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鳩摩羅什

索引 鳩摩羅什

鳩摩羅什(くまらじゅう、くもらじゅう、、クマーラジーヴァ、344年 - 413年「世界大百科事典 第2版」2006年 平凡社、一説に350年 - 409年とも)、亀茲国(きじこく)(新疆ウイグル自治区クチャ県)出身の西域僧、後秦の時代に長安に来て約300巻の仏典を漢訳し、仏教普及に貢献した訳経僧である井波律子(編集)「中国史重要人物101」2005年 新書館 ISBN 4403250203。最初の三蔵法師。のちに玄奘など、多くの三蔵法師が現れた。時にのちの玄奘と共に二大訳聖と言われる。また、真諦と不空金剛を含めて四大訳経家とも呼ばれる。三論宗・成実宗の基礎を築く。 漢名の鳩摩羅什(くまらじゅう)はサンスクリット名のクマーラジーヴァの音写である。略称は羅什(らじゅう)または什(じゅう)。.

122 関係: 偽経十如是十二因縁十住毘婆沙論十地経十羅刹女十誦律南無妙法蓮華経多聞部大般若波羅蜜多経大般涅槃経大智度論天台宗妙法姚碩徳姚興不空金剛中央アジアの美術中国の仏典の一覧中国の仏教中観派三科三田演説館三論宗三蔵法師一念三千五障五胡十六国時代亀茲仁王経仏図澄仏説父母恩重難報経仏陀跋陀羅仏教のシルクロード伝播仏教公伝仏教用語一覧弥勒三部経後秦後涼僧叡 (中国の僧)初期仏教呂光キジル石窟クチャ県唯識内神道准胝観音八千頌般若経...六朝回向国前寺玄奘三蔵祇園精舎竺法護維摩経真宗大谷派真諦経典無量寿経避諱道生華厳経題目西域西遊記西遊記の成立史観無量寿経観音菩薩訳経史区分訳経僧訶梨跋摩諸宗部 (大正蔵)謝霊運豪潮龍光院 (京都市北区)龍樹般若心経般若心経秘鍵般若経阿弥陀経赤松明彦闍那崛多還俗野村耀昌釈道安釈譜詳節釈迦釈老志金剛夜叉明王金剛般若経格義仏教梶山雄一梵字梵網経梵網経 (大乗仏教)植木雅俊法印法華三部経法華経涅槃宗漢訳成実宗成実論浄土三部経浄土真宗浄土教摩訶般若波羅蜜経摩訶薩教相判釈慧厳慧遠 (東晋)慧観慧文思想家一覧350年400年代401年409年413年5世紀 インデックスを展開 (72 もっと) »

偽経

偽経(ぎきょう)、疑経あるいは疑偽経とは、中国や日本などにおいて、漢訳された仏教経典を分類し研究する際に、インドまたは中央アジアの原典から翻訳されたのではなく、中国人が漢語で撰述したり、あるいは長大な漢訳経典から抄出して創った経典に対して用いられた、歴史的な用語である。中国撰述経典という用語で表現される場合もあるが、同義語である。 また、日本人による日本撰述経典の場合も敷衍して偽経ということがある。.

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十如是

十如是(じゅうにょぜ)とは、『法華経』方便品に説かれる因果律をいう。十とは.

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十二因縁

十二因縁 (じゅうにいんねん)、あるいは、十二縁起(じゅうにえんぎ、dvādaśāṅgika-pratītyasamutpāda)は、仏教において、現実の人生の苦悩の根源を断つことによって苦悩を滅するための12の条件を系列化したもの。仏教の基本的な考えの一つである。 では十二因縁とし、玄奘訳(新訳)では十二縁起と訳す。他にも十二支縁起、十二支因縁などと表記する場合がある。.

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十住毘婆沙論

『十住毘婆沙論』(じゅうじゅうびばしゃろん、Daśa-bhūmika-vibhāśa-śāstra, ダシャ・ブーミカ・ヴィバーシャ・シャーストラ)は、大乗仏教中観派の祖・龍樹による、(『華厳経』の「十地品」としても知られる)『十地経』(Daśa-bhūmika Sūtra)に対する註釈書。全17巻。 原題は、「ダシャ・ブーミカ」が「菩薩の十の修行位階(十地・十住)」(ここではそれについての経である『十地経』のこと)、「ヴィバーシャ」(vibhāśa)は「註釈・解説」、「シャーストラ」(śāstra)は「論・書」、総じて「菩薩の十の修行位階(についての経である『十地経』)についての注釈書」の意。.

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十地経

十地経(じゅうじきょう、Daśa-bhūmika Sūtra, ダシャ・ブーミカ・スートラ)とは、初期大乗仏教経典の一つ。後に『華厳経』に編入されたため、『華厳経』の「十地品」(じゅうじぼん)としても知られる。.

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十羅刹女

十羅刹女(じゅうらせつにょ)は、仏教の天部における10人の女性の鬼神。鬼子母神と共に法華経の諸天善神である。.

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十誦律

十誦律(じゅうじゅりつ)とは、仏教教団における規則や作法、戒律などをまとめた律書のひとつで、説一切有部によって伝承されてきたもの。四分律・五分律・摩訶僧祇律とともに四大広律のひとつに上げられている。.

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卍(まんじ)は、ヒンドゥー教や仏教で用いられる吉祥の印であるとともに、日本では仏教を象徴する記号としてよく知られ、漢字であり家紋でもある。同様の記号は世界各地にあり、西洋では太陽十字からも発生した。.

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南無妙法蓮華経

南無妙法蓮華経は、仏教で用いられる言葉である。「南無」はnamo(サンスクリット語)の漢語への音写語で「わたくしは帰依します」を意味し、「妙法蓮華経」の五字はサンスクリット語の「サッダルマ・プンダリーカ・スートラ (saddharmapuNDariika-suutra、सद्धर्मपुण्डरीक सूत्&#x0930) 」を鳩摩羅什鳩摩羅什は、「羅什(らじゅう)」または単に「什(じゅう)」と略称されることがある。が翻訳した版の法華経の正式な題名(題目)である。「南無妙法蓮華経」の七字で「法華経の教えに帰依をする」という意味である。これらの文字を五字七字の題目とも呼ぶ。.

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多聞部

多聞部 (Bahuśrutīya, バフシュルティーヤ、)とは部派仏教の一派。世友の『』やその他の古い文献によると、多聞部は大衆部から別れた分派であるという。.

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大般若波羅蜜多経

『大般若波羅蜜多経』(だいはんにゃはらみったきょう)とは、唐代の玄奘三蔵が大乗仏教の基礎的教義が書かれている長短様々な「般若経典」を集大成した経典。通称は『大般若経』(だいはんにゃきょう)で、『般若経』(はんにゃぎょう)と略称することもある。全16部(会)600巻に及ぶ膨大な経典群である。大正蔵220。.

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大般涅槃経

『大般涅槃経』(だいはつねはんぎょう、महापरिनिर्वाणसूत्र(Mahāparinirvāṇa Sūtra、マハーパリニルヴァーナ・スートラ)、महापरिनिब्बानसुत्तन्त Mahaaparinibbaana Sutta(nta)(マハーパリニッバーナ・スッタ(ンタ))は、釈迦の入滅(=大般涅槃(だいはつねはん))を叙述し、その意義を説く経典類の総称である。阿含経典類から大乗経典まで数種ある。略称『涅槃経』。 大乗の『涅槃経』 は、初期の『涅槃経』とあらすじは同じだが、「一切衆生悉有仏性」を説くなど、趣旨が異なる。 涅槃経を宗旨とする宗派涅槃宗が中国で興ったが、日本には直接伝来しなかった。.

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大智度論

『大智度論』(だいちどろん、Mahā-prajñāpāramitā-śāstra, マハー・プラジュニャーパーラミター・シャーストラ)は、大乗仏教中観派の祖である龍樹による、『摩訶般若波羅蜜経』(大品般若経、二万五千頌般若経、Mahā-prajñāpāramitā Sūtra)に対する、百巻に及ぶ注釈書である。初期の仏教からインド中期仏教までの術語を詳説する形式になっているので、仏教百科事典的に扱われることが多い。漢訳は鳩摩羅什による(402-405年、大正蔵No.1509)。 題名の「智度」(ちど)とは、「六度」(六波羅蜜)の内の「智慧波羅蜜」、「般若波羅蜜」(prajñāpāramitā)のこと。「智」は「智慧」すなわち「般若」の、「度」は「渡」と同じで「彼岸に渡ること」すなわち「波羅蜜」の意訳である。。つまり、「大-智度」とは「摩訶-般若波羅蜜(Mahā-prajñāpāramitā)」(経)の意訳であり、「大智度論」(Mahā-prajñāpāramitā-śāstra)という題名は、そのまま「『摩訶般若波羅蜜経』(Mahā-prajñāpāramitā Sūtra)についての論」の意である。 以上のごとく、『大智度論』という意訳的な漢訳題名は直感的に分かりづらいので、より原題に素直に『摩訶般若波羅蜜経釈論』『摩訶般若釈論』の名で呼ばれたりもする。.

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天台宗

天台宗(てんだいしゅう)は大乗仏教の宗派のひとつである。諸経の王とされる妙法蓮華経(法華経)を根本経典とするため、天台法華宗(てんだいほっけしゅう)とも呼ばれる - コトバンク/世界大百科事典。天台教学は中国に発祥し、入唐した最澄(伝教大師)によって平安時代初期(9世紀)に日本に伝えられ、多くの日本仏教の宗旨がここから展開した。.

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妙法

妙法(みょうほう、Skt:Saddharma)とは、仏教において第一の最勝で不可思議なる法をいう。 原語はサンスクリットで「法」(dharma) に「正しい・真の・善」(sat) を被せたもので、用語としては原始経典の『法句経』などでもすでに見られる。多くの場合はこれを「正法」と訳し、竺法護も『法華経』の原題を『正法華経』と名づけた。しかし鳩摩羅什はこれを『妙法蓮華経』と訳し直した。したがって『法華経』の正式名称が『妙法蓮華経』であることから、一般的に『法華経』を指して「妙法」という。.

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姚碩徳

姚 碩徳(よう せきとく、生没年不詳)は、五胡十六国時代後秦の軍人。字は不明、南安郡赤亭(甘粛省隴西県)の人で、羌族出身。羌族の部族長・姚弋仲の子で、後秦の創建者・姚萇の同母弟である。後秦の西方への領域拡大に多大な功績をあげた。.

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姚興

姚 興(よう こう)は、五胡十六国時代の後秦の第2代皇帝。羌の出身で、姚萇の子。諡号は文桓皇帝だが、在位のほとんどは皇帝ではなく天王を名乗った。 姚興は前秦の残党勢力を滅ぼし、一時的に西秦、南涼、北涼、西涼、後蜀を形式上は従えて華北の西部に巨大な勢力を築き上げた。姚興の没後の後秦は、赫連勃勃の独立や皇位をめぐる親族の争いにより実質的に滅んだ。姚興は熱心な仏教徒であり、仏教が中国において国の支援を受けたのは姚興の後秦が初めてである。401年、後涼で暮らしていた仏僧の鳩摩羅什(クマーラジーヴァ)を常安(長安)に迎え入れた。.

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不空金剛

不空金剛(ふくうこんごう、サンスクリット:अमोघवज्र 、アモーガヴァジュラ)(705-774)は、唐の高僧、訳経僧。金剛智・善無畏によってもたらされた密教を唐に定着させた。真言宗では三蔵法師の一人である事から「不空三蔵」と尊称し、真言八祖の「付法の八祖」では第六祖、「伝持の八祖」では第四祖とする。また「不空」とも略称される。四大訳経家の1人。弟子には含光・慧超・恵果・慧朗・元皎・覚超(六哲)がいる。.

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中央アジアの美術

中央アジアの美術(ちゅうおうアジアのびじゅつ)。本項では東・西トルキスタンを中心とした中央アジア地域の美術について概説する。.

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中国の仏典の一覧

中国の主な仏典の一覧を羅列する。(順不同).

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中国の仏教

中国の仏教(ちゅうごくのぶっきょう)では、中国地域の仏教の歴史について詳述する。.

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中観派

中観派(ちゅうがんは、माध्यमिक,, マーディヤミカ)は、インド大乗仏教において、瑜伽行派(唯識派)と並ぶ2大学派のひとつ総合仏教大辞典編集委員会 『総合仏教大辞典』 法蔵館、1988年1月、994-995頁。。龍樹(りゅうじゅ、Nāgārjuna, ナーガールジュナ、150年 - 250年頃)を祖師とし、その著作『中論』などを基本典籍とする学派。『中論』を根底として般若空観を宣揚した中村元 『広説佛教語大辞典』中巻 東京書籍、2001年6月、1179-1180頁。。縁起と空の思想を説き、中(madhyama) もしくは中道 (madhyamā pratipat) の立場を重んじる中村・2005年 250頁。.

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三科

三科(さんか)とは部派仏教における、世界を在らしめる『一切法』を分類した三範疇、五蘊(五陰)・十二処・十八界をいう。陰界入と略すこともある。また、六根・六境・六識の三範疇をいうこともある。.

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三田演説館

三田演説館(みたえんぜつかん)は、慶應義塾大学三田キャンパスにある演説講堂であり、図書館旧館とともに慶應義塾大学を象徴する建造物である。東京都港区三田にある。日本の重要文化財指定建造物。.

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三論宗

三論宗(さんろんしゅう)は、中国・東アジアの大乗仏教宗派の1つで、インド中観派の龍樹の『中論』『十二門論』、その弟子提婆の『百論』を合わせた「三論」を所依の経典とする論宗である。空を唱える事から、空宗とも言う。その他、無相宗・中観宗・無相大乗宗の呼び方もある。日本仏教における三論宗は、南都六宗の一つ。.

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三蔵法師

三蔵法師(さんぞうほうし、、、)とは、仏教の経蔵・律蔵・論蔵の三蔵に精通した僧侶(法師)のこと。また転じて訳経僧を指していうようになった。単に「三蔵」と呼ぶこともある。 日本では中国の伝奇小説『西遊記』に登場する人物「三蔵法師」として特に有名だが、三蔵法師というのは一般名詞であり、尊称であって、固有名詞ではない。西遊記の三蔵法師(玄奘三蔵)は数ある三蔵法師のうちのひとりである。.

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一念三千

一念三千(いちねんさんぜん)とは、天台宗の観法であり、また根本教理とする。一念の心に三千の諸法を具えることを観(かん)ずることである。中国天台宗の開祖である天台大師・智顗が創案したとされる。.

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五障

五障(ごしょう)とは、ブッダ入滅後かなり後代になって、一部の仏教宗派に取り入れられた考えで、女性が持つとされた五つの障害のことである。「女人五障」ともいう。女性は梵天王、帝釈天、魔王、転輪聖王、仏陀になることができない、という説である。 大智度論では、五礙(ごげ)と称す。三従とセットにされ、「五障三従」と称する用例もある。 釈迦の言葉ではなく、仏教本来の思想ではない。ヒンドゥー教の影響から出てきた考え方とされる。 当時女性軽視のヒンドゥー教がインドを覆う中、釈迦は以下のように説かれたとされる。.

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五胡十六国時代

五胡十六国時代(ごこじゅうろっこくじだい)は、中国の時代区分のひとつ。304年の漢(前趙)の興起から、439年の北魏による華北統一までを指す。五胡十六国(ごこじゅうろっこく)は、当時、中国華北に分立興亡した民族・国家の総称である。十六国とは北魏末期の史官・崔鴻が私撰した『十六国春秋』に基づくものであり、実際の国の数は16を超える。 後漢末期から北方遊牧民族の北方辺境への移住が進んでいたが、西晋の八王の乱において諸侯がその軍事力を利用したため力をつけ、永嘉の乱でそれを爆発させた。.

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亀茲

亀茲(きじ、きゅうし、拼音:Qiūzī)は、かつて中国(東トルキスタン)に存在したオアシス都市国家。現在の中華人民共和国新疆ウイグル自治区アクス地区クチャ県(庫車県)付近にあたり、タリム盆地の北側(天山南路)に位置した。丘茲、屈茲とも書かれ、玄奘の『大唐西域記』では屈支国(くつしこく)と記されている。 紀元前1世紀の西域諸国。.

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仁王経

『仁王経』(にんのうぎょう、にんのうきょう)は、大乗仏教における経典のひとつ。『仁王般若経』とも称される。なお、この経典は仏教における国王のあり方について述べた経典であり、天部に分類される仁王(=二王:仁王尊)について述べた経典ではない。.

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仏図澄

仏図澄(ぶっとちょう、skt:buddhacinga、232年 - 349年1月13日(永和4年12月8日))は中国の神異僧の第一に挙げられる、五胡十六国時代の西域からの渡来僧。姓は帛、亀茲国の出身であるという。烏萇で出家したのち、罽賓で仏学の研鑚に励んだ。.

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仏説父母恩重難報経

仏説父母恩重難報経(ぶっせつ ぶも おんじゅう なんほう きょう 佛說父母恩重難報經、一般に『父母恩重経』または『父母恩重難報経』ともいう)とは、ひたすらに父母の恩に報いるべきという、儒教的な人倫の教えを説く偽経である。.

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仏陀跋陀羅

仏陀跋陀羅(ぶっだばったら、Buddhabhadra, 359年 - 429年)は、東晋の中国で活動した北インド出身の訳経僧。姓は釈迦氏、カピラヴァストゥの人である。名前は、音写されて「仏陀跋陀羅」もしくは「仏馱跋陀羅」とされ、意訳されて「覚賢」「仏賢」「覚見」とされる。.

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仏教のシルクロード伝播

ルクロードを通じて仏教は陸路により中国にもたらされた。この仏教のシルクロード伝播(ぶっきょうのシルクロードでんぱ)が始まったのは2世紀後半もしくは1世紀と考えるのが最も一般的である。 最初に中国の仏僧(完全に外国人)による仏典漢訳が行われたのは記録されている限りでは2世紀のことで、クシャナ朝がタリム盆地の中国の領土にまで伸長したことの結果ではないかと考えられている。 4世紀以降、法顕のインド巡礼(395年–414年)やそれに次ぐ玄奘のインド巡礼(629年–644年)にみられるように、中国からの巡礼者たちが原典によりよく触れるために、彼らの仏教の源泉たる北インドへと旅をするようになった。仏教のシルクロード伝播は中央アジアでイスラームが興隆する7世紀ごろに衰え始めた。.

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仏教公伝

仏教の東方伝播 仏教公伝(ぶっきょうこうでん)は、国家間の公的な交渉として仏教が伝えられることを指す。上代の日本においては6世紀半ばの欽明天皇期、百済から古代日本(大和朝廷)への仏教公伝のことを指すのが一般的であり、この項でもそれについて説明する。単に仏教伝来と称されて来たが、後述のごとく公伝以前に、すでに私的な信仰としては伝来していたと考えられるため、「公伝」と称されることが多い。.

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仏教用語一覧

仏教用語一覧(ぶっきょうようご いちらん)では、仏教の用語を、日本語にしているものを中心として一覧形式で表す。.

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弥勒三部経

弥勒三部経」(みろくさんぶきょう)とは、大乗仏教の弥勒菩薩に関する三つの経典の総称である。.

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後秦

後秦(こうしん、384年 - 417年)は、中国の五胡十六国時代に羌族の族長姚萇によって建てられた国。姚秦(ようしん)とも呼ばれる。.

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後涼

後涼(こうりょう、拼音:Hòu-liáng、384年 - 403年)は、中国の五胡十六国時代に氐族出身の呂光によって建てられた国。.

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僧(そう、संघ Saṃgha)はサンガを音写した「僧伽」の略で仏教の戒律を守る、男性の出家修行者である「比丘(びく)」と女性の出家修行者である「比丘尼(びくに)」の集団のこと。仏教の三宝の一つ。在家信者を含めた教団を僧(サンガ)とは呼ばず、出家者が四人以上集まったとき僧となる。男性の出家修行者の集団を比丘僧といい、女性の場合は比丘尼僧という。衆あるいは和合衆と訳される。.

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僧叡 (中国の僧)

僧叡(そうえい、378年 - 444年)は、中国の東晋時代の僧。.

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初期仏教

初期仏教(しょきぶっきょう、Early Buddhism)とは、 釈迦が生きていた時代を含む初期のおよそ150年から200年の間のをいう。 原始仏教、根本仏教、主流仏教とも呼よばれるが、「原始」「根本」「主流」という言葉にはさまざまな価値的な判断の意味が含まれるため、ここでは中立的な時間的に先であることを示す「初期仏教」という用語を使用する。必ずしも時代区分ではなくオリジナルという意味で「原始仏教」という用語を用いる学者も多い。初期仏教を原始、根本、主流と見る見方に福音主義の影響を見る学者もいる。.

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呂光

呂 光(りょ こう)は、五胡十六国時代の後涼の創始者。略陽郡(現在の甘粛省天水市)の氐人。前秦の太尉の呂婆楼の子。 当初は前秦の部将で西域討伐を命じられていたが、383年に前秦が淝水の戦いにより衰退すると後涼を建国した。後涼は南涼や北涼が独立してから不安定になり、呂光の死の数年後には滅亡した。中国では呂布と併称される呂氏の猛将として、呂氏の族譜に掲載されることが多い。.

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キジル石窟

ル石窟(2006年10月撮影) キジル石窟(キジルせっくつ、中国語:克孜尔石窟、Kèzīĕr shíkū、ウイグル語:Qizil Ming Öy)は、中華人民共和国维吾尔)自治区阿克苏)地区拜城)県キジル(克孜尔)郷にある仏教石窟寺院の遺跡群。キジル千仏洞、キジル石窟寺院とも呼ばれ、新疆では最大の石窟である。1961年公布の中華人民共和国全国重点文物保護単位の一つに指定されている。2014年には「シルクロード:長安-天山回廊の交易路網」の一部として世界遺産に登録された。.

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クチャ県

3世紀のタリム盆地。盆地北部の茶色部分(Kuqa)が亀茲 クチャ県(-けん、庫車県)は中華人民共和国新疆ウイグル自治区アクス地区に位置する県。シルクロード(天山南路)のルート上にあって、古代オアシス都市国家亀茲国の栄えた地であり、歌舞の郷と称される。 石油や天然ガスが豊富な、西部大開発の重要な基地である。.

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唯識

唯識(ゆいしき、skt:विज्ञप्तिमात्रता Vijñapti-mātratā)とは、個人、個人にとってのあらゆる諸存在が、唯(ただ)、八種類の識によって成り立っているという大乗仏教の見解の一つである(瑜伽行唯識学派)。ここで、八種類の識とは、五種の感覚(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)、意識、2層の無意識を指す。よって、これら八種の識は総体として、ある個人の広範な表象、認識行為を内含し、あらゆる意識状態やそれらと相互に影響を与え合うその個人の無意識の領域をも内含する。 あらゆる諸存在が個人的に構想された識でしかないのならば、それら諸存在は主観的な存在であり客観的な存在ではない。それら諸存在は無常であり、時には生滅を繰り返して最終的に過去に消えてしまうであろう。即ち、それら諸存在は「空」であり、実体のないものである(諸法空相)。このように、唯識は大乗仏教の空 (仏教)の思想を基礎に置いている。また、唯識と西洋哲学でいう唯心論とは、基本的にも、最終的にも区別されるべきである(後述)。.

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内神道

内神道(ないしんどう)は、日本発祥の武道。古代の「本流の楊式太極拳」を武道化した。.

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准胝観音

准胝観音(じゅんでいかんのん、じゅんていかんのん)は、仏教における信仰対象である菩薩の一尊。準胝観音または準提観音とも書く。准胝仏母とも。 日本の真言系では変化観音とされて「六観音」(七観音)の一尊に数えられ、日本の天台系では観音ではなく仏母とされる。インド・チベットでは一般に仏母とされ、変化観音とはみなされない。インドでは観音は男性名詞のため男尊とされるが、准胝は女性名詞であり、女尊として表現される。准胝は五守護女尊やマーリーチー(摩利支天)と同様に、特定の陀羅尼(女性名詞のダーラニー)と結びついた女尊である。七倶胝仏母(しちくていぶつも)、梵名サプタコーティ・ブッダマートリ(सप्तकोटिबुद्धमातृ )とも呼ばれる。密号は最勝金剛、降伏金剛。 日本では従来、准胝の還梵はチュンディーとされている田中公明 『仏教図像学』 春秋社、2015年、128頁。。漢名の准胝はチュンダー陀羅尼における「チュンデー」という語(チュンダーの女性単数呼格、「チュンダーよ」)の音写であるという説もある。インド原典ではチュンダーである。.

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八千頌般若経

『八千頌般若経』(はっせんじゅはんにゃきょう、八千頌般若波羅蜜多経、Aṣṭasāhasrikā-prajñāpāramitā Sūtra, アシュタサーハスリカー・プラジュニャーパーラミター・スートラ)は、大乗仏教の般若経典の1つ。後に増広された『二万五千頌般若経』等と区別するために、文字数を偈頌に換算して偈頌の数で表現される。 漢訳では鳩摩羅什訳の『摩訶般若波羅蜜経』(まかはんにゃはらみつきょう)が最もよく知られるが、やはり同名である『二万五千頌般若経』の漢訳経典と区別するために、こちらを「小品」(しょうぼん、小品般若経)、『二万五千頌般若経』の方を「大品」(だいぼん、大品般若経)と呼ぶ。 般若経典の中では、最古層のものとされ、紀元前後から1世紀頃までに成立したと考えられる。.

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六朝

六朝(りくちょう)は、中国史上で建康(建業)に都をおいた、三国時代の呉、東晋、南朝の宋・斉・梁・陳の総称。 呉の滅亡(280年)から東晋の成立(317年)までの時代を含め、この時代(222年 - 589年)を六朝時代(りくちょうじだい)とも呼び、この時期の文化を特に六朝文化(りくちょうぶんか)と称することもある。.

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回向

回向(廻向、えこう、Pariṇāmanā, パリナーマナー)とは「転回する」「変化する」「進む」などの意、その漢訳である「回向」は、「回」は回転(えてん)、「向」は趣向(しゅこう)の意で、大乗仏教の特徴をなす考え方である。.

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国前寺

國前寺(こくぜんじ)は、広島県広島市東区にある日蓮宗本山(由緒寺院)の寺院。すぐそばに尾長天満宮がある。.

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玄奘三蔵

奘(げんじょう、602年 - 664年3月7日)は、唐代の中国の訳経僧。玄奘は戒名であり、俗名は。諡は大遍覚『全唐文』「s:zh:大唐三藏大遍覺法師塔銘(並序)」で、尊称は法師、三蔵など。鳩摩羅什と共に二大訳聖、あるいは真諦と不空金剛を含めて四大訳経家とも呼ばれる。 629年に陸路でインドに向かい、巡礼や仏教研究を行って645年に経典657部や仏像などを持って帰還。以後、翻訳作業で従来の誤りを正し、法相宗の開祖となった。また、インドへの旅を地誌『大唐西域記』として著し、これが後に伝奇小説『西遊記』の基ともなった。.

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祇園精舎

祇園精舎(ぎおんしょうじゃ Jetavana-vihāra、正式名:祇樹給孤独園精舎、ぎじゅぎっこどくおんしょうじゃ、梵語: jetavane ’nāthapiṇḍadasya-ārāme)は、インドのコーサラ国首都シュラーヴァスティー(舎衛城)、現ウッタル・プラデーシュ州シュラーヴァスティー県にあった寺院である。釈迦が説法を行った場所であり、天竺五精舎(釈迦在世にあった5つの寺院)の1つである。.

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竺法護

法護(じく ほうご、Dharmarakṣa、239年 - 316年)は、西晋時代に活躍した西域僧で、鳩摩羅什以前に多くの漢訳経典にたずさわった代表的な訳経僧である。 別に敦煌菩薩、月氏(または月支)菩薩、竺曇摩羅刹とも称された。.

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維摩経

『維摩経』 (ゆいまきょう、Vimalakīrti-nirdeśa Sūtra 藏:དྲི་མ་མེད་པར་གྲགས་པས་བསྟན་པ་ཞེས་བྱ་བ་མདོ ヴィマラキールティ・ニルデーシャ・スートラ)は、大乗仏教経典の一つ。別名『不可思議解脱経』(ふかしぎげだつきょう)。 サンスクリット原典と、チベット語訳、3種の漢訳が残存する。漢訳は7種あったと伝わるが、支謙訳『維摩詰経』・鳩摩羅什訳『維摩詰所説経』・玄奘訳『説無垢称経』のみ残存する。一般に用いられるのは鳩摩羅什訳である。 日本でも、仏教伝来間もない頃から広く親しまれ、聖徳太子の三経義疏の一つ『維摩経義疏』を始め、今日まで多数の注釈書が著されている。.

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真宗大谷派

真宗大谷派(しんしゅうおおたには)は、浄土真宗の宗派の1つで、宗教法人法による宗教法人(包括宗教法人)である『真宗大谷派宗憲 宗教法人法』、p.17。。 阿弥陀如来一佛を本尊とし『真宗大谷派宗憲 宗教法人法』、p.2、親鸞を宗祖とする『真宗大谷派宗憲 宗教法人法』「『宗憲』前文」、p.1。。大谷派の根本道場である「真宗本廟」(通称:東本願寺)を、所属するすべての寺院および教会の本山とする『真宗大谷派宗憲 宗教法人法』、p.4。。2014年12月31日現在の被包括宗教団体数は8,705。「大谷派」・「大派」・「谷派」と略称される。.

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真諦

真諦(しんだい、Paramārtha パラマールタ、499年 - 569年)は、西インド生まれで中国に渡来した訳経僧、真諦三蔵。鳩摩羅什、玄奘、不空金剛とともに四大訳経家と呼ばれている。旧字体表記では、眞諦。また、『続高僧伝』の本伝では、音訳表記によって、拘那羅陀や波羅末陀と書かれており、意訳で真諦、あるいは親依という、と記されているが、一般には真諦という呼称で通用している。.

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経典

経典(きょうてん、きょうでん、sūtra, スートラ、sutta, スッタ、経)とは、仏教において釈迦が説いた教えを記録した聖典のこと。.

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無量寿経

『無量寿経』(むりょうじゅきょう)は、大乗仏教の経典の一つ。 原題は『スカーヴァティー・ヴィユーハ』(Sukhāvatī-vyūha)で、「極楽の荘厳」という意味である。サンスクリットでは同タイトルの『阿弥陀経』と区別して、『大スカーヴァティー・ヴィユーハ』とも呼ぶ。.

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避諱

避諱(ひき)とは、目上の者の諱を用いることを忌避する、中国など東アジアの漢字文化圏にみられる慣習である。二字名の場合にどちらか一字を忌避することを偏諱(へんき)という。この項では中国の避諱を中心に記述する。.

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道生

道生(どうしょう、355年 - 434年)は、中国の南北朝時代に活躍した僧である。姓は魏氏。鉅鹿(きょろく、河北省巨鹿県)の出身。竺道生(じくどうしょう)とも呼ばれる。.

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華厳経

『華厳経』(けごんぎょう、Avataṃsaka Sūtra, アヴァタンサカ・スートラ)、正式名称『大方広仏華厳経』(だいほうこうぶつけごんきょう、Buddhāvataṃsaka-nāma-mahāvaipulya-sūtra, ブッダーヴァタンサカ・ナーマ・マハーヴァイプリヤ・スートラ)は、大乗仏教経典の1つ。 経名は「大方広仏の、華で飾られた(アヴァタンサカ)教え」の意。「大方広仏」、つまり時間も空間も超越した絶対的な存在としての仏という存在について説いた経典である。 元来は『雑華経』(ぞうけきょう、Gaṇḍavyūha Sūtra, ガンダヴィユーハ・スートラ)、すなわち「様々な華で飾られた・荘厳された(ガンダヴィユーハ)教え」とも呼ばれていた。.

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題目

(だいもく)とは、日蓮系・法華経系の宗教団体などにおいて勤行の際に用いられる南無妙法蓮華経の文句のことである。「お題目」とも言う。元来は題名(だいめい)の意であり、法華経(サッダルマ・プンダリーカ・スートラ)の翻訳題(あて字)である妙法蓮華経(鳩摩羅什による訳)の五字のことを指しているが、南無(帰依するの意)を加えて七字にしても「題目」と呼ぶ。 なお、お題目は、建前の意味で使用されることもある。ここでは、上記いずれについても記載する。.

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西域

西域(さいいき、拼音:xīyù)は、古来、中国人が中国の西方にある国々を呼んだ総称である。本来は東トルキスタンを指したが、拡張されて西トルキスタン、さらに地中海沿岸に至る西アジアをもいう。 紀元前1世紀の西域諸国(タリム盆地).

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西遊記

西遊記の登場人物を描いた絵画(頤和園) 京劇の『西遊記』 『西遊記』(さいゆうき、、、)は、中国で16世紀の明の時代に大成した伝奇小説で、唐僧・三蔵法師が白馬・玉龍に乗って三神仙(神通力を持った仙人)、孫悟空、猪八戒、沙悟浄を供に従え、幾多の苦難を乗り越え天竺へ取経を目指す物語、全100回。中国四大奇書に数えられる。 著者は、『淮安府史』(明、天啓年間成立)に、呉承恩(1504年頃 - 1582年頃、江蘇省出身)の著書として「西遊記」という書名が記述されていることから、彼が作者であると20世紀の中国では定説化していたが、後述のように批判的な説が存在し、明確な結論は出ていない。詳しくは後述。 『西遊記』の流行を受けて、明代から清代にかけ呉元泰、呉政泰と余象斗が、仏教と道教に関わる戯曲・雑劇と神話伝説に基づいて編纂したのが『東遊記』・『南遊記』・『北遊記』で『四遊記』と称される。.

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西遊記の成立史

和園長廊の西遊記画 本項では、中国明代に成立した長編白話小説で、四大奇書の一つである『西遊記』の成立過程について概説する。『西遊記』は唐代初期を舞台とし、三蔵法師がサルの孫悟空、ブタの猪八戒、水怪の沙悟浄らを供に、幾多の苦難を乗り越え、経典を求めて天竺(インド)を目指して旅するという神怪小説である。実在の僧侶玄奘が、仏典を求めるため国禁を犯し、16年の歳月をかけてインドとの間を往復した史実を踏まえてはいるが、各地に伝わった三蔵伝説や猿にまつわる逸話などを吸収し、南宋代の都市で語られた講談や元の雑劇で発展した。元末期頃(14世紀)に大枠の話が成立した後、いくらかの改編を経て、明代中期の16世紀に、長篇小説として完成する。現存する最古のテキストは、1592年初版の『新刻出像官板大字西遊記』(世徳堂本)であり、その後清代にかけて様々な刊本が発刊された。.

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観無量寿経

『観無量寿経』(かんむりょうじゅきょう)は、大乗仏教の経典の一つ。別名『観無量寿仏経』、『無量寿仏観経』、『無量寿観経』ともいい、『観経』と略称される。 サンスクリット原典、 チベット語訳が発見されていないため中国撰述説もある。.

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観音菩薩

白衣観音図(狩野元信・画、ボストン美術館所蔵) 観音菩薩(かんのん ぼさつ、Avalokiteśvara)は、仏教の菩薩の一尊。観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)または観自在菩薩(かんじざいぼさつ)ともいう。救世菩薩(くせぼさつ・ぐせぼさつ)など多数の別名がある。一般的には「観音さま」とも呼ばれる。.

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訳経史区分

訳経史区分(やっきょうしくぶん)とは、中国における仏典の訳経史(サンスクリット等で書かれた原典の漢訳の歴史)における時代区分のことである。.

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訳経僧

訳経僧(やっきょうそう)は経典の翻訳に従事する僧。特に、中国においてサンスクリットの経典を漢訳する僧をさすことが多い。鳩摩羅什や玄奘三蔵などが代表的。霊仙三蔵のような、日本人の訳経僧もいる。『梁高僧伝』の撰者である慧皎は十科の分類を行なった際、その筆頭に訳経の僧を挙げており、道宣の『唐高僧伝』、賛寧の『宋高僧伝』などの高僧伝類に、その分類が受け継がれている。.

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訶梨跋摩

訶梨跋摩(かりばつま、梵: हरिवर्मन् Harivarman, ハリヴァルマン、獅子鎧、師子鎧)は、4世紀ごろのインド仏教僧である。 中インドの婆羅門の出身。最初はヒンドゥー教の数論派(サーンキヤ学派)に属していたが、仏教に入り、説一切有部の学匠鳩摩羅馱(Kumāralabdha कुमारब्ध)から『発智論』を学び、次いで摩訶僧祇部に移って大乗も研究し、諸派比較の上、経量部の立場から『成実論』202品を著した。後、グプタ朝の王の命により外道の諸論師をことごとく論破して、国師に任ぜられた。 なお、鳩摩羅什によって『成実論』が漢訳されたのは、西暦412年のことである。.

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諸宗部 (大正蔵)

諸宗部(しょしゅうぶ)とは、大正新脩大蔵経において、中国仏教の各宗派に関連する著作をまとめた領域のこと。 第20番目の部であり、収録されている典籍ナンバーは1851から2025まで。巻数では第44巻(末尾)から第48巻にかけてに相当する。.

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謝霊運

謝 霊運(しゃ れいうん、385年(太元10年) - 433年(元嘉10年))は、中国東晋・南朝宋の詩人・文学者。字は宣明。本籍は陳郡陽夏(現河南省太康県)。魏晋南北朝時代を代表する詩人で、山水を詠じた詩が名高く、「山水詩」の祖とされる。 六朝時代を代表する門閥貴族である謝氏の出身で、祖父の謝玄は淝水の戦いで前秦の苻堅の大軍を撃破した東晋の名将である。父の謝瑍(謝慶)が早世したこともあって、祖父の爵位である康楽公を継いだため、後世では謝康楽とも呼ばれる。族弟の謝恵連の「小謝」に対し、「大謝」と併称され、後世では南斉の謝朓とあわせて「三謝」とも呼ばれる。聡明で様々な才能に恵まれたが性格は傲慢で、大貴族出身だったことも災いし、後に刑死した。.

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豪潮

豪潮(ごうちょう、ごうしょう:寛延2年〈1749年〉 - 天保6年7月3日〈1835年7月28日〉)は、江戸時代の僧侶。長崎の出島において、中国僧より直接、当時の中国密教と戒律等の伝授を受け、その生涯を通じて本尊とした準提仏母(准胝観音)の信仰を広めると共に、御霊の供養と飢饉救済を目的とした仏塔(宝篋印塔)の建立に勤め、大小あわせて約八万四千の仏塔を建立したと伝えられる。また、自身が戒律を守ることに専一なだけでなく、天台宗において史上初の出来事として、中国密教に基づいた具足戒・菩薩戒・三昧耶戒を網羅した体系的な戒律をもたらし、江戸時代の『戒律復興運動』に貢献した。僧俗にも戒律と灌頂を授け、各寺院において「懺法」(さんぽう、せんぽう)を実施した。 当時の僧侶の教養として書を学び、唐墨を用いた独特の書風をものにした。出身地の九州では能書家としても知られていて遺されている作品も数多くあり、北島雪山(1636-1697)・秋山玉山(1702-1764)らと共に「肥後の三筆」と称えられる。また、和歌や文人画等にも通じていて作品もあり、同時代の禅僧・仙厓和尚とも個人的な交流があった。.

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龍光院 (京都市北区)

龍光院(りょうこういん)は、京都府京都市北区紫野にある臨済宗の寺院。臨済宗大徳寺派大本山大徳寺の塔頭である。国宝・重要文化財の建物や美術品を多数有するが観光を目的とした拝観は一切受け付けておらず、特別公開の類も行わない。いわゆる拝観謝絶の寺院である。.

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龍樹

龍樹(りゅうじゅ、、、、、、)は、2世紀に生まれたインド仏教の僧である。龍樹とは、サンスクリットのナーガールジュナの漢訳名で、日本では漢訳名を用いることが多い。中観派の祖であり、日本では、八宗の祖師と称されることがある。.

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般若心経

『般若心経』(はんにゃしんぎょう)、正式名称『般若波羅蜜多心経』(はんにゃはらみったしんぎょう、、 プラジュニャーパーラミター・フリダヤ)は、大乗仏教の空・般若思想を説いた経典で、般若経の1つともされる。 僅か300字足らずの本文に大乗仏教の心髄が説かれているとされ、複数の宗派において読誦経典の一つとして広く用いられている。.

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般若心経秘鍵

『般若心経秘鍵』(はんにゃしんぎょう ひけん)は空海によって書かれた『般若心経』の注釈書で、『般若心経』を密教の立場で解釈した論書である。.

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般若経

般若経(はんにゃきょう、梵:Prajñāpāramitā sūtra, プラジュニャーパーラミター・スートラ)は、般若波羅蜜(般若波羅蜜多)を説く大乗仏教経典群の総称。 最も早く成立した最初の大乗仏教経典群とされ一般の用語としては、 - 日本大百科全書/コトバンクなど。前項日本語訳書の解説、解題に詳しい。、紀元前後に成立した『八千頌般若経』を最初期のものとする説が多いが、その後数百年に渡って様々な「般若経」が編纂され、また増広が繰り返された。 中国では下記するように各時代ごとに経典が持ち込まれ翻訳がなされてきたが、唐の玄奘が西域から関連経典群を持ち帰って漢訳し、集大成したとされるのが『大般若波羅蜜多経』600余巻(660-663年)であり、これを指して般若経と言うことも多い。 一般に空を説く経典とされているが、同時に呪術的な面も色濃く持っており、密教経典群への橋渡しとしての役割を無視することはできない。.

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阿弥陀経

『阿弥陀経』(あみだきょう)は、大乗仏教の経典の一つ。原題は『スカーヴァティー・ヴィユーハ』(Sukhāvatī-vyūha)で、「極楽の荘厳」「幸あるところの美しい風景」の意味である。サンスクリットでは同タイトルの『無量寿経』と区別して『小スカーヴァティー・ヴィユーハ』とも呼ぶ。略称は、『無量寿経』の『大経』に対して、『小経』と呼ばれる。『阿弥陀経』は、弟子の質問に答える形の経ではなく、釈迦自ら説く形式の経であるため浄土真宗では「無問自説経」(ウダーナ、優陀那経)に分類される。.

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赤松明彦

赤松 明彦(あかまつ あきひこ、1953年1月8日 - )は、インド文学者、京都大学教授。 京都府生まれ。昭和51年(1976年)京都大学文学部哲学科卒業、同大学院修士課程修了、昭和58年(1983年)パリ第3大学博士課程修了、文学博士、京都大学人文科学研究所助手、昭和62年(1987年)九州大学助教授、平成9年(1997年教授)、平成13年(2001年)京大文学研究科教授。.

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闍那崛多

闍那崛多(じゃなくった、Jñānagupta,ジュニャーナグプタ 523年 - 600年?)は、北インドのガンダーラ出身の訳経僧である。中国の北周から隋の時代に来朝して仏典を漢訳した。.

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還俗

還俗(げんぞく)とは、僧侶になった者が、戒律を堅持する僧侶であることを捨て、在俗者・俗人に戻る事をいう。「復飾」(ふくしょく)とも。自らの意志で還俗する場合と、教団側から還俗させられる場合がある。 日本では、律令「僧尼令」における刑罰の一つでもあった。武士・公家の家督や棟梁、氏長者といったものを相続していた当主が亡くなり、謀反防止のためなどの理由で出家していた子弟・縁者などが相続して家名存続させる目的のものもあるなど、背景はさまざまである。明治時代初頭には神仏分離に端を発する廃仏毀釈により、全国で神宮寺の社僧などが還俗した。 また、宮門跡となって入寺得度(出家)した親王が再び皇親に戻り、宮家を継承することもあった。特に幕末維新期にはその数は増えていった。.

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野村耀昌

野村 耀昌(のむら ようしょう、1916年9月3日 - 1997年3月2日)は、日蓮宗の僧、刻字作家。 立正大学卒。1966年「周武法難の研究」で立正大学文学博士。立正大学仏教学部教授。87年定年退任、名誉教授。中国仏教史が専門。.

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釈道安

釈 道安(しゃく どうあん、 314年 - 385年)は、五胡十六国時代の僧であり、中国仏教の基礎を築いた大功労者である。.

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釈譜詳節

『釈譜詳節』(しゃくふしょうせつ)は1447年(世宗29年)に李氏朝鮮で作られた釈迦の一代記である。金属活字による15世紀の朝鮮語の散文資料として、朝鮮語学・朝鮮文学・朝鮮書誌学・朝鮮仏教学において貴重な資料の1つである。.

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釈迦

釈迦(しゃか)は、紀元前5世紀前後の北インドの人物で、仏教の開祖である。.

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釈老志

釈老志」(しゃくろうし)は、中国北魏の正史『魏書』に立てられた志の名称で、北魏までの仏教「釈」と道教「老」の歴史が記されている。この種の仏教道教関係の篇目が立てられるのは、儒教を正統としてきた「中国正史」においては、極めて異例のことである。 正史での同種の篇目には、『元史 釈老伝』が在るのみである。.

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金剛夜叉明王

金剛夜叉明王 図像抄(平安時代) 金剛夜叉明王(こんごうやしゃみょうおう)は、人間界と仏界を隔てる天界に位置する明王の中でも特に中心的役割を担う五大明王の1人で、北方の守護神。.

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金剛般若経

『金剛般若経』(こんごうはんにゃきょう)、正式名称『金剛般若波羅蜜経』(こんごうはんにゃはらみつきょう、Vajracchedikā-prajñāpāramitā Sūtra, ヴァジュラッチェーディカー・プラジュニャーパーラミター・スートラ)とは、大乗仏教の般若経典の1つ。略して『金剛経』(こんごうきょう)とも言う。 原題は、「ヴァジュラ」(vajra)がインドラの武器である「金剛杵」あるいは「金剛石」(ダイヤモンド)、「チェーディカー」(chedikā)が「裁断」、「プラジュニャーパーラミター」(prajñāpāramitā)が「般若波羅蜜」(智慧の完成)、「スートラ」(sūtra)が「経」、総じて「金剛杵(金剛石)のごとく(煩悩・執着を)裁断する般若波羅蜜(智慧の完成)の経」の意。.

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格義仏教

格義仏教(かくぎぶっきょう)とは、インドより中国へ伝来したサンスクリットで書かれた仏教の経典を、中国古来の固有の思想、とりわけ老荘思想の用語を用いて解釈しようとした態度のこと。 伝来以来、東晋頃まで非常に盛んであった。代表者は支遁である。 しかし、釈道安が現われ、格義仏教では仏教本来の思想を正しく理解することが困難であり、仏教の理解には仏教本来の解釈によらなければならない、という主張が広く認められると、時を同じくして長安に来朝した鳩摩羅什による新たな大量の訳経と相まって、格義仏教は一転して影をひそめることとなった。.

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梶山雄一

梶山 雄一(かじやま ゆういち、1925年1月2日 - 2004年3月29日)は、日本の仏教学者、文学博士、京都大学名誉教授。.

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梵字

梵字(ぼんじ)はインドで使用されるブラーフミー系文字の漢訳名である。ブラーフミーは「ブラフマー(梵天)の創造した文字」を意味する。また、単に「梵語(サンスクリット)を表記するための文字」とも解される。日本では歴史的・伝統的に悉曇文字(しったんもじ)を指すことが多く、本項でも主にそちらを説明していく。.

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梵網経

梵網経(ぼんもうきょう).

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梵網経 (大乗仏教)

『梵網経盧舎那仏説菩薩心地戒品第十』とは、大乗仏教の経典であり、『梵網経』と通称する。鳩摩羅什訳とされる漢訳が伝わる。上下の二巻本で、下巻を特に「菩薩戒経」とよぶ。 僧肇の序文によれば、原本『梵網経』120巻61品の1品を訳出したものであるという。 漢伝仏教における菩薩戒はこの経典に説かれるものが用いられる。 原本は伝わっておらず、5世紀頃に宋 (南朝)で成立した偽経(中国撰述経典)とみる学者が多い。 パーリ語で書かれた上座部仏教所伝の『梵網経』とは内容がまったく異なる。.

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植木雅俊

植木 雅俊(うえき まさとし、1951年 - )は、日本の仏教学者。.

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法印

法印(dharmoddāna, 音訳: 達磨憂檀那)とは、仏教の特徴をあらわすしるしを意味する。法印とされる3つないし4つの経句は三法印、四法印と呼ばれ、中国仏教で経典の仏説・非仏説を識別する判定規準とみなされた。三法印、四法印を構成する教説は初期仏教から存在するが、法印という用語自体は後代に成立したものであり、漢訳語の初出は5世紀の鳩摩羅什と言われる。法印のパーリ語における対応語は現存資料には見出されない。.

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法華三部経

『法華三部経』(ほっけさんぶきょう)は、大乗仏教の経典群である。法華経十巻、妙法蓮華経並開結(みょうほうれんげきょうならびにかいけつ)とも称される。 なお、ここでいう三部とは、『無量義経』、『妙法蓮華経』、『仏説観普賢菩薩行法経』の三経を指す。.

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法華経

法華経の 現代の解説書にはしばしば、このような写真とこのような主旨の解説が添えられている。。 『法華経』(ほけきょう、ほっけきょう)は、大乗仏教の代表的な経典。大乗仏教の初期に成立した経典であり、誰もが平等に成仏できるという仏教思想の原点が説かれているNHK 100分de名著 法華経[新]第1回「全てのいのちは平等である」2018年4月2日放送。聖徳太子の時代に仏教とともに日本に伝来した聖徳太子によって著されたとされる法華経の注釈書「法華経義疏」は、三経義疏の1つである。。.

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涅槃宗

涅槃宗(ねはんしゅう)は、中国十三宗の一つである中国仏教に存在した宗派。大般涅槃経を所依経典とした仏教の学派。.

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漢訳

漢訳(かんやく)は、漢字文化圏に外側から入ってきた文章や、概念などを漢文・漢語へと翻訳を行なうことである。.

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成実宗

成実宗(じょうじつしゅう)は、仏教の宗派の1つで、『成実論』を研究する論宗(経を所依とせず、論を所依とする宗派)である。中国十三宗・日本仏教の南都六宗の1つで、三論宗に附属する宗派。.

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成実論

『成実論』(じょうじつろん、Satyasiddhi-śāstra, Tattvasiddhi-śāstra)は、訶梨跋摩(かりばつま、Harivarman, ハリヴァルマン)によって著された、16巻の仏教論書である。.

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浄土三部経

浄土三部経(じょうどさんぶきょう)とは、『仏説無量寿経』、『仏説観無量寿経』、『仏説阿弥陀経』の三経典をあわせた総称である。法然を宗祖とする浄土宗や親鸞を宗祖とする浄土真宗においては浄土三部経を根本経典としている。ただし時宗は『阿弥陀経』を重んじる。.

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浄土真宗

浄土真宗(じょうどしんしゅう)は、大乗仏教の宗派のひとつで、浄土信仰に基づく日本仏教の宗旨である。鎌倉仏教のひとつ。鎌倉時代初期の僧である親鸞が、その師である法然によって明らかにされた浄土往生を説く真実の教え『岩波仏教辞典』第二版、P.541「浄土真宗」より引用。を継承し展開させる。親鸞の没後にその門弟たちが、教団として発展させる。「浄土真宗」の英訳は、浄土真宗本願寺派ではJodo Shinshuとし、真宗大谷派・真宗佛光寺派ではShin Buddhismとしている。.

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浄土教

浄土教(じょうどきょう)とは、阿弥陀仏の極楽浄土に往生し成仏することを説く教え。浄土門、浄土思想ともいう。阿弥陀仏の本願に基づいて、観仏や念仏によってその浄土に往生しようと願う教え。.

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摩訶般若波羅蜜経

『摩訶般若波羅蜜経』(まかはんにゃはらみつきょう)は、般若経典の一つである『二万五千頌般若経』(にまんごせんじゅはんにゃきょう、Pañcaviṃśatisāhasrikā-prajñāpāramitā Sūtra, パンチャヴィムシャティサーハスリカー・プラジュニャーパーラミター・スートラ)の、鳩摩羅什による漢訳である。90品(高麗大藏再雕本は27巻、思溪資福藏、普寧藏等は30巻)の比較的規模の大きな経であり、通常『大品般若経』(大品)と呼ばれている。 鳩摩羅什の訳した経の中には、『摩訶般若波羅蜜経』と名づけられるものがもう一つあるが、そちらは『八千頌般若経』の漢訳(408年)で、大品に対し29品(10巻)しかないので『小品般若経』(小品)と呼ばれる。 ナーガールジュナ(龍樹)が著した『大智度論』は、本経(『大品般若経』)に対する注釈書である。.

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摩訶薩

摩訶薩(まかさつ、サンスクリット:Mahāsattva マハーサットヴァ)は『般若経』に頻出する仏教用語で、必ず菩薩(サンスクリット:Bodhisattva、ボーディサットヴァ)と一緒に菩薩摩訶薩というかたちで使われる。その意味は、菩薩は「覚りを求める衆生」であり、摩訶薩は「偉大な衆生」である。 『般若経』成立以前の、般若経典編纂者たちのいわゆる小乗仏教時代の菩薩という用語は、成道以前の釈迦の称号であったが、『般若経』では『覚りを求める衆生』と意味が拡張され、大乗仏教の立場で覚りを求める意義を強調するために摩訶薩を付加するようになった。 菩薩摩訶薩を端的に表現している部分を鳩摩羅什訳『摩訶般若波羅蜜経』から引用する。.

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教相判釈

教相判釈(きょうそう はんじゃく)とは、中国をはじめとする漢訳仏典圏において、仏教の経典を、判定し、解釈したもの。略して教判ともいう。釈迦は成道して、涅槃に入るまでの45年前後の間に、多くの教えを説いた。後々にそれが発展して経典として形成された。しかしそれらの多くの経典が、中国へ伝えられ、漢訳仏典として集成されると、中国的な仏伝の解釈に基づき、これらの諸経典の教えの相や時期を分けて判別して、それらから仏道修行の完全なる悟りを得ようとしたことにはじまる。これが北伝の仏教として日本や朝鮮、ベトナムなどに伝えられていった。.

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慧厳

慧厳(えごん、363年 - 443年)は、中国の南北朝時代に活躍した僧である。姓は范氏。豫州の人。.

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慧遠 (東晋)

慧遠(えおん、334年 - 416年)は、中国の東晋、廬山に住んだ高僧。隋代、浄影寺の慧遠と区別して廬山の慧遠とも呼ばれる。俗姓は賈氏。中国仏教界の中心的人物の一人である。.

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慧観

慧観(えかん)は、中国の南北朝時代に活躍した僧である。姓は崔氏。清河の人。.

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慧文

慧文(えもん、慧聞)は、中国南北朝時代の北斉の仏教僧侶(禅師)。天台宗の初祖(開祖)龍樹を初祖(開祖)とする場合は、慧文は第2祖となる。。 弟子である慧思の弟子、すなわち慧文から見て孫弟子に当たる智顗が天台宗を確立したため、遡って慧文が初祖とされる。 鳩摩羅什が漢訳した『中論』等の龍樹の著作を所依として禅観につとめ、「一心三観」を悟った。.

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思想家一覧

思想家一覧(しそうかいちらん)は、思想家や哲学者の分野別一覧。 各カテゴリーに分類されているが、一つの部類ではなく、その思想家の活動が複数のカテゴリーにまたがっている場合も十分考えられる。その場合は、ノートも参照のこと。.

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350年

記載なし。

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400年代

400年代(よんひゃくねんだい)は、.

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401年

記載なし。

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409年

記載なし。

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413年

記載なし。

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5世紀

大仙古墳。5世紀頃に築造された全長486メートルの最大級の前方後円墳で、大阪府堺市に広がる百舌鳥古墳群を代表する。伝承では仁徳天皇陵とされている。 レオ1世とアッティラの会見」。 ラヴェンナのガッラ・プラキディア廟堂。ガッラ・プラキディアは西ローマ皇帝ヴァレンティニアヌス3世の母。初期キリスト教美術を代表するモザイク壁画が残されている。 慧遠と道士の陸修静と詩人の陶淵明の邂逅が画題となっている。 雲崗石窟。北魏時代に都の平城(大同市)から西方約20キロに位置する雲崗で造営された石窟寺院。 キジル千仏洞壁画。この石窟はシルクロード沿いのオアシス国家亀茲(クチャ)によって作られたもので、この時期には仏教が大いに繁栄したと伝えられている。訳経僧として名高い鳩摩羅什もここの出身である。 アジャンター石窟寺院。インドではこの時代にグプタ様式と呼ばれる表現が発達した。画像はアジャンター石窟の壁画でパドマパーニ(蓮華手(観世音)菩薩)の像。 シーギリヤ。スリランカのシンハラ朝のカッサパ1世は父王から王位を奪い、アヌラーダプラからこの地へと遷都した。画像はシーギリヤロックの全景で、この頂上にカッサパ1世は王宮を営んだが、最後は反乱軍の攻撃を受けここで自害している。 アルメニア教会。カルケドン公会議以後にキリスト論をめぐりキリスト教は分立した。「単性論派」と呼ばれる「非カルケドン派」にはシリア・エジプト・アルメニアの諸教会がある。画像は483年に再建されたアルメニア教会のエチミアジン大聖堂。 ラテラノ大聖堂に描かれた肖像画。 5世紀(ごせいき)は、西暦401年から西暦500年までの100年間を指す世紀。.

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