴは解任されることなく職務を行える。 現在のカメルレンゴは枢機卿。.

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カトリック教会

トリック教会(カトリックきょうかい、)は、ローマ教皇を中心として全世界に12億人以上の信徒を有するキリスト教最大の教派。その中心をローマの司教座に置くことからローマ教会、ローマ・カトリック教会とも呼ばれる。.

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タルチジオ・ベルトーネ

ムネイル タルチジオ・ベルトーネ (Tarcisio Bertone、1934年12月2日 -) はイタリア出身のカトリック司祭、枢機卿、サレジオ会士。.

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典礼秘跡省

典礼秘跡省(てんれいひせきしょう Congregatio de Cultu Divino et Disciplina Sacramentorum)は、ローマ教皇庁の聖省である。東方典礼カトリック教会とは異なるローマ教皇を中心とするカトリック教会(ラテン教会)の典礼に係るほとんどの事項、また秘跡に係る一定の技術的な事項を司る。.

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国務長官

国務長官(こくむちょうかん、Secretary of State).

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称号

号(しょうごう、英語:Title)とは、主に個人または団体の公的な身分や資格、地位などを表す呼び名。.

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総大司教

総大司教(そうだいしきょう)は、カトリック教会において最高の裁治権をもつ司教職。 原語であるギリシャ語"πατριαρχής"(パトリアルケース、英語:Patriarch)は正教会では「総主教」と訳されるが、正教会の総主教は各国の正教会の首長であり聖職者の最高位であるため、その権限は西方の総大司教とは大きく異なる(「正教会の総主教」の段落で後述)。 ギリシャ語"πατριαρχής"(パトリアルケース)は、父を意味するπατήρ (pater)「パーテル」とリーダーなどを意味する ἄρχων (archon)「アルコン」の複合語である。ラテン語では"patriarcha"(パトリアルカ)という。この語は旧約聖書の七十人訳において、族長時代の族長のことを指していた。.

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首席枢機卿

首席枢機卿(しゅせきすうききょう、羅:Decanus Sacri Collegii、英:Dean of the College of Cardinals)は、ローマ教皇庁の役職で、ローマ・カトリック教会の高位聖職者である枢機卿で組織する枢機卿団の議長。 教会法 352条2項では、枢機卿団の議長ではあるが、首席枢機卿は他の枢機卿に対して何らの支配権を有せず、同等者間の首席であるに過ぎないと規定されている。 コンクラーヴェの際にはその議長となる。ただし、首席枢機卿が教皇の選挙権を有しない場合は、次席枢機卿がコンクラーヴェの議長となる。 首席枢機卿は、枢機卿の互選で、ローマ教皇の承認を受けることになっている。 教会法350条4項により、既に有している名義称号のほかに、オスティア教区の名義司教となる。 2002年から首席枢機卿の地位にあった ヨーゼフ・ラッツィンガー枢機卿が2005年にベネディクト16世として第265代ローマ教皇に就任した後を受けて、アンジェロ・ソダーノ枢機卿が2005年から現在まで首席枢機卿の地位にある。.

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枢機卿

枢機卿(すうききょう、すうきけい、、)は、カトリック教会における教皇の最高顧問である。重要な案件について教皇を直接に補佐する「枢機卿団」を構成すると同時に、個々の枢機卿は、教会全体にかかわる日常的な職務について教皇を助ける。 正式な称号は「聖なるローマ教会の枢機卿()」 で、枢機卿(カーディナル)という言葉自体はラテン語の「Cardo(カルド.

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東方典礼カトリック教会

東方典礼カトリック教会(とうほうてんれいカトリックきょうかい、、、)は、正教会や東方諸教会で用いられる典礼を使いながら、ローマ教皇権を認めてカトリック教会の教義を受け入れ、ローマ・カトリック教会とフル・コミュニオン関係にあるキリスト教の諸教会の総称。.

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教区

教区(きょうく、、)とは、宗教組織が行政や布教活動などのために地域ごとに設定する単位である。.

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教皇

教皇(きょうこう、Pāpa、Πάπας Pápas、The Pope)は、キリスト教の最高位聖職者の称号。一般的にはカトリック教会のローマ司教にして全世界のカトリック教徒の精神的指導者であるローマ教皇を指す。ヴァティカン市国の首長。教皇の地位は「教皇位」、あるいは「教皇座」と呼ばれる。また、教皇の権威のことを「聖座」、「使徒座」ということもある。現在の教皇はフランシスコ(第266代)。 日本語では「ローマ法王」と表記されることも多いが、日本のカトリック教会の中央団体であるカトリック中央協議会は「ローマ教皇」の表記を推奨している(後述)。またカトリックの内部では「教父」の呼称を用いる場合もある。なお、退位した教皇の称号は名誉教皇(名誉法王とも)という。 本項では主にローマ教皇について記述する。その他の教皇については称号の変遷とその他の「教皇」の節を参照。.

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1962年

記載なし。

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1965年

記載なし。

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