ロゴ
ユニオンペディア
コミュニケーション
Google Play で手に入れよう
新しい! あなたのAndroid™デバイスでユニオンペディアをダウンロードしてください!
無料
ブラウザよりも高速アクセス!
 

1号族

索引 1号族

ラブレッドの血統において、トレゴンウェルズ・ナチュラル・バルブ・メア(Tregonwell's Natural Barb Mare、1657年? - 1670年?)の牝系(母系)子孫のことを1号族(Family 1)と呼ぶ。2008年6月現在までに180頭(全体の17%)という最多のイギリスクラシック優勝馬を送り出している。全サラブレッドに占める割合は16%(1986-95年)と圧倒的だが、かつては最大勢力でない時期もあった。.

91 関係: 小岩井農場の基礎輸入牝馬ペネロピ (競走馬)ミトコンドリアDNAマッチェムネヴァーセイダイネオユニヴァースハリケーンランハワイ (競走馬)ハンブルトニアン (競走馬)ハービンジャーハプロタイプハイフライヤーハイシャパラルバックパサーバブルガムフェローバイアリータークメジロパーマーモンジューヤマニンゼファーユーザーフレンドリーラトロワンヌライスシャワーワキシーヴェンジェンスオブレインヴェイグリーノーブルトランポリン (競走馬)トロイ (競走馬)トウショウボーイトキツカゼヘロド (競走馬)ブッシャープリンスキロプルネラパートナー (競走馬)テディ (競走馬)フラワーパークフランケル (競走馬)ファミリーナンバーファミリーラインファラリスフォーティナイナーフサイチコンコルドドンカスターカップドクターフェイガーホエールボーンダーレーアラビアンダービーステークスベンドアベイミドルトンベイボルトン...アリシドンアーツアンドレターズアグネスレディーアゼリ (競走馬)イージーゴアイギリスエルハーブオーランド (競走馬)オールアロングオークスカンタベリーピルグリムキングトムクラシック (競馬)グッドウッドカップゲイクルセイダーゴールドファインダーゴールドカップジュリア (競走馬)ジェネラルスタッドブックスナップ (競走馬)スペアミント (競走馬)スーパークリークストックウェル (競走馬)ステイゴールドスターキングダムセントレジャーステークスソードダンサー (競走馬)タッチストンサラブレッドサルタン (競走馬)サーハーキュリーズサッカーボーイサニーブライアン競走馬の血統牝馬JRA顕彰馬1657年1670年2008年20世紀3号族 インデックスを展開 (41 もっと) »

小岩井農場の基礎輸入牝馬

小岩井農場の基礎輸入牝馬(こいわいのうじょうのきそゆにゅうひんば)とは20世紀初頭に小岩井農場が日本国外から輸入した繁殖牝馬のことである。これらの子孫は日本でたいへん繁栄しており、ほかの輸入繁殖牝馬とは特別に区別する場合がある。とくに、1907年にイギリスから輸入した20頭だけを指すこともある。.

新しい!!: 1号族と小岩井農場の基礎輸入牝馬 · 続きを見る »

ペネロピ (競走馬)

ペネロピ (Penelope) は19世紀初頭に活躍したイギリスの競走馬、繁殖牝馬。馬名はギリシア神話に登場する人物「ペーネロペー」に由来。全妹にポーン (Pawn) 、半弟妹にパラソル (Parasol) 、ポープ(Pope、Waxy Pope。ダービーなど)、ペリス (Pelisse。オークスなど)、ほかの兄弟も繁殖馬として大成したものが多数いる。 競走馬としてはジョッキークラブプレート、キングズプレート2回など、出走した大半の競走に勝利した。クラシック競走への出走はなかったが、同世代の牝馬でダービーにも勝ったエレノアにも勝利している。 繁殖馬としても影響が大きく、ホエールボーン(Whalebone。ダービー)、ウィスカー(Whisker。ダービー)、フィズギグ(Whizgig。1000ギニー)、ウォーフル (Woful) 、ウェブ (Web) などの産駒がいる。そのほかの産駒も成功し、ペネロピは1号族o分枝の祖となった。 なお、第3代グラフトン公爵は、馬名を付ける際に兄弟すべての頭文字をそろえるこだわりがあったのか、本馬の兄弟はすべて「P」(パウンやパラソルの産駒もほぼすべて頭文字が「P」)、産駒は13頭すべて「W」から始まる。息子の第4代グラフトン公爵にもこの傾向があり、1世代下がったフィズギグ (Whizgig) の産駒は「O」、ワイヤーWireの産駒は「V」になっている。.

新しい!!: 1号族とペネロピ (競走馬) · 続きを見る »

ミトコンドリアDNA

ミトコンドリアDNA(みとこんどりあディーエヌエー、mtDNA,mDNA)とは、細胞小器官であるミトコンドリア内にあるDNAのこと。ミトコンドリアが細胞内共生由来であるとする立場から、ミトコンドリアゲノムと呼ぶ場合もある。.

新しい!!: 1号族とミトコンドリアDNA · 続きを見る »

マッチェム

マッチェム(Matchem、1748年 - 1781年)は18世紀のイギリスの競走馬。18世紀の競走馬・種牡馬で、まだサラブレッドの概念が完全には確立していない時代の名馬である。父方直系子孫は現在でも残存し、エクリプス、ヘロドと並びサラブレッド三大始祖の一頭に数えられる。この3頭の中ではもっとも早く生まれた。.

新しい!!: 1号族とマッチェム · 続きを見る »

ネヴァーセイダイ

ネヴァーセイダイ (Never Say Die) は、アメリカ出身の競走馬、種牡馬。イギリスのクラシック二冠馬。.

新しい!!: 1号族とネヴァーセイダイ · 続きを見る »

ネオユニヴァース

ネオユニヴァース (2000年5月21日 -) は日本の競走馬、種牡馬。 2002年に中央競馬(JRA)でデビュー。2003年春、JRAが発行する短期免許で来日騎乗していたイタリア人騎手ミルコ・デムーロを鞍上に、皐月賞と東京優駿(日本ダービー)を制覇。秋には特例をもって再来日したデムーロと史上6頭目のクラシック三冠を懸けて菊花賞に臨んだが、3着と敗れこれを逃した。同年、JRA賞最優秀3歳牡馬に選出。2004年春に故障を生じ、同年秋に引退。通算13戦7勝。後にJRA所属騎手となるデムーロに、最初の中央GI勝利をもたらした馬である。 2005年より種牡馬。GI・JpnI競走に優勝した産駒には、ドバイワールドカップなどGI競走3勝のヴィクトワールピサ、皐月賞と日本ダービーでそれぞれ本馬との父子制覇を達成しているアンライバルドとロジユニヴァースがいる。.

新しい!!: 1号族とネオユニヴァース · 続きを見る »

ハリケーンラン

ハリケーンラン (Hurricane Run) は、アイルランドで生まれ、フランスで調教を受けた競走馬である。2005年に凱旋門賞、アイリッシュダービーなどに優勝し、カルティエ賞年度代表馬に選出された。 母ホールドオンはドイツ産で、ハリケーンランはその6番仔として生まれた。半兄にドイツでG3に勝ったハイビスカスがいる。一方、父モンジューから見れば初年度産駒となる。.

新しい!!: 1号族とハリケーンラン · 続きを見る »

ハワイ (競走馬)

ハワイ(Hawaii、1964年 - 1990年)とは、1960年代に南アフリカと北アメリカで活躍した南アフリカの競走馬である。後にアメリカで種牡馬となり、エプソムダービー優勝馬ヘンビット等を輩出した。半兄に南アフリカの名馬、ウィリアムペンがいる。 父ユトリロはイタリア産でフェデリコ・テシオの生産、母エタンはエチル産駒で13頭の仔のうち11頭が勝ち上がるという優秀な繁殖牝馬だった。ハワイはこの両親の間に1964年プラットベルク牧場で生まれた。幼い頃から素晴らしい馬体を持っていたと言われ、1歳時のランドショウの品評会では優勝し、直後に調教師ジョージ・アッツィーによって9030ランドという高額で買われ、チャールズ・W・エンゲルハードの持ち馬となった。.

新しい!!: 1号族とハワイ (競走馬) · 続きを見る »

ハンブルトニアン (競走馬)

ハンブルトニアン(Hambletonian、1792年 - 1818年)は、18世紀末に活躍したイギリスの競走馬である。父の父はかのエクリプス、牝系はのちに1号族と呼ばれる名牝系に属し、母の父は大種牡馬ハイフライヤー、母の母の父もマッチェムという良血であった。 名前はノース・ヨークシャー州にある地名(ハンブルトン)から来ている。なお、19世紀のアメリカ合衆国に同名(ハンブルトニアン10)のスタンダードブレッドがいるが、由来は同じ地名であり、ハンブルトニアンの活躍をふまえたうえで名付けられたという。.

新しい!!: 1号族とハンブルトニアン (競走馬) · 続きを見る »

ハービンジャー

ハービンジャー (Harbinger) はイギリスで生産、調教された競走馬で現在は種牡馬。G1の勝利はキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスのみだが、このレースを大差勝ちしたことで、歴史的名馬の一頭に数えられている。.

新しい!!: 1号族とハービンジャー · 続きを見る »

ハプロタイプ

ハプロタイプ(haplotype)とは、"haploid genotype"(半数体の遺伝子型)の略。単倍型とも訳される。.

新しい!!: 1号族とハプロタイプ · 続きを見る »

ハイフライヤー

ハイフライヤー(Highflyer、1774年 - 1793年)は、18世紀後半に活躍したイギリスの競走馬・種牡馬。18世紀を代表する名馬で、無敗の成績と種牡馬としての大きな成功を残した。18世紀を代表する名馬であり、サラブレッド種の成立にも貢献した1頭である。.

新しい!!: 1号族とハイフライヤー · 続きを見る »

ハイシャパラル

ハイシャパラル (High Chaparral) はアイルランドの競走馬。2002年と2003年のエクリプス賞最優秀芝牡馬。2003年のワールドシリーズ・レーシング・チャンピオンシップ総合優勝馬。名前の由来は「樫の高木の密林」の意。.

新しい!!: 1号族とハイシャパラル · 続きを見る »

バックパサー

バックパサー (Buckpasser) は、1960年代中ごろに活躍したアメリカ合衆国の競走馬。20世紀のアメリカ名馬100選・第14位(ブラッド・ホース誌)。1970年にアメリカ競馬名誉の殿堂博物館に殿堂入り。.

新しい!!: 1号族とバックパサー · 続きを見る »

バブルガムフェロー

バブルガムフェローとは日本の競走馬である。おもな勝ち鞍は朝日杯3歳ステークス、天皇賞(秋)。1995年JRA賞最優秀3歳牡馬。引退後は種牡馬となっていた。名前の由来は「風船ガムを噛む奴」を英訳したもの。.

新しい!!: 1号族とバブルガムフェロー · 続きを見る »

バイアリーターク

バイアリーターク(Byerley TurkまたはByely Turk、1679年 - 1705年)は、イギリスの軍馬・種牡馬。後世にサラブレッド三大始祖の一頭として記録される。父方直系子孫はそのヘロド (Herod) を通じて一時大繁栄したが現在は衰退している。 名前および品種について、ジェネラルスタッドブックはバイアリーターク (Byely Turk)、つまりターク種と記載しているが、残された絵画での特徴はアラブ種のもので、ターク種ではなく単にトルコ生まれのアラブ馬との説もある。名前の綴りもByely Turkではなく、馬主であるロバート・バイアリー (Robert Byerley) から正しくはByerley Turkだったのではないかと考えられている。.

新しい!!: 1号族とバイアリーターク · 続きを見る »

メジロパーマー

メジロパーマーは日本の競走馬、種牡馬。逃げ馬として知られ、1992年の宝塚記念、有馬記念に優勝、史上4頭目の春秋グランプリ連覇を達成した。同年のJRA賞最優秀5歳以上牡馬および最優秀父内国産馬。2016年現在、障害競走転向から平地競走に復帰しGI競走に優勝した唯一の馬であるホクトベガのようにダート路線に変更する前に障害調教を受けた馬やブゼンキャンドル、ウインクリューガーのようにGI競走勝利後障害競走に転向した馬は存在している。。馬名は馬主の冠名「メジロ」と、プロゴルファーのアーノルド・パーマーに由来する。.

新しい!!: 1号族とメジロパーマー · 続きを見る »

モンジュー

モンジュー(Montjeu、1996年4月4日 - 2012年3月29日)は、アイルランドで生産され、フランスで調教された競走馬、種牡馬。おもな勝ち鞍は1999年のジョッケクルブ賞(フランスダービー)、アイリッシュダービー、凱旋門賞、2000年のタタソールズゴールドカップ、サンクルー大賞、キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス。.

新しい!!: 1号族とモンジュー · 続きを見る »

ヤマニンゼファー

ヤマニンゼファーは日本の競走馬、種牡馬。中央競馬にて短距離から2000メートルまで幅広い距離で活躍し、2度の安田記念、天皇賞(秋)に優勝した。1993年度JRA賞最優秀5歳以上牡馬、 最優秀短距離馬および最優秀父内国産馬。 馬名の「ヤマニン」は馬主の一族が使用する冠名、「ゼファー」はギリシャ神話に登場する西風の神ゼピュロスの英語読み。生産者である土井睦秋の妻が、自宅にあった化粧品の名前から借用したものである『優駿』2002年7月号 p.53。 ※馬齢は当時の表記とする。.

新しい!!: 1号族とヤマニンゼファー · 続きを見る »

ユーザーフレンドリー

ユーザーフレンドリー(User Friendly、1989年 - )は、イギリスの競走馬および繁殖牝馬。1992年カルティエ賞年度代表馬、最優秀3歳牝馬。 イギリスオークス、アイリッシュオークスを勝ち3歳牝馬の頂点に立つと、古馬相手のヨークシャーオークス、牡馬相手のイギリスセントレジャーにも勝利、一流馬相手の凱旋門賞でも3歳牝馬ながらスボーティカの2着と奮闘した。 また、1992年のジャパンカップに1番人気で出走した経験がある(結果はトウカイテイオーの6着)。 1頭だけ日本に産駒が輸入され、ユーザーヒストリー(牝、父:Mr.Prospector)の競走名で走っていたが、中央競馬で19戦3勝に終わっている。その後日本で繁殖入りしたが、アメリカに再度輸出されている。.

新しい!!: 1号族とユーザーフレンドリー · 続きを見る »

ラトロワンヌ

ラトロワンヌ(La Troienne、1926年 - 1954年)は、フランスで生産・調教された競走馬、および繁殖牝馬。競走馬としては未勝利に終わったが、アメリカ合衆国でバイムレックやブラックヘレンなどの母となり、アメリカを中心に一大勢力を誇る名門牝系ラトロワンヌ系を形成した。.

新しい!!: 1号族とラトロワンヌ · 続きを見る »

ライスシャワー

ライスシャワーは日本の競走馬。1992年の菊花賞、1993年・1995年の天皇賞(春)と中央競馬の長距離GI競走に優勝した。また、菊花賞と1993年の天皇賞(春)では、それぞれミホノブルボンのクラシック三冠、メジロマックイーンの同競走三連覇を阻止し、「刺客」などの異名を取った。主戦騎手は的場均。1995年に出走した宝塚記念の競走中に骨折、予後不良と診断され安楽死となった。同年、JRA賞特別賞を受賞。.

新しい!!: 1号族とライスシャワー · 続きを見る »

ワキシー

ワキシー(Waxy、1790年 - 1817年)は、1793年の第14回ダービーステークスに優勝したイギリスの競走馬。後年種牡馬としても成功する。ダービー時の騎手はビル・クリフト。 1793年から1796年まで競走生活を送る。ダービーステークスで2着に負かしたGohannaとはライバルで何度か戦った。4歳時Gohannaに一度だけ敗れている。 種牡馬としては4頭のダービーステークス(エプソムダービー)優勝馬を出すなど成功した。これはサーピーターティーズル、シリーニに並ぶ記録である。 27歳で死亡。ニューマーケットの近くのオール・セインツ教会に埋められた。.

新しい!!: 1号族とワキシー · 続きを見る »

ヴェンジェンスオブレイン

ヴェンジェンスオブレイン(爪皇凌雨、Vengeance of Rain)は、ニュージーランドで生まれ、香港で調教を受けた競走馬。父はザビール。母デーンラーは1998年ブルーダイヤモンドステークス (G1) の優勝馬で、本馬の妹にオーストラリアンオークスに優勝したディゼルがいる。.

新しい!!: 1号族とヴェンジェンスオブレイン · 続きを見る »

ヴェイグリーノーブル

ヴェイグリーノーブル(Vaguely Noble、1965年 - 1989年)とは、アイルランドで生まれ、イギリス、アイルランド、フランスで調教された競走馬である。1968年の凱旋門賞優勝馬。種牡馬としても活躍し、1973年と1974年に2年連続でイギリスのリーディングサイアーとなった。.

新しい!!: 1号族とヴェイグリーノーブル · 続きを見る »

トランポリン (競走馬)

トランポリン (Trampoline) は、19世紀前半に活躍したイギリスの競走馬、繁殖牝馬である。グレンコー (Glencoe) の母として知られる。 父トランプ (Tramp) はエクリプス (Eclipse) 産駒ジョーアンドリュース (Joe Andrews) の孫で、名種牡馬ロッテリー (Lottery) のほか、5頭のクラシックホースを輩出した種牡馬である。現役時にはドンカスターカップに勝った記録が残る。母ウェブ (Web) の産駒にはダービー馬ミドルトン (Middleton) や、フィラグリー (Filagree) がいる。 競走馬としては4歳まで走ったが1000ギニーの2着が目立つぐらいで、オークスは着外に終わっている。勝ったレースは3歳時にニューマーケット競馬場で獲得した1勝に過ぎず、特筆すべきものはない。 繁殖入り後は2年目の産駒グレンコーが2000ギニーに勝ち、種牡馬としても成功した。牝駒にも重要な馬が何頭かおり、1号族の重要な基礎牝馬となった。1号族のうち、1-t及び1-uは全てトランポリンの牝系子孫に当たる。.

新しい!!: 1号族とトランポリン (競走馬) · 続きを見る »

トロイ (競走馬)

トロイ (Troy) はアイルランドで生まれ、イギリスで調教を受けた競走馬である。区切りとなる第200回エプソムダービーの優勝馬。.

新しい!!: 1号族とトロイ (競走馬) · 続きを見る »

トウショウボーイ

トウショウボーイは日本の競走馬である。1970年代半ばにテンポイント、グリーングラスと共に「TTG時代」を作り、「天馬」と称された。主な勝ち鞍は皐月賞、有馬記念、宝塚記念など。1976年度優駿賞年度代表馬および最優秀4歳牡馬。競走馬を引退した後に種牡馬としても大きな成功を収め、三冠馬ミスターシービーをはじめ7頭のGI級競走優勝馬を輩出。特に中小生産者に絶大な信頼を寄せられ、「お助けボーイ」と呼ばれた。1984年、JRA顕彰馬に選出。.

新しい!!: 1号族とトウショウボーイ · 続きを見る »

トキツカゼ

トキツカゼとは日本の競走馬である。1940年代後半に活躍した牝馬で、繁殖牝馬としても大成功を収めた。戦後期の日本競馬を代表する名牝である。佐藤嘉秋が全30戦中29戦に騎乗した。.

新しい!!: 1号族とトキツカゼ · 続きを見る »

ヘロド (競走馬)

ヘロドまたはキングヘロド(Herod、King Herod、1758年 - 1780年)は、18世紀後半に活躍したイギリスの競走馬・種牡馬。サラブレッド種の成立に極めて大きな役割を負い、残した血量はあらゆる時代のいかなる種牡馬・繁殖牝馬をも凌駕している。馬名はヘロデ大王に由来、かつてはキングヘロドと呼ばれていた。.

新しい!!: 1号族とヘロド (競走馬) · 続きを見る »

ブッシャー

ブッシャー(Busher、1942年 - 1955年)はアメリカ合衆国の競走馬。牝馬ながら男勝りの活躍で、1945年の最優秀3歳牝馬および年度代表馬に選出された。後年にはアメリカ競馬殿堂に選出され、1999年にはブラッド・ホース誌の選ぶ20世紀のアメリカ名馬100選において第40位に選ばれている。.

新しい!!: 1号族とブッシャー · 続きを見る »

プリンスキロ

プリンスキロ(Princequillo、1940年 - 1964年)はアメリカの競走馬。プリンスローズの産駒で、アイルランド生まれだが第二次世界大戦を避けアメリカで走った。母はコスキラ。.

新しい!!: 1号族とプリンスキロ · 続きを見る »

プルネラ

プルネラ (Prunella) は、1800年前後に活躍したイギリスの競走馬、繁殖牝馬である。優秀な産駒を多数産み、大牝系を形成した。牝系子孫は1号族の過半を占め、全サラブレッドのおおよそ1割に達している。 イギリス首相であるオーガスタス・フィッツロイ (第3代グラフトン公)がオーナーブリーダー。父はハイフライヤー (Highflyer) 、母はプロミス (Promise) 、その母はグラフトン公が1763年に購入したジュリア(Julia、1号族の事実上の確立者)である。 競走馬としては、3 - 6歳の間に3勝。のちにグラフトン公のもとで繁殖に供され、1811年に死ぬまで多数の馬を産んだ。代表的な産駒にワクシーポープ(Waxy Pope、ダービー)、ペリス(Pelisse、オークス)がいる。この2頭はクラシックに勝利した。そのほかの産駒もペネロープ (Penelope) 、パラソル (Parasol) 、パウン (Pawn) などおおむね繁殖で成功し、小牝系に過ぎなかった1号族を大幅に発展させた。.

新しい!!: 1号族とプルネラ · 続きを見る »

パートナー (競走馬)

パートナー、またはクロフツパートナー ((Croft's) Partner) は、イギリスの競走馬・種牡馬。 この馬に関する事柄はそう多くは伝えられていないが、卓越したパワーを持った、すばらしく美しい馬だったという。リンカンシャー州で生まれ、競走馬としてはハリファクス卿のもとで1723-26年まで走り6勝全勝。1728年に種牡馬としてジョン・クロフトに購入されたあとにスマイリングボール (Smiling Ball) という馬を相手に負けているが、これが生涯唯一の敗戦である。種牡馬としてはターター (Tartar)、トラヴェラー (Traveller) などを出した。マッチェム (Matchem) 、スペクテイター (Spectator) の母の父としても知られる。.

新しい!!: 1号族とパートナー (競走馬) · 続きを見る »

テディ (競走馬)

テディ (Teddy) は第一次世界大戦のさなかスペインとフランスで走ったフランスの競走馬。種牡馬としてフランス、アメリカ合衆国で数多くの名種牡馬の父となった。.

新しい!!: 1号族とテディ (競走馬) · 続きを見る »

フラワーパーク

フラワーパークは日本の競走馬、繁殖牝馬。1996年の高松宮杯(現・高松宮記念)とスプリンターズステークスを制し、同年のJRA賞最優秀短距離馬および最優秀父内国産馬に選出された。主戦騎手は村山明と田原成貴。.

新しい!!: 1号族とフラワーパーク · 続きを見る »

フランケル (競走馬)

フランケル (Frankel, 2008年2月11日 - )は、イギリスの元競走馬である。おもな勝ち鞍は2010年のデューハーストステークス、2011年の2000ギニー、セントジェームズパレスステークス、サセックスステークス、クイーンエリザベス2世ステークス、2012年のロッキンジステークス、クイーンアンステークス、サセックスステークス、インターナショナルステークス、チャンピオンステークス。.

新しい!!: 1号族とフランケル (競走馬) · 続きを見る »

ファミリーナンバー

ファミリーナンバー(Family Number)とは、サラブレッドの分類方法の1つ。それぞれ属する牝系ごとに1から74号などの番号が付けられており、同じファミリーナンバーに属する馬なら全て同じ基礎牝馬に遡ることができる。例えばオルフェーヴル(8号族のc分枝)とニジンスキー(8号族のf分枝)はどちらも20-30代遡れば17世紀のバストラーメア(Bustler Mare)と呼ばれる一頭の牝馬にたどり着く。 ウィキペディアでは今のところファミリーナンバーを競走馬の血統表の右下か、血統表の母系の欄に記している。例えばナリタブライアンの血統表の母系の欄にFN:13-aと記されているが、これは13号族のa分枝という意味である。スペースの関係からF.13a等のように表記している箇所もある。.

新しい!!: 1号族とファミリーナンバー · 続きを見る »

ファミリーライン

ファミリーライン(Family line)、あるいはメアーライン(Mare line)、母系(ぼけい)または牝系(ひんけい)とは、馬における母方の系図(家系)のことをいう。起点となる牝馬の名を取り「~系」と呼ぶ。同様に父系のみに焦点をあてたサイアーライン(メールライン)がある。 競走馬の血統においては、その近親関係は母系を基準に考えられる。生産の現場では牝馬の質の良否がそのまま死活問題となるという事情から、ファミリーが特に重要視され、多くの活躍馬を送り出すファミリーについては一種のブランド化することもある。また逆の例もあり、1989年のエクリプス賞年度代表馬を受賞したサンデーサイレンスは、父に大種牡馬ヘイローを持ちながら他の近親に活躍馬が皆無であったため、種牡馬として人気が出ず、日本へと売却された。 現存するファミリーラインの多くは、その血統を遡るとロイヤル・メアと呼ばれるイギリス王室所有の繁殖牝馬群に行き着くが、これらについてはその素性・由来がはっきりしておらず、今なお議論の対象となっている。また、もともとサラブレッドとされていたが、その後に血統表の紛失などで血統を遡れないものもおり、日本ではミラとその子孫がよく知られている。これらには「サラブレッド系種」という特殊な位置を与えられた。詳細は同項を参照のこと。.

新しい!!: 1号族とファミリーライン · 続きを見る »

ファラリス

ファラリス(Phalaris、1913年 - 1931年)とは、イギリスの競走馬・種牡馬である。子孫にネアルコやネイティヴダンサーが出ており、現代サラブレッドの約8割がこの馬に辿り着くと言われ、主流父系の始祖となった。馬名の由来は「ファラリスの雄牛」の逸話などで知られる古代シチリアの暴君 (Phalaris) から。.

新しい!!: 1号族とファラリス · 続きを見る »

フォーティナイナー

フォーティナイナー(Forty Niner、1985年 - )はアメリカ生まれの競走馬、種牡馬である。競走馬時代はアメリカでG1を4勝し、種牡馬としてもアメリカと日本で成功を収めた。馬名の由来はアメリカのゴールドラッシュの翌年である1849年にカリフォルニア州に入植した人々"forty-niner" (49er) から。父ミスタープロスペクター(探鉱者)、その母ゴールドディガー(金鉱採掘者)の名前よりゴールドラッシュに関係した名前が付けられている。.

新しい!!: 1号族とフォーティナイナー · 続きを見る »

フサイチコンコルド

フサイチコンコルド(1993年 - 2014年)は日本の競走馬、種牡馬である。わずか3戦のキャリアで東京優駿(日本ダービー)を勝ったことから、「和製ラムタラ」の異名をとった『優駿』(日本中央競馬会)2009年6月号。主戦騎手は藤田伸二。半弟にミラクルアドマイヤ、ボーンキング、アンライバルドがいる。馬名の「コンコルド」とは旅客機のコンコルドのことではなく、フランスにあるコンコルド広場に由来している。.

新しい!!: 1号族とフサイチコンコルド · 続きを見る »

ドンカスターカップ

ドンカスターカップ (Doncaster Cup) は、イギリスのドンカスター競馬場で夏に行われる競馬の競走。距離は2マイル1ハロン197ヤード(約3600m)、出走条件は3歳以上。現在も続いている競走としては世界最古の競走である。.

新しい!!: 1号族とドンカスターカップ · 続きを見る »

ドクターフェイガー

ドクターフェイガー(またはドクターファーガー、Dr.、1964年4月6日 - 1976年8月5日)はアメリカ合衆国の競走馬、および種牡馬。短距離戦において無類の強さを誇り、1971年にアメリカ競馬殿堂入りを果たした。.

新しい!!: 1号族とドクターフェイガー · 続きを見る »

ホエールボーン

ホエールボーン(Whalebone、1807年 - 1831年)とは、エプソムダービー(第31回 1810年)勝ち馬である。1826, 27年英リーディングサイヤー。馬名のホエールボーンは、英語で 「ヒゲクジラのひげ」 の意味。15ハンド2分の1インチ(約154センチメートル)しかない小さな馬だったと伝えられている。 父ワクシーもエプソムダービー(第14回 1793年)勝ち馬で、1810年リーディングサイアー。ポープ、ホエールボーン、ブリュッヒャー、ウイスカーと4頭のダービー馬の父である。母ペネロピは18勝もした名牝・名繁殖牝馬であり、ホエールボーン、その全弟ウイスカーと2頭のダービー馬、1000ギニー馬ウイジWhizgigと3頭のクラシック馬を輩出した。 1831年、Ogressという牝馬と交配した際に血管を破裂させたのが元で死亡した。 本馬はメールライン(サイアーライン)上では現在に繋がるタッチストン、バードキャッチャー、現在では滅びているものの一時発展したウェイバリーやディフェンス系等の分岐点に当る。エクリプス系の内、セントサイモン系を除く全てのサラブレッドの父系祖先ということになる。本馬はY染色体に突然変異(YE3領域に1塩基の欠失)を持っていたと考えられており、子孫はY染色体ハプログループ3に属する。すなわちゲノム解析により本馬の子孫を鑑別可能である。.

新しい!!: 1号族とホエールボーン · 続きを見る »

ダーレーアラビアン

ダーレーアラビアンあるいはダーレイアラビアン(Darley Arabian、1700年 - 1730年)は、サラブレッド三大始祖の一頭(ただし4代孫のエクリプスを三大始祖とすることもある)。玄孫のエクリプス (Eclipse) を通じて主流血統を築いた。名前はダーレー所有のアラブ馬の意。.

新しい!!: 1号族とダーレーアラビアン · 続きを見る »

ダービーステークス

ダービーステークス()とは、イギリスのエプソム競馬場(芝、1マイル4ハロン6ヤード、約2420メートル)で行われる競馬の競走である。 他国のダービーと区別するために、欧米では会場の競馬場にちなみ特にエプソムダービー()という表記も多く見られる。日本のメディア、特にテレビなどではイギリスダービーと言われることもある。 1776年にイギリス最古のクラシック競走・セントレジャーステークスの盛大さを見たダービー伯爵エドワード・スミ.

新しい!!: 1号族とダービーステークス · 続きを見る »

ベンドア

ベンドア()とはイギリスの競走馬・種牡馬である。1880年のエプソムダービーに優勝した。種牡馬としては同時期にセントサイモンがいたことからリーディングサイアーになることはなかったが、イギリスクラシック三冠馬オーモンドなどを出している。子孫は後にセントサイモン系の衰退を期に現在の主流となった。名前は紋章学の襷「Bend」と金色「Or」より。 毛色は母の父ソーマンビー、父の父ストックウェルから受け継いだベンドア斑(別名:バードキャッチャー斑)により黒い斑点を持っており、しかも尾花栗毛の珍しい毛色であった。馬体そのものは16.1ハンド(約164cm)のすばらしい馬体を誇っていたという。.

新しい!!: 1号族とベンドア · 続きを見る »

ベイミドルトン

ベイミドルトン(Bay Middleton、1833年 - 1857年)は、1830年代に活躍したイギリスの競走馬・種牡馬。2000ギニー、エプソムダービーの二冠をはじめ、出走した6戦すべてに勝利した。種牡馬としてもザフライングダッチマン、アンドーヴァー2頭のエプソムダービー優勝馬を残した。 ベイミドルトンは1830年代中ごろの最強馬で、2000ギニー、エプソムダービーを楽勝したうえ、セントレジャーステークスの優勝馬エリスを2度にわたって破っている。セントレジャーステークスに出走していれば三冠を達成する可能性はかなり高かったと思われるが、ウェストオーストラリアンが初めて三冠を達成したのが1853年のことで、当時は三冠路線自体が成立していなかった。このためセントレジャーステークスには出走していない。4歳時はアスコットゴールドカップを目指すも結局不出走で引退した。 引退後は種牡馬になっており、ザフライングダッチマン、アンドーヴァー、ザハーミット、アフラダイティ4頭のクラシックホースを含む多くの勝ち馬を送り出し、1844年と1849年にはイギリスチャンピオンサイアーを獲得している。1848年にベンティンク卿が死亡したあとはエドワード・モスティンのデインベリースタッドに移りそこで10年を過ごした。.

新しい!!: 1号族とベイミドルトン · 続きを見る »

ベイボルトン

ベイボルトン(Bay Bolton、1705年 - 1736年)は18世紀初頭に活躍したイギリスの競走馬、種牡馬。この時代の競走馬としてはもっとも優れた一頭であり、種牡馬としても成功した。いわゆる三大始祖が成立する以前のサラブレッドのため父系は現在に残っていないが、エクリプス (Eclipse) の父母母父、スナップ (Snap) の母母父、ボニーラス(Bonny Lass。1号族a分枝の祖)の父として現在につながっている。 1705年にヨークシャーで生まれる。父はグレイホートボーイ (Grey Hautboy) 、母はメークレスメア (Makeless Mare) 。生産者であるマシュー・ピアソン卿のもとで、5歳時にブラウン・ラスティ (Brown Lusty) という名でデビュー、のちにボルトン公爵に売られベイボルトンと呼ばれるようになった。1710年にヨークで行われたアン女王のゴールドカップ (Queen Anne's Gold Cup) で6歳馬を相手に勝ち、このあともほぼ無敗。ミドルハムムーアのグレートサブスクリプションパース、ドラゴン (Dragon) とのマッチレースなどに勝った。 種牡馬としてはボルトン公爵のもとで供用された。1724,1726,1727,1729,1732-1734年の間に7回チャンピオンサイアーになったという後世の集計もある。おもな産駒としてはボルトンスターリング (Bolton Starling) 、ルービー (Looby) 、フェアノート (Fearnought) 辺りであろう。.

新しい!!: 1号族とベイボルトン · 続きを見る »

アリシドン

アリシドン(Alycidon、1945年 - 1963年)とはイギリスの競走馬である。大馬産家として知られる第17代ダービー伯爵最後の傑作であり、長距離三冠に勝つなど活躍、20世紀の最強ステイヤーとしての声も高い。種牡馬としても成功した。.

新しい!!: 1号族とアリシドン · 続きを見る »

アーツアンドレターズ

アーツアンドレターズ(Arts and Letters、1966年 - 1998年)とは、アメリカ合衆国で生産・調教されたサラブレッドの競走馬、および種牡馬である。マジェスティックプリンスのアメリカ三冠を阻止したベルモントステークスなど1969年のアメリカ競馬界で活躍し、同年のアメリカ年度代表馬に選ばれた。1994年、アメリカ競馬殿堂入り。.

新しい!!: 1号族とアーツアンドレターズ · 続きを見る »

アグネスレディー

アグネスレディーとは日本で走った競走馬である。1979年の優駿牝馬(オークス)などに優勝し、同年の優駿賞最優秀4歳牝馬に選出された。主戦騎手は河内洋。引退後は繁殖牝馬となり、桜花賞優勝馬アグネスフローラを産んだ。同馬の産駒にアグネスフライト・アグネスタキオン兄弟がいる。 ※馬齢は2000年以前に使用された旧表記(数え年)で記述する。.

新しい!!: 1号族とアグネスレディー · 続きを見る »

アゼリ (競走馬)

アゼリ (Azeri) とは、アメリカ合衆国の競走馬、繁殖牝馬である。牝馬ながら2002年のエクリプス賞年度代表馬に輝いた。2010年にはアメリカ競馬殿堂入りを果たしている。.

新しい!!: 1号族とアゼリ (競走馬) · 続きを見る »

イージーゴア

イージーゴア (Easy Goer) とはアメリカ合衆国の競走馬、および種牡馬である。サンデーサイレンスの現役時代のライバルとして知られる。良血、近親や兄弟に活躍馬多数など、サンデーサイレンスとまったく違うバックボーンを持ち、高い期待に応え活躍した。「イージーゴーア(ー)」と訳されることもある。.

新しい!!: 1号族とイージーゴア · 続きを見る »

イギリス

レートブリテン及び北アイルランド連合王国(グレートブリテンおよびきたアイルランドれんごうおうこく、United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)、通称の一例としてイギリス、あるいは英国(えいこく)は、ヨーロッパ大陸の北西岸に位置するグレートブリテン島・アイルランド島北東部・その他多くの島々から成る同君連合型の主権国家である。イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドの4つの国で構成されている。 また、イギリスの擬人化にジョン・ブル、ブリタニアがある。.

新しい!!: 1号族とイギリス · 続きを見る »

エルハーブ

ルハーブ (Erhaab) とはイギリスの競走馬である。1994年のダービーステークス (G1) とダンテステークス (G2) の優勝馬。現役引退後種牡馬となり日本に輸出されたが、2000年にイギリスに再輸出された。 ※文中の馬齢は当時の日本で一般的であった数え年ではなく、現在使用されている方法に換算して表記する。.

新しい!!: 1号族とエルハーブ · 続きを見る »

オーランド (競走馬)

ーランド(Orlando、1841年 - 1868年)とは、イギリスの競走馬である。1840年代に活躍し、種牡馬としても成功した。 オーランドは、波乱な競走生活を送りダービーステークスでは替え玉事件に巻き込まれている。当時のイギリス競馬界では不正行為が横行しており、この年はダービーステークスすらもその対象になった。1位で入線したラニングレインがレース後に、実は4歳馬マカベアスだということが発覚したのである。当然このようなことが許されるはずもなく、2位に入線していたオーランドが繰り上がりで1着となった。オーランドはほかにジュライステークスなどに勝っているが、ダービーステークスでケチがついたこともあり競走馬としての名声は得られなかった。 だが引退後、種牡馬になると産駒が走り出し、イギリスリーディングサイアーに輝くこと3度(1851,1854,1858年)。2000ギニー馬3頭やダービーステークス優勝馬テディングトンらを輩出した。後継種牡馬も成功し、トランペーターやアメリカ合衆国に渡ったエクリプスらが優秀馬を輩出した。父方直系子孫はその後衰退したが、アメリカで父系を伸ばしたヒムヤー系を通じて現在にも残っている。.

新しい!!: 1号族とオーランド (競走馬) · 続きを見る »

オールアロング

ールアロング (All Along) はフランスの競走馬。フランス、アメリカ、イギリス、日本、カナダの5か国の競走に出走し、1983年にフランス、アメリカの2か国で年度代表馬に選ばれた。おもな勝ち鞍は凱旋門賞、ワシントンDCインターナショナルなど。獲得賞金300万ドルは当時の牝馬における獲得賞金記録である。.

新しい!!: 1号族とオールアロング · 続きを見る »

オークス

ークスステークス(The Oaks Stakes)はイギリスのエプソム競馬場で例年6月の第1金曜日に行われる競馬のクラシック競走。3歳牝馬限定戦。距離12ハロン6ヤード(約2,420メートル)。 他国においてもこれにならった競走を「オークス」と称する事例が多数見られる(後述)。 日本の競馬では優駿牝馬がオークスと通称されており、混同を避けるため英オークス、イギリスオークス、エプソムオークスなどと呼ばれることも多い。.

新しい!!: 1号族とオークス · 続きを見る »

カンタベリーピルグリム

ンタベリー・ピルグリム(英・Canterbury Pilgrim、1893年 - 1917年)は、イギリスの競走馬、繁殖牝馬である。イギリスオークスに優勝するなどのほか、繁殖牝馬としてチョーサーやスウィンフォードを送り出した。2歳下の半弟にダービー馬ジェッダがいる。.

新しい!!: 1号族とカンタベリーピルグリム · 続きを見る »

キングトム

ングトム (King Tom) は19世紀中ごろのイギリスの競走馬、種牡馬である。競走馬としては体質に問題を抱えていたためダービーステークスで2着となるにとどまったが、種牡馬としては1870年と1871年にイギリスのチャンピオンサイアーになるなど成功した。兄に大種牡馬ストックウェル(Stockwell、英チャンピオンサイアー7回)、ラタプラン (Rataplan) らがいる。.

新しい!!: 1号族とキングトム · 続きを見る »

クラシック (競馬)

におけるクラシックまたはクラシック競走()とは、古くから施行されていた伝統的な競馬の競走を指す言葉である。 日本では、専らイギリスのクラシック競走から派生して、各国の3歳三冠を形成する競走や、それに付随する一連の競走を指す言葉として使う。 一方、他の国では「伝統的な競走」「格の高い競走」を“Classic Race”と表現する場合があり、この場合には必ずしも3歳馬の競走を指すとは限らない。.

新しい!!: 1号族とクラシック (競馬) · 続きを見る »

グッドウッドカップ

ッドウッドカップ(Goodwood Cup)は、イギリスのBHA英国競馬統括機構がグッドウッド競馬場の芝16ハロン(約3219m)で施行する競馬のG1(グループ1)競走である。賞金総額は100,000ポンド(2004年)。 1812年に芝24ハロン(約4800m)で施行されたのが第1回で、その後幾度かの距離変更を経て1911年に現在の距離になった。20世紀初頭までは格が高く古馬の目標レースの1つであったが、その後の世界的な長距離軽視によって出走馬のレベル、権威とも以前とは比べものにならないほど凋落している。現在は夏のステイヤー王者決定戦という位置づけである。以前の格付けはG3で、1995年にG2、2017年にはG1となった。同じ長距離戦であるアスコットゴールドカップ(G1)、ドンカスターカップ(G2)と長距離三冠を形成している。.

新しい!!: 1号族とグッドウッドカップ · 続きを見る »

ゲイクルセイダー

イクルセイダー(Gay Crusader、1914年 - 1932年)は、イギリスの競走馬・種牡馬。1917年にイギリス代替三冠を達成した。種牡馬としてはそれほど成功できなかったものの、母の父としてそこそこ成功した(1940年フランスチャンピオンブルードメアサイアー)。.

新しい!!: 1号族とゲイクルセイダー · 続きを見る »

ゴールドファインダー

ールドファインダー(Goldfinder、1764年 - 1789年)は、18世紀中ごろに活躍したイギリスの競走馬である。血統上は父がフライングチルダーズの孫で大種牡馬スナップ、母方は名門1号族に属す当時の名血であった。 おもな勝ち鞍はアスコットステークスなど、13戦不敗(11戦11勝説も有る)の成績を残し数多くのマッチレースやヒート競走に勝った当時の強豪である。生年はかのエクリプスと同じで、没年も同じ、活躍時期も重なっている。同時期に活躍した両馬ではあったが、なかなか対戦は実現せず、ようやく行われることになったマッチレースではゴールドファインダーの故障、引退で実現しなかった。 引退後は最初馬主のジェニソン・シャフトのもとで種牡馬となり、シャフトの死後チャールズ・セドリー卿に売却されている。種牡馬としてもそこそこの成績を収め、クラシック優勝馬セリナ(1781年セントレジャーステークス)などを送り出した。だが、後継種牡馬は三大始祖の後継の前に歯が立たずみな失敗、直系子孫はしばらくして滅亡している。.

新しい!!: 1号族とゴールドファインダー · 続きを見る »

ゴールドカップ

ールドカップ(Gold Cup)とはイギリス王室とBHA(英国競馬統括機構)が6月にアスコット競馬場の芝19ハロン210ヤードで施行する競馬のG1競走である。様々な競技の国内や世界中のゴールドカップ(金杯)が認知されているため、開催競馬場の名前から取りアスコットゴールドカップ(Ascot Gold Cup)とも呼ばれる。.

新しい!!: 1号族とゴールドカップ · 続きを見る »

ジュリア (競走馬)

ュリア (Julia) は、18世紀中ごろにイギリスで繋養されていた繁殖牝馬である。プロミス (Promise) 、プリンセス (Princess) を産し、1号族を事実上確立させた。半兄にスペクテイター (Spectator) がいる。馬名は英語人名に由来。 1763年に第3代グラフトン公オーガスタス・フィッツロイがパントンから購入したものである。1768年にスナップ (Snap) との間にプロミス (Promise) を、1769年にヘロド (Herod) との間にプリンセス (Princess) を生んだ。前者はさらにパズル(Puzzle。1-b,cの祖)、後者はパウン(Pawn。1-f,g,h,i,j,k,l,m,nの祖)、ペネロピ(Penelope。1-o,p,r,s,t,u,wの祖)を出し、1号族は急速に拡大した。.

新しい!!: 1号族とジュリア (競走馬) · 続きを見る »

ジェネラルスタッドブック

『ジェネラルスタッドブック』(General Stud-Book、サラブレッド血統書、略称GSB)とは、サラブレッドを定義付けている血統書である。1791年に初刊行。後のスタッドブック(血統書)、さらにはサラブレッドの方向性を定めたものとして大きな意味を持っている。イギリスのウェザビー社が4年ごとに出版しており、最新版は2013年刊行の第47巻である。 成立は18世紀後半に遡る。ジョッキークラブ事務局長のジェームズ・ウェザビーは、サラブレッドの体系的な血統書の発刊を目指し、甥で同名のジェームズ・ウェザビーに各牧場の私的な血統記録や、過去のレーシングカレンダーを集めさせ1791年にはそれまでの活躍馬の血統とそれらの簡単な成績、をまとめたジェネラルスタッドブック序巻を出版。2年後の1793年に、序巻の内容を補完したジェネラルスタッドブック第一巻を刊行した(この刊はその後も6度に渡って改討され、1891年に最終改討版が出版されている)。その後も、第2巻、第3巻と、以後のサラブレッドを収録しながら今日に至るまで刊行され続けている。 ジェネラルスタッドブックの意義としてはサラブレッドの基準を定めたと言うことがあげられるだろう。純血種(多少語弊があるが)としてのサラブレッドが定義づけられ、以後のサラブレッドの方向性に大きな影響を及ぼした。.

新しい!!: 1号族とジェネラルスタッドブック · 続きを見る »

スナップ (競走馬)

ナップ(Snap or Old Snap、1750年 - 1777年)は、18世紀中ごろに活躍したイギリスの競走馬・種牡馬。馬名「Snap」は父「Snip」からの連想。なお産駒に同名馬が数頭いることから、それより古いという意味で「Old snap」などとも呼ばれる。 スナップは1750年にカスバート・ラウスによって生産された。1752年にはそのカスバート・ラウスが死亡したためジェニソン・シャフトに売られている。 競走馬時代はわずか4戦のみではあったが、優れたレース振りから当時の強豪として知られていた。1000ギニーのマッチレースでエクリプスの父にあたるマースクを二度に渡って破り、ほかスウィープステークス、ヨークでのフリープレートにも勝った。 引退後はジェニソン・シャフトのもとで種牡馬入りした。代表産駒はジェニソン・シャフトの持ち馬ゴールドファインダー。ほかにも優秀な馬を数多く輩出し、21年間で送り出した勝ち馬は261頭、総獲得賞金は9万2637ポンドにも及んだ。他に大種牡馬サーピーターティーズルの母の父でもある。 スナップの産駒にはスピードに優れるものが多かったため、畜産家からは「スピードのスナップ」として呼ばれており、これは18世紀後半から19世紀初頭の格言「スナップはスピードで、マッチェムは姿形でそれとわかる」 ("Snap for speed, and Matchem for truth and daylight.") にも現れている。後世への影響も小さくはないが、父方の直系子孫は、直後に登場したヘロドやエクリプスの大繁栄におされほどなく姿を消した。 スナップ自身は27歳のときにウエストラティングで死亡している。.

新しい!!: 1号族とスナップ (競走馬) · 続きを見る »

スペアミント (競走馬)

ペアミント(Spearmint、1903年 - 1924年)は、イギリスの競走馬。1900年代に活躍した。馬名は母メイドオブザミントからの連想。.

新しい!!: 1号族とスペアミント (競走馬) · 続きを見る »

スーパークリーク

ーパークリーク(1985年5月27日 - 2010年8月29日)とは、日本の競走馬、種牡馬である。 1988年菊花賞、1989年天皇賞(秋)、1990年天皇賞(春)に優勝。1980年代後半に巻き起こった第二次競馬ブーム期において、オグリキャップ、イナリワンとともに「平成三強」と呼ばれた。 ※馬齢は2000年以前に使用された旧表記(数え年)で記述する。.

新しい!!: 1号族とスーパークリーク · 続きを見る »

ストックウェル (競走馬)

トックウェル(Stockwell)は、19世紀中ごろに活躍したイギリスの競走馬・種牡馬。2000ギニーとセントレジャーステークスに勝ち二冠を達成した。種牡馬としても計7回のイギリスリーディングサイアーを獲得するなど活躍し、「種牡馬の皇帝」と呼ばれた。 母は大繁殖牝馬ポカホンタス。本馬の全弟にラタプラン、半弟にキングトムがいる。 2歳から5歳にかけ20戦して12勝。16戦11勝説もあり英語版wikipediaはこちらを採用している。大きなレースは2000ギニーとセントレジャー程度だが、3歳時はエプソムダービーで大敗したほかは勝ちまくり、13戦して11勝だった。 4歳時はロシアインペリアルプレート(当時のアスコットゴールドカップの名称)で2着に入ったものの1勝もできずに終わった。5歳時も1戦のみで、唯一出走したマッチレースでは対戦相手が故障している。このレースを最後に引退した。 種牡馬成績は非常に優秀なもので、計7回リーディングサイアーを獲得した。412頭の産駒のうち、209頭が勝ち上がり、1,147勝、総獲得賞金は362,451ポンドという。特に1866年の獲得賞金は特筆もので、この年の産駒の勝ち数は132にも及び、総獲得賞金61,340ポンドはその後68年間破られなかった。 ストックウェルはヴァイエの標準ドサージュで340と、19世紀中ではセントサイモン、ガロピン、タッチストンに次ぐ4番目の値が与えられており、影響度の大きい種牡馬である。直系子孫は短期的には発展しなかったが、ドンカスターの仔であるベンドアを通じて非常に拡大した。ファラリス系、オーム系共にベンドアの直系子孫である。.

新しい!!: 1号族とストックウェル (競走馬) · 続きを見る »

ステイゴールド

テイゴールド(英:Stay Gold、中:黄金旅程 1994年3月24日 - 2015年2月5日)は日本の競走馬である。引退後は種牡馬となった。 1996年に中央競馬でデビュー。GI競走での2着4回を含む重賞競走での2・3着の多さから、勝利に一歩及ばない「善戦ホース」として人気を博す。しかし2001年末に引退レースとして臨んだ香港の国際競走・香港ヴァーズに優勝し、国際GI制覇を果たして有終の美を飾った。 競走馬引退後は種牡馬として供用され、数々のGI、重賞勝利馬を輩出している。 ※現役中に馬齢の表記が変更されたため、競走名をのぞき馬齢は全て新表記を用いる。.

新しい!!: 1号族とステイゴールド · 続きを見る »

スターキングダム

ターキングダム (Star Kingdom) は、アイルランド生まれの競走馬、種牡馬。競走馬としては大レースに勝利することができなかったが、種牡馬としてオーストラリアで大きな成功を収めた。.

新しい!!: 1号族とスターキングダム · 続きを見る »

セントレジャーステークス

ントレジャーステークス()とはイギリスのクラシック三冠および牝馬クラシック三冠の最終戦としてドンカスター競馬場芝コース1マイル6ハロン115ヤード(約2921メートル)で行われる長距離適性を審査する競馬の競走である。競走名は18世紀のスポーツ愛好家であったアンソニー・セントレジャー陸軍中将に由来する。出走条件は3歳限定で繁殖能力の選定のために行われるため、騸(せん)馬の出走はできない。世界最古のクラシック競走であり、日本の菊花賞のモデル競走。.

新しい!!: 1号族とセントレジャーステークス · 続きを見る »

ソードダンサー (競走馬)

ードダンサー(Sword Dancer、1956年 - 1984年)はアメリカの競走馬。父サングローと母ハイランドフライングの間に生まれた栗毛の牡のサラブレッドである。非常に小さく貧弱な馬体の持ち主だったが、1959年にアメリカ年度代表馬になるなど活躍した。種牡馬としても成功。名前は「剣の舞」の意。.

新しい!!: 1号族とソードダンサー (競走馬) · 続きを見る »

タッチストン

タッチストン(Touchstone、1831年 - 1861年)は、イギリスの競走馬である。1830年代に活躍したステイヤーであり、種牡馬としても成功。通算で4度のイギリスリーディングサイアーを獲得した。馬名は試金石の意。 父カメルは馬体にも競走成績にも見るところのないサラブレッドで、その父ホエールボーンは、カメルのほかに現在の主流父系(エクリプス系参照)に繋がるサーハーキュリーズを出しており、父系的には主流との分岐点にあたる。母系はのちに14号族と呼ばれる牝系に属し、母バンターは14-a族の祖となった繁殖牝馬である。また、全弟ランスロットは1840年セントレジャーステークスに優勝している。 このような血統背景を持ち初代ウェストミンスター侯爵に生産されたタッチストンもまた、父に似て不格好な馬体の持ち主で体高も15ハンド(約152.4センチメートル)にすぎず、タダでももらい手がなかったほどであるが、3歳秋に本格化すると、当時エプソムダービーよりも権威が高かったセントレジャーステークスに41倍の低評価で出走。プラムに4馬身の差を付け優勝した。 古馬となってもドンカスターカップ連覇(1835,1836年)、アスコットゴールドカップ連覇(1836,1837年)などの戦績を残し、生涯に少なくとも21戦の競走に出走し、16勝を挙げた。調教では走らず、本番の競走でも距離が短いと馬が本気にならず勝ちきれなかったという。.

新しい!!: 1号族とタッチストン · 続きを見る »

サラブレッド

ルフェーヴル(2011年12月25日、有馬記念表彰式) サラブレッド(英: Thoroughbred)とは、18世紀初頭にイギリスでアラブ馬やハンター(狩猟に用いられたイギリス在来の品種)等から競走用に品種改良された軽種馬である。 競走時には人を背負った状態で、数分間継続して50〜70km/hの速度で走る能力を持つ。日本国内のレースにおいて、200m区間平均速度75km/hが計測されたことがある。 競馬以外には乗馬やポロなど多数の用途に使用される。オリンピックなどの馬術競技で活躍するサラブレッドも少数ながら存在し、アメリカ合衆国の障害飛越殿堂馬22頭のうち、サラブレッドは15頭にもおよぶ。 語源は Thorough + bred で人為的に完全管理された血統を意味する.

新しい!!: 1号族とサラブレッド · 続きを見る »

サルタン (競走馬)

ルタン (Sultan) とは、イギリスの競走馬である。19世紀初頭に活躍し、種牡馬としては同時代を代表するほどに成功した。馬名は父セリムがセリム1世にちなんでいることからサルタン(スルターンの英語読み)と名づけられたのが由来。 2歳でデビューし、8歳でトライアルに勝つなど息の長い活躍を見せた。クラシック競走こそエプソムダービーでテイレシアスの2着、セントレジャーステークスは人気での惨敗と勝利にはいたらなかったものの、5歳時にニューマーケットゴールドカップ、6歳時にエプソムダービー馬グスタヴスとのマッチレースを制すなど合計14勝をあげた。ニューマーケット競馬場は得意で、勝ち星の多くがニューマーケットでのものであった。 引退後はバーレイのマーカススタッドで種牡馬入りしている。産駒のベイミドルトンは無敗で二冠を達成し、グレンコーも種牡馬として成功した。特筆すべきは2000ギニー優勝馬を5頭輩出したことで、産駒の勝ち数として同レース最多である。リーディングサイアーには1832 - 1837年の6年に渡り輝いており、この時代をリードしていた。父方直系子孫はその後微衰したが、トウルビヨンを通して現在にもつながっている。.

新しい!!: 1号族とサルタン (競走馬) · 続きを見る »

サーハーキュリーズ

ーハーキュリーズ(Sir Hercules、1826年 - 1855年)とは、19世紀前半に活躍したアイルランドの競走馬・種牡馬である。アイルランド競馬初期の名馬で、2歳時にアイルランドで4戦全勝、3歳時イギリスに渡るとクラレットステークスに勝ち、セントレジャーステークスで3着に入った。引退後は最初アイルランドのブラウンズタウン牧場で種牡馬入り、さらにアイルランドとイギリスを転々とするなかでバードキャッチャー、フォアバラー兄弟とエプソムダービー馬コロネーションらを送り出した。後世への影響は、バードキャッチャーが孫にストックウェル、フォアバラーは産駒にリーミントンを出したこと、自身は青毛に白い斑点を持っており、これを産駒のバードキャッチャーを通じてベンドア斑点(バードキャッチャー斑点)として後世に伝えたことなどがある。.

新しい!!: 1号族とサーハーキュリーズ · 続きを見る »

サッカーボーイ

ッカーボーイ は日本の競走馬、種牡馬である。競走馬時代は1988年のマイルチャンピオンシップ優勝や芝コース2000mの日本レコード樹立などの活躍をし、1988年にはJRA賞最優秀スプリンターに選出された。.

新しい!!: 1号族とサッカーボーイ · 続きを見る »

サニーブライアン

ニーブライアンとは日本の競走馬・種牡馬である。1997年の皐月賞と日本ダービーをともに人気薄で制した二冠馬。同年のJRA賞最優秀4歳牡馬(部門名は当時)。全レースで大西直宏が騎乗した。母の全兄に日本ダービー2着のサニースワロー(主戦騎手は大西)がいる。.

新しい!!: 1号族とサニーブライアン · 続きを見る »

競走馬の血統

走馬の血統(きょうそうばのけっとう)においては、競走馬の血統に関する記述を行う。 「競馬はブラッドスポーツである」という言葉があるように、競走馬の血統と能力は密接な関連を有していると考えられてきた。近年の研究によれば、競走馬の競走成績に及ぼす両親からの遺伝の影響は約33%に過ぎず、残りの約66%は妊娠中の母体内の影響や生後の子馬を取り巻く環境によることであるとされているが、それでもなお競走馬の能力に血統が一定の大きな割合で寄与している事実がある。 生産者が血統を意識して交配を行い、馬主が血統を意識して競走馬を購入することはもちろん、一般の競馬ファンが予想を行う際にも、しばしば競走馬の血統をその要因に含める。従来、競走馬の血統という際には父側に大きなウエイトをかけて語られることが多かったが、近年の研究によれば、競走馬の遺伝的な素質は母馬から55〜60%を、父馬から40〜45%を受け継ぐということが明らかになっている。 競走馬については、いかなる血統構成をしているかが競走生活において、そして引退後の余生において、大きく影響する。とくに余生については、競走成績に見るべきものがない馬であっても、競走成績や繁殖の実績に優れた馬の近親であるというだけで種牡馬や繁殖牝馬として遇されることが多々ある。また、そのような馬が実際に優れた繁殖成績を挙げることもしばしばである。.

新しい!!: 1号族と競走馬の血統 · 続きを見る »

牝馬

牝馬(ひんば)とはメスの馬の事である。オスの馬のことは牡馬(ぼば)という。.

新しい!!: 1号族と牝馬 · 続きを見る »

JRA顕彰馬

JRA顕彰馬(ジェイアールエーけんしょうば)とは、中央競馬の発展に多大な貢献のあった競走馬の功績を讃え、後世まで顕彰していくために日本中央競馬会30周年記念事業(昭和59年)の一環として制度を発足し1984年に制定されたものである。 顕彰競走馬は「殿堂入り」に相当する。 競馬の殿堂には調教師・騎手顕彰者とともに顕彰馬の肖像画、ブロンズ像、関係資料が展示されている。.

新しい!!: 1号族とJRA顕彰馬 · 続きを見る »

1657年

記載なし。

新しい!!: 1号族と1657年 · 続きを見る »

1670年

記載なし。

新しい!!: 1号族と1670年 · 続きを見る »

2008年

この項目では、国際的な視点に基づいた2008年について記載する。.

新しい!!: 1号族と2008年 · 続きを見る »

20世紀

摩天楼群) 20世紀(にじっせいき、にじゅっせいき)とは、西暦1901年から西暦2000年までの100年間を指す世紀。2千年紀における最後の世紀である。漢字で二十世紀の他に、廿世紀と表記される場合もある。.

新しい!!: 1号族と20世紀 · 続きを見る »

3号族

ラブレッドの血統においてボーズ・メア(Bowes Mare、1695年頃生)の牝系(母系)子孫のことを3号族(Family 3)と呼ぶ。ボーズ・メアはバイアリーターク産駒(母は不詳)のため、別にバイアリー・ターク・メア(Byerley Turk Mare)、あるいはトゥルー・ブルーという名の兄弟の母であることからダム・オブ・ザ・ツゥ・トゥルーブルー(Dam of the Two True Blues)とも呼称されることがある。ミトコンドリアDNAのハプロタイプはD2系統である。 ファミリーナンバーを提唱したブルース・ロウは、当時までのダービーステークス、オークス、セントレジャーステークスの合計勝利数が3番目に多かったためこの牝系を3号族とした。なお2006年に上記3競走の勝利数で2号族に並んだ。ブルース・ロウは著書『フィガーシステムによる競走馬の生産』の中でこの牝系のみ競走族にも種牡馬族にも分類している。 代表馬はサイテーション、サーピーターティーズル、ザフライングダッチマン、ストックウェル、ガロピン、ラフレッシュ、アイシングラス、ブランドフォード、サンチャリオット、サンタクロース、サンデーサイレンス、ダンシングブレーヴ、ナシュワン、トムフール等。 日本ではコダマ・スペシャルウィーク・シスタートウショウ・マチカネフクキタル・ウオッカらのシラオキ一族、マツミドリ、キタノカチドキ、リードスワロー、ニホンピロウイナー、サンドピアリス、カツラノハイセイコ、ダイアナソロン、クモワカ - ワカクモ - テンポイントの一族らがいる。.

新しい!!: 1号族と3号族 · 続きを見る »

出ていきます入ってきます
ヘイ!私たちは今、Facebook上です! »