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カイサリアのバシレイオス

索引 カイサリアのバシレイオス

イサリアのバシレイオス(カエサレアのバシリウス)(Βασίλειος Καισαρείας, Basilius Caesariensis, 330年頃 - 379年)は、ギリシャ教父、4世紀の最も重要なキリスト教神学者の一人である。カイサリア(現在のカイセリ)の主教(司教)を勤めたことからこの名があり、大バシレイオス(Μέγας Βασίλειος, Άγιος Βασίλειος ο Μέγας, ラテン語: Basilius Magnus)とも呼ばれる。聖人の概念を持つ全ての教派で、聖人として崇敬されている。三位一体論の形成など異端反駁の一方、正教会で用いられる聖体礼儀の奉神礼文を整備したことでも知られる。日本正教会での正式な称号を伴った呼び名は「我が聖神父カッパドキヤのケサリヤの大主教大ワシリイ」。バシル、聖バシルとも。.

59 関係: 司教大主教大斎 (正教会)天地創造奉神礼上智大学主教三位一体三成聖者平凡社ナジアンゾスのグレゴリオスハンセン病バシレイオスユリウス暦ラテン語ルーテル教会ロシア語ロシア正教会ヴァシーリートルコニコライ堂アメリカ正教会アトス山アテナイアタナシオスカッパドキアカトリック百科事典カトリック教会カイセリキリスト教キリスト教諸教派の一覧ギリシャギリシア語コンスタンティノープル神学者第1コンスタンティノポリス公会議聖大ワシリイ聖体礼儀聖人聖体礼儀聖公会西方教会金口イオアン東方諸教会正教会成聖者日本におけるカトリック教会日本ハリストス正教会教会博士教会スラヴ語教父...15世紀1月14日1月1日1月2日1月30日2月12日330年379年4世紀 インデックスを展開 (9 もっと) »

司教

司教(しきょう、Episcopus, bishop)は、カトリック教会の位階の一つで、ある司教区(教区)を監督する聖務職のこと。 正教会や聖公会などではこれに相当するのは「主教」と呼び、福音主義(ルター派)教会やメソジストでは「監督」と呼ぶ。 なお、カトリック教会でも中国語・韓国語では訳語に「主教」を採用している(例:天主教台湾地区主教団)。.

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大主教

大主教(ギリシア語: Αρχιεπίσκοπος (archepiskopos) )はキリスト教の役職のひとつ。主教の中で権威の高い位として用いられる称号。 正教会、ルター派、聖公会でこの訳語を用いる。日本カトリック教会では大司教に相当するが、他言語では両者を区別しないことが多い。たとえば英語ではともにアーチビショップ (archbishop) である。.

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大斎 (正教会)

大斎(たいさい、Great Lent)は東方正教会の用語で、赦罪の主日晩課後、聖枝祭前晩までの6週間に渡る期間、また特にその期間に行う禁食(斎 ものいみ)のこと。広義には受難週を含む。受難週は大斎とは独立の期間であるが、斎の仕方が共通であり、いくつか大斎と祈祷の仕方でも共通するため、日常の会話においてはしばしば受難週を含めて大斎と呼ぶ。また大斎開始から聖大水曜日(受難週の水曜日)までの期間、週末を除くほぼ40日間を四旬大斎(しじゅんたいさい)と呼ぶことがある。 大斎期間中、信者には、禁食を中心とする節制、祈祷、施しなどの慈善を心がけることが通常に増して求められる。こうした信仰実践の目的は、神との交わりに信者が向かうことを助けると考えられている。 大斎は古くは入信希望者に対する洗礼準備のための期間であった。信者のほとんどが幼児洗礼を受け改宗者が稀になるにつれ、むしろ信者が己を振り返り新たに信仰心を深める意義が強調されるようになったが、聖書の朗詠箇所などには、そうした古い時代の名残が残っている。.

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天地創造

ミケランジェロによるシスティーナ礼拝堂の天井画より。 天地創造(てんちそうぞう)とは、厳密にはユダヤ教のヘブライ語聖書、キリスト教の旧約聖書『創世記』における世界の創造のことを指す。宗教絵画などでよく題材となる。.

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奉神礼

在のコンスタンディヌーポリ総主教座聖堂である聖ゲオルギオス大聖堂の内観。奉神礼時の光景。詠隊が歌っている。左側に至聖所のイコノスタシスが写っている。 奉神礼(ほうしんれい、λειτουργία高橋保行『ギリシャ正教』162頁、講談社学術文庫 1980年 ISBN 9784061585003 (4061585002), Богослуже́ние, Liturgy)は、正教会における奉事・祈りの総称。日本ハリストス正教会の訳語。カトリック教会における典礼に相当する。 公祈祷(時と場所を定めて行われる公的な祈祷)と私祈祷(日々の生活の場や私室等において行う祈祷や臨時祈祷等)のいずれも含む。公に行う狭義の奉神礼を指す事を特に示したい場合には「公祈祷」「公奉神礼」といった用語が用いられる。 聖体礼儀などの機密を含む礼儀の他にも、毎日の奉事である時課、さらに成聖式・各種祈願・モレーベン・パニヒダ・埋葬式などの機会に応じた祈祷などが含まれる。 より広義には、奉神礼には日々の生活までが含まれる。正教会では奉神礼(=リトゥルギア)の範囲をどこからどこまでというように明確に区分する事を避け、奉神礼を広義の奉神礼としての生活の雛形として捉えるべきである事を教えている。 本記事では祈り・儀礼の総称としての奉神礼について詳述する。.

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上智大学

記載なし。

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主教

主教(しゅきょう、Επίσκοπος, Episcopus, Bishop, Епископ)とは、正教会、聖公会における高位聖職者主教について、「最高位」(英語では"highest" もしくは"supreme")に類した表現を使用して居らず、「高位」(英語では"high")に当たる言葉も使っていないケースもあるが(、 )、一方で「最高位」 ("highest") を使用している文献もある。ここでは大辞泉での表現「高位」に拠った。。複数教会によって構成される教区を管轄する(大辞泉)正教会の出典:聖公会の出典:。 カトリック教会では司教と呼ばれる。「主教」は正教会に属する日本ハリストス正教会、および聖公会に属する日本聖公会などで用いられる訳語。なお朝鮮語および中国語では、カトリック教会の司教も「主教」である。ルーテル教会やメソジストでは監督と呼ばれる『キリスト教大事典』519頁、教文館、昭和48年9月30日 改訂新版第二版。 2世紀初頭には既に主教職があり現代に至っているが、教派ごとにその位置付けは異なる。.

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三位一体

date.

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三成聖者

東方教会の三成聖者(さんせいせいしゃΟι Τρείς Ιεράρχες, Три Святителя, Sf., Three Holy Hierarchs)とは、大ワシリイ(ヴァシリオス)、神学者グリゴリイ(グリゴリオス)、金口イオアン(イオアンニス)の三人の聖人をいう(人名表記は日本ハリストス正教会のもの、括弧内は現代ギリシャ語読み)。 File:Sv Vasilije Veliki.jpg|大ワシリイ(ヴァシリオス) File:Gregory of Nazianzus.jpg|神学者グリゴリイ(グリゴリオス) File:Mosaic of John Chrysostom.jpg|金口イオアン(イオアンニス) 三成聖者のイコン。(16世紀、プスコフ) 三成聖者は初代教会に対して高い影響力を持つ主教達であり、キリスト教神学の形成に枢要な役割を果たした。東方教会にあっては三大成聖者及び全地の大教師としても知られ、日本ハリストス正教会では「三大成聖者大司祭首」(さんだいせいせいしゃだいしさいしゅ)とも呼ばれる。三成聖者のうち、大ワシリイと神学者グリゴリイはカッパドキア三教父にも数えられている。一方ローマ・カトリックにおいても三人は教会博士として崇敬されている。 三成聖者を構成するそれぞれの聖人は正教会、カトリック教会、聖公会、およびその他のキリスト教諸教会において崇敬されているが、三人を一組として「三成聖者」と呼び特に記憶するのは正教会である。.

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平凡社

株式会社平凡社(へいぼんしゃ)は、日本の出版社。百科事典の出版社として有名で、多様な一般書のほか岩波書店、筑摩書房と並んで学術・教養性の強い出版物を多く刊行する。現在も継続刊行中の東洋文庫(1963年創刊)、『別冊 太陽』(1972年創刊)などは歴史が古い。社名の「平」の字は、厳密には二つの点が末広がりになった旧字体「」を用いる(大正末期創業のため)。.

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ナジアンゾスのグレゴリオス

ナジアンゾスのグレゴリオス(329年 - 389年1月25日)は、ギリシア教父のひとり、4世紀の東ローマ帝国のキリスト教神学者、聖職者である。正教会・カトリック教会で聖人。日本ハリストス正教会では神学者グリゴリイと呼ばれる。日本のカトリック教会ではナジアンズの聖グレゴリオあるいは聖グレゴリオ(ナジアンズ)司教教会博士といった表記が用いられる。.

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ハンセン病

ハンセン病(ハンセンびょう、Hansen's disease, Leprosy)は、抗酸菌の一種であるらい菌 の皮膚のマクロファージ内寄生および末梢神経細胞内寄生によって引き起こされる感染症である。 病名は、1873年にらい菌を発見したノルウェーの医師、アルマウェル・ハンセンに由来する。かつての日本では「癩(らい)」、「癩病」、「らい病癩が常用漢字に含まれないため、平仮名で書かれることが多い。」とも呼ばれていたが、それらを差別的に感じる人も多く、歴史的な文脈以外での使用は避けられるのが一般的である。その理由は、「医療や病気への理解が乏しい時代に、その外見や感染への恐怖心などから、患者への過剰な差別が生じた時に使われた呼称である」ためで、それに関連する映画なども作成されている。 感染経路は、らい菌の経鼻・経気道よりのものが主であるが、他系統も存在する(感染経路の項にて後述)。感染力は非常に低く、治療法も確立した現状では、重篤な後遺症を残すことや感染源になることは稀であるものの、適切な治療を受けない・受けられない場合、皮膚に重度の病変が生じ、他者へ感染することもある。 2007年の統計では、世界におけるハンセン病の新規患者総数は年間約25万人である。一方、近年の日本国内の新規患者数は年間で0〜1人に抑制され、現在では稀な疾病となっている。ハンナ・リデルは日本のハンセン病史に名を刻んだ。.

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バシレイオス

バシレイオス(βασίλειος)は、ギリシア語の男性名。中世ギリシア語・現代ギリシャ語ではヴァシリオス。ロシア語ではヴァシーリー(Василий, ワシリィ、ヴァシリーとも)となる。ラテン語形ではバシリウス(Basilius)、英語ではバジル(Basil)である。 なお、ギリシア語で東ローマ帝国の「皇帝」を意味する称号も日本では「バシレイオス」という慣用形で読まれるが、綴りが違い、中世ギリシア語では「ヴァシレフス」(βασιλεύς, 古典ギリシア語形による慣用形ではバシレウス)と読む。.

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ユリウス暦

ユリウス暦(ユリウスれき、、、)は、共和政ローマの最高神祇官・独裁官・執政官ガイウス・ユリウス・カエサルにより紀元前45年1月1日から実施された、1年を365.25日とする太陽暦である。もともとは共和政ローマおよび帝政ローマの暦であるが、キリスト教の多くの宗派が採用し、西ローマ帝国滅亡後もヨーロッパを中心に広く使用された。 ローマ教皇グレゴリウス13世が1582年、ユリウス暦に換えて、太陽年との誤差を修正したグレゴリオ暦を制定・実施したが、今でもグレゴリオ暦を採用せずユリウス暦を使用している教会・地域が存在する。グレゴリオ暦を導入した地域では、これを新暦(ラテン語: Ornatus)と呼び、対比してユリウス暦を旧暦と呼ぶことがある。 なお、天文学などで日数計算に用いられるユリウス通日があるが、これはユリウス暦とは全く異なるものである。.

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ラテン語

ラテン語(ラテンご、lingua latina リングア・ラティーナ)は、インド・ヨーロッパ語族のイタリック語派の言語の一つ。ラテン・ファリスク語群。漢字表記は拉丁語・羅甸語で、拉語・羅語と略される。.

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ルーテル教会

ルーテル教会(ルーテルきょうかい、, )は、マルティン・ルターによりドイツに始まる、キリスト教の教派または教団。ルター派(ルターは)とも呼ばれる。プロテスタントの一つであり、全世界に推定8260万人の信徒が存在する。発祥の地ドイツを始め、北欧諸国では国民の大半がルター派であり、そこから移民が渡った先のアメリカ合衆国、カナダ、ブラジル等の南アメリカ各国でも信徒数が多い。 パッヘルベル、J.S.バッハ、テレマン、メンデルスゾーンなど著名な音楽家が多く所属し、作曲家や音楽家に縁がある教会としても知られる。.

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ロシア語

ア語(ロシアご、русский язык )は、インド・ヨーロッパ語族のスラヴ語派東スラヴ語群に属する言語。露語とも略される。ロシア連邦の公用語。ロシア連邦の国語表記には、キリル文字を使用する。近縁の言語にウクライナ語とベラルーシ語がある。.

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ロシア正教会

ア正教会(ロシアせいきょうかい、Русская Православная Церковь、Russian Orthodox Church)は、正教会に属するキリスト教の教会であり、数多くある独立正教会の一つである。 正教会は一カ国に一つの教会組織を具えることが原則だが(ロシア正教会以外の例としてはギリシャ正教会、グルジア正教会、ルーマニア正教会、ブルガリア正教会、日本正教会など。もちろん例外もある)、これら各国ごとの正教会が異なる教義を信奉している訳ではなく、同じ信仰を有している。 教派名は「正教」「正教会」であり、「ロシア正教」「ロシア正教会」は主にロシア連邦・近隣地域を管轄する一教会組織名である。 本項では日本正教会による訳語を断りなく用いる場合がある。 17世紀の奉神礼改革に反対し古い奉事方法を守ったために主流派ロシア正教会から追放された古儀式派は、自らこそが正統なロシア正教会だとしている。.

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ヴァシーリー

ヴァシーリー(Василийヴァスィーリイ)は、ロシア語の男性名。ヴァシーリイ、ワシーリー、ワシリー、ワシリイ、まれにバシリーとも表記される。古典ギリシャ語のバシレイオス、現代ギリシャ語のヴァシリオスにあたる。キリスト教の聖人カイサリアのバシレイオスにちなんだ名前であることが多い。なお、しばしば使用されるヴァシーリあるいはワシーリといった表記はみだりに「й」を無視しており、誤りである(ウクライナ語名としては誤りではない)。.

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トルコ

トルコ共和国(トルコきょうわこく、Türkiye Cumhuriyeti)、通称トルコは、西アジアのアナトリア半島(小アジア)と東ヨーロッパのバルカン半島東端の東トラキア地方を領有する、アジアとヨーロッパの2つの大州にまたがる共和国。首都はアナトリア中央部のアンカラ。 北は黒海、南は地中海に面し、西でブルガリア、ギリシャと、東でジョージア(グルジア)、アルメニア、アゼルバイジャン、イラン、イラク、シリアと接する。.

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ニコライ堂

ニコライ堂(東京都千代田区)。現在の姿は1929年に修復されたもの。 ニコライ堂 1891 ニコライ堂(ニコライどう、)は東京都千代田区神田駿河台にある正教会の大聖堂。「ニコライ堂」は通称であり、日本に正教会の教えをもたらしたロシア人修道司祭(のち大主教)聖ニコライに由来する[タイムトラベル]ニコライ堂 祈り続く丘の尖塔屋根 2012年12月20日 読売新聞 東京夕刊 3頁 写有 (全560字)。 正式名称は「東京復活大聖堂」()であり、イイスス・ハリストス(イエス・キリスト)の復活を記憶する大聖堂である。 日本正教会の首座主教座大聖堂(ロシア正教会の聖堂ではない。後述)。 建築面積は約800平方メートル、緑青を纏った高さ35メートルのドーム屋根が特徴であり日本で初めてにして最大級の本格的なビザンティン様式の教会建築といわれる。1891年に竣工し、駿河台の高台に位置したため御茶ノ水界隈の景観に重要な位置を占めた。関東大震災で大きな被害を受けた後、一部構成の変更と修復を経て現在に至る。1962年6月21日、国の重要文化財に指定された。.

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アメリカ正教会

アメリカ正教会(Orthodox Church in America, 略称OCA)とはアメリカ合衆国、カナダ、メキシコを管轄する独立正教会(モスクワ総主教庁が承認、ただしコンスタンディヌーポリ総主教庁は承認せず)。 正教会は一カ国に一つの教会組織を具える事が原則であるが(アメリカ正教会以外の例としてはギリシャ正教会、ロシア正教会、日本正教会など)、これら各国ごとの正教会が異なる教義を信奉している訳では無く、同じ信仰を有している。ただしアメリカには、アメリカ正教会以外にもコンスタンディヌーポリ総主教庁系、アンティオキア総主教庁系等の教会組織が存在し、「一カ国に一つの教会組織」の例外として際立っている(後述)。.

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アトス山

アトス山( / )は、ギリシャ北東部・エーゲ海に突き出したアトス半島の先端にそびえる標高2033mの山。その周辺は正教会の聖地となっており、「聖山」(、Holy Mountain)の名でも呼ばれる。アトス山周辺には現在20もの修道院が所在し、東方正教の一大中心地である。「アトス山」の名は、聖地となっている半島の全域や、修道士たちの共同体についても用いられることがある デイリー新潮 国際 2017年8月18日掲載 2017年9月1日閲覧。 ギリシャ共和国の領内ではあるが「聖山の修道院による自治国家」として大幅な自治が認められており、いわば「独立宗教国」ともいえる存在となっている。1988年にはユネスコによって世界遺産に認定された。.

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アテナイ

アクロポリス、間にアレオパゴス、西にプニュクスがある。 アテナイと外港ペイライエウス アテナイ(: Ἀθῆναι, Athēnai)は、ギリシャ共和国の首都アテネの古名。中心部にパルテノン神殿がそびえるイオニア人の古代ギリシアの都市国家。名はギリシア神話の女神アテーナーに由来する。アッティカ半島の西サロニコス湾に面し外港ペイライエウスを有していた。.

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アタナシオス

アタナシオス(Αθανάσιος, ラテン文字表記:Athanasios)は、ギリシャ人に多くみられる男性名。「不死の者」の意。古典ギリシャ語の再建音による読み方。アリウス派に反駁したアレクサンドリアのアタナシオスが最も著名な人物である。.

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カッパドキア

紀元前188年のカッパドキア カッパドキア(Cappadocia)はトルコの中央アナトリアの歴史的地域、あるいはアンカラの南東にあるアナトリア高原の火山によってできた大地をいう。 古代の地理においてCappadocia (「美しい馬の地」を意味するペルシア語:Katpatukに由来、トルコ語:Kapadokya、ギリシア語:Καππαδοκία)は、小アジア(現代のトルコ)の広大な内陸地域を指した。ヘロドトスの時代には、「カッパドキア人」がタウロス山脈から黒海)までの全域をなしていた。この意味でのカッパドキアは、南ではタウロス山脈と、東ではユーフラテス川と、北はポントス地方(黒海沿岸部)と、西はおよそトゥズ湖と境界を接していた。だが、その境界を正確に定義することは不可能である。その国の多少とも詳細な記録を記したただ一人の古代の著述家ストラボンは、その大きさを非常に誇張したが、現在は長さ約250マイル、幅150マイル以下の範囲だったと考えられている。.

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カトリック百科事典

トリック百科事典 (the Catholic Encyclopedia) は1913年にThe Encyclopedia Pressにより出版された英語の百科事典で、今日では別のカトリック百科事典 the ''New Catholic Encyclopedia'' に対して the Old Catholic Encyclopedia(即ち旧カトリック百科事典)とも称される。 現在はパブリックドメインの情報源となっており、インターネット上において無料で公開されている。.

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カトリック教会

トリック教会(カトリックきょうかい、)は、ローマ教皇を中心として全世界に12億人以上の信徒を有するキリスト教最大の教派。その中心をローマの司教座に置くことからローマ教会、ローマ・カトリック教会とも呼ばれる。.

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カイセリ

イセリ(Kayseri)はトルコ中央部の都市。カイセリ県の県都。人口は約54万人。トルコで4番目に高い山であるエルジェス山(3,916m)を近くに臨む。 古くは、カッパドキア王国の首都としてマザカ(Mazaka)と呼ばれた。カイセリの名は、ローマ帝国時代に皇帝ティベリウス(在位14年-37年)が「カエサルの都市」を意味するカエサレア(Caesarea)と名づけたことに由来する。6世紀にユスティニアヌス1世が築かせ、幾度かの改修を経た城砦が市内に残る。中部アナトリアの商業の中心都市として栄えた。牛肉を塩漬けにした保存食パストゥルマ(英:パストラミ)が有名。.

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キリスト教

リスト教で最も頻繁に用いられるラテン十字 アギア・ソフィア大聖堂にある『全能者ハリストス』と呼ばれるタイプのモザイクイコン。 キリスト教(キリストきょう、基督教、Χριστιανισμός、Religio Christiana、Christianity)は、ナザレのイエスをキリスト(救い主)として信じる宗教「キリスト教」『宗教学辞典』東京大学出版会、1973年、146頁。「キリスト教」『大辞泉』増補・新装版、小学館、1998年11月20日、第一版、714頁。 小学館、コトバンク。。イエス・キリストが、神の国の福音を説き、罪ある人間を救済するために自ら十字架にかけられ、復活したものと信じる。その多く(正教会正教会からの出典:・東方諸教会東方諸教会からの出典:・カトリック教会カトリック教会からの出典:・聖公会聖公会からの出典:・プロテスタントルーテル教会からの出典:改革派教会からの出典:バプテストからの出典:メソジストからの参照:フスト・ゴンサレス 著、鈴木浩 訳『キリスト教神学基本用語集』p103 - p105, 教文館 (2010/11)、ISBN 9784764240353など)は「父なる神」「御父」(おんちち、『ヨハネによる福音書』3:35〈『新共同訳聖書』〉)。と「その子キリスト」「御子」(みこ、『ヨハネによる福音書』3:35〈『新共同訳聖書』〉)・「子なる神」。と「聖霊」を唯一の神(三位一体・至聖三者)として信仰する。 世界における信者数は20億人を超えており、すべての宗教の中で最も多い。.

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キリスト教諸教派の一覧

リスト教諸教派の一覧(キリストきょうしょきょうはのいちらん)は、キリスト教の諸教派(宗派)を歴史的教義的に関係するものをまとめて一覧する。また、各教派に所属する個々の教会組織・教団についても掲載する。.

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ギリシャ

リシャ共和国(ギリシャきょうわこく、ギリシャ語: Ελληνική Δημοκρατία)、通称ギリシャは、南ヨーロッパに位置する国。2011年国勢調査によると、ギリシャの人口は約1,081万人である。アテネは首都及び最大都市であり、テッサロニキは第2の都市及び中央マケドニアの州都である。.

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ギリシア語

リシア語(ギリシアご、現代ギリシア語: Ελληνικά, または Ελληνική γλώσσα )はインド・ヨーロッパ語族ヘレニック語派(ギリシア語派)に属する言語。単独でヘレニック語派(ギリシア語派)を形成する。ギリシア共和国やキプロス共和国、イスタンブールのギリシア人居住区などで使用されており、話者は約1200万人。また、ラテン語とともに学名や専門用語にも使用されている。省略形は希語。.

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コンスタンティノープル

ンスタンティノープル(Constantinople、: Constantinopolis、: Κωνσταντινούπολις)は、東ローマ帝国の首都であった都市で、現在のトルコの都市イスタンブールの前身である。 強固な城壁の守りで知られ、330年の建設以来、1453年の陥落まで難攻不落を誇り、東西交易路の要衝として繁栄した。正教会の中心地ともなり、現在もコンスタンディヌーポリ総主教庁が置かれている。.

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神学者

学者(しんがくしゃ)は、神学の学者のことである。通例、単に「神学者」と言えばキリスト教神学を学ぶ者を指し、イスラーム神学(カラーム)など他宗教の神学を学ぶ者については「イスラーム神学者」などの表現が使われる事が多い。 正教会では聖人の称号としても用いられるが、「神学者」の称号を持つ聖人は4名のみである。.

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第1コンスタンティノポリス公会議

1コンスタンティノポリス公会議(だい1コンスタンティノポリスこうかいぎ)は、381年にコンスタンティノポリス(現トルコ、イスタンブール)で行われた二回目のキリスト教の公会議。(正教会の一員たる日本ハリストス正教会では第二全地公会ともいう。).

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聖大ワシリイ聖体礼儀

宝座の前で祈る聖大ワシリイのイコン(11世紀・オフリドのフレスコ画イコン) 聖大ワシリイ聖体礼儀(せいだい - せいたいれいぎ、Θεία Λειτουργία του Μεγάλου Βασιλείου, Литургия Василия Великого, The Divine Liturgy of Saint Basil)は、正教会における聖体礼儀の種類のひとつ。聖大ワシリイの聖体礼儀・大ワシリイの聖体礼儀・大ワシリイ聖体礼儀等とも表記される。 4世紀のキリスト教の聖人、ケサリヤの大主教聖大ワシリイ(Βασίλειος Καισαρείας:ヴァシリオス・ケサリアス)によって編纂されたとされる聖体礼儀であるためにこの名がある。 一般に見受けられる『大バシレイオスの典礼』といった表記は誤訳である(後述)。.

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聖人

聖人(せいじん[漢音]、しょうにん[呉音])とは、一般的に、徳が高く、人格高潔で、生き方において他の人物の模範となるような人物のことをさす。主に特定の宗教・宗派の中での教祖や高弟、崇拝・崇敬対象となる過去の人物をさすことが多い。一般的な読み方は「聖人」(せいじん)であるが、仏教の場合は「聖人」(しょうにん)と読むことがある。.

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聖体礼儀

聖体礼儀(聖體禮儀、せいたいれいぎ、,, )は正教会で最も主要な機密である聖体機密を含む、最も重要な奉神礼。 正教会において聖体礼儀は、「教会それ自体の真の本質であるたったひとつの共同の機密」「天上と地上の神の共同体としての教会の本質の一つの機密的現れ」「ハリストスの神秘的な『からだ』」「ハリストスの『花嫁』としての教会のかけがえのない機密的啓示」であるとされる。それゆえ場合によっては、単に「祈りの一つ」「機密の一つ」と捉えることを否定するのみならず、「最大の祈祷」「最高の祈祷」という表現すら(祈祷という枠組みにとどまらないのでそうした表現をさらに越えると捉えられることから)不適当であるとされることすらある。 イイスス・ハリストス(イエス・キリストのギリシャ語読み)自身により、機密制定の晩餐(最後の晩餐)において制定されたとされる。 聖体機密のみならず神品機密も聖体礼儀において行われる。 聖体礼儀をはじめとする奉神礼は教会の聖伝であり、正教会である限り聖体礼儀の構造への恣意的な変更は認められない。 聖体にかかる礼拝という点ではカトリック教会のミサ、聖公会およびプロテスタントにおける聖餐式に相当するが、正教会の聖体礼儀とカトリック教会のミサとは形式は全く異なるものであり、聖体礼儀をミサと呼ぶのは誤りである。.

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聖公会

聖公会(せいこうかい、Anglicanism, Anglican Church)は、イングランド国教会 (Church of England) の系統に属するキリスト教の教派。「聖公会」とは聖なる公同の教会(holy catholic church)という意味であり、1887年から日本で、その後中国でも用いられるようになった名称である。 聖公会は自らを、西方教会におけるカトリック教会とプロテスタントの中間として位置づけ、そのことから「中道(Via Media)」の教会であると自認している(系統概略図も参照)。 世界各地にある聖公会の諸教会の世界的連合を、アングリカン・コミュニオン (Anglican Communion)という。アングリカン・コミュニオンはイングランド国教会を母体とし、カンタベリー大主教の指導的地位を認めるが、裁治権はカンタベリー大主教にはない。聖公会の教会組織は、国家ごとに独立して自治を行う形態をとっている。.

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西方教会

西方教会(せいほうきょうかい、Western Christianity) は、西ヨーロッパに広がり成長したキリスト教諸教派(ローマ・カトリック教会、聖公会、プロテスタント、アナバプテストなど)の総称。ローマ・カトリック教会のみを指す場合もある。東方教会の対語。 ただし、東方典礼カトリック教会は完全にローマ・カトリック教会の一員であるが、基本的に東方教会に分類される(まれに西方教会に分類されることもある)。.

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金口イオアン

金口イオアン(きんこうイオアン、Ἰωάννης ὁ Χρυσόστομος, 344年または349年 - 407年9月14日)あるいは聖ヨハネ・クリゾストモは、4世紀のキリスト教の神学者、説教者、コンスタンディヌーポリ大主教。いわゆるギリシア教父とよばれる神学者群を代表する一人である。金口とは、名説教で知られたことから「黄金の口」を意味する Χρυσόστομος(クリュソ〈黄金〉ストモス〈口〉)を付して呼ばれるようになったことによる尊称である。 ヨアンネス・クリュソストモス谷隆一郎「ヨアンネス・クリュソストモス」『岩波キリスト教辞典』岩波書店、2002年、1149頁。、ヨハネス・クリュソストモスあるいは単にクリュソストモスまたはクリソストム (Chrysostom) などとも表記される。イオアン、イオアンネス、イオアンニス、ヨハネス、ヨハネといった各種表記については後述する。 正教会、東方諸教会、カトリック教会、聖公会、ルーテル教会で、聖人として崇敬される。 正教会において最も頻繁に用いられる聖体礼儀の形式には金口イオアンの名が冠せられ「聖金口イオアン聖体礼儀」と呼ばれる。三成聖者の一人でもある。 カトリック教会においては教会博士の一人でもある。.

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東方諸教会

東方諸教会(とうほうしょきょうかい、東方正統教会・東方キリスト教などとも)は、西ヨーロッパからみて東方に位置する地域で主に信仰されているキリスト教の諸教派のうち、正教会にもカトリック教会にも帰属しない教会の総称である。東方教会に分類される。 「東方諸教会」には、エフェソス公会議で既に分れた(つまり「非エフェソス」であって「非カルケドン」ではない)アッシリア東方教会が含まれる用例(この場合、非カルケドン派+アッシリア東方教会=東方諸教会)と、アッシリア東方教会を含まず非カルケドン派正教会と同義として扱う場合がある。 日本では東方正統教会等と呼んでいる事例がある。.

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正教会

Σημειώσεις από τις παραδόσεις τού καθηγητού Ι. Δ. Ζηζιούλαより)。 正教会(せいきょうかい、Ορθόδοξη Εκκλησία、Православие、Orthodox Church)は、ギリシャ正教もしくは東方正教会(とうほうせいきょうかい、Eastern Orthodox Church)とも呼ばれる、キリスト教の教会(教派)の一つ。 日本語の「正教」、英語名の"Orthodox"(オーソドックス)は、「正しい讃美」「正しい教え」を意味するギリシャ語のオルソドクシア "ορθοδοξία" に由来する。正教会は使徒継承を自認し、自身の歴史を1世紀の初代教会にさかのぼるとしている『正教会の手引き』8頁 - 11頁。 なお「東方教会」(とうほうきょうかい)が正教会を指している場合もある。 例外はあるものの、正教会の組織は国名もしくは地域名を冠した組織を各地に形成するのが基本である。コンスタンディヌーポリ総主教庁、アレクサンドリア総主教庁、アンティオキア総主教庁、エルサレム総主教庁、ロシア正教会、セルビア正教会、ルーマニア正教会、ブルガリア正教会、グルジア正教会、ギリシャ正教会、日本正教会などは個別の組織名であって教会全体の名ではない。いずれの地域別の教会組織も、正教として同じ信仰を有している。教会全体の名はあくまで正教会であり、「ロシア正教に改宗」「ルーマニア正教に改宗」といった表現は誤りである。 なお、アルメニア使徒教会、シリア正教会、コプト正教会、エチオピア正教会なども同じく「正教会」を名乗りその正統性を自覚しているが、上に述べたギリシャ正教とも呼ばれる正教会とは別の系統に属する。英語ではこれらの教会は"Oriental Orthodox Church"とも呼ばれる。詳細は非カルケドン派正教会を参照。.

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成聖者

三成聖者のイコン。(16世紀、プスコフ) 成聖者(せいせいしゃ、Святитель)とは正教会の聖人の称号。主教(総主教・府主教・大主教を含む)であった聖人にこの称号が付されて記憶される。.

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日本におけるカトリック教会

この項目では日本におけるカトリック教会(にっぽん、にほんにおけるカトリックきょうかい)について概説する。.

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日本ハリストス正教会

函館ハリストス正教会復活聖堂 聖マトフェイ聖堂 日本ハリストス正教会(にほんハリストスせいきょうかい)は、キリスト教の教会。自治独立が認められている正教会所属教会のひとつである。ハリストスは「キリスト」の意(こうした独自の表記・翻訳については後述する)。英語表記は"Orthodox Church in Japan"である(略号はOCJ)。 通称・略称として日本正教会とも呼ばれる。1970年以前、自治正教会となっていなかったころにも、日本の正教会は日本人正教徒およびロシア人正教徒から「日本正教会」と呼ばれていた。 正教会は一カ国に一つの教会組織を置くことが原則だが(日本正教会以外の例としてはギリシャ正教会、ロシア正教会、ルーマニア正教会など。もちろん例外もある)、これら各国ごとの正教会が異なる教義を信奉しているわけでは無く、同じ信仰を有している。 19世紀後半(明治時代)に、ロシア正教会の修道司祭聖ニコライ(のち初代日本大主教)によって正教の教えがもたらされ、これがその後の日本ハリストス正教会の設立につながった。聖ニコライによって建立されたニコライ堂(東京復活大聖堂)、函館の復活聖堂、豊橋の聖使徒福音記者マトフェイ聖堂は、国の重要文化財。 本項では日本ハリストス正教会で用いられている用語を断りなく用いることがある。.

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教会博士

教会博士(doctor ecclesiae)は、キリスト教ローマ・カトリック教会において、聖人の中でも特に学識にすぐれ、信仰理解において偉大な業績を残した人に送られる称号。 古代世界において活躍した偉大な4人の教父、.

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教会スラヴ語

教会スラヴ語は古代教会スラヴ語より後、11世紀~17世紀頃に東・南スラヴで用いられた文章語である。 古代教会スラヴ語を教会スラヴ語と呼ぶ場合があり注意が必要である。.

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教父

教父(きょうふ、Εκκλησιαστικοί Πατέρες、Patres Ecclesiae、Kirchenväter、Church Fathers)とはキリスト教用語で古代から中世初期、2世紀から8世紀ごろまでのキリスト教著述家のうち、とくに正統信仰の著述を行い、自らも聖なる生涯を送ったと歴史の中で認められてきた人々をいう。 正教会の聖師父(せいしふ)にほぼ相当するが、聖師父は教父より時代的に広い範囲、すなわち、古代から近現代の正教会思想家にも適用される。なお、「聖師父」の語と概念は稀にカトリック教会関連の出版物にも見られ、正教会特有の概念ではない。 これとは異なる言葉の訳語としての用例(#その他の用例)もあるが、本項では上述した正統信仰の著述を残した人々について詳述する。.

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15世紀

大航海時代。大西洋を渡り新世界を発見したコロンブス。 マチュ・ピチュ遺跡。アンデス山麓に属するペルーのウルバンバ谷に沿いの尾根にある遺跡で標高2430mの高さにある。用途は未だ明らかでない所もあるが、15世紀に建造されたインカ帝国の技術の高さを反映している。 National Museum of Anthropology (Mexico)蔵)。 香辛料の魅惑。15世紀には東方との交易路はオスマン帝国に遮断される事になり、香辛料の供給不足が大きな問題となった。画像は1410年代に描かれた『世界の記述(東方見聞録)』の挿絵で、インドでの胡椒採収が取り上げられている。 エンリケ航海王子。ポルトガルは東方への航路の開発を推進したが、その中心となったのは「航海王子」の名を持つエンリケ王子である。サグレスに設置した「王子の村」が航海士の育成に貢献したことはよく知られている。画像は「サン・ヴィセンテの祭壇画」で聖人のすぐ右隣に位置する黒帽で黒髭の人物が王子ととされているが異論もある。 キルワの大モスク跡。 サマルカンド近郊のウルグ・ベク天文台。ティムール朝の君主ウルグ・ベクは天文学に造詣が深く「ズィージ・スルターニー」のような精緻な天文表も作成させた。 Musée des Augustins蔵)。 ロシア正教会の自立。東ローマ帝国の衰退に伴い「タタールの軛」を脱したロシアでは独自の組織が形成され文化的にも新たな展開が見られた。画像はこの時代を代表するモスクワ派のイコン(聖画像)でアンドレイ・ルブリョフの「至聖三者」(モスクワのトレチャコフ美術館蔵)。 グルンヴァルトの戦い(タンネンベルクの戦い)。ポーランド・リトアニア連合軍がドイツ騎士団を破り、東方植民の動きはここで抑えられた。画像はこの戦いを描いたポーランド人画家ヤン・マテイコの歴史画(ワルシャワ国立美術館蔵)。 天文時計で1410年頃作成されてから、後世の補修はあるものの今日まで動いているものである。 プラハ大学学長ヤン・フスの火刑。コンスタンツ公会議の決定によりカトリック教会と相容れぬ異端の徒として処刑されたが、これがチェック人の憤激を呼び起こすことになった。 オルレアンの乙女ジャンヌ・ダルク。劣勢のフランス軍を鼓舞し百年戦争の終結に大きな役割を果たしたが魔女裁判で火刑に処せられた。 グーテンベルク聖書(42行聖書)』の「創世記」。 『中世の秋』。歴史家ホイジンガはこの題名でこの時代のブルゴーニュ公国の歴史を描いた。画像はヤン・ファン・エイクの「宰相ロランの聖母」。ロランはこの国の宰相で、背後にはブルゴーニュのオータンの風景が広がる。 ブルネレスキの巨大なドーム建築で知られる「花の聖母教会(サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂)」。 ボッティチェリの「春(プリマヴェーラ)」。メディチ家などの文化支援活動に支えられてルネサンス文化が花開いた。画像の中心の女神は美と愛の女神ウェヌス(ヴィーナス)で、その周囲を多くの神々が取り囲んでいる(ウフィッツィ美術館蔵)。 サイイド朝からローディー朝へ。北インドではデリーを中心にイスラム系王朝が続いた。画像はデリーのローディー・ガーデン内にあるサイイド朝の君主ムハンマド・シャーの霊廟。この公園の敷地にはローディー朝君主たちの霊廟もある。 タイを支配したアユタヤ朝は上座部仏教を保護し東南アジアでも有数の国家となっていた。画像はアユタヤに残るワット・プラ・シーサンペットで、1448年にボーロマトライローカナート王により建立された寺院である。 万里の長城。モンゴル人を漠北に追い払ってからもその侵入に備え明代には長城が幾度となく修復・増築を繰り返されていた。画像は1404年に「慕田峪長城」と名付けられた長城で北京市の北東に位置するもの。 鄭和の南海大遠征。永楽帝時代には明の国威を示す大艦隊が各地に派遣された。画像は1417年にベンガルから運ばれたキリンを描いた「瑞應麒麟図」。 「仁宣の治」。明は仁宗洪熙帝と続く宣宗宣徳帝の時代に安定期を迎えた。画像は明の宣宗宣徳帝の入城を描いたもの(台北故宮博物院蔵)。 如拙「瓢鮎図」。禅宗の流入は「五山文学」や「舶来唐物」などを通じて室町時代の文化に大きな影響を与えた。この「瓢鮎図」も将軍足利義持の命で描かれた水墨画で数多くの禅僧の画讃がつけられている。京都妙心寺塔頭退蔵院の所蔵。 文化を極めた。 応仁の乱。将軍後継をめぐる守護大名の争いで京都の町は焦土と化した。以後足利将軍の権威は衰え下剋上の時代へと進むことになる。画像は応仁の乱を描いた「紙本著色真如堂縁起」(真正極楽寺蔵)。 15世紀(じゅうごせいき)とは、西暦1401年から西暦1500年までの100年間を指す世紀。.

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1月14日

1月14日(いちがつじゅうよっか、いちがつじゅうよんにち)は、グレゴリオ暦で年始から14日目に当たり、年末まであと351日(閏年では352日)ある。誕生花はシクラメン、シンビジューム、スイートピー、サフラン。.

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1月1日

1月1日(いちがつついたち)はグレゴリオ暦で年始から1日目に当たり、年末まであと364日(閏年では365日)ある。誕生花は松(黒松)、または福寿草。 キリスト教においては生後8日目のイエス・キリストが割礼と命名を受けた日として伝えられる。.

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1月2日

1月2日(いちがつふつか)はグレゴリオ暦で年始から2日目に当たり、年末まであと363日(閏年では364日)ある。誕生花は孟宗竹、または蝋梅。.

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1月30日

1月30日(いちがつさんじゅうにち)は、グレゴリオ暦で年始から30日目に当たり、年末まであと335日(閏年では336日)ある。.

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2月12日

2月12日(にがつじゅうににち)はグレゴリオ暦で年始から43日目にあたり、年末まであと322日(閏年では323日)ある。.

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330年

記載なし。

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379年

記載なし。

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4世紀

皇帝コンスタンティヌス1世。ミラノ勅令によりキリスト教を公式に認め新首都コンスタンティノポリスを造営した。画像はローマのカピトリーノ美術館にある皇帝の巨像(コロッスス)。 Musée national du Moyen Âgeにある皇帝の像。 メリダ国立ローマ博物館蔵)のレプリカ。 修道生活の基礎が築かれた。画像は大アントニオスを追慕して356年に建てられたエジプトのスエズ県にあるコプト教会の「聖アントニオス修道院」。 アクスム王国の勃興。クシュ王国を滅ぼし現在のエチオピアの地に成立したのがアクスム王国で、最も古くからキリスト教を受容していたことでも知られている。画像はキリスト教に改宗したエザナ王によるオベリスク(石柱)で24mの高さがある。 ゲルマン民族の大移動。ローマ帝国との国境を越えたゲルマン諸族は各地で混乱や衝突を起こした。画像は1920年代に描かれた西ゴート族の王アラリック1世のアテナイ入城(395年)の挿絵。 顧愷之。顧愷之は東晋の画家で、画絶・才絶・癡絶の三絶を備えると云われていた人物。画像は代表作「女史箴図」(大英博物館蔵)。 書聖王羲之。王羲之は東晋の書家で「蘭亭序」他の作で知られ、歴代皇帝にも愛好された。画像は宋末元初の文人画家銭選が王羲之を画題として描いた「蘭亭観鵝図」(台湾・国立故宮博物院蔵)。 七支刀が所蔵されている石上神宮。ここの七支刀が『日本書紀』神功記に記載のある百済から献上されたものだと推定されている。 チャンドラグプタ2世の金貨。チャンドラグプタ2世はインド・グプタ朝の領土を最大に広げ、繁栄をもたらした。 シャクンタラー』。指輪をめぐるシャクンタラー姫の数奇な運命の物語でチャンドラグプタ2世王時代の宮廷詩人カーリダーサによりまとめられたとされる。画像はラヴィ・ヴァルマによる物語絵。 4世紀(よんせいき)は、西暦301年から西暦400年までの100年間を指す世紀。.

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