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ラヴレンチー年代記

索引 ラヴレンチー年代記

ラヴレンチー年代記(Лаврентьевская летопись)はルーシの年代記(レートピシ)の1つである。852年(それ以前の伝承なども含む)から1305年までの出来事がまとめられている。書籍名は、写本の1つ・ラヴレンチー写本の奥付に記された、修道士ラヴレンチーの名にちなむ。 原初年代記に加筆する形で編纂されており、後世のトロイツカヤ年代記(ru)、ノヴゴロド・ソフィヤ年代記集成等に影響を与えた。.

13 関係: 原初年代記奥付ノヴゴロド・ソフィヤ年代記集成モンゴルのルーシ侵攻ラジヴィウ年代記レートピシロストフ公国ヴィードゥビチ修道院ウラジーミル (ウラジーミル州)キエフシリヴェストル (ペレヤスラヴリ主教)典院羊皮紙

原初年代記

原初年代記(げんしょねんだいき)は、およそ850年から1110年までのキエフ・ルーシの歴史について記された年代記(レートピシ)である。初版は1113年に編纂された。過ぎし年月の物語(古ルーシ語:Повѣсть времяньныхъ лѣтъ;ウクライナ語:Повість врем'яних літ;ベラルーシ語:Аповесць мінулых часоў;ロシア語:Повесть временных лет)とも。.

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奥付

奥付(おくづけ)とは、本の本文が終わった後や巻末に設けられる書誌に関する事項(書誌事項)が記述されている部分。 和書には奥書を付ける慣習がある。洋書には通常は奥付はなく扉に標題、著者名、出版社、出版年等を記す図書館用語辞典編集委員会『最新図書館用語大辞典』柏書房、2004年、433頁(コロフォン)。この洋書のコロフォンと和書の奥付とは沿革が異なる(後述)。.

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ノヴゴロド・ソフィヤ年代記集成

ノヴゴロド・ソフィヤ年代記集成(Новгородско-Софийский свод)は、ロシアの文献学者アレクセイ・シャフマトフ(ru)が、その存在を示唆した書籍の名である。シャフマトフによれば、この年代記集成は、ノヴゴロド第四年代記(ru)と、ソフィヤ第一年代記(ru)の編纂に用いられた資料であるА.

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モンゴルのルーシ侵攻

モンゴルのルーシ侵攻(モンゴルのルーシしんこう)は、1223年のカルカ河畔の戦いに始まり、1236年のバトゥの西征で本格化する、ルーシ諸国に対するモンゴル帝国の征服戦争である。 1223年のカルカ河畔の戦いでは、スブタイとジェベのモンゴル軍偵察隊にルーシ諸侯やキプチャク(クマン人)連合軍が挑み、ルーシ・キプチャク連合軍が大敗したが、モンゴル軍はルーシの征服は行わず東へ去っていった。その十数年後、バトゥは征西のために大軍を率いてルーシおよびヨーロッパへの大規模侵攻を開始する。これに対し、キエフ大公国の分裂後のルーシを割拠するノヴゴロド公国、ウラジーミル・スーズダリ大公国、ハールィチ・ヴォルィーニ大公国などが戦ったが、結果はルーシ諸国の大敗に終わり、ルーシの人口に甚大な被害が出た。人口の半分を失う結果になったという見方もあれば、犠牲者は50万人ほどという見方もある。 また東ヨーロッパの歴史にも大きな影響を与えた。東スラヴ人はモンゴル侵攻後の各地方で異なる道を歩み、ロシア人・ウクライナ人・ベラルーシ人の民族の違いがはっきりとするようになった。ジョチ・ウルス(キプチャク・ハン国)の属国と化して「タタールのくびき」に苦しむルーシ諸国の中からはトヴェリ大公国やモスクワ大公国といった新興勢力が現れるようになった。.

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ラジヴィウ年代記

ラジヴィウ年代記(ラジヴィウねんだいき、Latopis Radziwiłłowski、Radzivill Chronicle, Radziwiłł Chronicle)は古東スラヴ語で13世紀に書かれた年代記。ラジヴィル年代記、ラジビロフスキー年代記、またケーニヒスベルク年代記ともいう。 キエフ・ルーシの歴史を綴った『原初年代記』の異本で、原書は13世紀に成立しその写本が15世紀に作成され、現在はサンクトペテルブルクのロシア科学アカデミーに所蔵されている。リトアニア大公国(後のポーランド・リトアニア共和国)の貴族ラジヴィウ家が、17世紀から18世紀に居城としていたネスヴィジ城にこの年代記を保管していたことからラジヴィウ年代記と呼ばれるようになった。 5世紀から13世紀初めにかけてのキエフ・ルーシとその近隣諸国の出来事が600以上の色付きの挿絵で表現され、他の東スラヴ語の写本と比べてもその量と内容の豊さが際立っており、ユネスコの「世界の記憶」にも登録された。.

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レートピシ

レートピシ(Летопись、Літопис、Летапіс)とは、中世ルーシの文学ジャンルを指す言葉である。レートピシは各都市、国(ルーシの諸公国)、地方の歴史的出来事を年代順に記載したものであり 、日本語文献においては年代記と訳される。レートピシという名称は、各年の出来事が、「в лето X …」 (X年に…)という言葉で書き始められるのが一般的であることに由来する(各年冒頭に「в году」という表記も用いられる。意味は同じ)。.

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ロストフ公国

トフ公国(Ростовское княжество)は、ロストフを首都として1207年から1474年にかけて存在した、ウラジーミル大公国の分領公国である。また、ロストフは10世紀後半から1125年までの間、北東ルーシ(ウラジーミル大公国領域)の首都であり、ロストフを含む北東ルーシ地域は、現ロシアの根幹を成す地域となった。.

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ヴィードゥビチ修道院

フの植物園から見たヴィードゥビチ修道院 ヴィードゥビチ修道院(Видубицький монастир)は、ウクライナの首都キエフにある正教会の男子修道院。11世紀後半に建立された。ウクライナ正教会・キエフ総主教庁に属している。キエフの名所の一つ。正式名は聖ミハイール・ヴィードゥビチ修道院。.

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ウラジーミル (ウラジーミル州)

ウラジーミル(ヴラジーミル;ロシア語:Владимирヴラヂーミル;ラテン文字表記の例:Vladimir)は、ロシアの都市である。ヴラジーミル州の州都で、ヴォルガ川の支流クリャージマ川の河畔に建つ。モスクワの東200kmに位置し、モスクワとニジニ・ノヴゴロドとを結ぶ高速道路A7の沿線。ウラジーミル駅はモスクワからウラジオストクの間を結ぶ鉄道の途中の駅で、モスクワからは電車で約3時間ほどかかる。またセミャージノ空港を擁し、冷戦時代にはドブリンスコエ空軍基地があった。人口は2002年国勢調査で315,954人、1989年ソ連国勢調査では349,702人だった。 ロシアの古都の一つで、ウラジーミル・スーズダリ大公国の首都として栄えた。いわゆる「黄金の環」を構成する都市の一つ。1108年頃にキエフ大公ウラジーミル・モノマフにより要塞として建設されたといわれる。この要塞は、ロストフ・スーズダリ公国(ウラジーミル・スーズダリ大公国の前身)の南東を守るものであった。13世紀には北東ロシアの中心になったが、その後のモスクワの興隆と共に地方都市的存在になってゆき現在に至っている。 名所名跡も多い。1992年、ウラジーミル市の聖堂群は近郊のスーズダリ市に残る聖堂群とともに、「ウラジーミルとスーズダリの白亜の建造物群」として、ユネスコの世界遺産に登録された。.

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キエフ

フ(Київ キーイウ、Киев )は、ウクライナの首都。ドニプロ川の中流に位置する。同国最大の都市で、政治・経済・社会・学術・交通の中心地である。特別自治都市。5世紀後半に建設されたポリャーネ族の集落から発展した。中世にはキエフ・ルーシの都であったが、近世にはコサックのキエフ連隊の中心となった。20世紀中にウクライナ人民共和国、ウクライナ国とウクライナ・ソビエト社会主義共和国の首都であり続けた。キエフ市内の人口はおよそ279万人であるが、キエフ首都圏の人口はおよそ400万人となっている。東ヨーロッパにおける最古の都市で、キリスト教の聖地の一つである。都内にある聖ソフィア大聖堂とキエフ洞窟大修道院は世界遺産に登録されている。.

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シリヴェストル (ペレヤスラヴリ主教)

リヴェストル(Сильвестр、? - 1123年)はキエフ・ルーシ期の主教である。? - 1119年:ヴィードゥビチ修道院典院、1119年 - 1123年:ペレヤスラヴリ主教。『原初年代記』の諸本の一系統である『ラヴレンチー年代記』の編纂に携わった。.

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典院

典院(てんいん)とは、正教会の修道司祭のうち、高位の修道司祭の称号であり、修道院を管轄する修道院長たる修道司祭の称号である。日本ハリストス正教会の訳語。ギリシャ語の原義は「指導者」など。.

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羊皮紙

羊皮紙(ようひし、)は、動物の皮を加工して筆写の材料としたもの。なお紙と付くものの、定義上紙ではない。紙の普及以前にパピルスと同時に使われ、パピルスの入手困難な土地ではパピルスの代わりに羊皮紙やその他の材料を使った。.

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