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マッシャーブルム

索引 マッシャーブルム

マッシャーブルム(Masherbrum)は、パキスタンの山。通称「K1」。カラコルム山脈のマッシャーブルム山群に属し、標高は7821mと世界22位、パキスタン国内では11位の高さである。険峻な山であるが同じカラコルム山脈にはガッシャーブルムI峰やK2、ガッシャーブルムII峰、ブロード・ピークといった8000メートル峰が連なるため、これらと比較して見劣りするきらいがある。 名称の由来は明らかではない。二つある山頂を前装式の古い銃に見立ててmashadar(前装銃)とbrum(山)の合成とする説のほか、masha(貴婦人)とbrumの合成とする説などがあるが確たることは不明である。.

11 関係: 山の一覧世界の山一覧 (高さ順)ファニー・ブロック・ワークマンカラコルム山脈カラコルム・ハイウェイコンコルディア (カラコルム)登山家一覧白川義員重広恒夫K1K2

山の一覧

山の一覧(やまのいちらん)は、世界の山の一覧である。.

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世界の山一覧 (高さ順)

世界の山一覧(高さ順) は、標高順の世界の山の一覧。.

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ファニー・ブロック・ワークマン

ファニー・ブロック・ワークマン(Fanny Bullock Workman、1859年1月8日 - 1925年1月22日、以下ではファニーと記す)は、アメリカ合衆国マサチューセッツ州出身の地理学者、地図制作者、探検家、旅行記作家、登山家であり、特にヒマラヤ山脈での実績が名高い。女性では初の職業登山家であり、探検しただけでなく、その冒険について記録も残した。女性が昇った最高点到達記録を何度か更新し、夫と共に8冊の著作を著した。また女性の権利と参政権の運動家でもあった。 ファニーは裕福な家庭に生まれ、当時女性が入学できた中でも最上級の学校で教育を受け、ヨーロッパを旅した。ウィリアム・ハンター・ワークマンと結婚したことでこれら利点をさらに固めることができ、ニューハンプシャー州で登山の世界に入った後は、夫と共に世界を旅した。ワークマン夫妻はその富とヨーロッパ、北アフリカ、アジアを巡る旅との結びつきを利用することができた。夫妻には2人の子供ができたが、ファニーは母親で収まるタイプではなかった。子供を学校と子守に預けて、自身はいかなる男性にも匹敵できる「新しい女」だと考えた。夫妻は自転車でスイスの旅を始め、フランス、イタリア、スペイン、アルジェリア、インドにまで行った。自転車で数千マイルを旅し、雨風を凌げるところがあればそこで寝た。夫妻はそれぞれの旅行について本を著し、ファニーは出逢った女性の生活状態について触れることが多かった。初期に出した自転車旅行の本は後期の登山の本よりも大衆に受け入れられた。 ワークマン夫妻はインドでの自転車旅行を終えた後、夏の暑さをヒマラヤ山脈に避け、そこで登山の世界に取り込まれた。その後の14年間で、当時はまだ探検されていなかったこの地域を8度訪れることになった。近代的な登山装備を持っていなかったが、幾つかの氷河を探検し、幾つかの山に登った。当時の女性が踏んだ最高点である23,000フィート (7,000 m) にまで達した。複数年にわたる遠征隊を組織したが、土地の労働者と良い関係を維持するために苦闘した。アメリカの権威と富を持った地位から来て、土地の労働者の地位を理解できず、信頼できるポーターを見つけたり交渉したりするのが難しかった。 ワークマン夫妻はヒマラヤ山脈に行った後はその旅について講演を行った。学識有る社会に招かれた。ファニーはソルボンヌ大学で講演を行った最初の女性となり、王立地理学会では2人目の女性になった。ヨーロッパの登山や地理の学界から多くの名誉メダルを受章し、当時として最先端を行く登山家の一人として認められた。ファニーは、女性が男性と同じ高さまで昇れることを示し、登山の世界における男女の壁を破った。.

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カラコルム山脈

ラコルム山脈(カラコルムさんみゃく)は、パキスタン・インド・中国の国境付近に横たわる山脈である。アジアの大きな山塊の一部として広義のヒマラヤ山脈の一部であるが、狭義のヒマラヤ山脈とは独立した山脈である。氷河の多くが瓦礫に覆われている。カラコルムとはテュルク語・モンゴル語で「黒い砂利」という意味である。 カラコルム山脈には世界第2位のK2を筆頭に60座以上の標高7000m以上の山が存在している。これらは主にパキスタンの北方地区(パキスタン名: ギルギット・バルティスタン州)に集中している。山脈の長さは500kmに亘り、極地を除けば世界最大の氷河地帯もある。70kmのシアチェン氷河と63kmのビアフォ氷河は、極地を除けば世界で2・3番目に長い氷河である(最長はタジキスタンのフェドチェンコ氷河(77km)である)。 カラコルム山脈は、北東部でチベット高原に接し、北にはアフガニスタンとタジキスタンの国境がある。他にパミール高原にも囲まれている。北西部はヒンドゥークシュ山脈につながっている。南部は、インダス川・・といった川によってヒマラヤ山脈との境界が作られている。 標高が高く起伏に富む地形のため、カラコルム山脈は人が住むのに余り適していない。ヨーロッパの探検家が最初にこの地を訪れたのは19世紀初頭だったが、その後イギリスの測量士が現地入りしたのは1856年だった。 は1887年にフランシス・ヤングハズバンド大佐の遠征で横断された。また、上流の谷は1892年にによって探検された。その後1910年代から1920年代にかけての探索によって、この地域の地理の大部分が判明している。.

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カラコルム・ハイウェイ

ラコルム・ハイウェイ概観地図 新疆地区のカラコルム・ハイウェイ パキスタン北方地区を走るカラコルム・ハイウェイ カラコルム・ハイウェイ (The Karakoram Highway: KKH) は、中華人民共和国新疆ウイグル自治区最西部とパキスタンのギルギット・バルティスタン州(旧称:北方地域)をカラコルム山脈を横断して結ぶ道路である。途中海抜4,693メートル(15,397フィート)のを通り、国境を横断する舗装道路としては世界一の高所を通る道路でもある。.

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コンコルディア (カラコルム)

ンコルディアはカラコルム山脈の中心にある、バルトロ氷河とゴドウィン・オースティン氷河の合流点の地名である。 パキスタンのバルティスターン地域に位置する。 アルプス山脈のベルナー・オーバーラントに存在する、コンコルディアと名づけられた氷河の合流地点と景観がよく似ていたため、それと同じ名称がヨーロッパの探検家によって名づけられた。 コンコルディアの周辺は世界有数の標高を持つ山が集まっている。世界で14座ある8000メートル峰の4座がこの地域に聳え、その他にも多くのピークが存在する。 コンコルディアは、クライマーではない登山者にとって、多くの著名なピークを見渡すことのできる最高のキャンプ地点である。また各ピークのベースキャンプへのトレッキングも可能である。:K2(3時間)ブロードピーク(2時間)ガッシャーブルム(3時間) バルトロ氷河を通る以外のアクセスとしては、標高5450mのゴンドゴロ峠を通るルートがある。 高山病を避けるためにも来訪者は水の摂取について特に注意を要する。飲料水は澄んだ水から採取し、煮沸する必要がある。.

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登山家一覧

登山家一覧(とざんかいちらん)は、著名な登山家の一覧。ロッククライマーも含む。.

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白川義員

白川義員(しらかわ よしかず、1935年1月28日 - )は、日本の写真家。「地球再発見による人間性回復へ」をテーマに、原始の風景と聖地などを撮り続ける。.

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重広恒夫

重廣 恒夫(しげひろ つねお、1947年(昭和22年)10月11日 - )は、日本の登山家。山口県徳山市(現在の周南市)生まれ。日本山岳会会員。兵庫県尼崎市在住。.

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K1

K1.

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K2

K2(ケーツー)は、カラコルム山脈にある山。標高は8,611mで、エベレストに次ぐ世界第2位の高さである。パキスタンのギルギット・バルティスタン州(インドの主張によればインドカシミールのパキスタン占領地)と、中華人民共和国のウイグル自治区との国境に位置する。 K2という頭文字はKarakorum No.2 、つまりカラコルム山脈測量番号2号を意味する。 パキスタンの最高峰であり、カラコルム山脈の最高峰でもある。.

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