12 関係: ナビス戦争、メガロポリスのフィロポイメン、アンティゴノス3世、アンティゴノス朝、アカイア同盟、アカエア、エウクレイダス、クレオメネス3世、スパルタ王、セッラシアの戦い、白楯隊、青銅楯隊。
ナビス戦争
ナビス戦争(ナビスせんそう、Guerra contro Nabide)は、ギリシアのポリスであるスパルタと共和政ローマ、アカイア同盟、アッタロス朝(ペルガモン王国。以下はペルガモンと記載)、ロドスおよびアンティゴノス朝(マケドニア王国。以下はマケドニアと記載)の連合軍の間で行われた戦争である。 ラコニア戦争やローマ・スパルタ戦争とも称されるこの戦争の結果により、スパルタは実質的に独立国家として終焉を迎えた。また、共和政ローマはこの戦争における勝利により、紀元前146年まで続くギリシア征服の足掛かりを作ることとなった。.
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メガロポリスのフィロポイメン
ダビッド・ダンジェ(:en:David d'Angers)製作の彫刻 『フィロポイメン』、1837年、ルーヴル美術館所蔵http://www.louvre.fr/llv/oeuvres/detail_notice.jsp?CONTENT%3C%3Ecnt_id.
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アンティゴノス3世
アンティゴノス3世(Αντίγονος Γ' Δώσων, ラテン文字表記:Antigonos III Doson, 紀元前263年 - 紀元前221年)は、アンティゴノス朝マケドニアの王(在位:紀元前227年 - 紀元前221年)である。アンティゴノス3世ドソンとも呼ばれる。前王アンティゴノス2世ゴナタスの甥である。 王族に生まれたアンティゴノスは、最初デメトリオス2世の息子ピリッポス(後のピリッポス5世)の警護の任務に就く。紀元前227年にアンティゴノスはデメトリオス2世の寡婦クリセイスと結婚、息子のピリッポスを廃嫡し、王となった。 アンテュゴノスはアカイア同盟の盟主シキュオンのアラトスを支援し、アイトリア同盟の盟主スパルタ王の座についたクレオメネス3世に対抗した。アンティゴノスはアラトスとともにクレオメネス戦争でクレオメネスと戦い、苦戦したものの敵を大きく上回る物量作戦で巻き返し、紀元前222年にセラシアの戦いで決定的な勝利を得てクレオメネスをエジプトへの亡命にまで追い込んだが、翌年紀元前221年イリュリアの諸都市との戦闘中に戦死した。部下を激励していて叫び続けている時に血管が切れたためと言う。.
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アンティゴノス朝
アンティゴノス朝(、紀元前306年 - 紀元前168年)は、アレクサンドロス3世(大王)のディアドコイ(後継者)の一人、アンティゴノス1世モノフタルモス(隻眼王)の子孫がギリシャマケドニア地方に築いた、ペラを首都とする王国。.
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アカイア同盟
アカイア同盟(Κοινὸν τῶν Ἀχαιῶν、Achaean League)は、古代ギリシア時代後期においてペロポネソス半島北部沿岸部のアカイア人都市同士でなされた同盟である。.
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アカエア
アカエア属州の位置(120年頃のローマ帝国) アカエア(Achaea、Αχαΐα、ギリシア語ではアカイア)は、古代ローマ期の属州の一つでギリシア南部ペロポネソス半島に位置し、エピルスとマケドニア属州に北で接していた。また、アテナイやスパルタ、テーバイなどのポリスが属していた。.
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エウクレイダス
ウクレイダス(希:Ευκλείδας、ラテン文字転記:Eucleidas、在位:紀元前227年-紀元前222年)はエウリュポン朝の最後のスパルタ王である。パウサニアスは彼の名をエピクレイダスとしている。 エウクレイダスはレオニダス2世の子であり、アギス朝の王クレオメネス3世の弟である。エウクレイダスはアギス朝の王族であったが、エウリュポン朝の王アルキダモス5世が暗殺されたため、兄クレオメネスによってエウリュポン朝の彼の共同統治者としてその王位に据えられた。登位後のエウクレイダスの唯一の事績は兄とともにクレオメネス戦争のセラシアの戦い(紀元前222年)に参加し、同盟軍を率いたことである。戦死したと明言されてはいないが、セラシアで彼の部隊はフィロポイメンの攻撃を受けて壊滅し、戦死した。.
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クレオメネス3世
レオメネス3世(希:Κλεομένης、英:Cleomenes III、紀元前260年-紀元前219年、在位:紀元前235年-紀元前222年)は、スパルタ末期のスパルタ王である。.
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スパルタ王
パルタ王(スパルタおう)は、古代ギリシアにおいてペロポネソス半島のラコニア地方にあった都市国家スパルタの君主の称号である。.
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セッラシアの戦い
ッラシアの戦い(英:Battle of Sellasia)はクレオメネス戦争において紀元前222年にアンティゴノス3世率いるアンティゴノス朝(マケドニア)・アカイア同盟軍と、クレオメネス3世率いるスパルタ軍との間で戦われた会戦である。.
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白楯隊
白楯隊(はくじゅんたい、レウカスピデス、希:Λευκάσπιδες, ラテン文字転記:Leukaspides)は、ヘレニズム時代にアンティゴノス朝によって編成されたファランクス部隊の一つである。 白楯隊はスパルタ王クレオメネス3世との戦い(クレオメネス戦争)にてアンティゴノス3世によって用いられた。また、アンティゴノス朝の滅亡を決定付けた紀元前168年のピュドナの戦いの時、彼らの楯は勝利したローマの戦利品となった。.
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青銅楯隊
青銅楯隊(せいどうじゅんたい、カルカスピデス、希:Χαλκάσπιδες、ラテン文字転記:Chalkaspides、bronze-shields)はヘレニズム時代、アンティゴノス朝マケドニアによって編成されたファランクス部隊の一つである。 青銅楯隊は文字通り青銅の楯を装備した部隊である。彼らはスパルタ王クレオメネス3世との戦い(クレオメネス戦争)にてアンティゴノス3世によって用いられた。青銅楯隊や白楯隊などの諸ファランクス部隊は紀元前168年のアンティゴノス朝の滅亡の際に解散した。また、ポントス王ミトリダテス6世も同名の部隊を持っていたようであり、第一次ミトリダテス戦争のカイロネイアの戦いでルキウス・コルネリウス・スラ率いるローマ軍と戦っている。.
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