ロゴ
ユニオンペディア
コミュニケーション
Google Play で手に入れよう
新しい! あなたのAndroid™デバイスでユニオンペディアをダウンロードしてください!
無料
ブラウザよりも高速アクセス!
 

ソグディアノス

索引 ソグディアノス

ディアノス(Sogdianos, Sogdyậna、? - 紀元前423年)は、アケメネス朝ペルシアの大王と伝わる人物。前424年から翌年にかけてのごく短期間、王位にあったとされる。 紀元前424年の大王アルタクセルクセス1世の死後、その息子で皇太子(正室ダマスピアの息子)のクセルクセス2世が王位を継いだ。ところがわずか数週間後、異母弟(バビロニア出身の側室アロギュネの息子)のソグディアノスがクセルクセスを暗殺して王位を簒奪した。さらにその数ヶ月後、別の異母弟(バビロニア出身の側室コスマルテュデネの息子でヒュルカニア総督)のオコスが蜂起した。ソグディアノスが騎兵隊長アルバリオスに暗殺されたのち、オコスは大王ダレイオス2世として即位した。 以上の事績がクニドスの歴史家クテシアスが伝えるところであるが、こんにちの歴史学ではクテシアスの著述は信憑性に乏しいと評価されている。同時代のバビロニアの史料によれば、おそらくはアルタクセルクセス1世の死後、三兄弟がそれぞれの領地に分立して後継者を自称し、最終的にダレイオスが勝利したと考えるのが妥当である。アルタクセルクセス1世の最後の碑文は紀元前424年12月24日、ダレイオス2世の最初の碑文は前423年1月10日と年代付けられている。.

13 関係: ペルシアペルセポリスバビロニアファラオダレイオス2世アルタクセルクセス1世アケメネス朝クテシアスクニドスクセルクセス2世ゾロアスター教紀元前423年紀元前424年

ペルシア

ペルシア、ペルシャ(ギリシャ語 Περσία)は、現在のイランを表す古名である。漢名は波斯(はし)・波斯国(はしこく)。波斯と書いてペルシャ、ペルシヤと読ませることもある。イランの主要民族・主要言語の名称でもある。.

新しい!!: ソグディアノスとペルシア · 続きを見る »

ペルセポリス

ペルセポリス(古代ペルシア語: پارسه - 翻字: Pārsa - 音声転写: Pārśapura、Πέρσης πόλις - 音声転写: Pérsēs pólis、Persepolis)は、アケメネス朝ペルシア帝国の都。ダレイオス1世(ダーラヤーウ1世)が建設した宮殿群であった。遺跡はイランのファールス州(当時の地名はパールサ地方)にある。.

新しい!!: ソグディアノスとペルセポリス · 続きを見る »

バビロニア

バビロニア(Βαβυλωνία、Babylonia)、またはバビュロニアは、現代のイラク南部、ティグリス川とユーフラテス川下流の沖積平野一帯を指す歴史地理的領域。南北は概ね現在のバグダード周辺からペルシア湾まで、東西はザグロス山脈からシリア砂漠やアラビア砂漠までの範囲に相当するオリエント事典, pp.440-442.

新しい!!: ソグディアノスとバビロニア · 続きを見る »

ファラオ

ファラオ(英語:Pharaoh)は、古代エジプトの君主の称号。しばしば王と和訳される。.

新しい!!: ソグディアノスとファラオ · 続きを見る »

ダレイオス2世

ダレイオス2世(希:ΔαρείοςΒ', ラテン文字転記:Dareios II, ? - 紀元前404年、在位:紀元前422年 - 紀元前404年)は、アケメネス朝ペルシアの王。アルタクセルクセス1世の子で、即位前の名前はである。息子には次代の王となるアルタクセルクセス2世と、後に兄アルタクセルクセスに反乱を起こした小キュロスのほか、オスタネス (en)、オクサトレスの4人がいる。 ダレイオス2世は前王のクセルクセス2世を殺害したソグディアノスを殺して即位した。ダレイオスは異母妹のパリュサティスと結婚したが、彼女の残酷な性格が災いして宮廷内が腐敗し、ペルシア国内でも反乱が相次ぎ、エジプトも反乱を起こしてファラオ位を失った。だが、ギリシアでのアテナイ連合軍とスパルタの戦いであるペロポネソス戦争でアテナイが敗北すると、サトラップであるティッサフェルネス、ファルナバゾス、息子のキュロスらの活躍もあり、スパルタと手を結びギリシア諸都市を奪回し、治世はかろうじて保たれた。 ダレイオス2世没後は息子のアルタクセルクセス2世が継いだ。 Category:アケメネス朝の君主 Category:ファラオ Category:紀元前404年没.

新しい!!: ソグディアノスとダレイオス2世 · 続きを見る »

アルタクセルクセス1世

アルタクセルクセスの墓所があるナクシェ・ロスタム。 ペルセポリスの見取図。ピンク色の部分がアルタクセルクセス1世による造営部分。 アルタクセルクセス1世、アルタクセルクセス・ロンギマヌス(古代ペルシア語: 𐎠𐎼𐎫𐎧𐏁𐏂𐎠 -, Artaxerxes I)は、アケメネス朝ペルシアの大王(在位紀元前465年‐紀元前424年)。先代の王クセルクセス1世の子で次代の王クセルクセス2世の父。.

新しい!!: ソグディアノスとアルタクセルクセス1世 · 続きを見る »

アケメネス朝

アケメネス朝(古代ペルシア語: 𐏃𐎧𐎠𐎶𐎴𐎡𐏁 ハカーマニシュ、Ἀχαιμένης アカイメネース)は、古代オリエントに存在した王朝・帝国・遊牧国家。.

新しい!!: ソグディアノスとアケメネス朝 · 続きを見る »

クテシアス

ニドスのクテシアス(ギリシャ語:Κτησίας., Ctesias)は、紀元前5世紀に活躍した古代ギリシアの医師、歴史家。カリアのクニドス出身。クテシアスはアルタクセルクセス2世の医師で、紀元前401年、アルタクセルクセス2世が弟の小キュロスに対して遠征を行った時にはクテシアスも随行した。 クテシアスは、川、ペルシアの歳入、インド(『インド誌(Indica)』)、そしてイオニア方言で書かれたヘロドトスの『歴史』に対抗して書いた全23巻から成る『ペルシア誌(Persica)』というアッシリア史・ペルシア史の本を書いた。『インド誌』は、当時のペルシア人のインド観を記録したものとして価値がある。.

新しい!!: ソグディアノスとクテシアス · 続きを見る »

クニドス

ニドス(Cnidus or Knidos, ギリシャ語:Κνίδος.)はアナトリア半島にあった古代ギリシアの都市で、ドーリア人のヘクサポリス(6都市連合、:en:Doric hexapolis)の1つ。場所は、現在のトルコの、 ギョコヴァ湾(:en:Gökova)に面したダッチャ半島(:en:Datça Peninsula)にあり、地元ではテキール(Tekir)と呼ばれている。.

新しい!!: ソグディアノスとクニドス · 続きを見る »

クセルクセス2世

クセルクセス2世(古代ペルシア語:Xšaya-arša、クシャヤールシャ、英:Xerxes II、? - 紀元前424年、在位:紀元前424年)はアケメネス朝ペルシア王である。 クセルクセス2世は先代の王アルタクセルクセス1世の子である。しかし、彼は即位後、わずか2ヶ月(もしくは45日)で暗殺された。犯人は異母弟ソグディアノスとされる。 ソグディアノスはクセルクセスおよびソグディアノスの異母兄弟ダレイオス2世によって滅ぼされ、次の王位にはダレイオスが登った。 Category:アケメネス朝の君主 Category:暗殺された人物.

新しい!!: ソグディアノスとクセルクセス2世 · 続きを見る »

ゾロアスター教

ゾロアスター教(ゾロアスターきょう、 、、、中国語:祆教(けんきょう・シェンジャオ/xiān jiào))は、古代ペルシアを起源の地とする善悪二元論的な宗教である。『アヴェスター』を根本経典とする。.

新しい!!: ソグディアノスとゾロアスター教 · 続きを見る »

紀元前423年

紀元前423年は、ローマ暦の年である。当時は、「アトラティヌスとアンブストゥスが共和政ローマ執政官に就任した年」として知られていた(もしくは、それほど使われてはいないが、ローマ建国紀元331年)。紀年法として西暦(キリスト紀元)がヨーロッパで広く普及した中世時代初期以降、この年は紀元前423年と表記されるのが一般的となった。.

新しい!!: ソグディアノスと紀元前423年 · 続きを見る »

紀元前424年

紀元前424年は、ローマ暦の年である。当時は、「クラッスス、フィデナス、ルティルス、イウルスが護民官に就任した年」として知られていた(もしくは、それほど使われてはいないが、ローマ建国紀元330年)。紀年法として西暦(キリスト紀元)がヨーロッパで広く普及した中世時代初期以降、この年は紀元前424年と表記されるのが一般的となった。.

新しい!!: ソグディアノスと紀元前424年 · 続きを見る »

出ていきます入ってきます
ヘイ!私たちは今、Facebook上です! »