ロゴ
ユニオンペディア
コミュニケーション
Google Play で手に入れよう
新しい! あなたのAndroid™デバイスでユニオンペディアをダウンロードしてください!
ダウンロード
ブラウザよりも高速アクセス!
 

17号族

索引 17号族

17号族(-こうそく、Family 17)とは、バイアリータークメア(Byerley Turk Mare)と呼ばれる牝馬を祖先にもつサラブレッドの牝系(母系)一族のこと。mtDNAハプロタイプは2号族と同じD3系統だが、解析例が少なくはっきりしない。 代表馬はオマハ、リファール、ジョンズタウン、セイントリアム等。.

14 関係: ミトコンドリアDNAハプロタイプハイフライヤーバイアリータークリファールレギュラス (競走馬)オマハ (競走馬)ジョンズタウン (競走馬)ストックウェル (競走馬)セイントリアムタッチストンサラブレッド牝馬2号族

ミトコンドリアDNA

ミトコンドリアDNA(みとこんどりあディーエヌエー、mtDNA,mDNA)とは、細胞小器官であるミトコンドリア内にあるDNAのこと。ミトコンドリアが細胞内共生由来であるとする立場から、ミトコンドリアゲノムと呼ぶ場合もある。.

新しい!!: 17号族とミトコンドリアDNA · 続きを見る »

ハプロタイプ

ハプロタイプ(haplotype)とは、"haploid genotype"(半数体の遺伝子型)の略。単倍型とも訳される。.

新しい!!: 17号族とハプロタイプ · 続きを見る »

ハイフライヤー

ハイフライヤー(Highflyer、1774年 - 1793年)は、18世紀後半に活躍したイギリスの競走馬・種牡馬。18世紀を代表する名馬で、無敗の成績と種牡馬としての大きな成功を残した。18世紀を代表する名馬であり、サラブレッド種の成立にも貢献した1頭である。.

新しい!!: 17号族とハイフライヤー · 続きを見る »

バイアリーターク

バイアリーターク(Byerley TurkまたはByely Turk、1679年 - 1705年)は、イギリスの軍馬・種牡馬。後世にサラブレッド三大始祖の一頭として記録される。父方直系子孫はそのヘロド (Herod) を通じて一時大繁栄したが現在は衰退している。 名前および品種について、ジェネラルスタッドブックはバイアリーターク (Byely Turk)、つまりターク種と記載しているが、残された絵画での特徴はアラブ種のもので、ターク種ではなく単にトルコ生まれのアラブ馬との説もある。名前の綴りもByely Turkではなく、馬主であるロバート・バイアリー (Robert Byerley) から正しくはByerley Turkだったのではないかと考えられている。.

新しい!!: 17号族とバイアリーターク · 続きを見る »

リファール

リファール(Lyphard、1969年 - 2005年)はフランスの競走馬。フランス・イギリス・アイルランドで走り12戦6勝の成績を残した。種牡馬としても成功し、子孫はリファール系を形成している。名前の由来はセルジュ・リファール(Serge Lifar、1905年 - 1986年)より。 フランスの短距離戦を中心に活躍。ジャック・ル・マロワ賞 (G1) 、フォレ賞 (G1) 、ダリュー賞 (G2) に勝利し1,020,239フランの賞金を獲得した。3歳時はクラシックにも挑戦したがエプソムダービー、アイリッシュダービー、リュパン賞ともに距離が長く敗れている。ほかにムーラン・ド・ロンシャン賞の2着など。 引退後は最初フランスのエトレアム牧場で、のちに(1978年-)アメリカのゲインズウェイファームで種牡馬として供用された。種牡馬成績は現役時代を凌ぐほどで1986年にはアメリカのリーディングサイアー、1978年と1979年にはフランスのリーディングサイアーに輝く成功を収めた。代表産駒は日本にも輸出されたダンシングブレーヴである。ほかにフランスクラシックホースを中心にG1馬だけで20頭ほどの産駒がいる。1996年に種牡馬を引退。2005年6月10日にゲインズウェイ・ファームで老衰により死亡した。36歳という記録的な長寿だった。.

新しい!!: 17号族とリファール · 続きを見る »

レギュラス (競走馬)

レギュラス(Regulus、1739年 - 1765年)は、18世紀中ごろに活躍したイギリスの競走馬・種牡馬。馬名はしし座の1等星レグルスに由来する。 同時代最強を誇り、1745年にはロイヤルプレートを8個も獲得した。種牡馬としても成功し、1754-1757,1761,1763,1765,1766年の計8回イギリスチャンピオンサイアーとなった。産駒にはMorwick Ball、Prophet、Brutus、Chesnut Ranger、Jalap、Turk、South、アメリカに渡ったFearnoughtらがいるが、父系は発展せず4、5代で途絶えてしまった。母の父としてはエクリプス、母母父としてはハイフライヤーを出しており、その他多くの基礎繁殖牝馬を残している。26歳のときにLow Garterlyで死亡した。父ゴドルフィンアラビアンの生涯を綴った『名馬風の王』にも登場する。.

新しい!!: 17号族とレギュラス (競走馬) · 続きを見る »

オマハ (競走馬)

マハ (Omaha) とは、アメリカ合衆国とイギリスで調教された競走馬、および種牡馬である。アメリカの競馬史上3頭目の三冠馬で、アメリカの競馬殿堂入りも果たしている。ブラッド・ホース誌が選ぶ20世紀のアメリカ名馬100選第61位。父ギャラントフォックスも三冠馬。現時点で親子2代でのアメリカ三冠を達成したのはこの親子のみであり、三冠馬という名称をマスコミが使い始めたのは、ギャラントフォックス、オマハ父子の偉業達成があってからである。.

新しい!!: 17号族とオマハ (競走馬) · 続きを見る »

ジョンズタウン (競走馬)

ョンズタウン(Johnstown、1936年 - 1950年)とは、アメリカ合衆国のサラブレッドの競走馬、および種牡馬である。1939年のアメリカクラシック二冠馬。1992年にアメリカ競馬殿堂入りを果たした。.

新しい!!: 17号族とジョンズタウン (競走馬) · 続きを見る »

ストックウェル (競走馬)

トックウェル(Stockwell)は、19世紀中ごろに活躍したイギリスの競走馬・種牡馬。2000ギニーとセントレジャーステークスに勝ち二冠を達成した。種牡馬としても計7回のイギリスリーディングサイアーを獲得するなど活躍し、「種牡馬の皇帝」と呼ばれた。 母は大繁殖牝馬ポカホンタス。本馬の全弟にラタプラン、半弟にキングトムがいる。 2歳から5歳にかけ20戦して12勝。16戦11勝説もあり英語版wikipediaはこちらを採用している。大きなレースは2000ギニーとセントレジャー程度だが、3歳時はエプソムダービーで大敗したほかは勝ちまくり、13戦して11勝だった。 4歳時はロシアインペリアルプレート(当時のアスコットゴールドカップの名称)で2着に入ったものの1勝もできずに終わった。5歳時も1戦のみで、唯一出走したマッチレースでは対戦相手が故障している。このレースを最後に引退した。 種牡馬成績は非常に優秀なもので、計7回リーディングサイアーを獲得した。412頭の産駒のうち、209頭が勝ち上がり、1,147勝、総獲得賞金は362,451ポンドという。特に1866年の獲得賞金は特筆もので、この年の産駒の勝ち数は132にも及び、総獲得賞金61,340ポンドはその後68年間破られなかった。 ストックウェルはヴァイエの標準ドサージュで340と、19世紀中ではセントサイモン、ガロピン、タッチストンに次ぐ4番目の値が与えられており、影響度の大きい種牡馬である。直系子孫は短期的には発展しなかったが、ドンカスターの仔であるベンドアを通じて非常に拡大した。ファラリス系、オーム系共にベンドアの直系子孫である。.

新しい!!: 17号族とストックウェル (競走馬) · 続きを見る »

セイントリアム

イントリアム(Saint Liam、2000年 - 2006年)はアメリカの競走馬である。ファシグ・ティプトンセールで13万ドル(約1500万円)で購入された。2005年にはG1競走を4勝し、年度代表馬に選出された。.

新しい!!: 17号族とセイントリアム · 続きを見る »

タッチストン

タッチストン(Touchstone、1831年 - 1861年)は、イギリスの競走馬である。1830年代に活躍したステイヤーであり、種牡馬としても成功。通算で4度のイギリスリーディングサイアーを獲得した。馬名は試金石の意。 父カメルは馬体にも競走成績にも見るところのないサラブレッドで、その父ホエールボーンは、カメルのほかに現在の主流父系(エクリプス系参照)に繋がるサーハーキュリーズを出しており、父系的には主流との分岐点にあたる。母系はのちに14号族と呼ばれる牝系に属し、母バンターは14-a族の祖となった繁殖牝馬である。また、全弟ランスロットは1840年セントレジャーステークスに優勝している。 このような血統背景を持ち初代ウェストミンスター侯爵に生産されたタッチストンもまた、父に似て不格好な馬体の持ち主で体高も15ハンド(約152.4センチメートル)にすぎず、タダでももらい手がなかったほどであるが、3歳秋に本格化すると、当時エプソムダービーよりも権威が高かったセントレジャーステークスに41倍の低評価で出走。プラムに4馬身の差を付け優勝した。 古馬となってもドンカスターカップ連覇(1835,1836年)、アスコットゴールドカップ連覇(1836,1837年)などの戦績を残し、生涯に少なくとも21戦の競走に出走し、16勝を挙げた。調教では走らず、本番の競走でも距離が短いと馬が本気にならず勝ちきれなかったという。.

新しい!!: 17号族とタッチストン · 続きを見る »

サラブレッド

ルフェーヴル(2011年12月25日、有馬記念表彰式) サラブレッド(英: Thoroughbred)とは、18世紀初頭にイギリスでアラブ馬やハンター(狩猟に用いられたイギリス在来の品種)等から競走用に品種改良された軽種馬である。 競走時には人を背負った状態で、数分間継続して50〜70km/hの速度で走る能力を持つ。日本国内のレースにおいて、200m区間平均速度75km/hが計測されたことがある。 競馬以外には乗馬やポロなど多数の用途に使用される。オリンピックなどの馬術競技で活躍するサラブレッドも少数ながら存在し、アメリカ合衆国の障害飛越殿堂馬22頭のうち、サラブレッドは15頭にもおよぶ。 語源は Thorough + bred で人為的に完全管理された血統を意味する.

新しい!!: 17号族とサラブレッド · 続きを見る »

牝馬

牝馬(ひんば)とはメスの馬の事である。オスの馬のことは牡馬(ぼば)という。.

新しい!!: 17号族と牝馬 · 続きを見る »

2号族

2号族(Family 2)とはサラブレッドの血統、特にファミリーナンバーの概念においてバートン・バルブ・メア(Burton Barb Mare、1660年? - 1685年?)の牝系(母系)子孫の事をいう。ミトコンドリアDNAのハプロタイプは7号族,8号族,16号族,17号族と共にD3系統に属している。より大きく見れば3号族,6号族,14号族(いずれもD2),12号族(D1)と同様、サラブレッドの過半数を占めるD系統に含まれる。D系統はアラブなどの東方種には少なく、イギリス在来馬などのヨーロッパ馬に比較的多く見られるハプロタイプである。 ファミリーナンバーの概念が提唱された19世紀末、いずれもイギリスのクラシック競走であるダービーステークス、オークス、セントレジャーステークスの勝ち馬頭数が2番目に多かったため2号族とされた。なお、当時のジェネラルスタッドブック(1901年発行の第19巻)に記載されている頭数自体は1号族よりも頭数が多く最多の牝系であった。 現在は当時ほどの勢力は持っておらず、2006年までの上記3競走ののべ勝ち数も3号族に並ばれてしまっているが、代表馬として クルシフィックス、ヴォルティジュール、カーバイン、ザテトラーク、ゲインズバラ、ファーラップ、ノーザンダンサー、シーバード、マイスワロー、セクレタリアト、アレッジド等がおり1号族と比較してかなり豪華な面々が揃っている。日本でもディープインパクトがこの牝系に属している。また、サラブレッドではないため2号族に分類されないが、史上最強のクォーターホースといわれるダッシュフォーキャッシュも同じ牝系の出身である。主要な牝系はアルトヴィスカー(Altoviscar、ハイクレア等含む)、アルマームード(Almahmoud)等。.

新しい!!: 17号族と2号族 · 続きを見る »

出ていきます入ってきます
ヘイ!私たちは今、Facebook上です! »